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おかだ さだひろ

岡田貞寛

おかだ さだひろ

1917.1(大正6)〜 2005.8.10(平成17)

昭和・平成期の海軍軍人(主計少佐)、著述家

埋葬場所: 9区 1種 9側 3番

 東京出身。岡田啓介、郁(共に同墓)の二男として生まれる。腹違いの兄は海軍大佐の岡田貞外茂(同墓)、貞外茂の妻の昭子(同墓)は海軍中将の佐藤鉄太郎(18-1-1)の娘。姉の万亀は迫水久常(9-1-8)に嫁いだ。大蔵官僚の迫水久正(9-1-8)は甥。
 1937(S12)海軍経理学校卒業。最終階級は海軍主計少佐。戦後、光陽工業を経て、'51 飯野海運に入社。'69 川崎汽船外交定期貨物に転職し、'70 川崎汽船外交定期貨物取締役に就任した。
 '77.12『岡田啓介回顧録』を編集出版し現在も改版され続けている。'89(H1)『父と私の二・二六事件』、'98 『父と私の二・二六事件 : 昭和史最大のクーデターの真相』、2004.12『海軍思い出すまま』を刊行した。享年88歳。

<著者略歴>
<人事興信録など>


墓誌 墓誌

*正面和型「岡田家之墓」、裏面「昭和十七年一月吉日 岡田啓介 建之」。左に「御沙汰書」の碑が建つ。碑の裏面は「正二位 勲一等 岡田啓介略傳」と題して岡田啓介の略歴が刻む。撰は岡田貞寛、書は西脇静。昭和二十八年十月十七日と刻む。右側に墓誌が二基建ち、奥側の墓誌には、1964.10.14(S39)福井瑞源寺より多磨霊園に改葬と刻み、瑞源寺に埋葬された先人たちが刻む。手前の墓誌は岡田啓介、貞外茂、貞寛ら近年埋葬された方々が刻む。

*妻は京都大学名誉教授の矢野仁一の長女の喜美子。


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