> アレッサ・ラングの日記 (下)







【皇帝ノ月10日】



 今日は迷宮の奥にいる噂の強い化け物を倒すより先に、酒場で出ていた依頼(クエスト)を消化する事にしました。
 迷宮の2階にある穴を調査してほしい……というのと、森の奥にある「へんなにおいがするもの」を採取してきてほしい、という依頼です。

 森の奥はどこだろう?
 探してもなかなか見つからなかったんですが、北側にいたクマさんに追い掛けられたその先に隠し通路があって、そこを何度か探していたら目的の「へんなにおいがするもの」が手に入りました。
 本当にへんな……個性的な、独特のにおいがする奴……何につかうんだろう?

 迷宮の地下2階にある穴は、夜にならないと何もいない……という事で、今日はじっくり夜まで探索となりました。
 そして夜になり、目的の穴を覗くと〜。

 ななな、なんと、見た事のないサソリの化け物が!

 何処からか迷い込んだのか……この階層では一度も見た事のないサソリは麻痺毒とかをつかってなかなか面倒な奴でした……。
 勿論、以前あのスパルタ教育を受けた私は簡単にビックリしないよ!

 わりと落ち着いて、余裕をもって戦えたから、あんなスパルタ教育も効果あったのかなぁ……?

 あのサソリさんは、穴の中から突然出てきたから 「地下の階層では普通にいる敵かもしれんね」 なんて、ウェストさんは笑ってました。
 けど、地下なんてあるのかな? ここに赤い獣がいるんだから……ここまでじゃないのかな?
 タルシスの街でも、地下に3階まであるなんて、誰も言ってなかったしね。

 ん〜…………昨日、今日、スパルタでほとんど寝れてないからもう、ねむねむです……。
 寝れる時に寝ますね、おやすみなさーい。




【皇帝ノ月11日】


 ここ二日ほど「迷宮に行くぞ!」「でかい敵と戦うぞ!」「迷宮に行くぞ!」「でかい敵だぞ!」 ……みたいな生活が続いてました。

 さすがに気が休まらないよ〜、って文句いったら 「今日はすこし、ゆっくり探索してから冒険にいこうか ってお兄ちゃんが言ってくれたので午前中はふわふわ、気球艇でのんびりお散歩。
 川でお魚をとったり、珍しい野菜を収穫したり……わりとゆっくり出来たかな、って思います。
 ヨハンおじさんは 「まだ陸に降りねぇのか?」「そろそろ陸に降りた方がいいんじゃねぇのか?」「これ、落ちないよな」 って、ずーーーーっとうるさかったけどね!

 ……そんなに、気球艇が怖いのかなぁ?
 全然揺れないし、ものすごいしっかりした作りなのに不思議と思ったけど、ヨハンおじさんは 「船が水に浮かんでるのだっておかしいと思ってんだよ俺は!」 って言ってたから、もともと乗り物はニガテなのかもね。

 そうして、気球艇に揺られてたら……。
 えぇっと、タルシスのまわりにはすごく大きいカンガルーの魔物が一杯いて、あたしたちが鳥を狩ったり、魚を釣ったりしているともの凄い勢いで追い掛けてくるんだけど(それも結構強いの!)、そのカンガルーさんがぐるぐる回っている平原の奥に、綺麗な泉が見えたのね。

 「あそこ、綺麗だね。何かありそうだね って、あたしが船から身を乗り出して指さしてたら、お兄ちゃんが 「何とか行ってみようか?」 って。
 まわりにカンガルーさんがぐるぐる2匹もいて(しかも強いんだよ!)危ないし、今のあたしたちではカンガルーさんと戦ってもイッパツでのされちゃうよ(実際、すごいパンチをしてくるの!)って思ったけど 「エサで注意を引きつけているうちに、脇を抜けちゃえば大丈夫だよ」 って……。

 それで、気球艇からカンガルーさんに向けて取れたてのニンジンをドーン! したら、カンガルーさんはその野菜が気になるみたいでね。
 野菜に食いついてるうちに、脇をする〜っと抜けて、その綺麗な泉のある場所に降りたの。

 今まで、冒険で手に入れた食材はみんなギンさんが料理してくれていたけど、こういう使い方もあるんだね〜。
 そういえば、街の人も 「毒のあるニンジンは外のカンガルーにあげちゃえばいい」 って言ってたかな?

 そうやって、綺麗な泉のそばに降りたら……そこも結構フクザツな形をしていて、泉にも簡単に近づけないっぽいの。
 そう、ちょっとした迷宮になってたんだ。
 (後で、酒場のお姉さんに聞いたらそこもタルシスでは有名な獣谷の泉、って場所みたい)

 せっかくだし、ここ数日は戦闘ばかりだったからじっくり探索をしよう……。
 そういう話になって久し振りに、泉のまわりを探索する事になりました。

 ゆっくり探索、といっても周囲は危険な魔物ばっかりだし、地図をつくりながらの調査がメインだから別に休めるって訳じゃないんだけどね。
 二日間、ずっと「ほら戦え!」「やれ戦え!」「ほらアレしろ!」「ほらコレしろ!」みたいな感じで、何だか「急かされてる!」って気分だったから、腰を落ち着けてじっくり探索ってのは気が楽だったかな。
 あたし、「急いで急いで!」ってやらなきゃいけないの、何だかニガテなのかも。

 泉の回りには、昨晩の任務で見かけたサソリの化け物がうろうろしてて……それが一撃喰らうと痛いし痺れるし、しかもあいつは固いしで、何か大変!
 でもみんなで戦うし、固い相手でもウェストさんがルーンで攻撃してくれるから大丈夫だよね。

 「どや! ぼく、役に立つって言うたでしょ? どや! どや!」
 そうやって一々「ほめてアピール」するのは若干ウザましいけど、ウェストさん頼りになる!

 泉には、大きいシカさんもいて、通路を塞いで通せんぼしてる!
 そう思ったけど、この泉はあちこちに通れそうな脇道があるから、わざわざ大きいシカさんと戦わなくても済みそう……かな?

 「いまはアレッサを鍛えなきゃいけねぇから、あのシカも何とか仕留めちまおうぜ!」
 ヨハンさんはそうやって張り切ってるけど……ううう……。
 この人、気球艇に乗ってないとすごく元気なんだもん……ずっと気球艇に乗せておこうかな……。

 ともあれ、今日は泉を探索して……いつもよりちょっと、早く戻ってきました。
 ここ二日は夜まで働いて、夜に帰ってきたらまたすぐに朝に出発! って日が続いてたから、こうして日記をゆっくり書けるのも久し振りな気がするな。

 まだ、泉の探索も充分じゃないし、酒場から「泉に捜し物をしてきてほしい」って依頼も受けたから、明日も泉に行こうとおもいます。
 やっぱり、のんびりの探索はいいなぁ〜。




【皇帝ノ月12日】

 今日は、酒場で頼まれた「さがしもの」をしに、草原にある泉に来てみました。
 ここはカンガルーが周囲をぴょんこら、ぴょんこらして危険な場所だったけど、泉はとっても静かで穏やかで、綺麗なところです。

 あ〜あ、これで大きいシカさんとか、ガッチガチのサソリさんがいなければもっといいところなのにね。
 もし、何のモンスターもいない場所だったら、あたしここでピクニックにするの。
 厚切りのハムを、たっぷりマスタードを塗ったパンに挟んで……えへへ、お兄ちゃんがいつも美味しいっていってくれる、アレッサ特性サンドウィッチなの。

 ……いつかはあたしも、お兄ちゃんと、冒険とは関係ない旅をゆっくりしてみたいなぁ。

 泉にいたシカさんは、正面突破は危険そうだから、ヨハンさんが見付けてくれた裏道を通っていく事にしました。
 ヨハンさん 「ここには裏道があるって情報」 を酒場で聞いたみたいね。

 「俺の情報網もなかなかのもんだろう?」
 昨日までは突進するんだ〜って息巻いてたくせに、今日は自分の情報が役に立ったからって何だか得意気。
 でも 「いい情報を得ても、酒場でベロベロになるまで酔っぱらって良い理由にはならんぞ」 って、ギンさんに釘をさされてました。

 いつも、宿に帰ってくるのがおそいなぁ。
 そう思ってたけど、酒場でお酒なんてのんでるんだね。酒場のお姉さんに迷惑かけてないといいなぁ。

 きっちり準備すれば、シカくらいなら倒せるというのがヨハンさんの見立てだったけど、お兄ちゃんが「暫くずっと、大型モンスターと戦っていたし……今は大型モンスターと戦っても大丈夫だという、慢心もある。どれだけ強い化け物が隠れているかもわからないし、安全策」といって、遠回りする事になりました。

 遠回りだけど、泉はとっても綺麗だし空気も美味しいしあたしは楽しかったよ。
 本当にモンスターさえいなければなぁ〜。
 もし、ピクニックに行くんなら工房の娘さんも誘ってみよう! ……歳も近いしきっと、お友達になれると思うんだ。

 抜け道を通った先に、目的の宝箱はありました。
 でも、中にあったのはボロボロの胸当て……本当にこんなボロボロの胸当てが、目的のモノなのかな?

 不安になりつつ持ち帰れば、案の定。
 依頼を出した行商人は 「あぁ、偽者の情報をつかまされたんだな」 ってガッカリしたみたい。
 行商人さん、有名な鍛冶屋さんの品だと言われて、借金の肩代わりとして「迷宮にかくした財宝のカギ」をもらったんだって。
 行商人さんは「ボロっちい胸当てなんていらないから」って、あたしたちに依頼の報酬だけじゃなく、この胸当てもくれました。

 でもこんなボロなんてなぁ〜。
 困っていたんだけど、アシュレイ兄さんは興味津々みたいで、その胸当てを見ると 「ひょっとして」 そういって、早速工房にもっていきました。
 そして、工房の娘さんと話してね。ちょっとしたら……なんと! 娘さん、その胸当てをぴかぴかに磨き上げてくれたんです!

 「やっぱり、傷ついてると思ったけど、いい品だから……磨けばまだ使えると思ったんだ」

 アシュレイ兄さんの観察眼に、工房の娘さんもビックリだったみたい。
 何でもこの胸当ては、ナントカカントカっていう(名前忘れちゃった・汗)有名な鍛冶屋さんの鍛えた胸当てだったんだって。

 「アレッサがつけるといい。俺は重い鎧じゃないと落ち着かない性分だが、アレッサは重い鎧より動きやすい方がいいだろう」
 アシュレイ兄さんがそういうから、あたしがそれをもらっちゃいました。
 ぴかぴかでウレシイ! 工房の娘さんが鍛えてくれた鎧でウレシイ!

 お代は?
 ってきいたら 「みんなにはいつも、お世話になっているから別にいいよ」 って工房の娘さん、やさしいよね。

 「でも、わるいよぉ」
 あたしが言ったら娘さん 「だったら、私と友達になってよ! アレッサちゃんと私、同じくらいだから」 そういうふうに……いってくれたんだ。

 ウレシイ! 嬉しい!
 あたしも、同じくらいの友達が出来た!

 これから、工房の娘さんとたーくさん、冒険のはなしとかするんだ!
 タルシスにきて、毎日いろんな思い出がいーっぱいある……へへ、明日は何があるんだろうなぁ……。



【皇帝ノ月13日】


 昨日で、小さい迷宮の調査はあらかた終わったので、いよいよ地下にでた「赤いクマの怪物」を探しにいく事になりました。
 街の衛兵さんたちがボロボロにされる程つよい相手なのに、あたしたちで大丈夫かなって、ちょっと心配。

 お兄ちゃんはいつもより入念に剣の手入れをしているし、ヨハンさんだって弓のつるを新しいのにはりかえている。
 みんなやっぱり少しは緊張しているんだろうなぁ。そう思っていたんだけどね。

 「赤いクマの怪物って、赤カブト! 赤カブトだなぁ!」
 ウェストさんだけ、ずぅっとそう。赤カブト、赤カブトってあんまり言うからウェストさんに聞いてみたら「赤カブトって名前のクマがでる漫画がある」とか、何とかで。

 あたしが 「漫画、ってなに?」 って聞くと、紙に絵と台詞だけで書いた劇みたいなものなんだって。
 ウェストさんの住んでた場所には、その漫画がいっぱいあるんだって。

 それって、紙があたりまえにあるって事なのかな。
 だったら、ウェストさんはすごい都会の人だったのかな?

 ウェストさんは、私の髪に男の子とか女の子の絵をかいてくれて……ちょっとくるくる小さく、カワイイ絵だったけど。
 ウェストさん、本当に謎ばっかり。どこに住んでるんだろうなぁ。

 地下の森、奥の隠れ家みたいな場所に、赤カブト……じゃなくて、赤いクマさんがいました。

 クマさんはかなり大きく振りかぶってぶつかってきたり、声でこちらを驚かせてひるませたり。
 そういう攻撃で襲いかかってきたけど、自分より大きい魔物と戦ってきたあたしだもん、もう怖がったりしないもんね。

 爪を受けて危険な時は、ギンさんがあえて前にでて、あたしを庇ってくれながらヒーリングをしてきました。

 「後衛に下がって防御をしていれば、攻撃を受けても一撃で死ぬ事はない」

 あんな事してギンさんが狙われたら大変なのに。
 ギンさん……普段、仏頂面で何も言わないけど本当は優しい人なんだなぁ……。

 そうやって、ギンさんが上手くフォローしてくれたから、赤いモンスターの攻撃もそれほど驚異ではなく、押してる! ひょっとしたら勝てるかも!
 な〜んて思い始めたら、クマさんいきなり進路をかえて、後ろの木々を押し倒しさらに奥へと逃げていっちゃったんでした。

 そういえば、ウェストさんが「地下があるかも」なんて意味ありげに言ってたけど、まさか本当にあるとはね。
 傷付いた身体で探索はむりなので、今日はこれでおしまい。明日、あらためて地下の調査にいってきま〜す。

 おやすみなさい!



【皇帝ノ月14日】


 迷宮をくるくる……おなじ景色ばっかりで、目がまわりそうだよね。
 今日は……赤いくまさんが、さらに迷宮の地下に逃げ出して、それを追い掛ける前に、地下2階をきちんと調べておこう! そんな話になったので、地下2階をじっくり探索してました。

 地下にある穴から、ぴょんと、この迷宮には出てこないサソリさんが出てきたから、ウェストさんは 「もっと下の階があるかも」 って推測してたけど、まさか本当にあるとはなぁ〜。
 ウェストさんは 「やっぱりボクの知識に間違いはなかった!」 とドヤ顔で喜んでたけど、あたしは早くクマさんをやっつけたいよ〜。
 この迷宮の景色はとっても華やかで気持ちの良い場所だけど、同じような景色ばっかりでおめめがぐるぐるしちゃうしね。

 地下の探索をしていてわかったのは、あたし、あたしが思っているよりずっとずっと強くなってたって事!
 最初は「こんなの絶対かなわない!」って思っていたクマさんも楽々! ……とまではいかないけど、対等に戦えるようになってきて…… 「アレッサ、がんばったね、えらいぞ」 ってお兄ちゃんも誉めてくれた!
 えへへ……やっぱり、お兄ちゃんに誉められるために頑張っているから誉めてくれると嬉しいなぁ。

 何匹かクマの素材をもっていったら、工房の娘さんも 「すごい! すごいね!」 って誉めてくれたよ。
 最近、タルシスにくる冒険者はめぼしい戦果をあげてないから、素材をとってくる人もすごく減っちゃったんだって。
 これからもあたしたちが頑張って、娘さんのためにもどんどんいい素材をとってこないとね!

 ……でも、本当に綺麗な迷宮。
 モンスターが出なかったら、みんなでピクニックに行くんだけどなぁ。
 兄さんと、あたしと、工房の娘さんも呼んで! あたしとびっきりのお弁当を……。

 ……お弁当といえば、ギンさんのお料理!
 ギンさん見るからにぬぼぉ〜っとして、動くのもゆったりで、自分の荷物もちゃんと整頓しないのに、お料理すっごく上手なの! 本当に意外。
 この前も、ニンジンやお肉をコトコト煮込んで、ほっくほくで美味しいポトフを作ってくれたんだ。

 ほっくほくで、すっごく美味しいの!
 あんまり美味しいからレシピを聞いて、あたしもこっそり作ってみたんだけど、あたしが作るのは……美味しい事はおいしいんだけど、何だかちょっとギンさんのとは違うかんじ……。

 お料理って、同じレシピでつくっても美味しくなる時と、ちょっと残念な時があるよね?
 失敗もしてないのに、何でだろう?

 今度から、ギンさんの脇にくっついて、ちゃんと料理の勉強をしようっと。
 お兄ちゃんも、ヨハンさんも「飯なんて食えればいいだろ」って、何でもぱくぱく食べちゃうけど、どうせなら美味しいもの食べたいもんね。




【皇帝ノ月15日】


 赤いクマさんを追い掛けて、いよいよ地下3階に突入しました!
 街で出会ったワールウィンドさんからは 「無理しないで、下の階層が厳しいと思ったら一端もどって泉で経験をつむといい」 って言われたけど、やっぱり早く驚異は撃退したいもんね!

 そう思って、地下にもぐったら、手負いの赤いクマさんがいて……みんなで力を合わせて、無事にそいつをやっつけました!

 これでもう大丈夫。倒された兵士のみなさんも傷付く心配はないよねって。
 そう思ったんだけど、迷宮にはもっともっと恐ろしげな獣の声が…………。

 「どうやら、まだ大物が潜んでやがるな」
 訳知り顔でヨハンさんはちょっぴり楽しそうだけど、いくらボウケンシャーだからって全部が全部ヨハンさんみたいに「俺より強い奴に会いに行く」みたいな事考えてないんだから!

 統治院のおじさんも 「さらなる驚異があるならそれも排除してほしい」 だなんて……それ、当初の予定と違うじゃない!
 普通の依頼だったら、この時点で追加料金発生だよもー!
 ちゃんと、危険手当とか追加料金とかきめておくんだったなぁ。

 ……普通の依頼だったら、予定外の魔物に出会ったら追加料金とか危険手当がつくけど、タルシスはそのへん、ゆるいのかな?
 でも、新米のあたしたちにも景気良く気球艇をかしてくれるし、あれのレンタル料を考えると、危険手当は帳消しかな?

 う〜ん、やっぱりあたし、このあたりの「キンセンコーショー」についてあんまり詳しくない気がする。
 あたしも、お兄ちゃんもどちらかというと「りーずなぶる」「あんしんかかく」の冒険者だったからいつも金欠だったもんね。
 もっと勉強しないとな……。

 地下3階は、工房の娘さんいわく 「今まで誰もいったことがない、前人未踏!」 らしいから、あたしもちょっとワクワク……。
 綺麗な泉が一杯だし、道中の清水もすっごくおいしかった!

 でも、あの清水、他の動物の水場だったみたいね。
 あたしたちが清水で喉を潤してたら、ウェストさんが地面をつついて 「ほら、見てみ。ここ、モンスターの足跡。こういう所は動物の水場で危険なんだぞ〜、今回はボクが見てたからよかったけど、気を付けないとな。冒険者はつねに気をくばらないといけないのだ!」 なんて、したり顔で言ってた。

 ウェストさん、いつもドヤ顔&したり顔なんだよね。
 そのくせ、本人がいっつも一番ドジしてるんだ。
 今日なんて、「冒険者はいつでも危機感をもって」とか説教していた矢先に、足を滑らせて泉にドボン! してたもん。

 「およげない! ぼく泳げないの! たすけて〜!」 って。
 あたしも随分おっちょこちょいの方だけどさ、流石に「危機感もって!」ってドヤ顔した後で、泉におっこちたりはしないよね。

 しないかな?
 しないと、思うけど…………うーん。

 もし、泉にどぼんしても恥ずかしくないよう、他人様の行動にアレコレ文句をつけるような大人にはならないにしようっと。
 こういうの、自分でブーメランになるとすっごくはずかしいもんね!

 今日はあちこち歩き回ってへとへと。
 だからもうねま〜す。

 明日は泉にお守りを落としたボウケンシャーさんのために、泉を見て回ろうっと。




【皇帝ノ月16日】

 前人未踏の地下三階におりたボウケンシャーさんが、形見の指輪を落としたから探しにいく事にしました。
 「地下はどうせ調べる事になるから、依頼をうけておくのがいいだろう」 ってお兄ちゃんもいってたし、人の役に立つのは嬉しいもんね。
 やっぱりボウケンシャーは、ギブ&テイクが基本だよ。

 地下には、タルシスの兵士が苦戦したという赤い毛のクマさんが、いっぱい!
 幸い、あたしたちは以前、赤い毛のクマさんと戦って善戦しているから、もし戦闘になっても大丈夫だろうってヨハンさんも兄さんもいってたけど……あたし、やっぱりでっかい魔物は苦手だな。
 ボールアニマルも、でっかくなっちゃった子がたまにいるけど、あの子は負けそうになると目をキュッって閉じてカワイイなぁって思うけど、でっかい魔物はそういう感じもなくて怖いんだよね。

 幸い、赤毛のクマさんは2階であった、大きいクマさんと同じタイプみたいで、自分のナワバリをぐるぐる回って、ナワバリにボウケンシャーが入ってきたら、怒って追い掛けてくるタイプだから、気を付ければぶつからないみたい……。
 ヨハンさんが、常に距離をとってくれて、迷宮を先導してくれたから、あたしたちは赤毛のクマさんとぶつからなくてすみました。

 もしぶつかったら、どうしてたかな……。
 体力に余裕がある時だったら、正々堂々戦ってたかもしれないけど、あんまり元気がない時だったらちょっと嫌だよね。

 兄さんは、「ギルドで教えて貰った技をつかえば、全員で逃げる事も可能だと思うよ」 そう言ってたけど、やっぱりそういう 「奥の手」 はいざ! という時にとっておきたいもんね。

 そうして、木々の合間を進み、時々追い掛けてくる赤毛のクマさんから距離をとりつつ進んでたら、赤毛のクマさんが壊した行き止まりの奥に、新しい道が!
 地下三階の道が最近発見されたばかりだ、って工房の娘さんがいってたけど、さらに行き止まりの通路を見付けたなんてまた、あたしたち新発見しちゃったかな。
 これは、タルシスの歴史にあたしの名前が刻まれるのも時間の問題かなぁ、なんてご機嫌に進んでたのに、急に兄さんが、あたしをとめてね。すっごい怖い顔していうの。

 「アレッサ、ここから先はまだ、ダメだ」って……。
 あたし、何で? どうして? ってぽかーんって口をあけたら、ヨハンさんも冷や汗なんて流していうの。

 「アシュレイの言う通りだ、この先はちょいとヤバイ奴がいるぜ……なるほど、あのクマを倒した時に聞こえた咆吼の正体は、この扉のおくに居やがるか」

 熟練の戦士は敵の気配を察するっていうけど、あれって本当なんだね。
 アシュレイ兄さんもヨハンさんも 「とにかくこの先は、最後に探索したほうがいい」 って口をそろえて言うんだ。理由は「強い奴がいる」から。

 うぅ……つまり、本当の、「タルシスに驚異をあたえる魔物」はこの扉の奥にいるみたい……?

 今はまだ、形見の指輪をみつけてないから相対する事はないけど、次はその魔物を倒せるようコンディションを整えないといけないね、ってヨハンさんが……。
 うぅ……あたし、やっぱりまだそういうの苦手かも……。
 お兄ちゃんが怪我するのも、嫌だなぁ……どうして他の人、やってくれないんだろう……。

 その「扉」は後回しにするときめたから、とにかく泉という泉を探し歩いてみました。

 「押すなよ! 絶対押すなよ!」
 泉に立つ時の、ウェストさんの顔ときたら…………よっぽど、昨日すべって泉におちたのに反省したんだね!

 ワイワイ騒ぎながら奥まですすんだ泉に、目的の「指輪」がありました。
 どうやら無事に形見の指輪は見つかったみたいです。

 ウェストさんだけはずーっと 「本当か?」「もう、水の中墜ちなくていいよな!」 っていってたけど。
 あの人本当におっかしーの! でも自分ではカッコつけてるつもりだからまた、おっかしー。

 こうして、ヨハンさんやウェストさんと話をしていると、明日、化け物と戦ってかてるのか、心配だな。
 何もないと、いいけどなぁ。




【皇帝ノ月17日】


 森の奥にいたのは、フサフサ、モフモフの毛がはえた、クマさんよりももっともっと怖い顔をした、一回りほど大きな怪物でした。

 タルシスの迷宮にきて、色々なモンスターを見てきて……。
 カワイイのとか、ちょっとオッカナイのとか見てきたけど、あれは文字通りの 「怪物」 って感じ。
 鋭い爪と牙、それと咆吼で、近寄ろうとしたあたし達をすごい威嚇するの!

 そりゃ、あいつだって生きる為に必死で、ナワバリである迷宮を守ろうとしているのはわかるけど……。
 でも、迷宮の調査に行く衛兵さんたちを何人も手にかけてるような猛獣なんだから、やっぱり排除しなきゃダメだよね。

 怖いけどガンバって倒してやろう!
 そう思って向かっていったんだけど……あの怪物の周囲は、赤毛のクマさんがウロウロしているのね。

 「今の俺たちじゃ、あの怪物の相手だけで手一杯だ、血の裂断者(赤毛のクマさんを、タルシスではこんな風に仰々しい名前で呼ぶのね)まで乱入してきたら、とても手に負えないだろう」
 アシュレイお兄ちゃんがそう言うから、「何とかしてあの化け物の背後をとれないか」って作戦会議。

 赤毛のクマさん(血の裂断者なんて怖い名前、あたしは馴染めないからやっぱり赤毛のクマさん、って呼ぶね)は2匹。
 怪物は、あたしたちを見ると咆吼で赤毛のクマさんを呼ぶから、正面突破は無理そう……。

 何とか、クマさんにも怪物にも見つからないように通れないかな……。
 そうやって、試行錯誤して……赤毛のクマさんに追い掛けられては、みんなで 「全力逃走!」 って地下3階の入り口まで逃げて、また追い掛けられては逃げてって繰り返して。

 やっと見付けた隠し通路!
 クマさんが壊した倒木の奥に、怪物の背後がとれる通路が隠してあったのね。

 あたしとしては、その「怪物」の背後にあった石碑みたいなのがちょっと気になったけど……。
 とにかく、怪物を倒さないとじっくり調査できないから、背後をとって攻撃!

 したかったけど、あたしもその隠し通路を見付けるまでに散々、赤毛のクマさんに追い掛けられてへとへとだったし、ヨハンさんは幾度も出てくるモンスターを撃破して 「身体が動かない!」 ってじたばた文句を言うしで、一端街に戻る事にしました。

 幸い、あの怪物はずっとあの場所にいるみたいだし……。
 隠し通路の近道を開通させたから、明日こそ万全の体調で戦うぞ!

 ……ホントはすっごく怖いから戦うの、ちょっと嫌なんだけどね。
 あーあ、他の強いボウケンシャーさんが、やっつけてくれればいいのになぁ……。

 明日に備えて、今日は早めにやすみます。
 もし、あたしたちがあの化け物を倒したら、タルシスの歴史に名前とか、刻まれちゃうのかな?

 だとしたら、あたしちゃんと自分のなまえ書けるようにならないとな。

 アレッサ・ラング。
 共通語だとあたしの名前はこう書くの……忘れないようにしないと。




【皇帝ノ月18日】


 やった! やったよ!
 ついに、迷宮の奥にいる怪物をやっつけました。

 あたしが、あたしたちが倒したんだよ!
 これって、きっととってもすごい事だよね?

 奥にいる怪物は……。

 怪物の名前は、ないと不便だろうからと、ウェストさんが 「獣王ベルゼルケル」 とつけてくれました。
 ベルゼルケルというのは 「狂戦士」 を意味する言葉で、ベルセルクとかバーサーカーとか、そういう言葉と同じ意味だそうです。
 ウェストさん、色々な言葉をしっているのね。

 奥にいる怪物、ベルゼルケルは赤クマさんより頭ひとつ大きく見えたかな。
 大きさはクマさんみたいだけど、顔は細くてとがっていて、狼っぽいかなって……。

 こんな大きい化け物と、どうやって戦えばいいの?
 本当に勝てるの?

 あたし、すごく怖かったんだけどね。

 「怯むな! 臆するな! 恐れるな! 怯めば留まる足を見て獣は牙をむく! 臆すれば隙を産み敵の的となる! 恐れれば刃が鈍り、勝機を逃す!」
 「剣をもち! 弓をつがえよ!」
 「術式を繰るものがあれば、恐れずに放て!」

 「全員突撃! 我ら一陣の風となり戦場(いくさば)を駆け抜けよ!」


 ……兄さんが、そうやって声をかけてくれたの。
 とても、力強い言葉。

 今まで手紙を運んだり荷物を運んだり、そういう任務をしていたから……そういう任務だけを手伝っていたから知らなかった、兄さんのもう一つの姿。

 「お前の兄さんはな、戦場(イクサバ)の繰り手(くりて)と言われる男で……戦場にたち、味方を鼓舞する事にかけてはカリスマ性を持つ、すげぇ奴なんだよ」

 ヨハンさんがそう、聞かせてくれたのはあたしが寝る前。
 日記をかいて、少しあたたかいミルクを飲んでた時だったかな。

 あたしはそれを聞いても、いつもの優しくて穏やかな兄さんしか思い出せなかったから 「まさかね」 そのくらいにしか、捉えてなかったの。
 迷宮でも、頼りになるけどあたしの事いつだって心配して、あたしを庇って大けがしちゃう事も多かったしね。

 だけど、あの声を聞いたとき、あたしの心から恐怖が消えて……そうだ、戦わないと、そう思えて。
 それは、ヨハンさんもギンさんも、ウェストさんも一緒みたいで……。

 恐れが消えた戦士って、本当に勇猛になれるのね。
 あんなに大きい怪物を前にしても。

 「勝つのは我らだ! 勝利はこの刃の先にあり! 獣の王の首をとり、勝利を我らに! 栄光を、我らに!」

 兄さんがそう声をあげるとね、あぁ、そうだ、勝てるんだ。
 勝たないとダメなんだってどんどん力が沸いてくる気がして……。

 「目標、獣王ベルゼルケル、足下に死角ありだ、狙えばそこなら当たりやすくなるぜ!」

 ……ヨハンさんの指示も気持ちよく入ってきた。

 「炎の術式は編み終えた……追撃、頼むよ!」

 ……ウェストさんの声にあわせて、炎の追撃もどんどん決まっていった。

 「敵が力を溜めてる! 総員、全力攻撃! ……目標が攻撃準備を終える前に、体勢を崩せ!」

 兄さんの声が、背中を押してくれる。

 そうして、気付いた時、あたしの放った一撃が、獣の身体を貫いて……。
 あたしよりずっと、ずっと大きい化け物が音をたてて倒れて……。

 ……あたし、自分でも何があったのかわからなかった。
 突然、目の前の壁が倒れてなくなったみたいな気分だったから。

 どうしたの。
 何があったの。

 ぽかんとするアタシの肩を、ヨハンさんが抱き寄せて 「やったな! アレッサ!」 そういってくれたから、はじめてあたしが、あの怪物を……ベルゼルケルを倒したんだ、それを理解できたの。

 あたしが、倒したんだよ!
 やっと剣をふるえるようになったあたしが、これって大手柄だよね!

 あたし、嬉しいのと驚いたのと、怖いのが一気に吹き出て、その場でわんわん泣いちゃった。
 ヨハンさんもギンさんも、どうしてあたしが泣いてるのかよくわからなかったみたいで……無理もないよね、あたしも何で泣いてたのか、よくわからなかったから。
 でも、兄さんだけはわかってくれたみたいで、ぎゅっとあたしを抱きしめると 「よく頑張ったね、アレッサ」 しばらくそのまま、よしよし、してくれたんだ。

 …………あたしが落ち着くまでの間、ウェストさんはちゃっかり、背後にあった石碑を調べてたみたい。
 石碑にある文字は、古代文字? みたいなので、ほとんど風化していて読めないけど、石版にかいてある模様はこの大地のむこうにある、風が強い場所においてあった祠? みたいなところにあったのと一緒だから、何か関係あるかもって。

 「このまま手がかり無しだと進めないし、とりあえずこの石版もっていきましょか?」

 そういって、ウェストさん石板をとろうとして……。
 ばこん! すごい音をたてて落としてて。

 「ぴやぁぁぁぁぁ! しまったぁぁぁぁぁあ!」

 真っ青になって大慌てしているのをみて、あたし笑っちゃって、それで落ち着いてきたのよね。
 幸い、石板壊れなかったけど。あれで壊れてたらウェストさんどうしてたんだろ?

 石板は 「おまえ、危なっかしいからな」 という理由でギンさんが持つ事になりました。
 確かにギンさんなら安心だよね。

 それで、無事に獣王を倒して……タルシスに戻ったら、貴族様に報告するためマルク統治院にすぐ、行く事になったの。
 本当はへとへとですぐ休みたかったんだけどね。

 「こういうのは、後回しにするとかえって辛い」 ってヨハンさんがいってたし。
 「ボロボロの姿をみせる事で報酬もよくなるかもしれんしなぁ」 って、ウェストさん妙に打算的だったし。

 いってみたら、マルク統治院のおじさん、すごく驚いて!
 それから、すごく喜んでくれたの。

 来たばかりなのに、スゴイって。偉い、素晴らしい活躍だ!
 これって、誉められてるんだよね?

 あたし……貴族って人は、下々のものを見下して、読み書きも教えず、ただ召使いとして終わらないくらいの雑務を押しつける人。
 そういうイメージしかなかったんだけど……。

 ……タルシスの貴族さんは、そういう事ないみたい。
 思ったより、貴族さんも悪い人じゃないみたい? かな?

 マルク統治院にいるおじさん(貴族さま)は、あたしたちのもってきた石板を見て 「あの迷宮をこえた谷に、似た紋章をもつ祠がある」「そこに、その石板をもっていってみれば、何かわかるかもしれない」 だって。
 つまり、統治院でもあの石板のことはよくわからない、って事だよね。

 
「行ってみるしかないなら、明日の目的地はきまったな!」
 ヨハンさんはそうやって、楽しみにしてるけど……。

 「でも、あの谷すごい風がびゅーびゅー吹いてたよ。ヨハンさん、気球艇すっごく揺れちゃうかもだよ」
 あたしがそういうと、ヨハンさん真っ青になってた。

 ヨハンさんってば、全然気球艇になれないんだよね。
 
 何にせよ、出発は明日にしよう。
 そういう話になったので、今日は早めに宿屋に戻る事になりました。

 前人未踏の地下3階を制覇し、獣王まで倒した「さばみそ」のアレッサ・ラング! なんて、有名になったらどうしよう……。(ドキドキ)

 ……寝る前に、お兄ちゃんと今日はゆっくり話、してみよう。
 お兄ちゃん……。

 お兄ちゃんに 「戦いの時、すごかったね」「兄さんが鼓舞してくれたから、あたしすごく頑張れた!」 そうやって伝えたら、なんでだろう。
 お兄ちゃん、少し悲しそうな顔してね。

 「アレッサ、俺はさ、本当は……」 そうやって、何か言いたそうで。
 でも、すぐに元のお兄ちゃんの顔になると 「あぁ、よかったね」「でも無理はしないでくれよ」 そういう風にいってくれて……。

 兄さん、本当はあの時、何ていいたかったんだろう。

 ……そうだ、兄さんといえば、手紙!
 タルシスにくる切っ掛けになった、「ヨハンさんが書いた、兄さんあての手紙」が落ちてたから、この日記に挟んでおく事にします。

 ヨハンさんのお手紙は、あたしの知らない文字がいっぱいで読めない所が多いんだけどね。
 もし、読めるようになったら自分で読んでみたいし、なくしたと思って兄さんが困るといけないもんね。

 さぁて、明日もがんばるぞー!



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