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あかし すみこ

明石澄子

あかし すみこ

1892(明治25)〜 1988(昭和63)

昭和期の女優

埋葬場所: 20区 1種 21側(宮本家累代之墓)

 東京日本橋出身。本名は宮本志ん。東京音楽学校卒業。
 女優を志し、文芸協会に所属後、松井須磨子の「芸術座」に参加。須磨子の死後、演劇界を去り、バーその他を経営、また戦後は土地買占めで財をなす。 1953(S28)再び演劇にあこがれ「創造劇場」を支援。57(S32)65歳で早大演劇専修聴講生となり、サイコドラマ(心理劇)に熱をあげる。
 '79(S54)7月、脳血栓で倒れるが闘病生活にもめげず、翌年4月88歳で私財1億数千万円をかけた念願の芸能スタジオ「明石スタジオ」を東京・高円寺に開設した。享年96歳。

<芸能人物事典>


墓所 碑

*墓石右側の墓誌碑に句や簡略歴が刻む。
「老いの身に舞台の夢をかきたてて ふとくちずさむカチューシャの唄」


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