> アシュレイ・ラングの日記







笛鼠ノ月14日


 アレッサが、毎日「日記」を書いているのだが、俺にも 「一緒に書いてみよう」 と勧めるので、書いてみる事に決めた。
 とはいえ、取り分けて文才があるというワケでもないし、自分の冒険も、吟遊詩人に歌われるような派手なものではないと思っている。
 きっと、地味で冴えない記述が続くんじゃないかと思うが、アレッサ曰く 「それでも後で読み返したらきっと面白いと思う」 との事だから、暫く続けてみるつもりだ。

 ……俺に何かあった時、アレッサが拾える思い出が少しでもあるほうがいいだろう。
 ヨハンさんに、そう言われた事もある。

 さて、今日は……ホロウに囚われていた巫女・シウアンを無事に奪還して……シウアン本人の意向から、辺境伯と彼女を対面させる事と相成った。

 ウロビトに伝わる伝承では、遙か昔、今の「人間」は「巨人」の進行から逃れ、ウロビトたちとの交流は途絶えたのだという。
 辺境伯は、まずその伝承に関して「過去にそのような事実があったのなら失礼な事をした」そう、非礼を詫びてみせた。

 ……辺境伯は、誠実な人だ。
 霞をつかむような伝承であっても、「過去の事」と一蹴せず、きちんと相手の言い分を飲み、その上で交流をしようというのだから。
 少しばかり……甘すぎるような気がしない事もないが、冒険者として。命を預けるのなら、彼のように礼節を重んじる方がいい。

 シウアンも、過去の伝承に囚われこちらを攻めるつもりはなかったのだろう。
 辺境伯の礼を受けると 「世界樹の言葉を聞く巫女」 として、受けた  「予言」を辺境伯と、俺たちに聞かせた。

 ……曰く 「世界樹は危機に瀕している」 との事だ。
 禍々しい災いが、世界樹に迫り……今は、人間とウロビトが力をあわせ、その危機に挑む時だと彼女はいった。

 世界樹に、どんな災いが迫っているのか。
 それはまだわからないが……少なくても今は「人」と「ウロビト」がいがみ合っている時ではないようだ。

 辺境伯は、巫女に力を貸す事に同意した。
 もちろん、俺たちも力を出し惜しみするつもりはない。

 そのように話せば、辺境伯もシウアンも安心したようだった。
 さて、ひとまず「災い」がどんなものだかわからないが、俺たちは引き続き、世界樹の迷宮の踏破を目標に動く事にしよう。

 守る為には、力をつけておいたほうがいいからな……。

 そうして、会談を終え外に出ると、まるで俺たちをまっていたように、ワールウィンドが現れた。
 彼は俺たちに対して 「お人好しがすぎる」 と苦言を呈し、 「いつか裏切られた時の傷が深くなる」 と忠言していった。

 ……なるほど、確かにそうかもしれない。
 しかし……お人好しは性分なのだろうな、簡単にはなおせそうにない。

 彼の忠告を胸に、引き続き世界樹の踏破を続けよう。

 ……しかし、ワールウィンドの「雰囲気」は、何故だろう。
 俺が幼い頃、世話になった騎士団のような……張りつめた雰囲気を感じさせる。
 それは、多分彼が相当な使い手だからだと思うが……。

 あるいは……彼自身、本業は冒険者ではないのだろうか……。




笛鼠ノ月15日


 丹紅ノ石林が奥に、祠のような箇所を発見していた。
 まるで、世界樹の側に近寄らせまいとするような「封印」も、深霧の幽谷で手に入れた「石板」の力を持って、封印を解除する事に成功する。

 乾いた大地の先にあったのは、一面が銀世界の神秘的な光景だった。
 その美しい風景からタルシスでは 「銀嵐ノ霊峰」 と名付けられた。
 成るほど、霊峰と名付けるのに相応しい、荘厳ながら何処か人を拒絶するような一面もある、厳しい大地といえよう。

 あちこちで竜巻がおこるその大地は、気球の上昇と下降とを繰り返し、注意深く谷を渡らなければいけないという厳しい大地でもあった。
 かくして、竜巻を避け、荒ぶる巨大なモンスターたちの牙から何とか逃れながら進んだ俺たちは、道中に小さな洞窟を見付ける。
 どこから現れたのか知らないが、蝙蝠達が飛び交う小さな洞窟だ。

 まだココのモンスターがどの程度の実力なのか計りかねている俺たちだ。
腕試しも兼ねて、暫くこの洞窟を調査する事にしよう。

 ……そういえば、最近よくギンさんとウェストさんが話をしている姿を見る。
 そのせいか、自分だけ仲間はずれになっていると、ヨハンさんが泣き言を漏らすようになった。
 男の嫉妬はみっともないですよ……なんて、適当にあしらったつもりだが 「嫉妬じゃない!」 と逆に怒られてしまった……。

 しかし、確かに「相棒」を取られるというのは寂しいものだろうな。
 俺も、アレッサが他の男と親密に会話していたらと思うと……………。

 ………………いや、アレッサにはまだそう言うのは早い。
 悪い虫がつかないよう、俺が見張っておいてやらないと……。




笛鼠ノ月16日


 銀嵐ノ霊峰は、一面が銀世界で……所々、暴風と雪とが相まって気球艇ではとうてい立ち入れない場所がある。
 白銀の世界というのは美しいが、恐ろしい場所だ……そう、思う。

 そんな銀嵐ノ霊峰の中に、隠れるような迷宮を発見した。
 外が吹雪であるというのに、洞窟の中は不思議と暖かい。

 ウェストさんが言うには 「地下にある溶岩か何かの熱で、この洞窟だけ暖かいのだろう」 といっていた。
 「推測でしかないけどね」 そうとも言っていたが、なるほど、地下熱であれば洞窟の中が暖かいのは頷ける。
 ただ、溶岩があるという事は、火山があるという事だ。

 ……もしそうなら、噴火の危険性もあるというワケか。
 シウアンは 「世界樹に危機が迫っている」 といっていたが、その危機が火山の噴火じゃなければいいんだが……。

 もし、火山の噴火が「世界樹の危機」だったら、とうてい俺たちの手に負えない。
 自然の力って奴の前では……人間は小さい存在だ……。

 そういえば、洞窟を探索する時にワールウィンドさんに出会った。
 彼も洞窟の探索の途中で……俺たちに、 「どうやらこの洞窟、出入り口は一つではないようだ」 と教えてくれた。
 ……以前、彼は 「お人好しすぎると痛い目をみる」 と忠告したが、ワールウィンド自身も比較的「お人好し」な忠告をしているのは、気のせいではないだろう。
 きっとこの人も、根は「お人好し」だ。

 明日は、ワールウィンドの言った「もう一つの出入り口」を探索してみようと思う。

 今日は久しぶりに、アレッサが料理を作るというから楽しみだ。
 ギンさんの料理も美味いけれど、俺はやはり食べなれたアレッサの料理に身体が馴染んでいるようだ。




笛鼠ノ月17日


 ワールウィンドさんのいっていた、「もう一つの出入り口」は最初に見付けた洞窟よりやや東に存在した。
 中は非常に蒸し暑く、ところどころに熱した岩のような異物が炎を発している。

 幸い、迷宮で見付けた「氷の杭」を打ち込めばその「異物」を破壊する事が出来るようだが……。

 氷の杭は溶けやすく、タルシスの温暖な気候で保存しておくのは不可能のようだ。
 迷宮の中で採取して、迷宮の中で使い切るしかないらしい。

 炎を発する異物は……僥倖というべきか、迷宮の億にあった巨大な岩に氷の杭を打ち付けると、熱は鎮まった。
 これで火柱に阻まれ勧めなくなる、という事はなくなるのだろうが、異物は相変わらず迷宮内に立ちはだかり、壊すには氷の杭が必要なようだ。

 …………どうやら、少し頭をつかわないとこの迷宮は踏破できないらしい。
 全く、面倒な事だ。
 いや、この迷宮の中に「氷の杭」が手に入ったから幸運だと思った方がいいんだろうな……。

 ……迷宮に立ちはだかる仕掛け。
 少しばかり……人為的なものを感じる。

 まるで誰かに試されているように思えるのは……俺が少し疑りすぎだろうか……。




笛鼠ノ月18日


 今日、ギンさんがウェストさんとかなり強い言い合いをしていた。
 いや、あれは「言い合い」ではなく一方的にギンさんが強い語調で、責め立てていた……というのが正しかったかもしれない。

 「良心の呵責というのが、おまえにはないのか」「それが正しいとどうして判断できた」
 ……そんな事を言っていて……ウェストさんはただ、黙って俯いて……下唇を噛み、その言葉を受けていた。

 まるで絞首台にあがる罪人のように真っ青な顔色をしていて……。
 このままでは、殴りあいにでも発展するんじゃないか、そう思って俺はあわててギンさんをとめた。

 ギンさんは血が滲むほどその手を強く握りしめていて……。

 「そんな、目的のために……俺の妹は……ハナは……死んだのか……」
 誰にも聞かせないつもりだったんだろう。
 小さい声で呟いた、その言葉は俺に聞こえてしまったから 「どうしてあんなケンカなんてしたんだ」 なんて、とても聞ける雰囲気じゃ、なかった。

 その部屋にヨハンさんが入ってきたから、この話は自然消滅したのだけど、ギンさんがあんなに声をあらげて話している所なんて、はじめてみる。
 一体何を話していたんだろうな……。




笛鼠ノ月19日


 二つの入り口をもつ迷宮の探索をはじめて、3日はたっただろうか。
 迷宮の奥で、俺たちにまた新たな出会いがあった。

 牛、馬……あるいはウサギや狐などといった、体に何ら動物の痕跡を残した一族……。
 自分たちの事を「イクサビト」と呼ぶ一族が、迷宮内に存在したのだ。

 イクサビトのリーダーは「キバガミ」と呼ばれる、牛の頭をもつ大柄な男だった。
 彼らは、イクサビトの集落に到達した俺たち人間を 「強きもの」 として歓迎し 「しきたり」 として、世界樹に残る伝承について語り始めた。

 むかしは人と、ウロビト、そしてイクサビトたちは仲良く暮らしていたという事。
 しかし荒れ狂う巨人が現れ、戦をしかけてきたという下りはウロビトに伝わっている伝承にもよく似ていた。

 しかし、イクサビトの伝承では 「世界樹」 は 「悪魔の樹」 であるという。
 世界樹は伝説に存在する巨人の住処であり、イクサビトは巨人を退けた代償として今でも、体が少しずつ樹となっていく難しい病がもたらされたのだ。

 体が少しずつ、樹木のようになっていきいずれ死に至る病……。
 ……偶然か、あの病にも似ている。

 そんな話をしている俺たちの前に、ワールウィンドがシウアンを……ウロビトの巫女を伴って現れた。
 ワールウィンドは 「体が樹木となる呪われた病を治す方法はある」 といい……そのためには 「巨人の心臓」 と 「世界樹の声を聞く巫女」 の力が必要なのだといった。

 ……伝承に出る巨人。
 イクサビトは巨人の体から心臓をえぐり出して……その心臓をいまでも地下でひっそりと奉っているのだという。

 イクサビトは、ワールウィンドがその情報を持っていた事にやや驚いていた様子で、彼のもたらした情報には疑いの色を示していたが……。
 それでも、実際に巫女が病に倒れた少年の病を治療して見せたところ、あながち嘘でもないのだと思ったようだ。

 早速、地下にある心臓をとりにいこうとイクサビトを鼓舞しはじめた。
 何でも地下には 「ホムラミズチ」 という名の魔物が住み着いていて、常に鍛えているイクサビトにも危険がともなう探索になるのだという。

 ……病が、治る。
 もしそれが本当なら俺もじっとしている訳にはいかない。

 何とかして探索メンバーに加えてもらえないか話したところ、キバガミは 「自分を倒せるほどの強者でなければそれは許可できない」 という。
 どうやら、力を示してキバガミを押さえないとどうにもならないようだ……。

 本当は……荒事はあまり好きではないのだが、イクサビトたちは自分の強さに誇りもあるようだ。
 ここは俺たちも強さを示すのが礼儀なのだろう……。

 …………それにしても、ワールウィンドはどこからそのような情報を仕入れてくるのだろうな。
 本人は 「怪我を治療中に書物を調べていたらみつけた」 と言ってるが……本当に、何者なんだろうな……。




笛鼠ノ月20日


 迷宮のさらなる奥へすすむため、キバガミの試練として彼と戦う事に相成った。

 キバガミは……。
 さすがはイクサビトを束ねる長なだけあり堂々とした立ち振る舞いで、ただ一人で俺たちに向かう。

 だが俺たちだってこれまで迷宮を歩んできた実力がある。
 皆との連携でキバガミを倒せば、彼は 「さすがの実力だ」 と、俺たちの事を認めてくれた。

 その上で、俺たちの力は純粋すぎると語り、さらに精進し新しい力を身につけるべきと……「ほかの職業がもつ特技を自分のものにする方法」をしたためた書物を俺たちに預けてくれた。
 冒険者ギルドの長いわく 「すでに失われたとされる伝説の書物」 だったらしい。

 各種の技についてかなり詳しく記載されているようで、これなら今まで習得できなかった技を習得できそうだ……。
 
 さらに統治院より 「イクサビトの病から救うため」 という名目で 「巨人の心臓を手に入れる」 という任務(ミッション)が出された。
 辺境伯はウロビト、イクサビトと友好関係を築き、困っているのなら協力して困難に立ち向かいたいとそう思っているらしい。

 人はそんな考えで行動する辺境伯をお人好しだというのだろう。
 だけど俺はそんな 「お人好し」 に手を貸すのは嫌いではない……無事に手に入れ、イクサビトの子供たちが元気になるといいのだが……。

 そして、あわよくば……俺の……。
 ……いや、希望を抱くのはよそう。淡い希望を抱いてそれが崩れるのはよくない……。

 しかし……。
 今になってキバガミの言葉がしみいる……。

 ……一つに集中し純粋になりすぎた力はもろい。
 様々な言葉を受け、出会いを得ていくつもの経験に裏打ちされてこそ、刀は強くなるのだ
……か。

 肝に銘じておこう……。




笛鼠ノ月21日



 キバガミより託された書物を参考に、新しい技を取り入れるよう訓練をはじめた。

 俺は、以前に所属していた騎士団でよく行っていた守りの技を取り入れる事にした。
 あの頃の俺は敵の懐にいち早く入り、剣で打ち付ける事ばかりを考えていたが、改めて騎士団の「守り」を研究するとなるほど、「大切な存在を守るために戦う」という騎士の高潔な精神が随所にうかがえる。

 昔、気づかずに通り過ぎた事が今、実感として伝わるのは……感慨深い。

 また、俺の技を教える、という機会ができたのも貴重な経験に思えた。
 ヨハンさんが、俺の使う技を知りたいと……そう申し出てくれたのだ。

 ヨハンさんは後衛だが、俺と同じように立ち回ればより、打たれ強く……またより力強い技をはなつ事ができるだろう。
 そうなれば、きっと心強い……。

 そういえば、ウェストはギンさんから回復の技を学んでいるらしい。

 「ギン一人に頼りっきりになって、以前みたいにギンが倒れた時に総崩れにならないよう、少しでもサポートできればいいと思ってねぇ」

 ウェストは、そう言っていた。
 迷宮で怪我の治療ができる仲間が増えるのは心強い。

 ……それに、以前は激しい言い合いをしていた二人だ……仲違いをしているのでは、と心配していたが少なくとも、探索の妨げになるような亀裂は入ってないらしい。
 あるいは二人とも、わだかまりを表に出さない程度の大人な対応をしているだけかもしれないが、ひとまずは安心だ……。

 アレッサは、町の酒場で知り合った踊り子から舞の技術を学び、戦闘に取り入れているようだ。
 元々、身軽なアレッサだ……剣のような無粋なものをもつより、きれいな服をきて踊るほうがきっと、楽しいのだろう。

 ……だが、あまり薄着のダンサーにはなってほしくないものだ。
 アレッサはまだ子どもなのだから、そういう、人を挑発するような衣装はいけない。

 いや……大人になっても薄着はいけない。
 肌を露出しないような服をきるよう、きつくいっておこう……怪我をするといけないしな……。




笛鼠ノ月22日


 銀嵐ノ霊峰は雪に囲まれた厳しい大地だ。
 ……雪に触れるのも懐かしい。故郷を思い出す。

 俺の生まれ故郷であるラング村は……かつては、地図にものらないほど小さい村で、今は地図に存在しない失われた村となった。
 村のそばにあった古戦場跡地より突如現れた魔物の集団により、村そのものが焼け落ちてしまったからだ。

 その冬……。
 厳しい寒さで森の食料が減った事や、森全体に存在した「よくない気」を受けた魔物が凶暴化した事が村が襲撃された主たる原因だろうと聞いたのは、ずっと大人になってからだ。

 ……覚えているのは焼け付くような赤。
 皆が寝静まった夜……夜襲を受け、逃げ惑う俺はまだ幼いアレッサを抱き父から「行け、そして生きろ」 と言われた。
 逃げろではなく 「行け」 と父が言ったのは 「生きて行け」 という意味合いで……父をおいて去らなければいけなかった俺に罪悪感を背負わせないためだったろう。

 実際、あの頃の俺はまだ子どもで……。
 食事もままならないアレッサを守って、逃げるのが精一杯で……。

 それから、俺はがむしゃらに力を求めた。
 今度は失わないために……守りたいものを前に、逃げ出さなくてもいいように。

 ……今度は誰かを俺が「生かす」ために。

 ……寒さというのは、どうにもいけない。
 昔の事を、思い出してしまう……。

 ……そういえば、イクサビトの集落にある墓所で、ペンダントをいじるワールウィンドを見かけた。

 どうして、イクサビトの病に「巨人の心臓」が効果があるのか知っていたのか……。
 どうして、それをイクサビトに教えたのか……。
 どうして、巫女をここまでつれてくるなんて労力をかけたのか……。

 様々な疑問に対して彼は 「確かに打算がない訳ではない」 と、言葉を濁した。
 本当の目的について、語る気はないようだ。

 ……まぁいい。
 俺だって、成り行きでウロビトの巫女を救い、イクサビトたちに力を貸しているが、すべては 「世界樹のもつ力」 がほしいという打算があるのだ。
 冒険者をやっているのなら、一つや二つ、心に秘めたい事もあるだろう……。

 俺たちの冒険が妨げにならないのなら、今しばらく彼の手のひらで踊るのも悪くない。
 さて……さらなる地下に向かい、目的のもの……「巨人の心臓」とやらを、早く手に入れないといけないな……。




笛鼠ノ月23日


 銀嵐ノ霊峰で発見された迷宮は 「金剛獣ノ岩窟」 と呼ばれているらしい。
 洞窟内に広がる岩肌が、金剛石のように輝いているからとも、その奥底に輝く獣毛をもつ獣が潜んでいる、というイクサビトの伝承からつけられたとも言われる。
 どちらにせよ、自然とこの呼び名は伝わり、今はその迷宮の 「通称」 としてその名が使われているようだ。

 確かに、名前がないと不便だろう。
 少々厳めしい名前のような気もするが、凍えるような寒さと蒸し返すような暑さとが共存する獣のように凶悪な迷宮には、存外ふさわしい名前じゃないだろうか。

 ……俺たちは今日も、その迷宮に挑んだ。

 荒れ狂う雪の中にあるその洞窟は、雪の中にあるというのに異常な熱気に包まれている。
 道中にはそこここに、熱を帯びた岩石のようなものが鎮座し炎を吹き出して行く手を阻む事すらあるのだ。

 ……途中であったイクサビトの言葉では、この熱気を放つ岩のような塊は、巨人の心臓を守るように地下にいる 「ホムラミズチ」 の鱗なのだという。

 その鱗は、俺が見上げるほどに大きく、てっきり岩の塊か何かだと思っていた。
 アレッサだったら二人ぶんはありそうな大きさの鱗をもつとは…… 「ホムラミズチ」 はいったい、どんな化け物なのだろうな……。

 しかし、そんな化け物をどうにかしようと思い、迷宮に挑むとは……。
 キバガミの言う通り、「冒険者」とはずいぶん無謀な戦いを好む連中ばかりだと言われても仕方ないな……。

 だが俺は、生きるために戦う。
 生きて……いずれ、ラングの村に戻り、失われた故郷を取り戻すんだ。

 それが俺の、今の夢なのだから。




笛鼠ノ月24日


 気のせいだろうか……心なしか、アレッサの様子がおかしい気がする。
 妙によそよそしいというか、避けられているような……そんな気がするのだ。

 冒険の話をするのも、ヨハンさんを通して俺に伝わるような回りくどいやり方をするようになってきた。
 昨日までは普通に挨拶をして眠りについたはずなのだが……。

 …………アレッサも年頃だ。
 反抗期……というやつだろうか……?

 アレッサは小さい頃から俺のあとをよく、ついてきてくれていた。
 物心つく前に、すでに両親がいなかった事もあり、ずっと俺が育ててきたのだが……。

 やはり、年頃の女の子がいつまでも兄にべったりという訳にもいくまい。
 今までアレッサには少し過保護すぎたかもしれない。
 このくらいの距離感が、ちょうどいいのだろう……。

 ……いや、だが……やはり、急によそよそしくなる、というのは少しさみしいものだ。
 食欲もあまりないように見える。
 ……具合でも、悪いのだろうか? 何か変なものを食べたのか、風邪でもひいたのか……。

 ……いけないな、俺がまだ妹離れできてない。
 年も離れているのか、どうにもアレッサは甘やかしてしまうな……。




笛鼠ノ月25日


 やはり、アレッサがよそよそしい。
 どこからか、心地よい歌が聞こえると思い顔を出せばアレッサが歌っていたのだが、俺にきづくとぱったりと歌をやめてしまったのだ。

 「きれいな歌だ、どこで覚えた」

 いつもなら、そうして話をきけば、目を輝かせて俺と話をしてくれたのに、今日はただ 「ウロビトに教わったんだよ」 それだけで、会話が終わってしまったのだ。

 俺は……アレッサのように、人好きする性格ではない。
 元々会話も、それほど得意ではないし……普段は、アレッサが話すのを聞くのが楽しくて自分から話をするような事はなかったから、 「そうか」 と、しかいう事ができなかった。

 ……いけないな、俺は。
 戦いともなれば勇ましい声をあげ、仲間たちを鼓舞する…… 「鬨の声」 と呼ばれる素質をもっていると言われて……騎士団の世話になっていた頃は、もてはやされていたのだが……。

 こんな才能、人を死地に追いやるだけの才能だ。
 どうせならアレッサのように……小鳥がさえずるような心地よい歌を歌う、そんな才能に恵まれればよかったんだがな……。

 ……アレッサは、兄のひいき目があるにしたって、かわいい妹だ。
 おまけに、どんな事でも自分のモノにしてしまう才能がある。

 剣術だって、少し俺が仕込んだだけで自分の形にしているし、歌も踊りも、見よう見まねで初めても器用にやってのけるのだ。
 料理だってうまいし、器量もいい。
 人が話していれば、自然とその中心になる……そんな華やかさをもっている。

 夢は、当面俺と冒険をすることだといってたが……。
 もし俺が故郷に……ラング村に戻るというのなら、自分も村に戻り、小さな酒場を経営したいといっていた。

 アレッサの歌があり、踊りがあり、料理がある酒場ならきっと繁盛する事だろう。
 アレッサは……どんな事でもやってのける才能があるのだから、危険に身を投じる冒険者なんて長く続けるべきではないのだ。

 ……故郷に戻る事があっても、なくっても。
 彼女の歌と踊りのある宿がもてる程度の資金を、なんとか捻出しておきたいものだ……。




笛鼠ノ月26日



 アレッサが妙によそよそしくなった理由が、はっきりした。
 …………アレッサが、俺の病に気づいてしまったらしい。

 どうやら、以前ヨハンさんから届いた手紙を読んでしまったようだ。
 西方の言語をウェストさんから学び、少し読めるようになったから……そんな気持ちで、あの手紙を読んでしまったらしい。

 ……うかつだった。
 こうなると分かっていたらすぐに手紙を始末しているべきだった……。

 タルシスに到着するまで手紙はもっていようと、そう思っていたのだその判断が災いしたか。
 俺自身、あの手紙が自分の荷物にあるとすっかり思い込んでいたのもいけなかった。

 アレッサは、俺の病の事についても、ウェストさんから聞いているらしい。

 だんだんと、身体が動かなくなり……そして、いずれは死に至る。
 今の医学で直す方法がない……そんな事を、聞いていたようだ。

 アレッサは 「兄さんが死ぬのなんて絶対にやだ」 とぐずり 「でもそれを言ってくれなかったのはもっとやだ」 と俺を責め立てた。

 ……かえす言葉もない。
 つらい事になるだろうと思い、いえないでいたが……やはりアレッサには言っておくべきだった……。

 ……アレッサがあまりに取り乱してしまい、今日は迷宮の探索もままならなかった。

 ヨハンさんからは 「俺が軽率に手紙でおまえの病状について書いたからだ」 と謝られ、ウェストさんからは 「西方の言語やヤルツール病について教えたボクの責任だ、ごめんな」 そんな風に謝られた。

 違う、俺のせいだ。

 俺が臆病で自分の事を黙っていたからだ。
 ……もし俺が死んだら、アレッサが一人になってしまう。そう思うと言えなかったのだ。

 いや、アレッサを一人にしてしまうのが怖い、というだけじゃない。
 俺だってまだ認められないのだ、自分がこのままでは確実に死に至るという事実なんて、どうやって信じろというのだ。
 まだ戦えるというのに、まだ……。

 ……だが、俺の身体は確実に病にむしばまれている。
 足の進みが少しずつ悪くなったかわりに、鎧を着込んで戦うようになった。歩みが遅くても、仲間たちを守れるように、だ。

 タルシスについたばかりの頃と比べて、俺の病は確実に進んでいる。
 このままだと遠からず……身体は動かなくなるのだろう。

 ……だがまだ、可能性はある。
 巨人の心臓……イクサビトの幼子に特に現れるという病を治す方法……それが、俺の病を治すヒントになればいいのだが……。

 ……時間はあまりない。
 とにかく、今はできる事をしよう……。




笛鼠ノ月27日


 アレッサの気持ちも、幾分か落ち着いたらしい。
 俺と顔をあわせても話をしようとしないが、迷宮の探索ができる程度には元気になっているようだ。

 ウェストさんが 「俺の病はまだ初期段階だ」 という事。
 「タルシスにある世界樹の特殊なエネルギーをつかえば、ひょっとしたらこの病が治るかもしれない」 という事を伝えたら、幾分かやる気も戻ってきたらしい。

 それでも、俺との会話はぎくしゃくする。
 仕方ない事だと頭でわかっているのだが……こう、よそよそしくされるというのは寂しいものだ。

 しかし、俺は立ち止まってはいられない。
 1日休めばそれだけ、俺の命のリミットも迫ってしまうのだから……。

 今は、イクサビトの病すら治せるらしい「巨人の心臓」それを得るために戦おうと思う。
 今は身体の自由がきくが、いつ自分で起き上がれなくなるかすら、この身体はわからないのだから。

 金剛獣ノ岩窟の調査も大詰めに入りつつある。
 ホムラミズチの鱗を氷の杭で打ち破りながら地下三階にたどり着けば、その奥にキバガミが待ち構えていた。

 彼は、俺たちと共闘しホムラミズチを討ち果たそうと提案してくる。
 ……もちろん、断る理由はない。援護は多い方がいいし、キバガミの強さは剣を交えた俺たちがよく知っている。
 心強い味方ができたのはうれしい事だ……。

 キバガミは、地下三階……ホムラミズチのいる階層の探索は、助力を惜しまないという。
 しばらく彼の協力を得る事になるだろう。

 ……しかし、なかなか目的のホムラミズチが住まいに行き着く事ができないのはじれったい事だ。
 迷宮奥深く、孤独に生息するホムラミズチとは、どんな怪物なのだろうな……。




笛鼠ノ月28日

 迷宮の最深部で、ついに「ホムラミズチ」と対面した。
 今まで、迷宮の最深部に巣くう魔物はみな、大きかったが「ホムラミズチ」はまた巨大な化け物だった。

 丸太のように太い腕に、火山の火口付近にでもいるような強い熱気を放っているそれは、まるで「巨人の心臓」を誰にも奪われまいと守護するように立ちはだかっている。

 反面に、自分以外の事にはあまり興味がないのか。
 住居とおぼしきフロアから出ると、また自分の居場所に戻ってしまう……という習性があるようだ。

 (あるいは、ホムラミズチという存在が、「巨人の心臓」に縛られた一種の魔法生物なのかもしれない……「巨人の心臓」は強大なエネルギーをもつ代物だと聞く。そういった魔力をもっていても不思議ではないだろう)

 その身体にある灼熱の鱗を見ると、なるほど。
 イクサビトの言う通り、迷宮に点在していたあの奇妙な岩のようなものが、ホムラミズチの鱗だという話も頷ける……。

 キバガミがいうには、ホムラミズチは自分の住まいが地脈に、灼熱の鱗を配置して室内の熱を保っている、そういう生き物なのだという。
 逆にいうと、この熱を奪ってしまえばそれほど、驚異的な存在ではないはずだ、ともいう。

 ホムラミズチの注意をひきつけつつ、熱を帯びた鱗を破壊する……といった作戦でひとまず、敵の戦力を削ぐ事にした。
 ……強大な敵を前に、綿密な準備をする、それが「冒険者」として生き残る秘訣だ……。

 アレッサも……。
 もし俺がいなくなっても、命を投げうるような戦い方をせず、地味でも堅実な方法で勝利をつかんでいってほしいものだな。
 もちろん、冒険者なんてアコギな仕事から足を洗って、普通に生活をしてくれればうれしいのだけれどもね。

 ……今回は、ホムラミズチの力を奪うために少し、氷の杭を使いすぎてしまった。
 あいつは、戦いの最中でも鱗を飛ばし強い熱気で攻撃をしてくる。

 あの鱗に対応するためにも、氷の杭はもっと必要だろう……。
 とれる場所をピックアップしておかないといけないな……忙しくなりそうだ。




天牛ノ月1日


 さぁ武器をとれ、イクサビトよ。
 眼前の敵を恐れるな、その向こうにあるは栄誉の末の反映。

 その刃は牙なき民のため。
 その盾は愛しき者を護るため。

 危うきと思えば一歩歩め、その一歩に栄光がある。
 ゆけイクサビトよ、己が腕で仇敵ののど笛に牙を穿て。

 力を示した先に、真の勝利と栄光がある。


 ……ホムラミズチと相まみえた時に、俺の声を聞いてキバガミが教えた、イクサビトを鼓舞する歌だという。
 俺の声は、戦士のおびえを打ち払い、勝利に必要な勇気を与えてくれるものだと、キバガミは言ってくれた。

 俺は……。
 この声でずいぶん、死地に送ったような気がして……。

 こんな病気になったのも、この声や歌で鼓舞して敵陣へと走らせた兵士たちの呪いか何かじゃないか。
 そんな風に考える事もあったのだが……。

 ……ホムラミズチは、恐るべき体力をもつトカゲの親玉のような、化け物だった。
 炎を自在に繰り出し俺たちを苦しめるその姿は……まさに「焔(ほむら)の竜」といったところだろうか。

 熱気ですくみ上がりそうになるアレッサも、俺の声をきけばまだ戦えると前を向き、果敢に挑んでいった。
 散りばめられた無数の鱗を氷の杭で打ち破り、ホムラミズチの繰り出す炎の吐息は耐熱ミストの力で軽減した。

 それにしたって、体力がずいぶんとある。
 いくら剣を打ち立てても一向に倒れない相手に、倒せないのではないか、そんな考えが脳裏によぎった時に。


 「立って、兄さん」


 アレッサが、そういいながら俺を支えてくれた。


 「こいつ倒したて、絶対兄さんの病気、なおる方法みつけるから! だから立って、一緒に戦おう! 兄さん、あたしと、二人で、まだまだ冒険するんだもんね!」


 アレッサはそういって……。
 俺といっしょに並んで立とうとした。

 俺は……。
 今まで自分の声で幾人もの兵を奮い立たせてきただろうが、自分が誰かの言葉で立ち上がる事なんて……思えば、なかったか。

 ……希望。
 それをもって敵に立ち向かうのは、存外に……悪い、気分ではないものなんだな……。

 最後の一撃をあたえると、ホムラミズチはその場に静かに倒れ伏した。
 ……目的の 「巨人の心臓」 はまさにホムラミズチのすぐ背後にある、幾重にも植物が巻き付いたような場所に安置されていた。

 心臓というが……まるでただの、赤い宝石のようだった。
 これが本当に病気にきくのか、いささか不安ではあるが今はこれを頼るしかないのだろう。
 一刻も早く、イクサビトの里にもっていかなければ。

 そしてあわよくば、俺の病もこれで治るといいのだが……。

 そういえば、この迷宮が奥にはこれまで、谷を渡るのに必要だった「石版」が見られなかった。
 戦いの最中、いつの間にか俺たちの背後にまわり巨人の心臓を調べていた、ワールウィンド曰く 「そんなものはみなかった」 という事だから、ここには石版がないのかもしれない。

 ……石版が見つからなければ、先の迷宮に渡る事ができないのだが……。
 まぁ、今は深く考えなくてもいい。とにかく、イクサビトに心臓を届けてやろう……。

 ……巨人の心臓。
 本当に、病が治るのだろうか……。

 いや、そもそもこれは、本当は何なのだろうな……。




天牛ノ月2日


 いずれ、こんな日がくるんじゃないか。
 漠然とそう思っていたのは、あの人の行動すべてがいつだって 「タイミングがよすぎた」 からだろうな……。

 ……一つずつ、おこった事を書いておこうと思う。
 俺たちは、「巨人の心臓」を手に入れて……それを、イクサビトの里に届けたんだ。

 里にいた巫女が祈ると、イクサビトの子どもたちを悩ませていた樹木が覆い被さるようにはえる病気がきれいに消え失せた。
 シウアン……巫女と、巨人の心臓の力で、イクサビトの里は救われたのだ。

 早速、宴が開かれた。
 宴には、キバガミと……俺に、ヨハンさん、ギンさん、ウェストさんにアレッサがよばれ、皆英雄といわれて、少し気恥ずかしい思いをして……。
 歌や舞などやる連中があたりを賑やかに彩って、あぁ、やっと終わったんだな……って実感が沸いた頃だったよ。

 「ワールウィンドが、巫女を誘拐して逃げていった」
 そんな信じられない一報が入ったのはそう、あの宴の最中だったはずだ。

 ワールウィンドは、シウアンをつれさり、俺たちがとってきた巨人の心臓まで持ち去ろうとしていたらしい。
 それを見とがめたイクサビトを、ワールウィンドは巨大な剣をふるって撃退したのだと、報告をくれた番人がいった。

 あわてて俺たちも、ワールウィンドを追いかけると、ワールウィンドは大地の北にある封印をとき、さらなる谷の奥へと向かってしまった。
 俺たちもそれを追いかけて進むと、そこにいたのは何と、複数の黒い気球艇だったのだ。

 気球艇の乗組員は、自分たちを「帝国の騎士」と名乗り……「辺境伯をつれてこい」と命令してきた。
 この、谷は帝国の領土だ……そんなニュアンスも感じる。

 ……世界樹を目指していた冒険だった。
 未知なる文明を求めての旅だったが、まさかその世界樹がふもとに「帝国」と名乗る一つの国があるとは……。

 ……正直、あたまが回らない。
 何がなんだかわからない。

 ……いったい、これからどうなるんだ。
 何がおきるというのだろう……。

 アレッサ……。




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