> 界樹の迷宮をリプレイ風のプレイ日記をつけるでござるよ。(おまけつき)





までのあらすじ >



 第5階層。

 古代の遺跡に足を踏み入れる前夜、さばみそギルドの参謀であったシュンスケ・ルディックは消えた。


 また時を同じくして、エトリアの長・ヴィズルも姿を消す。

 一体何がおこっているのか。


 何もわからぬまま第5階層に立ちはだかったのは二つの影……レンとツスクルだった。

 立ちふさがる二人を倒したさばみそギルドご一行は、二人からある事実を告げられる。


 「迷宮の奥に、ヴィズルがいる。彼から全てを聞くといい……そして、君たちの仲間……シュンスケ・ルディックもまた、迷宮の奥にいる」


 と。





> 影、途えて。



 某月某日、都内某所。



GM : 「さて、休憩が終わったからボチボチ再開しようか。何処までいってたっけ?」


リン : 「えっと、たしか……」


シグ : 「レンとツスクルを倒して、迷宮の先に進めるようになった所まで、だな」


GM : 「そうだったね、面子は…… 前衛 : シグ・アイラ・シェヴァ 後衛 : リン・フィガロ であってる?」


ヒルダ : 「あぁ、私は今休ませてもらっているからな、問題ない」


GM : 「OK了解、それでどうする。君たちは、戦いの傷が未だに癒えず消耗はしているようだけど?」



シェヴァ : 「……」


シグ : 「街に戻る時間も今は惜しい、ヤバくなったらアリアドネの糸もあるし、とりあえず限界まで進んでみようぜ」


フィガロ : 「そうさね、俺が糸巻き戻りもあるし……」



GM : 「了解、そうやって進んでいく、と……君たちは巨大な大木を橋として隣のビルに渡る。目の前には広間があり、その突き当たりにはボタンのついた鉄の扉がある」



シグ : 「ボタン?」


アイラ : 「あ、これ、あれだよ! ほら、何だ。 エレベ? エスカレ? ……箱が動く方」


リン : 「エレベーターでいいですよ、アイラさん」(笑)




アイラ : 「そうそう、それ! エスカベレーター!




シェヴァ : 「足してるし!」



アイラ : 「何だか、どっちだかわからなくなったから、もう、足しちゃえーって思って」(笑)


シグ : 「アイラは昔から、似たモノの名前を覚えるのが苦手だからなぁ。ブロッコリーカリフラワーも区別つかない事あるぜ」


リン : 「え? じゃ、分からない時はどうしているんですか?」




アイラ : 「カリッコリーか、ブロフラワーって呼んでるよ?」



フィガロ : 「それはもう、別物さね」(笑)


アイラ : 「えへへ。で、そのエベレーターは、動くの?」


GM : 「いや、動かない。どうやら、動力が入ってないらしい」


リン : 「そういえば、レンさんたちと戦う前のフロアにも、似た鉄扉がありましたよね……?」


シグ: 「何にしても、動かねぇモンの前に居ても仕方ないだろう、先に進むぞ!」


GM : 「と、先に進む。てくてくてく〜、と。 君たちが進む方向、すぐに階段が見えてきた。どうする?」


シグ : 「サクっといっておくか、このゲーム、地下を目指すのが常だからな」


GM : 「うぃ、じゃ、さくっと下へ……」


シェヴァ : 「ちょっと待ってね、下へ……と」 (マップを書き込んでいる)


リン  : 「……大丈夫ですか、シェヴァさん? あの、辛かったら地図はボクが書いてもいいですよ?」


シェヴァ : 「えっ、おれ? ……あはは、大丈夫だよ、心配しなくても」


リン : 「でも……」


シェヴァ : 「それに、手ぇ動かしている方が落ち着くんだって……っと、完成。とりあえず、ここまでの地図はできたよ」



GM : 「うぃ。んでは、地下22階に到達、と……この階層では、先ず目の前に階段があって、後は奥に行く通路がある、そして……」



 GMが説明している最中。

 さばみそギルドの面子たち、その目の前で黒い髪が揺れる。


 誰かが、眼前にある階段をゆっくりと下っているのだ。

 その誰かの後ろ姿は、見覚えがある……。




アイラ : 「あ、シュンスケさん!」


シェヴァ : 「えっ!? 何処。シュンスケ、何処っ!?」



 その姿を確認する前に、影は階下に消える。



シェヴァ : 「……シュンスケ!」 (いきなり走り出す)


シグ : 「あ、こら! シェヴァ……また勝手に。 皆、あのシュンスケのインテリジェンスソードを追いかけるぞ!」



一同 : (無言で頷く)



GM : 「……そうして、慌てておいかける君たちだったが、すぐにシェヴァには追いつく。何故なら、階段を下りた先は行き止まりだったからだ」


シェヴァ : 「……誰も、いない」


フィガロ : 「何だ、またかい? 確かに人影が見えたんだけどもねェ……」



GM : 「そのようだ、だがそう呟くフィガロの足下に、見慣れない紙のようなものが落ちている……触れば壊れてしまう程にボロボロの紙には、文字がかいてある。かすれているが、何とか読めそうだ……」



フィガロ : 「どれどれ…… 『我ら……研究員にて……発足……地球を……救……滅びを……』


シェヴァ : 「研究員?」


リン : 「発足って……ボクがさっきひろったメモ (前回参照) にあった、プロジェクト・ユグドラシルの研究をしていた人たちの事でしょうか?」


シグ : 「そうだろうけど、でも何したかったんだ……この廃墟見てると、到底成功したようには見えねぇんだけど……」



??? : 『プロジェクト・ユグドラシルは、人類にとって最後の希望だった』



 その時、階段の上より聞き覚えのある声がする。

 驚いて視線を向ければそこには、かつてさばみそギルドの参謀である男の姿があった。


 黒髪にい目、蒼白の肌。

 何も変わらぬ佇まいだが、全てが変わってしまったように遠く、儚く見える……シュンスケ・ルディックがそこにいた。



シェヴァ : 「シュンスケ!」



 追いかけようとするシェヴァだが、何故だろう。

 今はまだ彼に届かないのが、心で理解出来る。

 故に自然と、その足が止まる。


 今必要なのは追いかける事じゃない、彼の話を聞く事だ。

 そう、思ったからだ。





シュンスケ : 『…………計画はその途中でも多大なる犠牲を払った。故に、実行されなければならなかった……失敗は許されない……だから……俺は、生まれた……



シェヴァ : 「……何いってんだよ、シュンスケ?」



シュンスケ : 『……行かなければいけない、俺は……あの場所へ……』



シェヴァ : 「シュンスケ! 待って、シュンスケ!」


GM : 「シェヴァが階段を駆け上がる、が……踊り場に人の気配はない」


リン : 「……また、消えちゃいました?」


シェヴァ : 「そんな、シュンスケ……」 (しょんぼり)


シグ : (ぽむ、とシェヴァの髪に触れる)


シェヴァ : 「うにゃ! ……リーダー?」


シグ : 「そんな顔するなって、な? 姿は見えるんだ、きっとこの迷宮の何処かにいるんだ」


シェヴァ : 「……うん、そうだね」


アイラ : 「……でも、何だろう。あのシュンスケさん、何かちょっとへん。出たり消えたり、まるで……幻影みたい……」


シグ : 「足音もしなかったしな。実際、幻影かもしれん……」


フィガロ : 「ンでも、あの台詞回し。いかにもここに居る、って感じじゃないさね、さらに奥に進むとするさね!」



一同 : 「おー!」





> 影、りて



 という訳で、探索を続ける。

 だが激化する戦闘で押し込まれる事も多くなり、一端エトリアに戻る事となる……。



GM : 「君たちはアリアドネの糸をつかい無事に元の場所に戻ってきた、ばびゅーん」


アイラ : 「ただーいまっと。ヒルダおねーさまー」


ヒルダ : 「……戻ったか。どうだ、何かわかったか?」


シグ : 「いや……何度かシュンスケらしい姿を見かけたんだが、本人には会ってない……」


ヒルダ : 「そうか……ヴィズルは。長はどうした?」


フィガロ : 「そっちの方も、ハッキリしないねェ。レンやツスクルの話だと、どうやら迷宮の奥に居るらしいんだけど……」


ヒルダ : 「レン? ツスクル? 何だ、彼女たちが迷宮の奥に居たのか?」


シグ : 「あぁ、それは……」



 ※シグがこれまでの経緯をヒルダに話しております。



ヒルダ : 「そうか……」


シグ : 「という訳で、少し休んだらまた迷宮に行く予定だが……」


シェヴァ : 「……」


ヒルダ : 「シェヴァ……大丈夫か?」


シェヴァ : 「えっ? あ、あぁ、大丈夫だよ!」


ヒルダ : 「無理はするな。必要なら、私が変わっても……」


シェヴァ : 「……あはは、ホント、大丈夫だって! むしろ、向こうにはシュンスケがいるんだから……俺、もう少し頑張ってみるよ」


ヒルダ : 「それならいいが……無理するなよ」


シェヴァ : 「うん!」



フィガロ : (コツン)


ヒルダ : 「ん。何だ、フィガロ……?」


フィガロ : 「無理するな、はオマエの方でしょうに。まだ落ち着かず震えてる癖に……」


ヒルダ : 「だ、だがっ……」


フィガロ : 「……安心して、ここで待ってるといいさね。すぐに、シュンスケ君を連れ戻して来るからねぇ」


ヒルダ : 「……フィガロ。あぁ……頼んだぞ……」




 かくして、再び同じ面子で迷宮に挑むさばみそギルドの冒険者たちだった。

 だが。





GM : 「……呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! バインドスレッドさんが、破滅の花びら様を引き連れてのご登場だ! そして颯爽と眠りの花粉!」


 ※眠りの花粉 → パーティ全員に眠りのバステを付属するスキル。



リン : 「きゃぁ! ……おやすみなさいです、皆さん。ごめんなさい」


アイラ : 「……おやすみー」



GM : 「続いてバインドスレッドさんの攻撃! 寝ているリンちゃんにズビバホフ!」


リン : 「ひゃぁ……あ!」 (死亡状態)


シェヴァ : 「リンちゃん!?」



シグ : 「リン!? 畜生、この……ハヤブサ駆け!」


GM : 「む、それで敵は一掃された」


アイラ : 「……でも、リンちゃんが! リンちゃーん!」(汗)


リン : 「きゅぅ……」


フィガロ : 「……蘇生アイテムも、もうないさね。リーダー?」


シグ : 「……仕方ねぇ、一端戻るか」



 激化する敵の能力と、状態異常に阻まれ倒れる事も多く。

 また。





GM : 「登場するのはアーマービースト! ずらり並んだ2体!」


アイラ : 「ひゃぁ! ひゃぁ! また出た! ふぇーん、フィガロおにーさまー!!!」


シグ : 「コイツ、固い上に属性攻撃以外は殆ど受け付けないからな……アニキ、スキルを頼む!」


フィガロ : 「了解さね! 火劇の序曲!」



 ※火劇の序曲 → 通常攻撃を属性攻撃に変えるスキル。アルケ抜きだと結構重要。



フィガロ : 「さ、これでシェヴァの武器は火属性さね。頼んだよ、シェヴァ!」


シェヴァ : 「任せろ!」 (ばしーん)


GM : 「……ばしんばしん叩かれて一匹滅する。そして次のターンで二匹目も昇天した。まぁ、こっちも結構打ち込んだがな!」



アイラ : 「あ、あぶなかった……私、体力赤ラインだよ!」


シェヴァ : 「俺も……」


リン : 「エリアキュア……エリアキュア。今、回復させますね!」



アイラ : 「ううう……アーマービースト、攻撃きつすぎるよー……いつも一撃で、体力の半分近くもってかれるんだもん!」


シェヴァ : 「……それで数も結構出るからね」


シグ : 「でも、執政院の図鑑では 攻撃力はさほどでもないので危険性はない なんて書いてあるんだよな」 (※実話)




アイラ : 「攻撃力さほどでもありすぎるよ! 絶対、この階層のベスト5にランクインするって!」




GM : (実はマジでこの階層のモンスターでは5本の指に入る攻撃力なんだよね、この生き物・笑)



シグ : 「確かに、ガチで強いよな……」


アイラ : 「そんな強敵が、どうして攻撃力がさほどでもないなの! どうして危険性がないの! もー、守備力も高いし、間違いなくこの迷宮で危険な魔物ベスト5にランクインするよー! もう、あの図鑑の表記、おかしいって!」



シグ : 「あの図鑑って誰が書いているんだろうな?」


シェヴァ : 「この前、留守番している時に聞いたら、あのなで肩眼鏡さんが書いているらしいよ」


フィガロ : 「……ま、デスクワークの人間にゃ現場の苦労なんてわからないって奴さね」



GM : (ま、この敵。本当は攻撃力198にする所を、298に入力ミスした結果生まれたってもっぱらの噂だから、仕方ないね……笑)



 バグのような数値のモンスターに翻弄される事もあったが、それでも。



シェヴァ : 「あ! みつけた、リーダー、階段見つけたよ! みつけたよ!」


シグ : 「よし、行くぞ!」



 少しずつだが確実に、新たな道を開いていった……。



GM : 「そんなこんなで進むよ君たちは〜」


シグ : 「ここは上の階段か? うーん、登ったり降りたりで今どこに居るのかさっぱりわからんな……」


シェヴァ : 「この階層は今までの階層より、上り下りが入り組んでるからね……っと、でもここは行き止まりみたいだ」


GM : 「うむ! シェヴァの言う通り、ここは登り切った所で行き止まりになっている……と、引き返そうかまごまごしている君たちの足下に、一枚の古ぼけた紙がある事に気付いた」


アイラ : 「これは、古代の誰かの秘密日記!」


リン : 「秘密日記ですか?」(笑)


フィガロ : 「まぁ、日記って大概秘密に書くもんだけどねぇ」(笑)


アイラ : 「……うわ、ホントぼろぼろだ……でも何かかいてある! 読んでいい? 読んでいい?」


GM : 「ん、どーぞ」


アイラ : 「では、不肖このアイラさんめがお読み致します……」


シグ : 「アイラって率先して人の日記とか読みたがる奴だよな……」



アイラ : 「秘密とは暴く為にあるのでーす!(笑) えっと……なになに? 『……後の、残った……私も、世界樹に……捕らわれて……永遠の……命に……ヴィズルが……夫が一人、残されることが……今はただ心配……あの人は……』


リン : 「ヴィズルさん!? ヴィズルさんの名前が、どうしてこんな古いものに……?」


アイラ : 「『……孤独が、あの人を……それが、ただ……可哀……う……』 っと、読めるのはこのくらいかな?」


GM : 「そうだね。文章はそこで終わり、紙はぼろぼろと崩れていく……」



アイラ : 「あーあ……でも……信じられない、そんな事って……」


リン : 「アイラさん……」




アイラ : 「ヴィズルさん、結婚してたの!? びっくりー、ナイスミドルで結構好みだったのに!」




シグ : 「って、突っ込む所そこか、おいっ!」 (斜めチョップ)



アイラ : 「いたっ! だぁってぇ、結構好きな外見なのに、ショックだよー、そういうのやっぱりー」


リン : 「た、確かにショックかもしれませんけど……」


フィガロ : 「でも、リン君の言う通りさね。これ、明らかに古いモノだろう。そんな古い手記に、どうしてこの迷宮の奥底を知らなかったあのじーさんの名前があるっていうんさね? 大体あのじーさん、この奥に居るようだけど、何でまた……」



??? : 『プロジェクト・ユグドラシルは……実行された。だが……実行されただけでは、全て終わりではなかった……』



 その時、再び声がする。

 今、登ってきたばかりの階段。


 その踊り場に……彼は、居た。




シェヴァ : 「シュンスケ……?」



 幻影のように儚い存在ではない。

 実体、シュンスケ・ルディックとして確かに存在した。


 だが……。




リン : 「シュンスケさんっ……!?」



 リンは思わず息をのむ。

 無理もないだろう。


 彼の姿はシュンスケの姿を知る仲間たちにとっってあまりに異質であり、また異様であった。


 伸びっぱなしの黒髪。

 蒼白の肌。

 赤い


 全て見知ったシュンスケのそれであったが、その身体には……おびただしい数の蔦状になった枝が、絡みついていた。




フィガロ : 「!? シュンスケ、くん……」



 いや、絡みついているのではない。

 脈打つその枝は、明らかにシュンスケ・ルディックの一部である。

 戸惑うギルド面子に、シュンスケはゆるゆると口を開いた。




シュンスケ : 「……本当はこの姿を、オマエたちの前に晒したくはなかったのだが……管理室の幻影だけではオマエたちを諦めさせる事が出来なかったからな。やむを得ず、俺が出る事にした……」


フィガロ : 「……どうしたんだい、その身体?」


シュンスケ : 「異質に見えるか? だが……これが、俺の本来の姿だ」


リン : 「本当の……どういう、事ですか……」


シュンスケ : 「俺は……前時代の遺産として……計画を、完遂させなければいけない……だが、オマエたちは違う。原初の罪を持たない新な時代の生命だ」



 枝が脈打つ。

 それはまるで心臓の鼓動のようにも見えた。




シュンスケ : 「……だからオマエたちは、もう、帰れ。ここまで探索したオマエたちに並ぶ冒険者はもう、エトリアには居まい。だから……」


シェヴァ : 「嫌だよ! おれは、シュンスケをつれて帰るんだ! ヒルダちゃんにそーやって約束したんだ! 絶対に諦めるもんか!」


シュンスケ : 「これ以上進むというのであれば……俺は貴様らを殺さねばならん



 凍て付くような拒絶の色から、強い殺意が伺える。

 脅しではない、本気なのだろう。

 だが。




アイラ : 「何言ってるのよ、殺すなんて物騒な台詞、シュンスケさんには似合わないって!」


リン : 「そうです! それにっ、帰りません、貴方を連れて戻るまでは!」


フィガロ : 「殺す殺すなんていっても、シュンスケ君に殺された事、俺はない俺からしてみると、説得力に欠けるねぇ?」


シグ : 「同感だ。それに、行くなって言われて行かないような度胸のないギルドだと思ったのか?」



 燃えるような言葉が、彼の拒絶を拒絶する。

 シュンスケは一瞬、ほんの一瞬困ったように笑うと。




シュンスケ : 「……俺は、地下21階のコントロールルームに居る」


リン : 「えっ、こんとろー……何ですか?」


シュンスケ : 「地下23階の奥にある階段は22階に抜け、さらに奥にある階段は21階へと抜ける……その奥に俺が守るコントロールルームがある。このビル全体のシステムを管理する部屋だ……エレベーターの動力を管理し、またお前達に見せた幻影をも制御している」


アイラ : 「え? え? え?」


シュンスケ : 「……いいか……絶対に、来るな



 その言葉を最後に、シュンスケの周囲を無数の枝が包む。

 脈うつ枝はうごめき、気付いた時……シュンスケの姿は、消えていた。




アイラ : 「絶対に、来るな。だって、シグ、どう思う?」


シグ : 「へへ……バカ言うなよ。絶対に来て欲しくねー奴が、自分の居場所をご丁重に説明するか、っての」


フィガロ : 「同感さね、すぐに来てくれって聞こえたよ! ……行くさね、シェヴァ!」


シェヴァ : 「…………うん!」



 さばみそギルドの面子は走り出す。

 ただ一人の仲間の為に。



GM : (シュンスケ君のあの姿……RE-Nシステム 2−SU,krシステム。 あの二つを解除しても、まだあれだけ椎名君の精神に影響を与えているのか。やはり本物の、西園寺馨が仕掛けた罠は……手強いな。作り物の俺で果たして……)



 一人物思いに耽る男の姿を置いて。




> 影、まえて。



 地下23階の奥にある階段は22階に抜け、さらに奥にある階段は21階へと抜ける……。

 言われた通りの道筋に、その場所は存在した。



シグ : 「……ここか」



 だが、分かっている道を進むのも並大抵の努力ではなかった。

 進んでは戻り、戻ってはまた進むの繰り返し。

 タイムリミットにはまだあるが、時刻は大分過ぎ去っていた。




リン : 「時間は、まだ8時間もたってない。大丈夫ですよね、まだ……」


シェヴァ : 「……」


フィガロ : 「あぁ、大丈夫に決まってるさね! さぁ……行くよ?」



一同 : (無言で頷く)



GM : 「フィガロが扉を開けると、そこに……見覚えのある顔がいた」


シェヴァ : 「シュンスケ……」


GM : 「そう、シュンスケ・ルディックだ。だが身体にはおびただしい数の枝がまとわりつき、今にもこの枝の一部になろうとしている、そんな風にも見える……」



シュンスケ : 「来たか? ……思ったより遅かったな」


シグ : 「意地の悪いアーマービーストの熱烈な歓迎のおかげでな?」(笑)


シェヴァ : 「でも、来たよ! ね……シュンスケ! 迎えにきたよ、帰ろ?」



 そう語るシェヴァの前に枝が阻む。

 ムチのようにしなる無数の枝はまるでこちらを威嚇しているようだ……。




シェヴァ : 「シュンスケ、どうして……」


シグ : 「……事情があるのか?」


シュンスケ : 「そういう事だ」


シグ : 「聞かせてくれるな?」




シュンスケ : 「あぁ……とはいっても、どう話せばいいのか……そうだ、俺の出自を少し語ろう。俺は……異種族の、混血児だった」


リン : 「異種族……モリビトさんみたいな、ですか?」


シュンスケ : 「あぁ、そうだ……とはいえ、は大分薄くなっているのだろう。モリビトたちのような特殊な外見もしてなければ……生態は君たち人間と全く変わりがない。だが……俺は古代の遺産……古代の実験体として生まれた人造人間(ホムンクルス)……その末裔だ」


アイラ : 「古代……?」


シュンスケ : 「この世界が滅ぶ前の時代……新しい生命が育まれる前の、遠い時代の話。ここには、文明があった、だが滅びた」


シグ : 「……」


シュンスケ : 「だがね、当時の連中は諦めが悪く、そして烏滸がましかった。滅びる前に、何とかこの文明を、命を、継続させようと思ったんだ。そうして、計画されたのが……」



リン : 「プロジェクト・ユグドラシル……世界樹、計画?」



シュンスケ : 「ご名答だ……滅びの一途をたどる世界の救済、その名目で計画は実行され、結果……旧時代が滅びた代わりに、君たちという新しい生命が生活できる環境を取り戻す事に成功した」


フィガロ : 「俺たちが……新世代の、人間?」


シグ : 「実感無ぇな」


シュンスケ : 「だが計画は……完了してはいないんだよ、まだ世界は壊れたまま……命を脅かす驚異がいつあるかも分からない。しかし、システムには限界が……永遠に動くシステムを作れる程、人は完璧ではない。この計画もまた……完璧ではない人が作り出したものだ、だから……」


シグ : 「計画が失敗するのか? 世界に驚異があるまま……」



シュンスケ : 「……そうなる事を見越して、俺たち実験体は作られた……プロジェクト・ユグドラシル。この計画の全てを予め記録され、とっさの自体でも計画を継続させるためのバックアップとして……」


シェヴァ : 「何言ってるんだよ、シュンスケ……?」



シュンスケ : 「世界樹の種、ユグドラシード。俺はそう呼ばれる、遺伝子操作で生まれた人間という名の部品……その、末裔だ」



アイラ : 「何言ってるの、シュンスケさん! だって、シュンスケさんこの迷宮の事なんか何知らなかったでしょう! そんな……」


シュンスケ : 「……思い出してしまったんだ、この迷宮に進むにつれ……滅びた市街の記憶をな……恐らく俺の遺伝子は……そういう風に、出来ているのだろう。子々孫々に伝えられ、普段は遺伝子の奥底に封じられている。が……この地に戻れば使命は忘れない。そんな風に、な」



アイラ : 「でも……何でシュンスケさんがそんな事! 他にもその、末裔ってきっといっぱいいるんでしょ! シュンスケさんがそんな事しなくても……他の誰かでも、いいんじゃないかな?」



シュンスケ : 「確かにこの血を持つ末裔は、きっと俺と同じように……この地に来れば思い出すのだろうな、計画の事。そして自分のすべき事を……」


アイラ : 「だったら……」


シュンスケ : 「……だが、最初に来たのはこの俺だ。使命は……果たさなければならん。俺は……ユグドラシードは、そのための部品だからな……」



リン : 「そんな……」




シェヴァ : 「違う!」


シュンスケ : 「……シェヴァ」




シェヴァ : 「違うよ! 違う、違うっ……違う! ……シュンスケは、ユグドラシードなんて名前じゃない! シュンスケは、シュンスケだ!」


フィガロ : 「シェヴァ……オマエ……」


シュンスケ : 「いいや、俺はユグドラシード。世界樹計画を続行させるための……」



シェヴァ : 「ユグドラシードでも、人間でも……そんな事どっちでもいいし、どっちだって関係ない! どっちにしたってそう、俺にとってはたった一人のシュンスケだ!」



シュンスケ : 「……」



シェヴァ : 「それにっ、シュンスケは言ってたじゃないかっ。色々な事を見たいって、色々な事を聞いて、触れてみたいって……あれ、嘘なのかよ。シュンスケにはまだ、したい事があるんじゃないのかよ……」



シュンスケ : 「……シェヴァ」



シェヴァ : 「シュンスケは、ほんとにそれでいいのかよ……俺と、みんなと。したい事、全部諦めて……」


シュンスケ : 「シェヴァ。俺は……」



 その思い出だけで生きていけるんだよ。

 おまえから貰ったものはそれだけ綺麗だから。


 だからこの使命があと千年、二千年と続いたとしても。

 色あせぬこの笑顔を幾千回も思い出すだけで、無間の孤独にも耐える事が出来る。


 そう思ったから、だから。


 自分を諦める事が出来たんだ。

 自分の命を諦めても、これからの世界でただお前に生きていて欲しいと、そう思う事が出来たんだ。


 もうそのくらい、オマエの事が大切だから。


 でもきっとそんな事を言っても、頑固なオマエは理解しないだろうからとシュンスケは言葉を拒絶する。




シュンスケ : 「……シェヴァ。もう、帰れ」


シェヴァ : 「シュンスケ……」



シュンスケ : 「迷宮をここまで踏破したオマエたちなら、エトリアでは充分英雄だ……執政院に道がふさがっていた、とでもいえばそれで充分。おまえたちはサーガにうたわれる存在にもなれる……」


シェヴァ : 「何、いってんだよシュンスケ……」



シュンスケ : 「俺は……このまま計画の一部となる。それが俺の望み、俺の……すべき事、だ」



シェヴァ : 「嫌だよ! 諦められるかそんなっ……すべき事って、それはシュンスケのしたい事じゃ、ないじゃないかっ!」


シュンスケ : 「シェヴァ……」


フィガロ : 「同感さね」


シュンスケ : 「フィガロ……」


フィガロ : 「大体のところ、俺って吟遊詩人な訳じゃない。詩人ってのは英雄のサーガを歌うモノ。自分が英雄になるモンじゃ、ないさね」



シュンスケ : 「…………」



フィガロ : 「俺が歌いたいのは、俺が英雄になる歌じゃない。ましてや、誰かが英雄になる為の歌でもない。 坊っちゃんあがりのリーダーや斧使いの娘さん。落ち着きのないダークハンターに、心配性の衛生兵……」


シェヴァ : 「おちつきない?」


フィガロ : 「そんな坊っちゃんが心配で、とうとう自分が冒険に出たお節介な聖騎士様。そんな面子を心配そうに眺める偏屈な錬金術師が、何でもねぇ依頼や冒険に心躍らせる、そんな小さな冒険談だよ……だから……」



シュンスケ : 「…………」



フィガロ : 「おまえがいなくて、どうする……」



シュンスケ : 「……フィガロ」



 シュンスケは困ったような笑顔を見せる。

 だがその表情は、すぐに氷のようなそれにかわった。





シュンスケ : 「議論は終わりだ。俺の立場は分かったなら去れ……残念ながら俺にこれ以上近づこうとするなら……俺は、計画を守る為に戦わなければならない


リン : 「戦……そんな、まさか……ボクたちと?」



シュンスケ : 「……安心しろ、計画に近づかなければ危害を加えるつもりはない。ただ……これ以上近づくのであれば……オマエたちとて命がないものと思えよ?」



 無数の枝が、蠢く。

 その全てはさばみそギルドの面子へと向いていた。




シュンスケ : 「……さぁ、わかったなら帰れ。これ以上ここにいてもお前らの得るものはない……エトリアに戻り、英雄の名を語るがいい……お前らはもうその資格もあるだろうからな」



 シュンスケがそう語る前に、黒い影が動き出す。



シェヴァ : 「……」


シグ : 「……!! シェヴァ!」


リン : 「シェヴァさん、危ないです! 枝が……」



 リンの叫びと同時だったか、無数の枝がシェヴァの身体を貫く。


 だがそれでも……シェヴァは、進むのをやめなかった。




シュンスケ : 「……止めろめろシェヴァ! 戻れ! ……分かるだろう、冗談ではない事くらい……」


シェヴァ : 「やだ。止めない!」


シュンスケ : 「シェヴァっ、オマエ……」



シェヴァ : 「……だって諦められるかよ! 目の前に、シュンスケがいて! シュンスケがしたくない事してるってわかってて! 手をのばせば届く所にいて……諦められるかよ!」




シュンスケ : 「……来るなと言ってる! どうして俺の言う事がきけない!」 



 無数の枝は拒むようにシェヴァの身体を切り裂いていた。

 だがその枝をかき分け、時に武器をふるいながら、シェヴァはただ歩く……。


 衣服には血が滲み、身体ももうボロボロに切り裂かれていた。




シェヴァ : 「どうしてきかなくちゃいけないんだよ! シュンスケを、諦める事なんて……出来る訳ないだろ! どうして、俺に出来ないってわかっていて、そんな事させようとするんだよ……」



シュンスケ : 「……死ぬぞ、バカが!」


シェヴァ : 「バカはどっちだよ! したくない事をするって言う奴の方が、よっぽどバカだ!」



シュンスケ : 「やめろっ、頼むから……装置が……こうなってしまったら、俺では制御できないんだ! だから……このままじゃ、俺は、オマエを……頼む!」


シェヴァ : 「やだっ!」


シュンスケ : 「やめろっ、やめっ………頼むから! 俺に……俺に、オマエを殺させないでくれ! ここでオマエを殺してしまったら、俺は何のためにこのを……俺は、何を糧にしてあと数千年の時を生きればいい、何を……」



シェヴァ : 「同じ言葉、そっくりそのままシュンスケにお返しいたしますだよ!」



シュンスケ : 「!? シェヴァ……」



シェヴァ : 「ここでシュンスケ諦めたら、俺はこの先どうやって笑えばいいんだよ? 誰に笑いかけてやればいいんだよ、世界の何処を探しても、シュンスケと同じ奴なんて居ないっていうのに、どうやって……」



 盲点、だった。

 自分だけが大切だと思っていたが……。


 自分が想う事懸命になりすぎて、誰かに想われている事なんて全く考えなかったのだ。



リン : 「シェヴァさん……」


シグ : 「リン……出来る限り、エリアキュアを……シェヴァにつかってやってくれ……」


リン : 「はい!」


フィガロ : 「それじゃ、俺は聖なる守護の舞曲で僅かでもあのダメージを軽減させてもらうとするさね」


シグ : 「アニキ……お願いします」



 シェヴァは文字通り、血路を開いていく。



シュンスケ : 「どうして俺じゃなければいけない。この世界、オマエであれば他の誰かと歩く事だって可能だろう、それなのに……どうして、俺を諦めない……どうして……」


シェヴァ : 「だって……シュンスケは一人しかいないから……」


シュンスケ : 「……」



シェヴァ : 「だから俺はこの世界を、シュンスケと一緒に、生きていたい。それだけだよ……」




シュンスケ : 「……俺は」




シェヴァ : 「だからさ、シュンスケ。一緒に行こう? もっと一緒にいよう。おれ、シュンスケとしたいこといっぱいあるんだ」



 したたる血が多い。

 傷はリンが治していたが、出血は致死量に達しようとしていた。




シュンスケ : 「俺は……違う、俺は……俺が、こうしないと世界は……浄化が終わってない世界は……俺が、計画の一部になったのは、俺が……」


シェヴァ : 「シュンスケ……」



シュンスケ : 「俺が死も怖れなかったのは、この世界の何処かでオマエが笑っていてくれると、そう思ったからだ」



シェヴァ : 「……」



シュンスケ : 「おまえが、生きていて、おまえが、笑っていてくれるなら……俺がここで時代の礎になる事なんて、小さな事だと思っていた。だが……」


GM : 「……」



シュンスケ : 「俺の居ない世界では、オマエはもう笑わないんだな。一番笑顔でいてほしいオマエは……」



 シェヴァの手が伸びる。



シュンスケ : 「……世界の全てを知った気になって……身近な一人の気持ちさえ気付かなかった……俺は……そうだ、現実の世界でも……この世界でも、何もわかっていなかった。自分の気持ちを押しつけるだけで、何も……」



 その手はまだ遠いが、シュンスケもまた手を伸ばせば充分に届く距離だった。




シュンスケ : 「俺は……間違っていたんだな……」



 シュンスケの頬に滴が零れる。

 溢れるそれはただ頬を流れ続けていた。




シェヴァ : 「……戻ろう、淳兄ぃ?」


シュンスケ : 「……」


シェヴァ : 「みんな、待ってるから」



 シュンスケは手を伸ばすと、シェヴァの指先に触れる。



シュンスケ : 「……あぁ」



 その瞬間。

 
呪縛のように取り巻いていた無数の枝はまるで煙のように立ち消えた。



シェヴァ : 「!? 淳にっ……」



 倒れかかるシュンスケの身体を、シェヴァは慌てて抱く。

 だが、支えるシェヴァもまた体力の限界だったのだろう。

 シュンスケの身体を抱いたまま、もつれるように二人はその場に崩れ落ちる。



シェヴァ : 「いたっ、いたた……」


シュンスケ : 「う……」


シグ : 「シェヴァ! シュンスケ!」


フィガロ : 「大丈夫かい、シュンスケくん!?」


シュンスケ : 「…………」


GM : 「大丈夫、命に別状はないよ……多分だけどね」


シェヴァ : 「そっか、よかった……」


GM : 「……あぁ、よかった。おめでとう。そう、君たちなら、出来ると思ったんだ」



 GMはその姿を笑顔で眺める。



GM : 「西園寺馨の呪縛から……プロジェクト・ユグドラシルという名の負の遺産から、彼を、引き戻す事をね」



 その言葉を最後に。

 突如、世界は暗転した……。






> 幕劇 〜 機械仕掛けの玩具





 幕間劇をはじめよう。

 現実と交差する世界を。


 君は彼らの現実に付き合っても、付き合わなくても良い。


 ・

 ・

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 東京都新宿区 シンジュク・セントラル・タワー。

 西園寺馨の研究室。(いつもの場所)





 シュンスケ・ルディックがギルドに戻った。

 それと同時に、突如 ニーズホッグ・システム はダウンした。





桐生和彦 (シグ) : 「!? 何だ、急に世界が暗転してっ……サーバーダウンか?」


滝 睦 (ヒルダ) : 「いや、システムの電源が急に落ちたようだ……どうした、何があったのだ?」


桐生若葉 (アイラ) : 「いたた……うわ、急に世界が真っ暗になって、ビックリしたー。私、暗い所嫌いなんだよねー」


芹沢梨花 (リン) : 「……何があったんですか? 一体……停電?」


神崎高志 (フィガロ) : 「いや、停電でも大丈夫なはずさね。ここは、確か予備電力があるはずだからね……でも、一体何が……?」



滝 : 「聞きたいのは私だ! 一体何があった? 淳ちゃんは……椎名は、どうした?」



七瀬 澪 (シェヴァ) : 「椎名……そうだ、淳兄ぃ! 淳兄ぃは、大丈夫!?」



 システムを外し、七瀬はすぐに椎名淳平(シュンスケ)の元に駆け寄る。

 椎名淳平の姿をした男は、椅子にもたれてぐったりと俯いていた。


 ……彼は、椎名淳平なのだろうか。

 それとも、まだ西園寺馨(GM)の意識を所有しているのだろうか……。




七瀬 : 「淳兄ぃ……?」


椎名or西園寺: 「……」



 俯いた彼には意識がない。

 どちらなのか。

 いや、あるいはどちらでもないのかも、しれない。


 このシステムは暴走すれば人の記憶も人格も全て吸い尽くしてしまう。

 以前、桐生若葉がその状態になったように。




七瀬 : 「……淳兄ぃ! 淳兄ぃ……淳兄ぃ、返事して! しっかりしてよ、ねぇ……起きてよ、淳兄ぃ!」



 返答のない椎名、あるいは西園寺の身体を七瀬は乱暴に揺さぶる。

 だがその身体は糸の切れた人形のように力がなく、ただ揺れるだけだった。




七瀬 : 「なんでっ……なんで、起きないんだよ、淳兄ぃ! シュンスケだって、戻ってきてくれたじゃないか……それなのに、淳兄ぃがまだ戻ってこないなんてっ、そんなの……嘘だ! おれ、まだ……まだ淳兄ぃとしたい事がいっぱいあるよ! だから、だから……」



 椎名の身体に振れる七瀬の、その手の力に力がなくなる。

 代わりに彼の頬には止めようのない涙が流れていた。




七瀬 : 「起きて、起きて……淳兄ぃ! 淳兄ぃ、淳兄ぃ……」



 大粒の涙が、七瀬の頬をつたい椎名の手にこぼれ落ちる。

 その刹那。



椎名or西園寺 : 「……」



 ぴくり、と彼の手が動く。

 億劫そうに瞼が開く。



七瀬 : 「あ……」



 目が開いた。

 彼は暫く不思議そうに七瀬の顔をのぞき込むと、やがて不器用に微笑んで指先で涙を拭った。




椎名淳平 : 「……どうした、澪? そんなに泣いて……また、怖い夢でも見たのか?」


七瀬 : 「あ……」



 その声は。

 その仕草は。

 その笑顔は。




椎名 : 「……それとも、誰かに虐められでもしたのか? 誰だ、オマエをこんなに泣かせた奴は……」



 他の誰でもない。

 紛れもなく、椎名淳平のそれであった。





七瀬 : 「……淳兄ぃ!」


椎名 : 「おっと! ……何だ、急に抱きついたりして? やめろっ、オマエ……いい年齢(とし)こいて、恥ずかしくないのか!?」


七瀬 : 「……だって、でもっ……良かった、ホントに良かった……」



 七瀬は抱きしめた身体で止め処ない涙を拭う。



神崎 : 「誰だ、オマエをこんなに泣かせた奴は……だなんて、他でもない。一番泣かせたのは、オマエ自身じゃないかね、椎名淳平くん?」


椎名 : 「何……?」


桐生 : 「そうだよ、全く。世話かけさせやがって、この野郎!」


椎名 : 「……何の事だ? いや、そういえば俺はどうして……?」



 ようやく自分の置かれている立場を妙に思えたのか。

 椎名は口元に手を当て、考えるような素振りを見せる。


 そして何かに気付いたような表情になると、突如顔をあげそして声を発した。





椎名 : 「!! ……西園寺先生、西園寺先生はどうした!?」



神崎 : 「ちょ、ジュンペイくん。まだ西園寺先生だぁなんて……あいつは、オマエの事を騙して身体を乗っ取ろうとした奴だよ?」


椎名 : 「……とにかく、居ないのか? 西園寺先生!」



 椎名は慌てて、目の前にあるシステムのボタンを叩く。

 そして、何かを確認すると絶望的な表情となり震える唇を噛みしめた。




椎名 : 「……馬鹿な、RE-Nシステム 2−SU,krシステム。どちらも、起動しているだと!? 西園寺さん、貴方は何て事を……それが何を意味しているのか、分かっている癖に……」



芹沢 : 「どうしたんですか、椎名さん?」



 戸惑う皆の中、最初に言葉を発したのは、意外にも桐生若葉だった。



若葉 : 「RE-Nシステム 2−SU,krシステム……それは、椎名さん。貴方の、感情を復元するためのプログラムの名前……ですよね?」


椎名 : 「若葉くん……?」


若葉 : 「勇気・信念・闘志。それらの強い感情と触覚をプログラミング化したRE-Nシステム。愛情・庇護・幸福。それらの優しい感情と触覚とをプログラミング化した2−SU,krシステム。その二つは、どちらもラタトスク機関……私たちの知る、西園寺馨を動かす為の重要なプログラムでありまたシステムでもあった……そうですよね?」


桐生 : 「ちょ、何で若葉がそんな事知ってるんだよ!?」


椎名 : 「……その通りだ」



若葉 : 「ひょっとして、西園寺さんは……自分を動かす中核のプログラムを貴方に受け渡す事で、貴方の意識を取り戻した……そうじゃ、ないんですか?」



芹沢 : 「え!? それって、どういう……」


若葉 : 「あのね、梨花ちゃん。私ね、意識を失って暫く……起きる事が出来なかったでしょう。その時、ずっとあのサーバーの中に……ユグドラシルの中に、居たの。あの中に居ると、不思議でね。色々な情報が流れ込んでくるんだ。その情報の殆どは、あの難しくて分からなかったけど……今、椎名さんにおこった事。それと、西園寺先生が居なくなっちゃった事は、あの中で見た情報で、私何となくわかるの……」


椎名 : 「……そうか、君は俺より長くあの、サーバーの中にいたものな?」


若葉 : 「はい……椎名さんや西園寺さんみたいに、難しい理屈はわからない。けど……西園寺先生は、椎名さん。壊れはじめていた貴方の感情プログラム、それを修復するために、自分の骨子であるプログラムを受け渡した……そう、ですよね?」


椎名 : 「あぁ……恐らく……」


芹沢 : 「……え、それって……どういう……?」




若葉 : 「梨花ちゃん、西園寺さんはね。もう、いないんだよ……自分を動かすプログラムを犠牲にして、椎名さんの意識を守ったから」


桐生 : 「……はぁ?」



若葉 : 「RE-Nシステム 2−SU,krシステム それは、椎名さんの人格を形成するプログラムに何かしらのバグがあった時に作られたバックアップで……西園寺馨。私たちの知るあの人は、椎名さんに何かがあった時の為に……そのプログラムを起動する為の、装置だった……そうですよね?」


椎名 : 「…………起動されないはずの装置だった。俺の感情プログラムが暴走する事なんて、起こり得ないはずだからな」


若葉 : 「……でも、起こってしまった。いや、意図的に起こしたんですよね、あの人は……貴方の中にある負の遺産。オリジナルの西園寺馨が持つ忌まわしい知識……プロジェクト・ユグドラシルの記憶と記録、それを……抹消する為に」



神崎 : 「……何言ってるさね?」


滝 : 「順を追って説明してくれないか。なぁ、淳ちゃん? 若葉くん?」



椎名 : 「そうだな、何から話したらいいか……そう、俺が被験者X……オリジナルの西園寺馨の実験体であるのは、皆もう知っているな?」


一同 : (無言で頷く)



椎名 : 「オリジナルの西園寺馨は、俺の肉体に自分の記憶を移す事で生きながらえようとしたが、事情があってそれを断念した……」


若葉 : 「でも、椎名さんの記憶に幾つか自分の知識を……プロジェクト・ユグドラシルの設計図から理論、その他諸々の知識を、データとして登録していたの。何時、椎名さんの身体に映っても自分の知識が使えるように……」



椎名 : 「……西園寺先生は死んだ。だがその知識は、俺の中で残り続けた」



若葉 : 「人の身体に牙を向け、他人の生命をも食い尽くす恐ろしい罪の知識が椎名さんの中に生き続けている事……それを、生前の西園寺馨先生は」


椎名 : 「……そして、複写された西園寺馨という人格も、とても悔いていた……俺という人間に、自分の罪を背負わせ続けている事を、な」



若葉 : 「だから椎名さんからその知識を奪う事にした。椎名さんの脳髄に直接介入する事で、自分の知識を奪還する事を……それで、自分を構築するプログラムが壊れてしまうのだとしても……」



椎名 : 「それでも俺に原初の罪を背負わせたくなかったんだな、あの人は……」



桐生 : 「そんな、馬鹿な事が……だったら、西園寺が俺たちを煽ったりしたのは……」


七瀬 : 「悪役を演じる為? おれ達に、淳兄ぃを取り戻す事に集中させる為……?」



椎名 : 「……恐らくは。 生前の西園寺馨……その知識は、まるで呪縛のように俺の脳髄に組み込まれていた……恐らく、ただのプログラム人格にすぎない自分の力だけでは……取り戻せないと、踏んでいたのだろう。だから、オマエたちの力を借りた……オマエたちに本気で挑んでもらう為、あえて……」



神崎 : ガツン! (と、無言でゴミ箱を蹴る)


滝 : 「神崎……」


神崎 : 「胸くそ悪い事この上ないねぇ……道化役は嫌いじゃない。が……こんな笑えない道化はゴメンさね……」


桐生 : 「アニキ……」


神崎 : 「……人間なんて、性根は汚ねぇクソ袋じゃないのかい? それだってのに……どうしてそんな綺麗に生きようとするんさね。狡くても汚くても、もっとうまく立ち回る事だって、アンタなら出来たろうに……どうして……」



七瀬 : 「西園寺先生……ね、淳兄ぃ! 何とかならないの? 淳兄ぃを助けたみたいに、何とか……」



椎名 : 「……西園寺先生の人格を復元するに至っては、一つだけ方法がある」



七瀬 : 「マジで!? どうやって……」


椎名 : 「……世界樹の迷宮。この最終ボス……世界樹の王、それを撃破する事で……西園寺馨の人格を復元するシステムを作動させる事が、出来るのかもしれない……」


桐生 : 「マジでか? いや、でも何でゲームなんかに?」


椎名 : 「西園寺先生を見ていて何となくわかるだろう。あの人は、ふざけた遊びが好きなんだ、自分の命運さえゲームに託す、それも悪くないと思えていたようでな……今回もこのゲームの最後に、そんな仕掛けをしたんだと自慢げに話していたよ。折角だからこのゲームでの自分の記録をプログラム化して残しておく、と……」


滝 : 「本当か、だったらすぐにでも……」


椎名 : 「だが……出来ないんだ、西園寺先生がいない今、このシステムを作動させる方法が……ない


芹沢 : 「……そんな」


椎名 : 「……俺だけでは無理だ。せめて、ニーズホッグ・システムを扱える人間がいないと……」



 俯く椎名の隣で、若葉はゆっくり口を開く。



若葉 : 「……私、それ。できるよ」


椎名 : 「……え?」



若葉 : 「……ニーズホッグ・システム。私、それ動かせると思う。多分」


椎名 : 「何を……このシステムは、西園寺先生の認証がないと……それに、暗証番号が……」



 戸惑う椎名の隣で彼女は、慣れた手つきでキーボードを動かす。

 パスワード、ロック。

 次々と、いとも簡単に解除され、そして……。



七瀬 : 「あ! 動いた……淳兄ぃ、動いた! 動いたよ!」


椎名 : 「何だと!? バカな……若葉くん。これ、どういう……?」


若葉 : 「あはは! 私、あのサーバーの中に居る時、何度か西園寺先生と会話した事あるんだ。その時に、幾つか聞かされていた事があるんだよ……その中の一つに、これ。ニーズホッグ・システムの動かし方も、あったんだ」


椎名 : 「……西園寺先生、まさかこの事態を予測して?」


神崎 : 「保険かけておいたんだろうね。あはは、あの人間らしい狡い手段で……」



 だが、決して動作は安定していない。

 あまり長くは作動していないのは目に見えていた。


 その上……。




芹沢 : 「……見てください。このシステム……メンバーが、限定されてますよ?」


桐生 : 「マジでかっ……あ、ホントだ。見ろよ、登録されている面子が……俺と、アイラとシェヴァ……リンに、シュンスケ」


七瀬 : 「初期メンバーだけしか、登録されてないみたいだね……どうする?」



 バグか何かか。

 後期参入メンバーであるフィガロとヒルダ、二人の介入は出来なくなっていた。

 戸惑い振り返ると二人は、当然のように言う。




神崎 : 「どうするもこうするも」


滝 : 「行ってこい……さばみそギルドのメンバー全員で……もう一人のメンバーを。GM(ギルドマスター)を、呼び戻してくるといい」



桐生 : 「あぁ、そうだな……さばみそギルドの心は一つ! 行くぞ……俺たちのギルドマスターを、取り戻す為……最終決戦だ!」




 桐生の言葉に、皆が頷く。


 最後の戦いはもう、眼前へと迫っていた。



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