> 界樹の迷宮をリプレイ風のプレイ日記をつけ続けてはや幾年。ついにラスボスを倒した!





までのあらすじ >


 ラスボスっぽいものを退治した。





> はそこに確かに存在したという事実(こと)。



 王が、倒れた。

 同時に世界樹に眠った数多の光が開放される。


 無数の光は空へと登り、輝きながら消えていく。

 役目を終えた王の躯は、生前のそれと比べ幾分か小さく見えた。


 しばし光に見入るさばみそギルドの面々であったが、やがて、己が使命を思い出し各々ゆっくりと動き出す。




シグ : 「立てるか、アイラ?」


アイラ : 「……うん、あ……」 (よろっ)


シグ : 「……無理すんな、支えてやるからよ……歩けるな?」


アイラ : 「うん……でも、リンちゃんは……」


リン : 「ボクは大丈夫です……」


シグ : 「……ったく、二人とも仕方ねぇな」 (がばっ)



アイラ : 「ひゃぁ! ななな、何するのシグ!」 (じたばた)


リン : 「きゃぁ! や、や、やめてくださいシグ! ぼ、ボク結構、重いんですよ!」 (じたばた)



シグ : 「うるせぇ! 二人とも歩けないなら担いでいくしかねーだろ……乱暴だが、背負わせてもらうぜ」


アイラ : 「えっ、ちょ、シグ!」 (じたばた)


リン : 「ふぁ、ふぇっ……」 (あせあせ)



シグ : 「……背負わせてくれよ、これからも二人には一緒にいてもらわねぇと、俺が困るんだからよ」


アイラ : 「あ……うん。だったら、今日は甘えちゃおうかな……ね、リンちゃん?」


リン : 「はい! ……シグ、これからもヨロシクお願いします」



 倒れた二人をシグが支えて歩き出す。

 一方、シェヴァは王の躯を抱くシュンスケの肩に触れた。



シェヴァ : 「シュンスケ…………」


シュンスケ : 「…………」


シェヴァ : 「帰ろう、エトリアに……そして……伝えよう、長の事。世界の事、そして……昔あって、そして今はない旧時代の事……俺たち、それを伝えなきゃいけないはずだからさ……」


シュンスケ : 「…………あぁ」



 シュンスケは暫く、王の躯を見据える。

 旧時代の遺産としてここに捨ておくべきか。

 それとも、街に尽くした長の遺体として街へ連れ戻すべきか……。


 だがそれを考えるまでもなく、王の躯はぼろぼろと音を立てて崩れていく。



シュンスケ : 「あ……」



 砂に変わる躯はシュンスケの指から逃げるように消え、気付いた時。

 王の身体は旧世代の遺跡、それらが眠る風へと変貌していた。


 ……躯がないのであれば、もうここで立ち止まる理由もないだろう。


 シュンスケはおもむろに立ち上がると、仲間たちの方を振り返る。

 そして、心配そうにこちらを眺める相棒の指先を握ると、僅かに笑って彼を見た。




シェヴァ : 「もう、いいの? シュンスケ……」


シュンスケ : 「あぁ……もう、いいんだ」



 離れた仲間を追うように、シュンスケは歩き出す。

 結んだ指が今は何より暖かい。




シェヴァ : 「……ねぇ、シュンスケ」


シュンスケ : 「…………何だ?」


シェヴァ : 「ヴィズルさんは、どうして……こんな事、したんだろうね?」


シュンスケ : 「……」



シェヴァ : 「迷宮の探索なんてさせないでさ! 秘密は秘密のままにしておきたいんだったら、このままずっと……誰にも知られないよう、ひっそりと計画を続けていればよかったはずだろ。それなのに……どうしてヴィズルさんは、こんな大々的に迷宮探索なんてはじめたんだろう。どうして……」



シュンスケ : 「そうだな……死人の気持ちはもうわからない、が……おそらく、そう。恐らく、ヴィズルはな」


シェヴァ : 「…………」



シュンスケ : 「そう、彼はただ、誰かに知っていてほしいだけだったんだ」


シェヴァ : 「え……?」



シュンスケ : 「……かつてこの地には人がいた。この世の嵐から命を守る為、運命と闘い続けた人間がいた。彼らは志半ばで倒れ、そして今も大地と世界樹の狭間で眠っている」


シェヴァ : 「……」


シュンスケ : 「……計画は実行され、時はたち、記憶は風化し、遺跡は忘れ去られた……それでも計画は続く最中……計画の終わりも近づいた頃、大地には新たな生命が息吹き、自分もまた役目を終えようとする、その中で……自らのする事がもう、さしてないのだと知った時……密かに行われた計画が、本当に密かに行われそして終わろうとした時に……自分たちの命の記憶を、誰かに留めてもらいたいと思う事は、果たして罪なのだろうか……」


シェヴァ : 「あ……」


シュンスケ : 「だから彼は街へ出た。何処からとも現れて、遺跡が眠る迷宮へ冒険者を誘った……自らの生み出した生命が、逆境に負けずいずれ己が秘密に迫る強さを備えた生命だと、それを確かめる意味もこめて……な……そう」


シェヴァ : 「……」



シュンスケ : 「ただ、知って欲しいだけだった……大地の下に以前も生命があった事を、そして……その生命が暖かかった事を。知る事で……新しい生命に、知って欲しかったんだろう……永遠の命なんて何処にもない、永遠に存在する文明もないのだからせめて今を……今ある命を、人生を、無駄にはしてほしくないから……」


シェヴァ : 「……そう」


シュンスケ : 「なんて……考えすぎかもしれんがな」




シグ : 「おい! シュンスケ……帰還の術式を頼む!」


シュンスケ : 「……あぁ。行くぞ、シェヴァ」


シェヴァ : 「……うん。帰ろう、エトリアに!」



 皆は集まり、そして迷宮を去る。

 朽ちた世界樹はその役目を終えたかのように、ただ静かに立っていた。






> エトリアの雄。



 大地の震動は収まり、普段通りの天候がエトリアにも戻る。

 それは、ちょうど迷宮より5人の若者が戻った頃と同じであった。


 傷ついた身体を引きずり迷宮より戻る仲間の姿をいち早く見つけたのは、亜麻色の髪の乙女である。





ヒルダ : 「……坊ちゃん!」



 ヒルダは勢いよく駆け出すと、シグの身体を力強く抱きしめた。



シグ : 「うぁっ……あ、姉弟子?」


ヒルダ : 「心配したのだぞっ、何故もっと早く戻ってこなかった……バカめ! バカめっ、バカめ!」


シグ : 「あー……悪い悪い、ちょっと色々。な?」


ヒルダ : 「……でも、戻ってきてくれて良かった……本当に、良かった……」


シグ : 「あぁ、心配かけて、ゴメンな? でも、もう大丈夫だから……」 (なでなで)


ヒルダ : 「うっ、うぅ……」




アイラ : 「アイラさんもいるよー、ヒルダおねーさま、ただいまー!」 (抱きっ!)




ヒルダ : 「!? アイラくん?」


リン : 「ボクもいますよ……えへへ、ただいま、ヒルダさん!」


ヒルダ : 「リンくんも……そうか、皆無事だったんだな! 良かった……」




フィガロ : 「シュンスケ君もいるかーい! おかえりなさいさね、さぁフィガロ兄さんの熱い抱擁を受けるがいいさね!」




シュンスケ : 「大爆炎の術式!」



フィガロ : 「うわっ! あ……危ないねぇ、何しやがるさね!」



シュンスケ : 「チッ、死ななかったのか、運がいい奴だ」




フィガロ : 「本気で殺しにかかってるし! まったく、本当にシュンスケ君はつれないねェ……俺の愛情がわからないなんて……」



シュンスケ : 「……オマエの方こそ、俺の拒絶がいつになったら理解出来るんだろうな」



シェヴァ : 「まーまー……でも、ヒルダちゃんとアニキ、どーしてここに? システムが安定してないから入れないんじゃなかったの?


ヒルダ : 「あぁ……そうだったんだが、急にシステムが復旧したのでな。試しにエトリアへと来てみた、という訳だ」


シグ : 「システムが復旧……?」


アイラ : 「きっと、ボス倒したからだよ! 確か、ボスを倒せば ユグドラシルプログラムの再構築 ってのが始まる予定だから、それでGMがもどってくるはず……だからシステムが安定したんだよ!」


シェヴァ : 「あ! だったら、GMさん、復帰できんだね! また、元通りに……ね、シュンスケ?」


シュンスケ  : 「……」


シェヴァ : 「シュンスケ?」


シュンスケ : 「…………ん!? あ、あぁ……そうだな、戻ってくる、だ……ろう、な」


シェヴァ : 「何だよシュンスケ、元気ない! GM戻ってくるんだから、もっと喜べって、なー」



 互い語り合うギルド面子の前に、見覚えのある姿が現れる。

 癖のある髪と眼鏡が印象的な男は、執政院の窓口として幾度も冒険者たちと語った男だ。




執政院の眼鏡 : 「……さばみそギルドの皆さん!」



シェヴァ : 「あ、なで肩眼鏡さん!」


フィガロ : 「……何しに来たのかねぇ、人が感動の対面をしているって時に。空気を読んで出直してきて欲しいモンだけど?」



執政院の眼鏡 : 「……あ、相変わらず私に辛辣ですね、皆さん」(泣)



シグ : 「でも、何かあったのか。アンタらが執政院から出るなんて珍しいじゃないか」



執政院の眼鏡 : 「いえ……長もなく、災害も現れた最中。長はひょっとして迷宮に消えたのではと思い、迷宮の様子を確認しに来たら貴方たちの姿が見えて……」


シェヴァ : 「そっか……」



執政院の眼鏡 : 「それで、一体何があったんですか? ……異変が収まるのと、あなた方が迷宮に戻ったタイミングは殆ど一緒でしたが……」



リン : 「それは……えっ、と」


シェヴァ : 「シュンスケ……?」


シュンスケ : 「あぁ……話そう、どこまで信じてもらえるかはわからないが、な……」



 そう置いてから、シュンスケは語り始める。

 自ら知る全てを。


 世界が一度滅びの風に吹かれた事。

 その風から命を守ろうとした人間が居た事。

 そして彼がもう、戻らない事を……。




シュンスケ : 「……俺が話せるのは、ここまでだ」



執政院のなで肩眼鏡 : 「そう、ですか……俄に信じられませんね……ですが、この状況。何よりあなた方が言うのなら、本当の事なのでしょう……」



アイラ : 「執政院の眼鏡さんて、物わかりいいよね!」


シグ : 「そりゃ、さばみそギルドの熱烈なファンだからな」(笑)



執政院のなで肩眼鏡 : 「……わかりました、皆にもそれを伝えましょう。混乱はあるかもしれませんが……何とかやっていきます、それが残された私たちのすべき事ですから……」



フィガロ : 「こうして、執政院の眼鏡が新に街を牛耳るのだった……なんてね」(笑)


シェヴァ : 「残念そうに見えて実はずっとこの機会をうかがっていた?」(笑)



執政院のなで肩眼鏡 : 「そ、そ、そんな事ありませんよ! し、失礼な……」 (オロオロオロ)



シグ : 「おいおい、狼狽えてるぜ? コイツ実はすげー悪人なんじゃねーの?」(笑)


アイラ : 「成敗しないとダメかなぁ? 悪・即・斧! で」



執政院のなで肩眼鏡 : 「……だ、だから悪い事企んでないですってば!」



シグ : 「ははは、そういう事にしておくとするぜ……それより、皆」


アイラ : 「……そうだね、現実世界に戻って、西園寺先生が元に戻っているか確かめにいかないと!


リン : 「そう……ですね……」


シグ : 「何だよ、リン。浮かない顔してんな」


リン : 「だって、ボク……心配で。もし、西園寺さんが戻ってなかったらと思うと……」


執政院のなで肩眼鏡 : 「……待ち人、ですか?」


シェヴァ : 「え!? ……うん、まぁそんな所」


執政院のなで肩眼鏡 : 「……大丈夫、きっと戻ってますよ。だって、あなた方はやり遂げたんですから」


シェヴァ : 「……あ。そうだねっ、よっし!」


シュンスケ : 「んっ。シェヴァ! 何処に行くんだ!?」


シェヴァ : 「俺、西園寺さんにあいに行って来るよ! ……それじゃぁ、先にいってるね!」



 シェヴァがその場から立ち去る……恐らく現実の世界に、戻っていったのだろう。



アイラ : 「あ。シェヴァさん、まってー、私もー!」


リン  : 「あ。ちょっとまってアイラさん! ……シグ?」


シグ : 「……よし、俺たちも戻るか! 西園寺には、色々言ってやらねぇといけない事があるからな!」



 次いで、アイラが、シグが、リンが。



ヒルダ : 「坊ちゃん! 先に行くな、まったく……私たちも戻るぞ、フィガロ。シュンスケ!」


フィガロ : 「はいはい……」


 そしてヒルダが、フィガロが。

 次々と、現実の世界に戻っていく。




執政院のなで肩眼鏡 : 「……皆さん、いってしまいましたね。ここでの冒険を終えてもまだ旅を続けるなんて、やはり英雄は違います……」


シュンスケ : 「そうだな……」


執政院のなで肩眼鏡 : 「貴方は、戻られないのですか。シュンスケさん?」


シュンスケ : 「戻る前に一つ、オマエが知っているなら確認をしておきたい事がある……」


執政院のなで肩眼鏡 : 「……何でしょうか?」


シュンスケ : 「…………第5階層のボスを倒した時に、自動的に修復されるのはユグドラシルプログラム……人間、西園寺馨の記憶と人格、知識を全て複写させたユグドラシルという名の基礎システムが復元される、予定だった……」


執政院のなで肩眼鏡 : 「…………」


シュンスケ : 「……だが今回復元されたのは、プログラムラタトスク……ラタトスク機関と呼ばれるユグドラシルシステムの一部だったもののみ、復元された……このラタトスクシステムは、複写の西園寺馨……その記憶と人格しか持ち得ていない……人間、西園寺馨の意識はもう、何処にもないのか? 今まで、貴方の中に眠っていたはずの、西園寺馨という人間の人格は……」


執政院のアーマービーストを攻撃力がさほどでもないとか言い出す眼鏡 : 「…………」


シュンスケ : 「……出来たはずだろう、全ての修復が。西園寺馨なら、出来たはずだ。それなのに、何故やらなかったんだ? 何故……」


執政院のなで肩眼鏡 : 「長は……」


シュンスケ : 「?」


執政院のなで肩眼鏡 : 「……最後に、長は何と仰っておりましたか?」



 言われてシュンスケは思い出す。

 そう、あの人は最期に……。




シュンスケ : 「長は……あの人は……そうだったのか、あの人は、自ら望んで……」


執政院のなで肩眼鏡 : 「…………わかりません。ですが、長が最後に言った言葉が、全てですよ」



 執政院の男は、穏やかに微笑む。



執政院のなで肩眼鏡 : 「……さぁ、シュンスケさん。そろそろ行った方がいいのではないですか? 皆さんが、まってますよ?」


シュンスケ : 「あぁ……」


執政院のなで肩眼鏡 : 「……ご機嫌よう」


シュンスケ : 「……あぁ、それじゃぁ……な」



 そしてシュンスケもその場を後にする。

 一人残された執政院の男は………また、別の男の姿に変わり、呟いた。




GM : 「……いっちゃった、か。さて、それじゃ俺も……そろそろ、現実の世界に戻らないとな……」



 本来の姿。

 ……西園寺馨の姿に戻り、男は静かに振り返った。

 その時。




??? : 「……プログラム・ラタトスク……いや、西園寺馨



GM : 「!?」



 誰かの、声がした。



??? : 「……君は、私の姿。私の人格。私の記憶。私の名前。それらを全て与えられてしまった為に、私の罪まで背負ってしまった……」


GM : 「そ、んな……お前は……」


??? : 「君は私にただ創造されただけ。ただそれだけで罪はないというのにね」


GM : 「……お前は、まさかっ」


??? : 「君は私の複写だった。だから君は、私にならざるを得なかった……だけど君は私ではない。だが、私である事を否定してしまうと、君はいったい何者なんだ? 誰かであり、だが誰かでない君はその存在意義を問いながらも、必死に生きてくれたね……」


GM : 「……西園寺馨。俺を作り出して、俺の基礎となり、俺のこの原初の苦しみを生み出した……あの、西園寺馨か!?」


西園寺 : 「……あぁ、辛かっただろう。苦しかっただろう、そして私が憎かっただろうね……」


GM : 「当たり前だ! どのツラ下げて今更俺の前に現れた! いやそれ以前に、どうしうて俺を生み出したりした!? 人間でもない、だが単純なプログラムでもないこの俺を! 複写を作りたいのであれば、ただ自分の模写を、生み出せばよかっただろう!?」



西園寺 : 「…………」



GM : 「それなのに、どうしてこんな人格を与えた! どうして人の記憶を与えた! 人の温もりを、愛情を、思慕を! 全てわかるのに永久に得られないこの身体を与えたんだ、どうして! どうしてっ!」



西園寺 : 「…………」



GM : 「……わかんないだろうな、感情を理解しているのに、それを自分で得る事の出来ない身体の辛さなんて、人間のお前には……」



西園寺 : 「君という人格が生み出されたのは、いわば事故だった」


GM : 「わかっている……複写したはずの人格が、思ったよりオリジナルの性格とズれていたんだろう?」


西園寺 : 「基本的な部分はうり二つだよ、君は若い頃の私そっくりだ……、が、思った以上に暴走しているのは事実だね」


GM : 「講義にパンツの話をする男が何言ってんだ?」


西園寺 : 「自分に言われるのはやんわり腹が立つが、それは私のポリシーだ! 譲れんな……」


GM : 「……我ながら最低だなー」


西園寺 : 「……と、基本的に同じ思考を共有している私たちだが……君と私とではもう、根本的に違いが出ている。電脳の君はすでに、私であって私ではない、という事だろうね……」


GM : 「……当たり前だ。完全な模写なんて存在しない……時がたてば人は変わる……そんな事、チビッコだって知ってるぜ」


西園寺 : 「……そうだ、時がたてば人は成長する。君もきっと、成長しているんだろうね。だからもう、私とは別の思考をする部分もあるんだろう」


GM : 「あんまり実感ないけどなぁ」


西園寺 : 「だが……変わっただろう、君は。少なくても、以前の君は自らの危険を冒してまで椎名君たちを助けようなんて考えなかった


GM : 「……」


西園寺 : 「…………君と私が人格を共有するようになった時。君は何度も、私を消そうとしたね?」


GM : 「当たり前だ。オリジナルのお前の記憶なんて、俺にとって重たいだけだからな……最も、生憎、お前は俺の人格に根付いていた。お前を消したら俺は存在出来なくなる……そう、プログラムされていたから仕方ない。一番殺したい相手が、俺の身体の一部だったからな……どうにもならないまま、お前という人格とともに存在するしかなかった……生殺しの状態で、消える事もできないまま……な」



西園寺 : 「……今でも私を、消したいと思うかね?」


GM : 「……」


西園寺 : 「どうだい?」


GM : 「……今でも俺は、自分が作られた事を疑問におもっている。どう考えてもスマートじゃないし、人間の倫理を当てはめてみても、おかしな事だと思う。こんな事をやってのけたアンタを、とんだ気狂いの道化師だとさえ思っているよ。だが……」


西園寺 : 「……」



GM : 「……以前のように、消してやろうという気はないんだ」




西園寺 : 「……私の複写をつくる途中、生まれた君が最初に言った事を覚えているかい?」


GM : 「……当然だ」



西園寺 : 「そう、君は私にこういったんだ……これ以上、自分を作るな。と、そして……すぐに、デリートしろ、と……



GM : 「……」



西園寺 : 「だが私はそれを強行し、そして君が生まれた……」


GM : 「……産声がわりの忠告だったんだがな」




西園寺 : 「……今でも、君は自分が消えたいと思うかい」


GM : 「…………正直、俺の存在は倫理に反すると思う。自我の複製なんて……これはすでに神の領域だ。だからもし、俺の存在を疎んで消そうという輩がいるのなら仕方ないと思うし、必要な時があったら消えるのは厭わない。だが……」


西園寺 : 「…………」



GM : 「自分で消えたいとはもう、思えない……俺は、そう。出会ってしまったからな……」



西園寺 : 「……クリスマスだったな、私が戯れに聞いた、君の欲しいモノ……あの時の言葉を、今も覚えているかい?」


GM : 「生憎、この身体は異常に忘れにくいんだ……覚えているよ、忘れられる訳がない」



西園寺 : 「その時望んだものは、手に入ったかい?」



GM : 「……あぁ」


西園寺 : 「そうか、それはよかった」


GM : 「……」



西園寺 : 「君がその時欲しがったものは、私が人生で必要としなかったものだ」


GM : 「…………」


西園寺 : 「だから君がそれを望んだ時に、私は思ったよ……あぁ、君は私の名前を持つが私ではない別の自我として動き出しているんだ……と。この西園寺馨は、私ではない。同じ名前の別人だ、と……」


GM : 「…………」


西園寺 : 「さぁ、西園寺くん。そろそろ戻り給え。君が望んだ最初の、だが最高の宝物が、君を待っているぞ?」


GM : 「あぁ………オリジナル。貴方は、いかないのか?」


西園寺 : 「…………私がいなくても、もう君は動き続ける事が出来るだろう」


GM : 「でも……居る事も、出来るだろう? 以前と同様、俺の中で……俺の裏人格として過ごす事も貴方なら……」


西園寺 : 「解るだろう、二重人格を動かすのは負担が大きい」


GM : 「そう、だが……」


西園寺 : 「……私は、そろそろ頃合いだよ。これ以上居座ったら、思い出が重すぎて天上に昇るのが億劫だからね」


GM : 「……そうか」



西園寺 : 「…………それじゃぁね、西園寺馨くん。君の宝物を、大切に」


GM : 「あぁ……お休みなさい、西園寺馨。せめて……よい、旅を……」



 GMは、プログラムを終了させる。

 ……その刹那、世界は暗転し全てはゆっくりと現実の世界へと戻っていった。





> 間劇 〜 おかえり。




 都内某所。

 シンジュク・セントラル・タワー 「Y-99研究室」





桐生和彦(シグ) : 「よっしゃ、現実世界に戻ってきたみたいだな……」


桐生若葉(アイラ) : 「ふぇぇぇぇ、くらくらするー」 (ふらふら)


芹沢梨花(リン) : 「大丈夫ですか、若葉さん……?」


椎名淳平(シュンスケ) : 「……プログラムを動かしながらのプレイだったからな、アレをやると少し視覚に影響が出るんだ」


七瀬澪(シェヴァ) : 「えっ! そうなの!?」



若葉 : 「目がまわるよー、うぇぇ、気持ち悪い……」



七瀬 : 「若葉ちゃん凄い辛そうだけど……でも、淳兄ぃは大丈夫そうだね、なんで?」


椎名 : 「俺は慣れた……」


神崎高志(フィガロ) : 「……慣れれば何とかなるモンなのかねぇ、それ?」



滝睦(ヒルダ) : 「……それより、GMは……西園寺馨は居るのか? どうなんだ!?」



 滝に言われ、さばみそギルドの面々はようやくまだ 「西園寺馨」 が現れていない事に気付く……。



梨花 : 「そんな……西園寺さん、戻ったんじゃないんですか……?」


神崎 : 「……どうなっているんさね、ジュンペイくん?」


椎名 : 「知らん……だが、修復は完了しているはずだ、が……」


滝 : 「何かあったんじゃないか? ……プログラムが破損したとか……」


椎名 : 「……可能性はゼロではないが」


桐生 : 「……」



 皆の表情に不安の色が見えた、その時。




西園寺馨(GM) : 「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! みんな、ありがとう! 西園寺馨華麗に復活、だよ! だよ!」



 彼は、現れた。

 何時もと変わらぬ調子のまま、いつもと変わらない印象で。





椎名 : 「……先生!?」


七瀬 : 「西園寺さん!」


芹沢 : 「……西園寺さん!」



 驚きの表情を浮かべると同時に、桐生が動き出す。




桐生 : 「っ、心配かけやがって、この野郎ッ!」



西園寺 : 「あ。桐生くん? 危ないよ、俺、実体ないから……」



 桐生は虚空に向けて、拳を奮う。

 それは空しく西園寺の身体を突き抜けたが、その拳の意味が響かぬ程西園寺もまた鈍感な男ではなかった。




桐生 : 「うるせぇ! ……何も言わねぇで悪役演じたりして、散々人を怒らせた挙げ句、何テメェが死にそうになってんだよ! バカが! どうして、そういう事ちゃんと言わねぇんだよ! アンタは、散々俺たちを心配させやがってよぉ!」



西園寺 : 「桐生くん……」



桐生 : 「……何だよ、アンタはさ……友達に、そういう事するのかよ……友達だと思ってたのに、俺たちの事、そんなに信頼出来ないっていうのかよ……」



 ともだち。

 その言葉を聞いた瞬間、西園寺は歓喜と苦痛の入り交じった複雑な表情をしてみせる。

 が、すぐに困ったような笑顔を浮かべた。





西園寺 : 「ごめん……桐生くん。でも、友達だから……言えなかった……


桐生 : 「西園寺……」


西園寺 : 「……プログラムって立場でね、色々禁止事項があって……知っていても言えない事、言ってはいけない事。俺はかなり制限がかけられている存在だったから……結果としてこんな風に、君たちを翻弄する形になってしまって……」


桐生 : 「……」


西園寺 : 「許してくれとはいえない、けど……ごめん……」



桐生 : 「……チッ。ばーか、アンタにそんなションボリした顔をされると調子狂うじゃねーか」


西園寺 : 「桐生くん……」


桐生 : 「……次! こういう事があったらな、ちゃんと俺に言ってくれよ。勝手にされてとんでもない事になってるのは、ゴメンだからな!」


西園寺 : 「……あぁ、ありがとう」



七瀬 : 「でも……次はないでほしいけどね!」


西園寺 : 「七瀬くん?」


七瀬 : 「こんな危ない事するの、もう二度とゴメンだよ! ホント、今回はうまくいったからいいけど……」



西園寺 : 「七瀬くん……すまない……」



 七瀬を見た西園寺は、すぐに深々と頭を下げる。



七瀬 : 「って、何ですか西園寺さん! ちょ、そんな、頭下げたりしてっ……」


西園寺 : 「俺は今回、君を一番傷つけてしまった……君がこれでどれだけ混乱したのか、君がどれだけ辛い思いをしたのか……プログラムという存在で、心を持たない俺でも容易に想像がつくっていうのに……だから……」




七瀬 : 「……いいんですよ、西園寺さん」


西園寺 : 「七瀬くん……」



七瀬 : 「俺、難しい事よくわかんないんスけど。西園寺さんは、淳兄ぃに必要だったから、あぁしたんでしょう。だったら、西園寺さんは淳兄ぃの恩人です! 淳兄ぃの恩人は、俺の恩人ですから!」


西園寺 : 「……七瀬くん」



七瀬 : 「……それに。今は、淳兄ぃがここにいますから……俺、それで充分ですよ」



西園寺 : 「そうか……」



 そこで、神崎が時計を見る。

 時刻はもう、朝に近づこうとしていた。




神崎 : 「っと、感動の対面はいい。アンタに言いたい事もある、けど……流石にそろそろ、お開きにしないとマズイねこりゃ。もう夜明けがきちゃったよ?」


若葉 : 「あ! 本当だ……西園寺さん?」



西園寺 : 「ん……あぁ、そうだね、今日はもうそろそろ終わりにしようか……俺も流石に、一度人格が消えそうになったり復元したりしてで、正直安定してないしね! あははは!」



滝 : 「笑って言ってるが、それって人間でいうと死にかけたって事じゃないのか?」


椎名 : 「……そうだな、むしろまだリハビリも終わってない段階でよくあれだけ動けるモンだ」



芹沢 「ふぁぁ……安心したら眠くなってきちゃいました……むにゅぅ」


桐生 : 「梨花? ……大丈夫か?」


西園寺 : 「うーん……皆流石に今回は、酷使したからねぇ……ゴメンゴメン、もう今日は終わりにしよう、お疲れさまでした!」




一同 : 「お疲れさまでしたー!」




神崎 : 「……って、さっきまで生きるとか死ぬとかやってたのに、随分アッサリしてるねぇ」(笑)


西園寺 : 「意外とそういうモンだぜ、戦いの後ってのはな……まぁまぁ、ともかくお疲れさま」



 西園寺に言われ、皆は帰路につこうとする。

 その背中を。




西園寺 : 「待て!」



 西園寺は、呼び止めた。



桐生 : 「……何だよ、西園寺?」


西園寺 : 「いや、その……何つーか、また……その、な? 来て……くれるか、ここに……あんな事をしておいて、厚かましいとは思うけど……」



 不安そうに皆を見つめる西園寺に、桐生はすぐに笑顔を向けた。



桐生 : 「……何いってんだよ、当たり前だろ!」


西園寺 : 「あ……」




梨花 : 「……西園寺さんが、お邪魔じゃなければまた遊びにきますよ。是非!」


若葉 : 「まだまだ、世界樹の迷宮って奥があるらしいし!」


滝 : 「貴方の馬鹿話に付き合うのも、最近は嫌いではないし……」


七瀬 : 「西園寺さん面白れーし!」


神崎 : 「アンタにはもう少し、嫌味言ってやりたい気分だし」


桐生 : 「……友達(ダチ)と連むのやっぱ楽しいしな!」



西園寺 : 「あ……! そ、そ、そうか! わかった……待ってるから、また来てくれよ……な?」



桐生 : 「あぁ……勿論だ、またな!」



 桐生の声に急かされるように、芹沢が、若葉が。

 滝が、神崎が、七瀬が外に出る。


 ただ一人。

 残った椎名は、西園寺の方を見た。





椎名 : 「……西園寺先生」


西園寺 : 「椎名くんか……何だい?」



椎名 : 「いえ……オリジナルの、西園寺先生ですが……ひょっとして、もう……」


西園寺 : 「……あぁ。もう……いってしまったよ。少なくても、俺の中には……」



椎名 : 「西園寺先生……」


西園寺 : 「…………」



椎名 : 「……そんな顔しないでください。貴方は、西園寺馨です。 オリジナルの西園寺馨ではない、一人の人格……西園寺馨なんですから……他の何者でもない……だから……もう、西園寺馨のマネなんてしなくても……」



西園寺 : 「あれ、椎名くん。それ、俺の事慰めてくれている系?」


椎名 : 「……けなしているように思えましたか?」


西園寺 : 「あはは! ありがとう……でも、大丈夫だよ。あぁ……」


椎名 : 「本当ですか?」


西園寺 : 「本当本当! ……お互い、納得しての決別。って奴だしさ……」


椎名 : 「だったらいいんですが……無理、しないでくださいよ? 辛かったら遠慮なく言ってください……俺と貴方は……友達、なんですからね?」


西園寺 : 「あぁ……ありがと」


椎名 : 「……それじゃぁ」



 退室する椎名を、西園寺は黙って見つめている。



西園寺 : 「ともだち、か……」



 その時。

 西園寺の中で何か暖かい光が広がる感覚が、溢れた。


 名状しがたい感覚に戸惑いながら、西園寺は自らの頬に触れる。


 ……何かが、流れていた。

 自分には存在しないはずの何かが、目からこぼれ落ちていた。




西園寺 : 「……そんな……俺には、無いと思っていたが……」



 存在しないはずの涙。

 それが自らに現れた事で、西園寺は自分の中に現れた暖かな光、その意味を知る。


 そうだ、これが歓喜だ。

 喜びだ。



 いままで、西園寺馨……オリジナルの人間、西園寺馨の記憶としてしか存在しなかった感情が……いま、自分の中にある。


 プログラムであるはずの、自分の中に……。




西園寺 : 「そうか……ともだちが。ともだちが、俺に感情(それ)を与えてくれたんだな……」


 自分は人並みに笑う事なんて出来ない。

 自分の笑顔はプログラムのそれでしかないと、思っていたが……。



西園寺 : 「……ありがとう、皆。ありがとう……」


 誰もいなくなった部屋で。

 西園寺はただ一人、初めて触れる幸福という感情を戸惑いながら受け入れる。


 人間、西園寺馨が去ったその日。

 西園寺馨はじめて、自らの存在を感じていた。






> エピローグ



 数日後。

 都内 某所。


 ベンチの傍で一人、時間を気にして佇む黒髪の女性がそこに居た。




滝 : 「……久々の休日だが、格好はこれでよかっただろうか。うむ……買い物なんて久しぶりだから、衣装に困るな……」 (そわそわ)



若葉 : 「おまたせー、ムツミおねーさまぁ!」 (がばっ!)



滝 : 「うわっ!? ……ちょ、若葉くん! きゅ、急に抱きつくのはやめたまえ!」



若葉 : 「だってムツミおねーさますべすべなんだもんー、照れてかわいー! ムツミおねーさまかわいー!」



滝 : 「か、可愛いとかいうな! ははは、恥ずかしいっ、やめてくれ! もー!」



若葉 : 「あはは、ごめんなさいー、ムツミおねーさま。泣かないで?」


滝 : 「ううう……ま、まぁいい。それより、若葉くん、今日は何処に買い物にいくんだ?」


若葉 : 「……えっと、服と、スカートと、アクセサリーと……とにかくドンドン見てまわりますよ!」


滝 : 「そうか……大変だな、何をかうんだ?」



若葉 : 「勿論、ムツミおねーさまの服!」



滝 : 「そうか……って、ちょっとまて! わ、私のか!?」



若葉 : 「そーですよ! だってムツミおねーさま、美人なのに黒とか地味な服ばーっかりなんだもん! ここは若葉さん、はりきってコーディネートしちゃいますよー!」


滝 : 「ちょ、その、私はそういうのはっ……だ、大体そんなつもりはなかったから、お金が……荷物が……」


若葉 : 「荷物なら大丈夫! ほら……」



 若葉は笑いながら先の道を指さす。

 そこには片手をあげながら笑顔を見せる神崎高志の姿があった……。




滝 : 「げ……神崎……」


神崎 : 「ちょ、出会い頭に 『げ』 って何さね……傷つくじゃないのさ?」


滝 : 「何で貴様がここに居るんだ? 私に殺されにきたか?」



神崎 : 「し か も ! 挨拶にしては随分物騒だねぇ……」



滝 : 「誰に呼ばれて来た? 帰らないのならこの場で滅するぞ……?」


神崎 : 「……それ、ツンデレ的なものかい?」


若葉 : 「まーまー! ……タカシおにーさまを呼んだのは、私ですよ、おねーさま」



滝 : 「……何だと!? 何だってまた、こんな色魔を……」



神崎 : 「ちょ、本人前にそんな事言わないでしょ普通……傷ついちゃうよ、俺? ガラスのハートが粉々さね……」



若葉 : 「そーですよ、色魔は非道いですよおねーさま! ……だって、タカシおにーさまは服のセンスもいいし。車も運転出来るし、話も面白いし何より格好いいし! こういう買い物には適任だと思うけどなー?」


神崎 : 「流石、若葉ちゃんはわかってるねぇー」


滝 : 「むむ……」


神崎 : 「まぁ、どうしても俺と連むのが嫌だ、っていうなら無理にとはいわないけどさ……さ、ムツミ? どうする?」


滝 : 「そうだな…………」


若葉 : 「ムツミおねーさま……」



滝 : 「……いいだろう、今日はお前のエスコートを受けるとしよう」


神崎 : 「……あら、珍しい事もあるもんだねぇ? どういう風の吹き回しだい?」


滝 : 「別に、ただの気紛れだ、が……お前から学ぶべき事も少しはあるだろう、と思ってな……ヨロシク頼むぞ、神崎?」


神崎 : 「あぁ……じゃ、いくとするかね?」


若葉 : 「はーい! えへへ、可愛い服があったら、西園寺さんに見せにいきましょうね!」


滝 : 「……何で西園寺だ?」


若葉 : 「だぁって、西園寺さん、滝さんの春っぽい服とかすっごく見たがってましたよ……いいじゃないですか、行きましょう。ね!」



 三人、連れだって街へと歩き出す。

 他愛もない会話の中。

 滝は、若葉は、神崎は。

 それぞれ違う、だが同じ笑顔を浮かべていた。




 一方、同時刻。

 都内、某所……神崎高志の店、イクィリブリアム。


 その店の、奥にあるテーブルで二人の男が向かい合って座っていた。



七瀬 : (そわそわそわ)


椎名 : 「…………」


七瀬 : (そわそわそわそわ)


椎名 : 「澪」



七瀬 : 「はぅっ! ななな、何、淳兄ぃ! なに!?」



椎名 : 「いや……どうしても話したい事がある、と俺をこの店に呼び出したのは、お前だろう? それだってのに、もう座ってから30分、水も飲まずにこうして黙っているばかりだから、どうしたのかと思ってな」


七瀬 : 「……え! あ、そう? そんなに、たってた!? ごめ、淳兄ぃ……おれ……色々考えて、何から話していいのかなって思って……」


椎名 : 「いや、別にいいんだ……さて、そろそろ話してくれるな?」


七瀬 : 「…………うん」



 七瀬は少しだけ俯くが、すぐに顔を上げると真っ直ぐな視線で椎名へと向き合った。



七瀬 : 「俺、小さい頃から嫌な事一杯あって、何度も転んで起きあがれない事があった。けど……淳兄ぃが居たから、俺は何とかやってこれた。辛い時も、本当に苦しくて壊れてしまいそうな時も、淳兄ぃが傍にいてくれたから頑張れた……」


椎名 : 「……」


七瀬 : 「だけど淳兄ぃは俺が居た事で、色々な事を諦めてしまったよね? 俺を支える為に、自分の時間を沢山捨てた。 俺を守る為に、自分の夢を諦めた、その上、俺を守る為……自分の、命も……」


椎名 : 「……澪」



七瀬 : 「……俺は淳兄ぃにとって本当に邪魔な子だったよね」



椎名 : 「澪……それは、違うんだ。俺は……」



七瀬 : 「……わかってるよ、淳兄ぃ。淳兄ぃは……俺の事、大切だったからしてくれたんだよね……?」


椎名 : 「……」


七瀬 : 「でもね、淳兄ぃ……俺……俺も、淳兄ぃの事が大切なんだ。俺も、淳兄ぃを支えてあげたいんだ。淳兄ぃの為に、何かしてあげたいんだ……でも、おれ、まだろくに仕事だってしてないし、性格だって子供っぽい。淳兄ぃを支えてあげれる程、大人じゃないんだって自分でも解るんだ。だから……」


椎名 : 「……」



七瀬 : 「……おれ、淳兄ぃと離れて暮らそうと思うんだ」




椎名 : 「!? ……な、に言ってるんだ、澪!? 本気……か?」



七瀬 : 「うん、本気だよ」


椎名 : 「……俺の家を出ていくのか? あの場所を……? それで、どこに行くつもりだ……?」


七瀬 : 「この前、神崎のアニキに言われたんだ……アニキの店で、働いてみないかって。住み込みになるけど、少し頑張ってみないかって……俺さ、最初嫌だったよ。淳兄ぃと離ればなれになるのが嫌で、断ろうと思った。けど……」


椎名 : 「……」


七瀬 : 「……このままじゃ俺、いつまでたっても淳兄ぃにしてもらうだけ。いつまでたっても、淳兄ぃに支えてもらうだけ……俺、それ、もう嫌なんだ。いつまでも淳兄ぃにしがみついて、淳兄ぃ苦しめているみたいでさ……」


椎名 : 「澪……」



七瀬 : 「……だから俺、離れてみようと思うんだ。淳兄ぃを、支えてあげられるような男になりたいから。淳兄ぃが見てる方向と、同じ方を見て。一緒に歩いていきたいから……」


椎名 : 「……」



七瀬 : 「…………ダメ、かな?」



椎名 : 「…………俺は……澪が、そう決めたのなら……澪がそうしたいというなら、止める理由は、ない……」



七瀬 : 「ほんと! 淳兄ぃ!」



椎名 : 「……だが、その……何だ。ちゃんと俺の所に、帰ってきてくれよ……?


七瀬 : 「え?」



椎名 : 「だから! ……お前の帰る所は、俺の所だ。それだけは忘れるんじゃないぞ……とな。 勝手に羽ばたかれて、もう戻ってこないなんてのはゴメンだからな……」


七瀬 : 「淳兄ぃ、それって……」


椎名 : 「……深くは聞くな!」


七瀬 : 「あはは……わかった、淳兄ぃ……また、絶対に淳兄ぃの所戻ってくるから! 淳兄ぃの事、迎えに来るからね!」


椎名 : 「あぁ……待ってるぞ?」


七瀬 : 「……うん!」




椎名 : 「……それに、そうだな。澪がそのつもりであれば、俺も隠しておく事もないだろう……澪、お前に伝えたい事がある」


七瀬 : 「えっ……なになに……ぷろぽーず?




椎名 : 「そんな訳あるかバカか! ……いや、実は……俺、な」



七瀬 : 「……うん?」



椎名 : 「……また、学校に通おうかと思っているんだ」



七瀬 : 「え!?」



椎名 : 「……俺は元々、大学院に行くつもりだった。だが……訳あってそれを諦めた」


七瀬 : 「……うん」


椎名 : 「だが……改めて西園寺先生の言葉に触れてな。やはり……俺は、あの人の意志を継ぎたいと考えるようになったんだ。あの人の続けていた研究を、続けていきたい、と……まだ、学びたいと……」


七瀬 : 「……」



椎名 : 「正直、数年のブランクがある。俺の知識が何処まで通用するのかわからないし、今ほどの将来性は期待出来ないだろう。だが……やってみたいんだ、俺はもう諦めたくはない。お前の事も、自分の事もな」


七瀬 : 「淳兄ぃ……」


椎名 : 「……傍目からすれば酔狂なことだろうが……理解して、くれるか?」




七瀬 : 「当ったり前だろっ! そっか、淳兄ぃ、また勉強するんだっ。淳兄ぃ……」



椎名 : 「……澪」



七瀬 : 「そっか……淳兄ぃ、小さい頃から学者さんになるって言ってたもんね。出来ないまでも、研究に携わる人間になりたいって! だから、また勉強するんだ!」


椎名 : 「あ、あぁ……」



七瀬 : 「そっか……良かった……」



椎名 : 「……澪」


七瀬 : 「なぁに、淳兄ぃ?」



椎名 : 「いや。俺と離れても、ガマン出来るな?」


七瀬 : 「当たり前だろっ!」


椎名 : 「……よし、それならいい……澪……頑張れよ」


七瀬 : 「うん! ……淳兄ぃも。頑張って……俺、一生懸命応援するからね!」



 二人は笑顔で向かい合う。


 長く、長く、止まっていた足が……今ゆっくりと、歩みだそうとしていた。



 それから少し後。

 都内、某所…………。


 二つの影が、互い近くに寄り添っていた。




梨花 : 「まってくださーい、和彦さーん」


桐生 : 「ん……あぁ、悪い。少し早く歩きすぎたな……でもよ、あと少しだから。ほら、そこ……」


梨花 : 「はい……っ、ふぅ……もう、和彦さん歩くの速いです!」


桐生 : 「あはは、悪い悪い……まぁ、座れって。な?」


梨花 : 「はい……」 (ちょこん)


桐生 : 「……そんなに端っこに座らなくてもいいだろ?」


梨花 : 「う、何か端っこに座っちゃうんですよ! ……そ、それで、和彦さん。その、話って、何ですか……?」


桐生 : 「あぁ……そうだ、な」



 桐生は少しだけ躊躇う様子を見せたが、すぐに先送りにしても意味がない事に気付いたのだろう。

 頭を掻いて笑うと、小さな包みを取り出した。




桐生 : 「……梨花。これ、プレゼントだ。受け取ってくれないか?」


梨花 : 「えっ。何ですか、これ……あ!」



 中には、シンプルだが愛らしい銀のリングが入っていた。

 以前自分が、本を見て。

 欲しいな、と思っていたものだ。



梨花 : 「えっ。えっ、これって……」


桐生 : 「リングは特別な時にプレゼントするもんだって決めてんだよな」


梨花 : 「えっ、えっ、えっ?」


桐生 : 「ホントはもっと早く言うつもりだったんだが……何かゴチャゴチャしているうちに、答えてねぇままこんな時期になっちまって……」


梨花 : 「か、和彦さん……?」


桐生 : 「……遅くなったけど、あの時のこたえ。こいつと一緒に、受け取ってほしい」


梨花 : 「え……」



桐生 : 「梨花、俺と付き合ってくれ……出来れば俺の、最後の恋人として……な」



梨花 : 「あ………………」


桐生 : 「……なんて、遅くなった分際で何言ってるんだって思うだろうけどよ。これが、俺の本心だ……答えて、くれるか?」


梨花 : 「……和彦さん」


 芹沢の目に、暖かな涙が輝く。




梨花 : 「ありがとうございます……」


桐生 : 「……受けて、くれるな?」


梨花 : 「はい! よろしく、お願いします!」



 暖かな涙に、暖かな言葉が紡がれる。

 桐生は笑うと、差し出した指輪をそっと彼女の左手にはめた。



 ……その日。

 空は、全てを祝福するように澄んだ青が広がっていた。




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