> ヨハンからの手紙
親愛なる弟分のアシュレイ・ラングへ
ヨハンだ。
久し振りの手紙になるが、元気そうだな。
お前たち「ラング兄妹」の評判は、遠くで仕事をしている俺の所にもしばしば聞こえてくるぞ。
確かな剣の腕ながら、安価で実直に仕事をする兄と、まだまだ未熟ながら冒険を楽ませてくれる妹の兄妹冒険者……ってな。
同時にこうも言われてるぜ。
アシュレイ・ラングはもう「鬨の声」を封印しちまったんだ、ってな。
……お前の「声」は天性のものだ。
お前に鼓舞された兵士たちは、恐怖を極限まで小さくし恐れも知らぬ戦士となって、死が間近に迫ってもお構いなしに戦うようになる。
生まれもった戦士としてのカリスマがあれば、どこの国でもいい仕官口があるだろうに、その声を使わない仕事ばかしてるのは、妹さんのためか。
それとも、自分の「声」のせいで鼓舞された兵士が死ぬ事に心を痛めているのかね。
どちらにしてもまぁ……お前の人生だから、好きにするといい。
ただ一つ先に言わせてくれ。
お前は幼い頃からその「声」の力でいくつかの戦に参加して兵を鼓舞し、それによりいくつかの死を見てきたと思う。
だがその死の原因は、お前じゃない。
お前は上官に従っただけだし、お前の声に従った兵士たちも 「お前の命令なら命を預けられる」 と、そう思ったから従ったまでだ。
だから安心して、お前はその 「声」 で人を導いてくれよ。
俺だって、お前の指示だったら安心して命を預けられる冒険者の一人だからな。
……少しばかり話がそれたが、本題はこれからだ。
そう、今もなおお前の身体を蝕んでいる「ヤルツール病」の事だ。
ギンにも聞いてる。
ヤルツール病にかかった人間は、少しずつ手足の筋肉が落ち、やがて心臓がゆるやかに止まって死にいたる。
発病から10年生きられるものがまれで、生まれつきこの病を背負っては30まで生きるのも難しい……なんて講釈は、自分の病の事だ、おまえが一番よく心得ているよな。
半世紀ほど前に発見されてから、何万人に一人の割合で出てくるこの病気は体質によるものが大きいらしい。
遺伝するとは聞いてないが……。
おまえと同じく「鬨の声」をもっていた、おまえの母親もやはりこの病気だったのだろう?
ひょっとしたら、その遺伝だったのかもしれないな。
お前が発病に気付いたのは、俺と冒険者をしている頃だったから、もう5年も前になる。
……無茶な身体の使い方をしていれば、身体が少しずつ動かなくなっていくはずだが、まだ大丈夫か?
その件に関して持ち出したのは、何もおまえに同情し気の毒がる為ではない。
実は「タルシス」という場所に「世界樹の迷宮」と呼ばれる、大規模な迷宮がある。
その周辺では、このあたりでは見ない薬草が発見されたり、未知なる魔物が存在したりと、様々な「未知なる力」の発見があるのだという。
そして、こんなウワサもあるんだ。
ヤルツール病の治療法が、世界樹の迷宮に隠されている……。
眉唾もののウワサだが、どうせおまえの事だ。
自分の身体の事をもう諦めて、妹と静かに死ぬのを待とうなんてそんな陰気な事考えてるんだろ。
どうせ死ぬなら、足掻いてみないか?
俺は、この迷宮にある富に興味がある。ギンもヤルツール病にはちょっと興味があるみたいだから、迷宮の調査にも乗り気だ。
一緒にタルシスで、足掻こうぜ。
もしこの手紙を読んで、生きる事を諦めるつもりがなければタルシスで会おう。
…………このまま病の事を黙って、すべてを背負って妹に看取って貰うってならまぁ、それでもいいけどよ。
残される妹さんの身にもなってみろ。
…………そういうの、ケッコウ辛いからよ。
そんな訳で、俺はタルシスに向かう。
お前が来るのを待ってるぜ。
追伸 : この手紙、読まれるとマズイだろ? お前の事だ、妹さんにヤルツール病について話してないだろう、そう思って西方の言葉で書いてある。西方言語に疎いお前には少し読みづらいかもしれないが、妹さんの目にはいっても大丈夫なようにの俺なりの配慮だ。感謝しろよ。
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