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うがき まとめ

宇垣 纏

うがき まとめ

1890(明治23)〜 1945(昭和20)

昭和初期の海軍軍人(中将)

埋葬場所: 20区 1種 8側 18番

 宇垣一成(6-1-12-1)とは親族。
 海大教官・駐独武官・「日向」艦長などを経て1941(S16)連合艦隊参謀長とエリートコースで出世する。 43年4月18日、山本五十六(7-特-1-2)長官の巡視出張に同行し、米航空隊の攻撃を受け遭難した。 翌年2月第一戦隊司令官、戦艦「大和」に将旗を掲げてレイテ突入を計ったが、栗田建男(21-2-57)長官の反転命令で果たせなかった。 さらに45年2月第五航空艦隊司令長官となった。以後、鹿屋基地より特攻隊を送り出す日が続いた。 8月15日終戦の日の午後、纏は自決を懇願し、それに募った22名の搭乗員11機とともに出発し特攻自決をした。仲間道ズレでの自決に対して賛否両論がある。

<別冊歴史読本「日本海軍総覧」>


 


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