> アレッサ・ラングの日記 (上)







【皇帝ノ月1日


 ウェストさんから、「ひづけ」を教わりました。
 今まで、今日が何日かなんて考えなかったけど、今日はこのタルシスでは「皇帝ノ月」の「いちにちめ」だそうです。

 せっかく教えてもらったので、さっそく今日から「字の練習」にひづけを入れる事にしました。
 これで「日記」っぽくなったと思います。

 今日は、やっとタルシスにつきました!

 長い旅だったなーと思ったけど、到着した時はまだ朝も早かったのと、このタルシスで冒険者は「冒険者ギルド」で登録しておかないと、勝手な活動が出来ないそうなので、「冒険者ギルド」に行く事にしました。

 今まであたしのしてきた「冒険者の仕事」は、だいたい「冒険者の宿」とかに来る依頼を、宿の主人や依頼人と交渉して受ける……みたいな感じだったので、「冒険者ギルドに登録なんてメンドクサイなー」と思ったけど、このタルシスのように「調査中の迷宮があるような大きな街」では、調査のために入る冒険者を管理する意味で冒険者ギルドが存在する場所もあるんだそうです。

 そうして、冒険者ギルドに行くと……なんと!
 以前、乗り合い馬車のチケットを買おうとした時かな? その時にあった「ウェストさん」とまた出会っちゃいました。

 「やぁ、キミたちか奇遇だねぇ〜」
 なんて言ってたけど、ウェストさんは、あたしたちの事を待ってたみたい。
 何でも、冒険者ギルドに登録したけど、他に一緒のボーケンをしてくれる人がいないから、出来ればあたしたちとボーケンしたいんだって。


 「ボクはルーンを少し学んでますし、皆さんはアタッカーもいる、後方支援もいるでバランスいいじゃないですか〜


 そう言われると最もだよねー。
 そう思ったんだけど、ヨハンさんはちょっと困ったみたい?


 「うちは慣れてる仲間と冒険したいし、なぁ」
 そんな顔でお兄ちゃんを見て……後でちょこっと聞いたんだけど、何となくウェストさんの「胡散臭い感じ」が苦手なんだって。
 ヨハンおじさ……お兄さんは、自分もけっこう胡散臭い所あるから、「どーぞくけんお」って奴なのかもね。

 それでも、ウェストさんは食い下がってきて……。


 「ここの冒険者は、最初に試験があるみたいなんで……その試験でボクをつかってみて、役に立たなかったらポイでもいいですから、ちょっと一緒に行きませんかね? ボクとしても、あと4人も仲間を捜すのは難儀ですし……悪い話じゃないと思いますよ?」


 ねぇ? ねぇ?
 って、困ったみたいにぺこぺこ頭を下げるし……確かに、あたしたちは、あと一人、一緒に冒険に行けるから。


 「……試験もあるというし、その間だけでもいいじゃないか、なぁヨハンさん」


 アシュレイお兄ちゃんがそう推すから、ヨハンさんもしぶしぶ頷いて、しばらくウェストさんと一緒に冒険する事になりました。
 冒険者ギルドに登録する手数料も、旅費でほとんど使い切っちゃったし……。
 タルシスに到着するのもやっとなくらいの資金難だったから、正直ウェストさんが冒険者ギルドの手数料をはらって登録しておいてくれたの、助かったんだよね〜。

 ギルドの名前は「 さ ば み そ 」 
 ……意味は? って聞いたらウェストさんは 「ルーン語で信頼」 とかこたえてたけど、なんか嘘っぽい気がする。
 ごはんのおかずみたいなひびきだもんね。

 ともかく、あたしとアシュレイお兄ちゃん。
 ギンさんに、ヨハンおじ……お兄さんに、ウェストさん!

 この5人でいよいよ冒険だー!
 そう思ったんだけど、このタルシスでは「役に立たない冒険者はいらないぞー」って方針みたいで、最初に「冒険者としてのテストをするから、マルク統治院にいけ」って言われちゃった……。

 マルク統治院……って、このタルシスをおさめる貴族様のいる場所みたい。
 あたしは……貴族、苦手だから、挨拶とかはお兄ちゃんと、ヨハンさんに任せてギンさんやウェストさんと酒場で待ち合わせをする事にしました。

 ここの冒険者酒場は「踊る孔雀亭」っていって、エキゾチックな黒髪の綺麗なお姉さんがマスターみたい。

 あたしは、ミルク。
 ギンさんとウェストさんはエールで乾杯して、ぽつぽつお話してた……といっても、あたしとウェストさんが話していて、ギンさんは「うんうん」って聞いてるだけだったかな?

 ウェストさんは「地下に根をはる巨大な世界樹のはなし」とか、「天空を貫くような世界樹のはなし」とか……。
 そういった「世界樹の伝承」を集めているみたいで、色々な世界樹のはなしをしてくれて、結構楽しかった!
 タルシスの世界樹に来たのも「世界樹のもつ特殊な生命オーラ」がうんぬん……って、あたしには難しくてわからなかったんだけど、そういう理由なんだって。

 でも、お酒はあんまり強くないみたい。
 お兄ちゃんたちが、マルク統治院から帰ってくる前に、一杯のエールでべろんべろんになってて、ギンさんも呆れてたよー。


 「そんなにエールに弱いなら、無理せずミルクにしておけ、全く」


 ギンさんがそう言いながら、引きずるように立たせて。ウェストさんは顔を真っ赤にして 「ごめんなぁ〜あははは〜おかし〜、たのしいわぁ〜、世界がまわる〜」 ってノーテンキ!
 「これでも冒険者かよー」って、ヨハンさんも苦笑い。
 兄さんは逆にあんまり変な人だからかな? 珍しく面白そうに笑っていたよ。

 それで、お兄ちゃんが聞いてきた「試験の内容」っていうのが、街の外れにある「森の廃坑」で「虹翼の欠片」とかいう鉱石? 宝石? を見付けてこい! って奴なんだって。

 キラキラ光る珍しい石だからすぐにわかるだろう!
 だけど、最近まで掘り尽くされてたはずのものだから本当にあるかはわからん!

 みたいな話だっていうんだけど、そんな曖昧な情報を試験にしていいの? もしなかったら、失格?
 ……心配だなぁと思ったけど 「無茶でも、何とかするのが冒険者だぜ!」 ってヨハンさんもいってたし、さっそく「森の廃坑」へ!

 入ってみた「森の廃坑」は……あたしが知ってる森より、もっと大きな木があって、綺麗な花が咲いていて……。
 あたしの故郷の森はもっと……とがった木とか捻れた木が一杯だから 「わー、綺麗だなー」 って感動しちゃったよね。
 やっぱり旅は、色々と綺麗なものが見れるから好き!

 「どちらかというと、熱帯性の植物が多いみたいだね。シダ系の植物も多いし」

 炭坑まで歩くのに、ちょっとお酒が抜けたのか、ウェストさんは何かこの森の生態系に興味があるみたい。
 ギンさんも言葉少なく 「そのようだ」「同感だ」 と相づちをうった後 「でも薬草になりそうな植物はない」 で二人の意見は一致していた。
 ギンさんとウェストさん、タイプは違うけど結構はなしは会いそうかな?

 そうして、少し森を歩いていたら途中にロケット? ペンダントみたいなのが落ちてて。
 わー、なんだろうって思って拾って明けようとしたら 「コラ、他人様のものをダメだろ!」 ってお兄ちゃんにしかられて……。

 そんな事をしてたら、誰かが話しかけてきたの。
 見た目はヨハンさんより落ち着いてて……年齢もきっともっと上かなぁ? 灰色の髪の、背中におっきー荷物をもった、ちょっと眠そうな顔をした人。
 その人も「ボウケンシャー」で、名前は「ワールウィンド」さんっていったかな?

 ワールウィンドさんは、自分があの「ナントカのカケラ」を見付けた張本人だって事と、その場所を記した地図をくれて。
 それから、あたしたちに地図の書き方を教えてくれたんだ。

 ……あたしは今まで、護衛とかモンスター退治とかそういう依頼ばっかりだったから、こういう「地図をかく」ってのはじめて!
 こうやるのかーって面白かったけど、あたしが書くと何か不思議な線がいっぱいはいっちゃうからお兄ちゃんが 「……アレッサは横から見ててね?」 って……。

 ううう、あたし地図の才能ないのかな……。

 ワールウィンドさんは「地図をあとでみてあげるよ」って約束して、あたしたちとバイバイした。
 それで、ワールウィンドさんから少し離れたら……。

 「あれは絶対、嘘吐きの顔だよな!」 ってヨハンさん。
 「わかる、何か騙してる感じするわ」 ってウェストさん。

 その後「あれは後ですごい秘密を明らかにするタイプ」とか「実はものすごい犯罪者かもしれない」とか、本当に言いたい放題!
 二人とも自分が嘘吐きだから、人のことすぐ嘘吐きだと思うタイプなんじゃないかな……。

 あたしも、ちょっとあの人は何だろう……底知れない? 感じがして、怖い気がしたけど……。
 今のところ、あたしたちに悪い事をする訳じゃないし、別にいいんじゃないかな、って思うんだよね。

 ギンさんも 「もう面倒だし、言い合いするくらいならサッサと終わらせてメシにしよう」 って……ギンさんごはんの事ばっかり考えてるんだね。

 兄さんは……。
 「嘘吐きかどうかはわからない、けど」 そうやって前置きした後で 「……結構、手練れの人だとは思う。今、俺たちが向かっても軽くあしらわれて終わりだろうね」 って。

 何となく「強そうなひと」なのは、あたしも思ったんだ。
 ……ボウケンシャー同士が戦うってのは、ないといいとは思うけどね。

 そうして、ワールウィンドさんが作ってくれた地図を補完しながら目的地を目指していたら、びっくり!
 あたしの倍くらい大きそうな、派手な顔したおサルさんがどどーんと道をふさいでいたの!

 「狒狒(ひひ)の仲間だと思うけど、あぁもデカいのは流石に見た事ないなぁ〜」

 ウェストさんは暢気、ちょっと楽しそうだけど、あたし本当に驚いた!
 こんなに大きい魔物が、ダンジョンにはいるんだ……ってちょっと震えちゃったけど、ギンさん曰く 「時々、この手の迷宮にはあぁやって育った化け物がいるもんだ」 だって……。

 そんな大きい魔物が街の近辺に出た時は、手練れのボウケンシャーとか、兵士さんとかが罠をつかったりして退治してるんだって。
 村はずれだったりした時は、触らぬ神にたたりなし! って無視しちゃう事も多いみたいだけどね。

 あたし、こんな大きい魔物と戦った事ないから、本当にビックリした!
 ……アシュレイ兄さんが今まであたしのために、あえて「弱い魔物」としか戦ってなかったんだろうな。

  何にせよあの大きなおサルさんは、今のあたしたちでは到底勝てない相手みたい……。

 「あの狒狒は俺たちを見て追っかけてくるって事はなさそうだ」
 「動きも単純に、自分のなわばりとおぼしき場所をぐるぐる回っているだけだから、そのルートに被らなければ大丈夫」


 ヨハンさんがそうやってブンセキしてくれたから、おサルさんの脇をすり抜けて何とかやりすごす事が出来たから良かったけど……。
 もし、冒険を続けていたら、いつかあの大きな化け物と戦わないとダメなんだよね?
 ……ちょっと、怖いかな。

 そうやって奥までズンズン!
 進んでると……「何とかのカケラ」がとれる場所まで無事到着してやったー!

 と思ったら、そこにもおっきいおサルさんがいっぱいいてヤダー!

 そこのおサルさんも、途中であったおサルさんと同じで……あたしたちに興味なく、自分のナワバリ? をぐるぐる回るだけだったから、うまくすり抜けてやり過ごせば大丈夫だったんだけど……。

 「戦闘にあんまり時間をかけたら危ないからね〜、一気に仕留めないと、あの狒狒は間合いをつめてくるよ」
 なんてウェストさんがあおるし!

 「早く採掘しねぇと、一度掘るたびにまたあの狒狒が近づいてくるぜぇ〜」
 なんて、ヨハンさんもあおるし!

 二人がやいやい、後ろから煽るからあたしもう、冷や冷やしたよ……!
 ヨハンさん、ウェストさんの事「うさんくさい、うそつきで信用ならない!」っていうの、絶対「どーぞくけんお」だと思う!

 でも、ワールウィンドさんの言ってた場所にちゃんと「なんとかのカケラ」がありました!
 無事にカケラを見付けた帰りに、ワールウィンドさんに地図を見せたら 「すっごくよく出来てるな! 上出来だ」 ってほめてもらっちゃった。

 地図をかいたのは、ほとんどお兄ちゃんだったけど……。
 とりあえず、今日はもう眠いから寝ます!

 明日は、このカケラは貴族さまに渡しにいかないと……。
 あたしはまた留守番して、酒場でこんどはリンゴのジュースを飲もうかな。

 あしたも楽しみだ〜。




【皇帝ノ月2日】


 スッゴイ! スッゴイ!
 空飛ぶ気球艇を自由に使っていいだなんて……タルシスってスッゴイ!

 感動して何から書いていいかよくわからないけど……ひとまず、今日のはじまりから書いてみようと思います。

 今日は朝一番に、昨日までに終わった任務を報告するため「マルク統治院」に行って来ました。
 あたしは、貴族様ってニガテだし、礼儀も作法もよく知らないから行かない方がいいよ! って言ったんだけど…… 「これからお世話になるし、何度も顔をあわせるから」 お兄ちゃんがそう言うから、仕方なくあたしも統治院という所に行ってきました。

 そこに居たのは、犬をダッコしたおじさん。
 カワイーわんちゃんで、あたしが 「カワイー! よしよししていいですか?」 って言うと、ご機嫌で頭を撫でさせてくれたよ。
 マルク統治院っていうんだから、この人がマルクさんかな?

 貴族っぽい、ちょっとお育ちの良い顔立ちで、なんか見た目は胡散臭い人だったけど……。
 任務を達成したって言うと嬉しそうだったし、犬を本当に可愛がっていたし、遠くから来たってのを知ると 「タルシスを故郷だと思ってくれ〜」 って言ってくれたり、思ったより優しい人なのかな?
 貴族……がニガテなのはニガテだけど……ボウケンシャーとして、この人が困っていたら力になってあげたいって、そう思いました。

 そうして 「タルシスの冒険者として認めたから」 ってね、その貴族の人が、あたしたちに「気球艇」を貸してくれたの。
 気球艇はね、おっきくて、空を飛んで……。
 空の上から迷宮を見付けたり、食材を見付けたり出来て、とにかくスッゴイの!

 あたし、今まで馬車とか船とかで移動した事はあったけど、空飛ぶ乗り物ははじめてだからすっごく驚いたよー。
 あんまりビックリして、気球艇を見た時も、乗った時も 「スッゴイ! スッゴイ!」 しか言ってなかったと思うな。
 空飛ぶのって気持ちいいんだね、風がぴゅーぴゅー吹いてるし、高い所って見晴らしよくて綺麗だった。

 ……あれ、でもヨハンおじさんは艇の片隅で小さくなって、ぷるぷる震えていたかな?

 「これ、落ちないのか? ゆ、揺れてねぇか!? おい、ちょっ……どういう仕組みなんだ!?」

 って、ずーっと喋ってたのを、ギンさんとアシュレイ兄さんが両脇かかえていっしょーけんめい励ましてたよ。

 「大丈夫だ、空気より軽いガスを入れてるから落ちない」
 「怖くなったら高度を下げて運転しますから、我慢してくださいヨハンさん」


 ……お兄ちゃんとギンさん二人とも大きいから、ヨハンさんすっごく小さく見えた。
 何か、洗った時のわんちゃんが小さくなったみたいで可愛かったー。

 何でそんなに怖いのかな? よくわかんない……。
 命がけっていうんなら、あたしもヨハンさんもボウケンシャーだから、いつも命がけで戦っているのにね。

 ウェストさんは 「あれは高所恐怖症、って奴だよ」 って笑ってた。
 高い所にいくのが怖い「性分」なんだって。そういうのがあるんだねぇ……ふしぎ! あたしは気球艇、とってもスゴイしとっても気持ちよかったよ。

 工房の娘さんがいうには、この「気球艇」はタルシスで珍しくない移動手段なんだって。
 樹海の調査にいくボウケンシャーさんや、調査隊の人の移動手段みたいだけど、工房の娘さんはいつも樹海にいく気球艇を眺めて生活していたから、はじめて気球艇を見て、びっくりしているボウケンシャーを見るのが面白いんだってさ。
 工房の娘さんには面白がられちゃったけど、こんなの誰だって驚くよね?

 タルシスで認められたボウケンシャーは、気球艇で世界樹のふもとに向かうための探索をするんだって。
 そのために、気球艇で行ける場所の地図を作るのも大事な仕事だから……。

 あたしも、気球艇を預かったボウケンシャーとして、しっかり期待に応えないとね!(ふふん!)

 それで、気球艇にのったあたしたちは、早速周囲を探索しました!
 周囲には、凶暴そうなカンガルーの化け物がいて怖いなぁって思ったけど、川には魚がいっぱいいたり、草原には牛さんがいたり、鳥さんがいたり……。
 色々なイキモノがいて、すっごい面白かったです!

 あたしたちが普段冒険している時の発見と、何かちょっと違って見えたなぁ〜。

 そうして、ぐるっと行けそうな所を見てみたけど、さらに奥に行きたくても風が唸っていて進めないみたい。
 不思議なモンショー? のある、ほこら? みたいなのがあってね……そこの風が複雑で、うまく進めないみたいなの。

 近づくだけで、気球艇はすっごく揺れるし。
 ヨハンさんは 「ぎゃー! やめてくれー! 死ぬー! いっそ殺せー!」 って大騒ぎだし……。

 気球艇の端っこに乗り出して外を見ていたウェストさんは 「近くにある迷宮と祠にある紋章が同じだから、何か関係あるかもしれないよね。ちょっと調査してみようか?」 って言うし、あたしもずっと艇の上も飽きてきたし。
 ヨハンさんは 「降りるー! 降りないと死ぬー!」 って錯乱してるし、近くにある迷宮に降りてみる事にしました。

 そこは 「碧照ノ樹海」 と呼ばれている所で、最初に調査をお願いされていた場所だったかな。
 綺麗な新緑の迷宮! タルシスについてからは二つ目の迷宮で、はじめての大きい迷宮!

 ワクワクして飛び出したら、森ネズミって大きいネズミが出てね、ものすごく痛いの!
 歯をガリガリっとして……身体がとれちゃうかと思ったよ。

 すぐにギンさんが回復してくれたけど 「危ないから一人で走ったらダメだ!」 ってアシュレイ兄さんに叱られちゃいました。しょんぼり……。

 叱られたのでアシュレイ兄さんの後ろで歩いてたら、何か紫の柱がぴかー!
 空まで伸びてるの。

 何だろうね、これ何だろう……? って皆で囲んで見てたら 「それは樹海磁軸って奴だよね」 ってウェストさん、知ってたみたい。
 原理はわからないんだけど、この樹海磁軸にふれると、一度いった事のある街と樹海とを自由に行き来出来るんだって!

 「世界樹の迷宮が広がる樹海には、よくこの【樹海磁軸】が現れるんだよねぇ……原理はよくわからない。誰が作ったのか……古代文明の産物なのか、その出自もよくわからない。けど、便利だから使っておこうか〜」

 ウェストさんの言う通り、その「樹海磁軸」は触って何か記録? みたいな手順をふめば、自由にタルシスに戻れるって不思議な場所だったの。
 てれぽーと? とかそういうのの技術で……ウェストさん曰く 「この世界で同じようなものを作るのは技術的に不可能」 な、おーばーてくのろじー……あるいは、ろすとてくのろじーと言われるもの……だとか?
 難しくてよくわからないけど、珍しいものなんだって。

 「原理もわからないし、身体に悪いのかもしれない。けど、便利は便利だから使ったほうが楽だよ……ま、気負わないでとりあえず、あるもんドンドン活用してかな、な?」

 ウェストさんはそう言うと、なんだか慣れた様子で樹海磁軸を使ってて……。
 側にひっそり 「樹海磁軸について教えたそうな兵士さん」 がいたけど、とっても残念そうだったなぁ。

 とにかく、その樹海磁軸もスッゴイの!
 本当にパッ! 一瞬でタルシスに到着しちゃって、気球艇で1時間くらいかかる道のりなんてなかったみたいでスッゴイ! スッゴイ!

 何かスッゴイ事ばっかりで、1日があっとうい間で……。
 まだまだ探索もしたいけど 「夜は魔物が強くなって危険だから」 そうやって、お兄ちゃんがとめるから今日はもう休もうと思います。
 明日からまた探索をするぞー!

 ……そういえば、ウェストさん、樹海磁軸の事、なんで知ってたんだろうね。
 樹海の事詳しいみたいだし……あの人、何者なんだろう? 




【皇帝ノ月3日】


 今日は碧照ノ樹海の探索に出かけました!
 碧照ノ樹海は、最初にいった森の鉱山と似たような、緑と彩り鮮やかな花が咲いてる綺麗な場所です。

 でも、出てくるモンスターは凶暴で獰猛!
 飛蝗さんとか、アルマジロさんは森の鉱山でも見かけたけど……おっきい森ネズミさんの歯は本当に痛くて大変!

 「気を付けないとすぐにやられちゃうから、前衛でも防御はしっかりしろよ」
 ……ギンさんは心配そうに怪我を治療してくれました。

 よく見る、同じような迷宮でも、やっぱり違う場所には違うモンスターが出て、知らない場所には怖いモンスターがいるんだよね。
 気を付けようと思います。

 そうして、森を探索していると、この森にはあちこちに柵? みたいな……板をたてつけたような壁みたいなのがありました。
 誰かが、通行できないように壁をつくったのかな〜?

 そう思って迷宮を歩いていると、壁をバリーン! 勢いよく破って、すごい大きいモンスターが現れて……。
 何がおこったのかよくわからなくて、はわ、はわ……ってしてたけど 「モンスターだ! 隊列をそろえてすぐに撤退ッ!」 兄さんの怒号でそうだ、いけないって……。

 慌てて隊列を整えて、来た道を戻ったんだけどね。
 その大きい化け物は、バリーン! バリーンって……あちこちに置いてある柵(バリケート?)を力任せになぎ倒して、あたしたちを追い掛けてくるんだ。

 幸い? なのかな。
 壁からへんな蜜のにおいみたいなのがして……そのにおいに気を取られるのか、その化け物(ウェストさんが言うには、クマの化け物じゃないかって話)は柵を壊している時はあたしたちを無視してくれるのと、あのモンスター(クマ?)が柵を壊してくれたおかげで新しい道が見つかったから良かったけど……。

 でも、心臓に悪いよー。
 突然「がおー」って現れて、それから「バリバリバリバリーン!」ってすごい音で突っ込んでくるんだもん、怖いよね〜。

 しつこくあたし達を追い掛けてくるし、でもお構いなしに迷宮ではモンスターも襲ってくるじゃない?
 モンスターを倒すの、遅くなっちゃったりしたら、あの大きいクマの化け物に追いつかれて食べられちゃうんだよ!

 あたし、クマのごはんにはなりたくないなぁ……。
 小さいから食べる所も少ないと思うしね?

 そんな事を話したら、ヨハンさんは 「おまえが一番柔らかいからお前から喰われるに決まってる!」 って笑ってました。
 あたし、「おじさんは大きいわりに痩せっぽだから、おじさんよりは美味しいかもねー」って言い返してあげたけど!(ふっふーん)

 おじさん「思ったより痩せてる」のけっこう気にしてたのかな。
 下唇を噛んで悔しそうだったー、面白い顔だった!

 ともかく、あのクマさんは強そうだから暫くふれないでやりすごそう……っていうのが、当面の「さばみそ」メンバーの方針。
 クマさんを誘って、木の板みたいな柵をどんどん壊して、新しい道を探していく予定だよ。

 でも、いつかあのクマの化け物とも戦わないといけないのかな?
 あたしたちも、クマの化け物なんて「お茶の子さいさい!」って簡単に倒せる時が来るのかなぁ……?

 「アレッサはスジがいいから、すぐにクマなんかより強くなっちゃうさ」
 お兄ちゃんはそう言うけど……本当に強くなれるのかな?

 あっ、そうだ。
 明日はひとまず、碧照ノ樹海を探索はおやすみ。

 その近くに、小さい果樹林? みたいなところがあったから、そっちを探索する予定だよ。
 タルシスには色々、見てまわる所が多くて大変……でも、楽しい!

 明日も頑張りま〜す。




【皇帝ノ月4日】


 今日は、碧照ノ樹海の探索をしている帰りに見付けた果樹林を探索する事になりました。
 タルシスの空域(タルシスの気球艇でいける範囲を、空域と呼んでるっぽいですには、碧照ノ樹海みたいに大きな迷宮の他に、果樹林のような小さな迷宮もいくつかあるみたい。
 最初に「試験」として出かけた古い鉱山みたいな場所も、そんな小さい迷宮の一つなんだって。

 タルシスの街でも「樹海ほど果樹林は広くないよ」って話を聞いていたから、きっと楽々。
 簡単に探索なんか終わっちゃうだろうな〜と思って気楽に行ったけど、やっぱり「迷宮」なんだよね……。

 果樹林には何か、小さな鹿さん?
 すっごい可愛い子鹿さんがピョンピョン飛び回っていて、あたし「あっ、かわいいな〜」と思って追い掛けて……。

 そうやって、ズンズン進んでたら、見た事もない敵が出てきたの。
 あたしよりおっきくて、まるまる太ったカエルさん!

 大きいっていっても、カエルさんだし……。
 ほら、カエルさんって身体はプニプニして柔らかいから、そんなに強くないだろうな〜、簡単に切り裂いてやっつけちゃえ!
 そうやって軽く考えてたんだけど、このカエルさん、皮が分厚くてなんか堅いの!

 単純に殴るだけだと手応えがないみたいで……あれ、思ったより手強いかな?
 そう考えてたらね、すっごいジャンプをして、前列のあたしとアシュレイ兄さんを飛び越えて、うしろのギンさんまでダイレクトアタック!

 ……ギンさんは後衛だから、あんまり狙われないだろうな〜。
 そう思って油断していたから突然カエルさんがジャンプした時は驚いたけど、それにギンさんが思いっきり潰されて意識がなくなっちゃったのにはもっと驚いたよね。
 おっきいカエルはすぐに仕留めたけど、ギンさんの意識が戻らなくて……。

 「おいっ、ギン! しっかりしろっ、ギンっ……おいっ!」
 ヨハンさんはすごく慌てちゃうし、あたしもどうしていいかわからなくて……。

 あたしがズンズン進んだから、出口も結構遠いし。
 でも、いつも戦いが終わった後に治療をしてくれたギンさんがいないから体力もじり貧でどうしたらいいの? って……。
 あのまま迷宮で死んじゃうのかな? ってちょっと思って……うう、怖かったなぁ……。

 でも、慌てるヨハンさんの肩を兄さんが揺さぶってね。
 「ヨハンさんまで慌てたら行動に支障が出る! ……落ち着いて、今できる事を考えましょう」
 静かだけど落ち着いた口調でそうやって言い聞かせて……。

 「……そうだよなァ、悪かった」
 ヨハンさんも幾分かそれで落ち着いたみたいで……。

 ……あぁ、お兄ちゃんあんまり喋らないけど、そういう所はやっぱりリーダーなんだな。って見直しちゃった。
 カッコイイよね? ね?

 落ち着いたあたりで、地図を開いてそれをつつきながら、そこでウェストさんが状況説明。

 「ギン君の意識がなくなって迷宮ど真ん中! ……アリアドネの糸は3つもあるし、焦らなくても迷宮を出るのは難しくないよね」
 (あたしは知らなかったんですが、アリアドネの糸は樹海磁軸と同じように、一気に街まで戻れる不思議な道具なんだそうです……これも、樹海磁軸と同じような「おーばーてくのろじー」で出来てるみたい……?)

 「でも、皆の体力は充分あるし、気力も充分だ」
 「戦闘の間は無理でも、キャンプ中はアシュレイ君の応急手当で簡単な傷の治療なら出来る」

 「ぼくも、ルーン魔術を温存しているから暫くはモンスターの撃退は出来る」

 「さぁ、このまま歩いて戻るかい? アリアドネの糸を使うのも手段だと思うよ」

 ウェストさんの説明を聞くと、それほど絶望的って状態でもないかな……?
 兄さんは 「ひとまず退路を確保しつつ、糸は保存して進もう」 そう判断して、みんなで歩いて帰る事に……。

 ギンさんが倒れて戦闘の間に治療してくれる人がいないのも困ったけど、ヨハンさんが結構衝撃を受けてて……。
 目に見えて動揺してたから、あたしはそっちの方が心配だったかなぁ。

 普段から口が悪くて、「ギンさんといい相棒」みたいにひとくくりにすると「ただの腐れ縁」って笑いとばしてたけど、やっぱり長い間戦ってきた仲間だもんね。
 倒れたら心配するよね……。

 あたしだってお兄ちゃんが倒れたら……。
 お兄ちゃんは絶対死んだりしないって、そう信じてるけどやっぱり心配だもん。

 果樹林はね、戦闘が終わったらお兄ちゃんが応急手当してくれて……敵もウェストさんがルーン魔法で追い払ってくれて、何とか脱出できたよ。
 それで、すぐに宿屋にいって治療してもらった!

 目覚めたギンさんは 「……回復の要である俺が真っ先に倒れて迷惑かけた、すまない」 ってしょんぼりしてて……。
 すぐにヨハンさんが 「本当だバーカ! 心配かけんじゃねぇよ!」 って肘で胸元を2,3回こづいてたけど、本当に生きた心地がしなかったよ〜。

 それから、後衛でも攻撃がぼんぼん飛んでくるといけないよね……って事で、後衛のギンさんやウェストさんにも丈夫な装備をちょっと買い足したよ。
 今まで後衛だから大丈夫だろうって後回しにしていたけど、慢心だめ、絶対。ね?

 だから今日はみんな生きて迷宮から出るのに大変でへっとへとなのでいつもより早めに宿をとりました。
 まだ日が高いけど、へとへとだし早めに寝ようと思います。

 明日は大きい迷宮、小さい迷宮どっちに行くのかな?
 おやすみなさ〜い。




【皇帝ノ月5日】


 大きい迷宮と小さい迷宮、どっちに行くのかな〜と思っていたけど、工房の娘さんから 「果樹林にある素材をとってきてほしい」 と依頼を受けたので、先に果樹林の探索に行く事にしました。

 果樹林には、小さい鹿さんがピョンピョン跳んでて……その子が何か可愛いなって。
 でも、小さい鹿さんのそばには親の、大きい鹿さんがいるのが自然の摂理なんだよね……。

 小さい鹿さんは可愛いけど、うっかり手を出して親シカが怒って突進してくるかもしれないし……。
 という訳で、安全策でシカさんは構わず進む事にしました。

 シカさんは、同じ所をぐるぐる回っていて……途中にある、茂み? みたいな。
 花とか種とか採取が出来る花畑みたいな所で少し、水を飲んだりして休んだあと、また動き出す……って形で移動していて、わりとやり過ごすのが簡単だったかな。

 相変わらず、おっきいカエルさんが行く手を邪魔して大変だったけど……。

 「今度はもう倒れるんじゃねぇぞ」
 なんて、ヨハンさんは軽口叩いてギンさんをこづいたりして、この前来たときより余裕は出てたかな?

 そうそう、工房の娘さんが欲しがっていた「竜血樹脂」は、小さいシカさん(といっても普通のシカくらいはあるんだけどね)が休憩している場所にありました!
 娘さんにもっていくと嬉しそうでね〜。

 「ありがとう、これで新しい道具がお店に並ぶよ!」
 って……。

 タルシスの工房は、あたしたちが迷宮でとってきた鉱石とか、モンスターから集めてきた素材を使って作ってるんだって。
 最近は、タルシスの迷宮探索も滞っていて新しい素材が増えないから新品の武器もなかなか作れない……それどころか、以前作っていた武器や道具の材料も足りない!

 そんな状態だったから、あたしたちが新しい道具をとってきてくれて、とっても助かったみたい。
 工房の娘さんは、あたしと同じくらいかな? もうちょっと年上かもしれないけど……。

 同じくらいのボウケンシャーなあたしが、迷宮から素材をとってくると、とっても嬉しそうだった。
 あたしも、以前の冒険はお兄ちゃんと一緒だったし……。
 今は、ヨハンさんとギンさん、ウェストさんも一緒だけど、ヨハンさんもギンさんもあたしより一回り以上歳が離れてるし、ウェストさんは……。

 ウェストさんは……うーん、いくつくらいなのかな?
 見た目だけだとあたし位かな? って思うんだけど、喋ってる感じとか動きとか、時々すっごいおっさんくさい(ある意味でヨハンさんよりおじさんかも……ヨハンさんはまだ「お兄さん」だった!)から……。

 同年代の女の子と話すのすっごい久し振りな気がするから、工房の娘さんとおしゃべりするのは楽しくて好きだなぁ。
 友達になれたらいいよね、ね?

 もし友達になれたら……二人で、甘いものが食べれるお店にいって、キラキラしたケーキを食べるの。
 それで、かわいいぬいぐるみとか、お洋服の話して……好きな男の人の話とかしてみたいかなぁ……。

 なんて、あたしはボウケンシャーだからそういう話、多分出来ないだろうな。
 かわいいもの、って冒険であうモンスターばっかりだから、きっとあたしの「かわいい」はみんなとちょっと違うって、そんな気がするんだ。
 でも工房の娘さんもたくましい職人といつも鉄をうったりしてるから、あたしとまた違った「かわいい」を知ってるかもね。

 そう思うとやっぱり、お友達になりたいなぁ……。
 いまのボウケンシャーの仲間もみんないい人だけど、同年代の女の子いないのが寂しいよね。

 ……んー、そうやって改めて考えてみたらウェストさんって謎だよね。
 女の子みたいにふかふか、フリフリ、人形さんみたいなお洋服着てるけど声は低いし、動きかたはオッサンみたいだし……年齢よくわかんないなぁ。
 そもそも男の人なのかな? 女の人なのかな? まんかなの人なのかな?

 世界樹の迷宮って謎もあるけど、あたしたち、身近にすっごい謎の人がいるのかもしれないよ。




【皇帝ノ月6日】


 小さい迷宮は探索し終わったので、碧照ノ樹海の探索を続ける事にしました。
 大きいクマさんがバキバキと柵を壊してくれたから、それまで進めなかった所にも進めるようになったから柵を乗り越えさらなる奥へ!
 クマさんは怖いけど、新しい道を作ってくれたのはありがたいよね。

 クマさんが壊した柵(?)のようなモノの向こうには、大きな木箱を壊すオサルさんがいました。
 そういえば、酒場のお姉さんから頼まれていた「依頼(クエスト)」に「ボウケンシャーみんながつかう、道具箱をヒヒが壊して困ってる」みたいな依頼があったはず……。

 悪い事しているヒヒはコイツだー! という訳で、みんなで囲め囲め!
 木箱を壊す悪いヒヒを皆でやっつけてやったよ。

 ……このヒヒ、力が強くてあたし達が囲んでやっつけても結構強いんだよね。
 一匹しかいないのを皆で殴るのは気分良くないんだけど、強い相手には数でかからないと。

 あたしたち、ボウケンシャーは「ニンゲン」だから力は迷宮のモンスターたちよりずっと弱い……だから、知恵と勇気で立ち向かわないとね!
 ……って、一匹相手に可愛そうな事しちゃったかな〜ってぼやいたあたしに、ウェストさんの言葉受け売り。

 そう、あたしたちボウケンシャーはニンゲンで、武器をつかっても迷宮の強いモンスターより脆弱な存在……だから、みんなで力をあわせて戦わないとダメだよね。

 ヒヒをやっつけて、無事に木箱が使えるようになりました。
 この木箱は「迷宮で困っているボウケンシャーを助け合えるよう、アイテムを持ち寄る箱」みたいなので、あたしたちも他のボウケンシャーさんの助けになれば……と、アリアドネの糸を入れておきました。
 誰かの役に立つといいなぁ〜。

 ヒヒを倒して、調子もいいからもう少し奥まで進んでみよう!
 そういう話になって、皆して奥まで進んでいくと……その向こうに階段がありました。

 「迷宮のさらなる奥にさらなる謎とさらなる財宝! 高まるなぁ〜」
 新しいもの大好きなヨハンさんはもう、下の階にあるオタカラにワクワクしているみたい。かく言うあたしも、タルシスにきて「地下まで続く迷宮」ってのは初めてだからワクワク……。

 そうしてヨハンさんと競って階段に向かったら、あたしたちが階段にたどり着くまえに駆け上がる人がいたの。
 飄々とした雰囲気の……灰色の髪で、大きな荷物を背負ったワールウィンドさんは、今日は大きい荷物といっしょに血まみれの兵士さんを背負って……。

 自分の怪我なんてボウケンシャーだから日常茶飯事だけど、あたしもヨハンさんも驚いちゃって!

 「どどどどどど、どうしたんだワールウィンド! そそそそいつ!」
 「けけけけけけ、怪我してる! たいへん! 血まみれ! ワールウィンドさん怪我! 真っ赤!」

 あたしとヨハンさんで指さしたり、足をばたばたさせたり……恥ずかしいくらいに混乱しちゃってね〜。
 流石のワールウィンドさんもちょっと苦笑いしつつ 「こいつは大丈夫だ……」 って、ひとまずあたし達を落ち着かせてから、この地下にすごく強い魔物が住み着いてる事。その強い魔物に、調査に出ていたタルシスの兵士たちがみんな倒されちゃった事を教えてくれたの。

 ワールウィンドさんが抱えているのは、そのうちの一人で、何とか生き残ってた兵士さん。

 「ちょっと見せてくれないか、これでも衛生兵(メディック)でね」

 ギンさんはそう言いながら怪我した兵士さんをぱっぱ……と見たけど、応急処置はもうワールウィンドさんがしてくれたみたいでね。
 「これなら大丈夫、街までは持つだろうな」 そういってた……。

 あたしが 「重いでしょ、手伝いましょうか?」って聞いたらワールウィンドさん 「タルシスのボウケンシャーはみんな、そうやって力を貸してくれるものか?」 ってちょっと驚いたみたいでね……。
 でもすぐに 「一人でも大丈夫、それより君たちはこの先に向かうなら気を付けてくれ……力が足りないと感じたら、他の場所を廻って力をつけるといい」 そういう風に言って、兵士さん抱えたまま一人でサッサと帰っちゃったの。

 「……彼は、俺たちが力を貸すより一人でやった方が効率がいい、それだけの力がある人だよ」
 アシュレイお兄ちゃんはそういう風に言ってたけど……。

 ワールウィンドさん、あの人はずっとあぁいう風に一人で冒険してたのかな?
 あぁいう風に、誰かの力を借りようとしないで……誰かが力を貸してくれる時に、遠慮しないで信頼出来るような……。
 そういうの、なかったのかな?

 あたしが 「お手伝いしましょうか」 そうやって申し出た時のワールウィンドさんの顔が、どこか驚いたみたいで……でも何だろう。
 疑っているような……そんな拒絶も感じられて、よくわかんないけど、ちょっと寂しかったなぁ……。

 「とにかく、ワールウィンドさんは地下に危険な魔物がいる事を教えてくれた……」
 「兵士が倒された、という事でタルシスの方でも何か動きがあるかもしれない」
 「一度、街に戻って体勢を立て直そう……もうすぐ、日も沈む。夜の迷宮探索は危険だしね」


 アシュレイ兄さんがそう判断して、一回タルシスに戻る事は、誰も反対しなかった。

 「迷宮に強敵が出たとなると、討伐依頼の任務(ミッション)が発動するかもしれないし……確かに一度戻った方がいいかもねぇ……」
 「任務(ミッション)が出なかったとしても、助かった兵士から危険な魔物の情報が得られるかもしれない」
 「戦う前に情報を得ておかないと……彼を知り己を知れば百戦殆うからず、情報は戦のカギだからね」


 ウェストさんはそう言ってたけど……これから、どうなるんだろうなぁ……。




【皇帝ノ月7日】


 大変な事になってしまいました……!

 結局、ワールウィンドさんが運んでくれた兵士さんは無事だったみたい。
 だけど、碧照ノ樹海の地下2階を探索していた兵士さんたちはほとんどやられちゃって、タルシスでは事態を重くみて討伐隊を募って……。

 地下にいる「赤い毛の獣」を討伐せよ!
 そんな任務(ミッション)が下されました……。

 あぅ〜……ウェストさんが言った通りになっちゃったよ〜……。

 勿論、あたしだってボウケンシャーだから!
 その、強い化け物とか、別に怖くないし……まだタルシスにきて一週間もたってないのに、いきなり迷宮探索が中止になったらここまできた甲斐もないから、もちろん任務(ミッション)受けます! けど!
 正直……やっぱり、怖いなぁ……。

 だって、あたしたちまだ迷宮にいる黒い毛のクマさんだって倒せてないんだよ?
 それなのに、それより強い赤い毛の化け物がいるなんて……しかもそれを倒さないといけないなんて……。

 ……うう〜、やっぱり自信ないなぁ。
 他にも強いボウケンシャーがいるなら、その人がやってくれればいいのに……。

 でも、タルシスの探索はヨハンさんがやる気だし!
 珍しく兄さんも 「危険かもしれない、けれど……迷宮に挑むために任務(ミッション)を受けるのが必要ならやろうと思うんだ」 とかいって、乗り気だし、あたしも頑張らないとな!

 いつも、兄さんは強い魔物と戦うかも……。
 そういう時は、他に手練れのボウケンシャーと組んで大規模作戦に参加したりとか……違約金を払ってでも降りるって事が多くて。
 きっと、あたしがまだ小さくて足手まといだったからそういう危ない仕事を選ばないでいてくれたんだろうけど、タルシスでは未知のあいてでも挑戦してるって気がするのは、あたしの事少し頼りにしてくれるって事かな?

 敵は怖いけど、兄さんが頼りにしてくれるなら、あたし頑張ろうって思うんだ。
 今まであたしの事守ってくれたオンガエシもしたいしね。

 ……でも、兄さんはどうして急にタルシスに行く気になったんだろう。
 タルシスは冒険者も歓迎ムード、依頼もいっぱいあるし、わざわざ気球艇まで貸してくれて至れり尽くせり。
 他の街では「ボウケンシャー」っていうと「ふーん、あの荒くれ者たち?」みたいな目で見られてたのに、タルシスはそういうのがないからとっても過ごしやすいんだけど……。

 今まで護衛とか、荷物の配達とかそういう、ボウケンシャーの仕事としては「安全な」仕事を多くしてたのに、急に遺跡の調査とか、何かあったのかなぁ?
 タルシスに来てから、ヨハンさんやギンさんがフォローしてくれるのもあるけど、少し無茶な冒険もしてる気がするし、う〜ん。

 今度、お兄ちゃんにちゃんと聞いてみよう。

 あ、それとこんど、ギンさんに料理を教えてもらうこと!
 ギンさんのお料理いつもとっても美味しいけど、作り方を聞いても 「んー、どうやったっけな?」 そんな顔してはぐらかすんだもんね。
 ちゃんとレシピ聞いて、あたしも身体にいいおいしい料理をつくって、健康美人になるんだー。




【皇帝ノ月8日】


 赤い獣の討伐、その任務(ミッション)を受けたので、あたしたちも地下の兵士さんを倒したという獣を探す事になりました。
 道中であった兵士さんの話だと、いま、赤い獣さんは姿を消してるそう。
 道中にいる黒い獣……普通のクマさんも充分強いから油断しないようにって、注意して怪我した身体を引きずって元の場所に戻ったみたい。

 「やはり、これまで見つかってなかった新種の赤毛クマ……一筋縄ではいかないみたいだね」

 大ぶりの剣をもつアシュレイ兄さんが、珍しくため息をついていたのはやっぱり、相手が強いからかな?
 それでも、調査隊の兵士さんたちが見付けられなかった赤毛のクマさん、どこにいるんだろう……?

 えっと、地下2階はまるで、クマさんに各小部屋が割り当てられてるような……。
 クマさんの集合住宅? みたいな作りになっているから、正面から真っ直ぐにいっちゃうとクマさんが興奮するので、後ろをこっそり抜けて調査をしていたんです。

 そしたら、奥になんだか最初からフルスロットルなクマさんが!
 慌てて逃げ出してたら、そのクマさんが奥にあった柵を破壊して、今までなかった道が出てきて……。

 そこを覗いたら、いた! いたんです!
 真っ赤な毛をした、大きなクマさん。

 ……これが、討伐の目標のクマなんだなー、とか。
 大きいなぁ……いっぱい兵士さんを倒して、強いんだろうなぁ〜とか。

 そういう事考えてたら、あたし、何だか急に怖くなってきちゃって……。
 足が震えて力が入らなくなっちゃって。

 「あうあう〜」
 喋るのもなんか怖くなっちゃって、その場にへたりこんで……。

 こ、怖くて腰が抜けちゃったの。

 「アレッサ!」
 すぐにあたしが座り込んだのに気付いたお兄ちゃんが抱き上げて 「……すいません、逃げましょう! 撤退します」 そうやって隠れ通路から元の場所に戻ったんだ……。

 幸い、あのクマさんはあたしたちに気付いてないのか。
 それとも、意に介してなかったのか……あたしたちの様子に興味ないみたいで、するっと無視してたけどね。

 でも、あの時の私はとにかく怖くて、こわくて。
 半べそかきながらお兄ちゃんの胸にぎゅっとしがみつく事しか出来なくて。
 でもそれが、どんな情けない冒険者なのかもちゃんとわかっているつもりだったから。

 「お兄ちゃぁぁぁん、ヨハンさん、ギンさん、ウェストさぁぁぁん、ごめんなさい、あたし、あたしこわくてぇぇぇぇ」

 もう涙ボロボロ零しながら謝って謝って。
 自分が力不足なのがわかっていたから、それがくやしくてくやしくて……。

 「いいから、いいから落ち着いて……」
 泣きだす私を胸に抱いて、震えるのが落ち着くまでお兄ちゃんは待っててくれました。
 お兄ちゃん相変わらず優しくて……でも今の私はお兄ちゃんが優しくしてくれるのも何か申し訳なくて、また泣きそうになっちゃった。

 「……落ち着いた?」
 「う、うん……」

 震える私の頭を撫でると、ヨハンさんやギンさんの方に申し訳なさそうに頭を下げて……。

 「すいません、ヨハンさん。ギンさん……アレッサは、まだ実戦経験が少ない新米です」
 「……今まで俺が、兄として……危険にさらしたくないから、その思いで守ってきたせいで実戦を殆ど知らずに生活してきました」
 「だからまだ、自分より大きな魔物と戦う事になれてないから……怯えが出てしまうのだと思います。だけど」
 「だけど、剣術の腕は俺と同等かそれ以上の才能だと……兄の贔屓目を抜いてもそれだけの才能があると期待出来ます」


 「だから妹に、チャンスをください。自分より強い相手と立ち向かうためのチャンスを」

 ギンさんは 「? 俺にどうしてほしいんだ」 そんな顔をしていたけど、ヨハンさんはもう決まっていたみたいで、ぱんぱんと兄さんの肩を叩くと。

 「相変わらず生真面目だなー、アシュレイは!」
 「オマエの妹が新米なんてのはもう見てすぐわかるから! ……心配するな、荒療治だがちゃちゃっと鍛えてやるぜ」

 そんな風に笑って……。

 「そうそう、荒療治だけど大きい相手と戦う経験なら……ここでは、ナンボか出来ますもん、なぁ〜」
 ヨハンさんの言葉に呼応するかのように、ウェストさんも悪い顔をして笑って、笑っていて……。

 今日は、宿で休んでいいよって。
 そう言われたけど、明日、あたしどこにつれていかえれちゃうのかな!?

 ……荒療治って、何をするんだろう。
 こ、怖いけど……怖くないようにしないとね!




【皇帝ノ月9日】


 あたしだってボウケンシャーだから、荒事にはなれてるつもり。
 怖い事だって……出来れば避けたいけど、立ち向かわなきゃイケナイのだって、わかってるんだよ。

 でも……まさか、本当にまさかだったよ。
 まさか、お兄ちゃんたちが廃れた鉱山に戻ってそれまで道をふさいでいた狒狒のボスを倒す事で 「これでアレッサに度胸をつけてやろうぜ!」 なんて……。

 そんな荒療治につき合わされるなんて、思ってもみなかったよー!

 「結局は実戦、実戦! 自分が今、どれだけあの大狒狒の攻撃が受けられるのか、受けられないのか……そういうのを調べてくるんだよ

 ヨハンさんもウェストさんもノリノリで、朝からげっそりするあたしを鼓舞しながら大狒狒のまえまで引っ張って
 「ほら、戦え!」 って無責任にぽーんと背中を押すんですよ。

 あの二人、前衛じゃないからまともに攻撃を受ける痛みとか知らないからだー!
 本当に悔しいー!

 狒狒は……相変わらず大きくて、派手で、ものすごく興奮していて……。
 見るからに一撃喰らえばこっちは死にます! って大きさだから最初は不安だったんだけど実際、戦ってみたら 「あっ!」 通じる、って。

 ちゃんと攻撃は通じるし、相手の攻撃もそんなには痛くない!
 攻撃受けた人が念のため、防御を回復をうけ、また攻撃……こうやって戦うとすごい、すごいの!

 あの大きな化け物だと思っていた狒狒も普通に倒せちゃって……。
 ……あたしが今まで怖がっていたものって、何だったんだろうな、って思っちゃって。

 「どうだ、デカイ相手もちゃんと戦ってみれば、あっけないモンだろ」


 倒れた魔物の横たわる姿を眺め、ヨハンさんはそうやって豪快に笑って……。

 「デカさで恐れるに当たらないだろう。相手をよく見て戦略を練り、充分な状態で挑んだなら、正気はくるもんだ、覚えておけよ」
 自分の額を叩きながら、そういう風に教えてくれた。

 そうなんだ……あたしもう、ちょっとそたFOEは退治できるくらいの能力をもっているんだね……。
 それでもまだ、敵の能力があたしより高い気がするけど、だけどそれでも戦えるんだってわかったら、あたしが昨日腰抜けた自分がなんだか面白くなってきちゃってね。

 「あはははっ、あはははは!」

 泣きそうなくらいに大笑い。
 これで気持ちが切り替わった、というか大きいモンスターに対して今まで自分が「恐怖心」ばかりを剥き出しにして実体を見てなかった事に気付いたんだ。

 おちつけば、勝てるんじゃないかな……とか。
 これはまだ全く歯がたたないとか、そういうのがわかってきた……気がしたよね。

 「よし、鉄は熱い内に撃て! だ! 他にも討伐できそうなFOEを探しにいくぞ!」
 
「ラジャー了解! ではウェスト、次の地点でお待ち致しますー」

 二人はそんな勝手な事をいって、あたしたちを結局夜まで引きずり回して倒しつづけて……。

 度胸はついたかもだけど、体力はもうへとへとだよー。
 日記もかいたし、もう寝ます!

 もう今日はほとんど寝る時間がないよー、やだー……。

 でもだんだん、迷宮で野宿とかそういう事も増えるんだろうなぁ。
 大変だなぁ〜。



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