> 界樹の迷宮をリプレイ風に日記にするハナシに、世知辛い現実の物語が今ならついてきます。





までのあらすじ >


 迷宮より戻り、宿をとる。

 酒を飲み、食事をとり、見知った仲間達と談笑する。


 いつものように夜が更けていき、各々ベッドに潜り込む。

 微睡みは一瞬で、また日は巡り朝がくる。


 そしてまた、変わらぬ仲間たちと迷宮に挑む。

 ……そういうものだと、思っていた。



シュンスケ : 「…………」



 まだ日が昇る前、彼はベッドから起き上がる。

 指先を噛み、何かを考えるような素振りを見せる。

 そして簡単に身支度を整えると、誰にも気付かれないようベッドから抜け出した。



シェヴァ : 「……シュンスケ?」



 誰にも気付かれないように動いていたはずだが、その気配を消しきる事は出来なかった。

 振り返れば寝ぼけ眼を擦るシェヴァの姿がある。



シェヴァ : 「何処に行くの、おトイレ?」


シュンスケ : 「いや……」



 鼻先を擦り、僅かに考える素振りを見せる。



シュンスケ : 「……思い出した事が、あってな。行く、用が出来たんだ」


シェヴァ : 「こんな夜遅くに?」


シュンスケ : 「あぁ……」


シェヴァ : 「だったら、俺もいく? すぐ支度するよ」


シュンスケ : 「いや……何、すぐに終わる用事だ……だから、寝てろ。な?」



 華奢な手がシェヴァの白い髪を撫でる。

 その手が温かく優しかったから、シェヴァはまた微睡みに誘われる。



シェヴァ : 「そう……すぐ、かえって、きて……ね……」



 最後の言葉は寝息になっていた。



シュンスケ : 「……いや。もう……俺は……」



 そう言いかけて言葉を止める。

 そして、シェヴァの髪に触れて笑うと、シュンスケは静かに歩き出す。



シュンスケ : 「皆、すまない……悪かった。だが、ありがとう……俺は……」



 この思い出で、生きていける。

 唇だけでそう呟き、室内を後にする。



 それから、朝が来ても。

 シュンスケ・ルディックが戻ってくる事は、なかった。




> 君の前が消えた夜



 某月某日、都内某所。



GM : 「さぁって、シュンスケ君が居なくなった理由付けは、まぁ、こんな所でいいかな? それじゃ、みんな! 元気に今日のセッションをはーじめーるよー! っと」



一同 : 「…………」



GM : 「あっれー、みんな、元気がないぞぉ! そんなんじゃ今日の迷宮、やってけなくなっちゃうよー!」(笑)



フィガロ : 「…………虫唾が走るなんてぇ言葉があるけど、今の俺はさだめし、そんな気分だねぇ」


シグ : 「同感だ。そのツラじゃなければ、とっくにブン殴ってる所だぜ」


GM : 「ワオッ、レベル60越えのソードマン様がぶん殴るとか仰っているよ! こーえっ、こーえっ!」(笑)


シグ : 「……この野郎ッ!」


ヒルダ : 「坊ちゃん、落ち着け! ……奴の口車にのって無駄話をしている場合ではないぞ、今は……時間がない」


シグ : 「そうか。そう……だったな」


リン : 「そうです。シグ、それより……シュンスケさんを、探さないと……」


アイラ : 「……何処いっちゃったんだろうね、シェヴァさん心当たりないよね……まだエトリアに居るかな、とりあえず見ている人とか居るかもしれないし、エトリアぐるぐるっといってこよう?」


ヒルダ : 「……あぁ。手分けして探してみるか」


シェヴァ : 「……ごめん、みんな」



GM : 「了解。そうやってぐるぐる探してみるけど、シュンスケ君を見たとか、そういう人は居ないらしい。心当たりがある、という人もいない」


シェヴァ : 「シュンスケ……」 (しゅん)


GM : 「んだが、執政院ではちょっと興味深いハナシを聞ける。なで肩眼鏡のハナシなんだけど」


フィガロ : 「何時もなら、男の話なんざ聞かない主義だけれども。一々興味深いハナシと言われると気になるねェ……何さね?」



GM(なで肩眼鏡) : 「『あぁ、知ってますかさばみそギルドの皆さん。角の豆腐屋今日大安売りで、3エンで何と豆腐が5丁も買えるとか。お買い得ですよ!』



フィガロ : ガン! (無言で傍にあったゴミ箱を蹴り飛ばす)



GM : 「ひゃぅん!」



フィガロ : 「……そんな日常会話なら、井戸端で喋っているご婦人方と語らってもらいたいものだねぇ?」 (見た事もないような形相で)


GM(なで肩眼鏡) : 「『ひゃぁぁぁ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。シリアスな雰囲気に耐えられずつい。 えー、あの、実はですね……長が、いなくなったのです』


リン : 「長って……ヴィズルさんが、ですか?」


GM(なで肩眼鏡) : 「『はい。実は、あなた方がモリビトたちを殲滅し、奥の道を開いたあたりから行方知れずに……迷宮の謎が明らかになろうとしている今、はやる気持ちが抑えきれず迷宮に向かったのかもしれません』



アイラ : 「迷宮にって……ヴィズルさん、そんなに強いの!? 迷宮の奥なんて、私たちでも滅多打ちにされる位の強敵だらけだよ!」


GM(なで肩眼鏡) : 「『はぁ。ですが、街から出た形跡はありませんし、行き場所といえばもう迷宮しか考えられません……さばみそギルドの皆さん。よかったら、迷宮に向かうついででも良いので、長を捜してはくれませんでしょうか?』


アイラ : 「ついででいいんだ?」(笑)


リン : 「まだ、迷宮に向かったかもわかりませんからね」


シグ : 「つーか、それって結構大事件じゃないか。そんな大事件を前に、豆腐のハナシをはじめるなんて、心底どうかと思うぜ!」


GM  : 「人は時にユーモアも必要だよ、ギュスターヴ=モーゼス君?」


シグ : 「言ってる事には概ね同意だが、このタイミングで言われるとしこたま腹がたつぜ、GM?」


GM : 「とまぁ、長がいなくなった騒ぎもあって、街の噂はむしろ長がいなくなったトークが中心。一人の冒険者がいなくなったとしても、それを気にとめる奴なんざいない、てのが正直な所だ」


シェヴァ : 「……」 (しょぼん)


アイラ : 「でも、シュンスケさんは装備一式もっていってるみたいだし……エトリアで見た人がいないなら、迷宮に行ってるのかもよ?」


リン : 「でも、冷静なシュンスケさんが一人で迷宮に行くでしょうか……」


アイラ : 「私もそこはちょっと疑問だけどさ。でも、シュンスケさんたまに、言ってる事とやってる事が全然違う時あるし!(笑) ……それに、この街から出た形跡がないなら、迷宮くらいしか行く所なんてないよね?」


ヒルダ : 「そうだな……迷宮を、探してみるか。坊ちゃん?」


シグ : 「……そうだな。ひとまず、一階層から順に探してみるか」


一同 : (無言で頷く)


シェヴァ : 「迷宮行くの。だったら、おれ、支度するね……」


シグ : 「いや、シェヴァ。オマエは留守番だ」


シェヴァ : 「えっ、何でだよ! 俺だって、シュンスケ探しに行きたいよ!」


シグ : 「……シュンスケが、またここに戻ってくるかもしれないだろ。その為に、少しここで待っていてくれ」


シェヴァ : 「でも……」


シグ : 「……それに。シュンスケがいなくなってまだ冷静じゃないオマエなんて、あの迷宮は危険すぎて連れていけねーよ。悪い事言わねぇから、少し休んでろ。あと23時間……今日は長丁場なんだからな」


シェヴァ : 「シグ……わかった。おれ、少し休んでるから……みんな、気をつけてな」




> 廃の都


 という訳で、今回の探索は。


前衛 : シグ ・ ヒルダ ・ アイラ

後衛 : リン ・ フィガロ


 の順で始まる。




GM : 「と、言う訳でやってきましたエトリアの迷宮。ぺぺん、ぺん、ぺん」 (三味線のつもりらしい)


シグ : 「とりあえず、一階層から順に異変がないか見て回ろう」


アイラ : 「ラジャーりょーかーい」


 シグの言う通り、一階層から順に捜索を開始する。

 だが、迷宮を5階降りても。




ヒルダ : 「いないな……異変もない」


アイラ : 「ハサミカブトを一撃で屠るようになれている自分の強さは実感したけどね」


 10階降りても。



シグ : 「濃紫の尾針だっけか。アレが手に入った」


リン : 「……シュンスケさんがいた時は、あんなに手に入らなかったんですけどね」


ヒルダ : 「……皮肉だな」


 15階降りても。


シグ : 「コロボックル復活してたな?」


アイラ : 「違うよシグ、トランペットルだよ!」


GM : 「コロトラングルだい!」



 20階に到達しても、異変はなく。

 シュンスケの姿も見あたらないままだった……。




シグ : 「20階、か。やっぱりいないな」


ヒルダ : 「あぁ……そうなると」


一同 : (無言のまま、地下20階にある昇降機を見る)


リン : 「シュンスケさん、一人で第5階層に行ってしまったんでしょうか……」


シグ : 「シュンスケの性格で、そんな無茶するとは思えねぇけど……状況から、あり得なくはないな」


フィガロ : 「……後に道はないさね。行ってみるかい?」


一同 : (無言で頷く)


GM : 「それじゃぁ、君たちはその第5階層へ降りる階段……と呼ぶには奇妙な形のワープスポットでも言うべきか。光輝く昇降機にふれるね。すると、君達の身体に奇妙な浮遊感があり、やがて……奇妙な雰囲気の部屋へと、たどり着く」


ヒルダ : 「奇妙な雰囲気だと?」


GM : 「そう。今までの迷宮は、新緑の木々や密林の森。珊瑚のような木々や枯れ森といった印象を抱かせていたが、その部屋は白く冷たく、蔦に覆われどこか退廃的な印象を……そして、人為的な印象を与える」


リン : 「人為的、ですか?」


GM : 「そう、人為的。明らか様に人の手が入ったような。そして、かつて人が住んでいたかのような気配を感じる」


フィガロ : 「……迷宮の最深部なのにかい?」


ヒルダ : 「モリビトたちが住んでいた痕跡か?」


GM : 「……そうだ。詳しくは、君たちの目で確認したまえよ。さぁ、到着だ……第5階層の迷宮。その名は……遺都 シンジュク!



一同 : !!!



 冒険者たちの目の前に、古代の遺産かと思われる遺跡の姿が広がる。

 針のように連なる灰色の塔はおびただしい数の蔦に覆い隠され、その深さが長きにわたる年月。

 誰もこの地に訪れなかったという事実を物語っている。


 すでに温もりを失い廃墟と化した遺跡群。

 冒険者たちが初めて目にするその世界は……冒険者たちを演じているプレイヤーには、既視感のある世界だった。




リン : 「……そんな、そんな……この場所は……」



シグ : 「嘘だろ、この場所……この建物! 俺たちの今いる、このビルじゃ無ぇか!」




 そう。

 冒険者たちが目指した迷宮の奥にあったのは……プレイヤーたちが存在する現実

 その世界に実在する建物だったのだ。


 冒険者達は、空間を越え。

 今、同じ場所にいる……。




GM : 「……シンジュク・セントラル・タワー。旧都庁であったこのビルは新都庁が出来る頃、一般に売却され、ある企業が買い取った。企業はとある大学と協力し、研究所としてその建物を使うようになった……企業の名前は、芝濱電子工業」


ヒルダ : 「……シュンスケのプレイヤーが勤めている会社、か」


アイラ : 「そうなの!? うそー、凄い大手じゃない、シュンスケさん(のプレイヤー)って、エリートだったんだ……」


GM : 「そして、協力し研究を進めていたのが帝都大学の西園寺馨教授……俺であり、俺とは違う男だ」


フィガロ : 「そしてこの場所でオマエは自分の欲望を満たす為の悪魔の実験を行っていた訳か。はん、反吐が出るたぁこの事だねェ……」


GM : 「さぁ、どうだろうな……さぁ、先に進みたまえ。君たちに、時間はないのだろう?」


シグ : 「……言われなくてもそうするぜ! 皆、行くぞ!」



一同 : 「おー!!!」



 かくして皆、かつて人が溢れていたであろう迷宮を進む。

 既視感のある風景は冒険者たちの胸に何故か悲しみに近い感情を抱かせていた。




リン : 「……カツ、コツ。床から乾いた音がします。この床の質感、いつも歩いている廊下みたい」


アイラ : 「うん……この風景も、見た事あるから何か怖いね……何で、こんなになっちゃったんだろ……」


GM : 「等と感慨を抱いている皆の前でも平気でモンスターは襲いかかって来るのです! という訳で戦闘だ、敵は……バインドスレッド2体!」


ヒルダ : 「見覚えのある蜘蛛だなっ、坊ちゃん!」


シグ : 「あぁ! 俺とアイラで一匹を集中砲火する、ヒルダはシールドスマイトで応戦してくれ、1ターンで仕留めるぞ!」


ヒルダ : 「了解した、アイラ君!」


アイラ : 「はーい、いっくよー!」


 シグの宣言通り、ソードマン二人の火力とシールドスマイトで敵は1ターンで始末される。

 が……。




シグ : 「……ふぃー、一丁あがり。か」


リン : 「皆さん大丈夫ですか? 今エリアキュアを……」


アイラ : 「まだ大丈夫だよ、私のはかすり傷。だけど……」


ヒルダ : 「流石に第5階層か……今までの敵と比べれば格段に強いな……攻撃力が、尋常ではないな……」


フィガロ : 「攻撃力だけじゃないさね、固くてこっちの攻撃も通りにくい上、通常攻撃はミスが出やすい気がするよ?」


アイラ : 「シュンスケさんの属性攻撃があればなぁ……」


シグ : 「……いない奴の話をしたって仕方ねぇだろ、行くぞ!」


フィガロ : 「そうさね……早い所シュンスケ君を見つけて、これまでのツケを払ってもらうとしようか?」


リン : 「ツケ……ですか?」


フィガロ : 「そうさね! 俺たちをこんなに苦労されたツケとして、ここで散々コキつかってやらないと。ね?」


シグ : 「……そうだな、とっとと見つけて働かせようぜ!」


 かくして、廃墟と化した都市に挑むさばみそギルドの面子たち。

 だったが……。




ヒルダ : 「くぅっ、またバーストウーズか、フィガロ!」


フィガロ : 「言われなくても解ってるさね。氷劇の序曲!



 ※氷劇の序曲 : 通常攻撃を氷属性に変化させる呪歌。



シグ : 「よっしゃ、氷属性!」


GM : 「……ん、敵は退治された。おつかれー」


シグ : 「よし、次行くぜ……」


GM : 「と、いってる傍から敵〜。はい、ダイアーウルフとバーストウーズねー」


シグ : 「またかよ! クソっ……アイラ、姉弟子、気合いいれて行くぜ!」



 敵のエンカウント率は高く。

 また、攻撃力防御力も異常に高い敵の攻撃も堪える事となり、ついに……。




ヒルダ : 「すまん、坊ちゃん。私はもうTP切れのようだ……」


アイラ : 「私も……」


シグ : 「姉弟子、アイラ……」


フィガロ : 「無茶はやめておこうかね? 樹海磁軸も近いし、一度戻るとするかね?」


シグ : 「……そうだな、仕方ない。一度戻るぞ!」


 一度、エトリアへ帰還する事を決意するのだった。




> 木の上にが双つ



 エトリアに戻り、ひとまず冒険者ギルドへ顔を出す……。



シグ : 「……戻ったぜ」


シェヴァ : 「おかえり、シグ! シュンスケは、シュンスケは、居た?」


シグ : 「…………シェヴァ、あのな」


シェヴァ : 「あ……そうか、居なかったんだね……ごめん、そうだよね。そんなすぐに見つかるはず、ないよね……」


ヒルダ : 「すまない、シェヴァ。TPが切れて、一度戻ってきたのだ」


シェヴァ : 「そっか……第5階層の敵、強い?」


フィガロ : 「まぁ、そういう事さだねぇ……攻撃が痛い上にこっちの攻撃は通り憎い、厄介な事さね」


シェヴァ : 「そっか……」


シグ : 「よし、すこし休んだらまた行くぞ。迷宮に……」


シェヴァ : 「ねぇ、リーダー……あのさ。次の冒険には、俺を連れてってくれないかな?」


リン : 「……大丈夫ですか、シェヴァさん?」


シェヴァ : 「俺なら、休ませてもらったし。もう大丈夫だから! 皆が迷宮に挑んでる時、待ってるのも退屈だし……それに……一人で待ってると、悪ぃ事ばっかり考えちゃうんだ、悪い事ばっか……」


ヒルダ : 「……シェヴァ」


シェヴァ : 「だめ、かな?」


シグ : 「……いや、構わねぇよ。ただ、6人の大所帯で探索は出来ねぇから、誰か残らないと……」


フィガロ : 「だったら、ヒルダ嬢。少し休ませてもらったらどうだ?」


ヒルダ : 「む……わ、私は別に……」


フィガロ : (小声で) 「シュンスケ(のプレイヤー)と幼馴染みなのは、ヒルダ(のプレイヤー)も一緒だろうに……気丈に振る舞っているけど、本当は狼狽えているんだろう?」


ヒルダ : 「別に、そんな事は……」


フィガロ : 「戦闘中、手ぇ震えてるのが見えるんさね。無理は言わないよ、少し休みな?」


ヒルダ : 「あ……す、す、すまない……本当は……私も……」


フィガロ : 「はいはい、という訳で、ヒルダとシェヴァを交代させるとするさね。いいよねぇ、リーダー?」


シグ : 「あぁ、姉弟子、少し休んでてくれよな?」


ヒルダ : 「すまない……シェヴァ、頼んだぞ?」


シェヴァ : 「うん!」



 かくして、二度目の第5階層捜索。

 メンバーは。


前衛 : シグ ・ アイラ ・ シェヴァ

後衛 : リン ・ フィガロ


 そして再び、灰色の都市へ挑むのだった。




GM : 「という訳で君たちはシンジュク・セントラル・タワー……いや、遺都シンジュクへと舞い戻ってきた訳だ」


シグ : 「よし、気合い入れて行くぞっ! 皆!」


GM : 「何て気合い入れている最中、すでに敵が現れたり……敵は……ダイアーウルフと……」



シェヴァ : 「アームボンテージ!」



GM : 「うはっ! いきなりかっ、タメなしでいきなりかっ、そりゃ、シェヴァの行動力なら最初に攻撃だけど……」



シェヴァ : (パチン、と武器を構えながら) 「ダメージは?」


GM : 「え! あ……オマエのスキル攻撃なら、一撃で屠れるよ? 曲がりなりにも最強ランクの装備をもった、最強クラス(LV.63)のダークハンターなんだから……」


シェヴァ : 「よし! シグ、アイラちゃん、もう一体は任せた!」


アイラ : 「え? あ、了解、いくよっ、シグ!」


シグ : 「おっしゃ!」


GM : 「あー……それで屠られるな、うん。ダクハンで一発目から一匹屠ると、ダメージは今までより抑えられる訳か」


シグ : 「俺たちや姉弟子は攻撃が遅いからなぁ」


シェヴァ : 「よし、次行くぜリーダー!」


GM : 「おっと、何時も悪ふざけの塊みたいなシェヴァが今日は随分とシリアスだねぇ、今日は笑い取りに行かないのかい?」(笑)


フィガロ : 「オマエっ……」


シェヴァ : 「笑い取りにいってるつもりだよ、おれ」


GM : 「そっか、その割にオマエさん、笑ってないからさぁ」(笑)


シェヴァ : 「最後に笑う為に、今は笑うのガマンしてんだよ……シュンスケが戻ってきた時、また笑う為にな……」


GM : 「あ、そ……ま、いいけどね。それじゃ、君たちはズンズン進んでいく、と。進んだ先には階段がある」


シグ : 「……新しい道か、どうする?」


フィガロ : 「俺、糸巻き戻りがあるから、進んでも損はないと思うよ?」


 ※糸巻き戻り → 以前に居たフロアに戻る事の出来るスキル。


GM : 「そう、進もうと君たちは階段へ向かう……」



 その時。

 見覚えのある黒髪の男が、階段の下を歩く姿が見える。

 あの姿は……




シェヴァ : 「!! シュンスケ!?」



GM : (俺の意志とは勝手に登場している、か。やはりシュンスケ・ルディックは俺の命令とは別に動き出すNPC化しているという訳だな……) 「全く、めんどくさい……」


フィガロ : 「何か言ったか、GM?」


GM : 「いんや、何にも。 ……黒髪の男は、振り返る事もなく地下へ消える……」


シェヴァ : 「シュンスケ!」 (走り出す)


シグ : 「あ、待て、シェヴァ……追いかけるぞ!」


一同 : (無言で頷き走り出す)


GM : 「こうして、降りてきた君たち。だが、そこに人影はなく、また先に進む道もない。あるのは四方が壁に阻まれた小部屋だ……」


アイラ : 「あれ、行き止まり?」


リン : 「確かに、シュンスケさんのような人影が見えたんですけど……あれ。何だろう、これ」


GM : 「……リンは、ふと自分の足下に古びた用紙がある事に気付く。今にも崩れそうなそれには、古びた文字で何か書かれていた」


リン : 「何か書いてある、えっと……。 この地球の……救う為に……プロジェクト……ユグド……


アイラ : 「プロジェクト・ユグドラシル!?」


リン : 「妻の待つ……日本で……研究を……ける……定……地球の……人類の……来を……」




??? : 「『プロジェクト・ユグドラシルは、人を救う為のプロジェクトだった……』」



 その時、背後から声がする。

 振りかえったその場に、見覚えのある男が居た。


 華奢な身体に伸びっぱなしの黒髪。

 その姿は。




シェヴァ : 「シュンスケ!?」



 そう、シュンスケ・ルディック。

 さばみそギルドのアルケミストであり、昨日まで共に冒険をしていた仲間だった。


 だが、何故だろう。

 昨日まで隣にあった姿が、今日はまるで陽炎のように儚く、遠い……。




GM : 「……そう、シュンスケ君だ」



シュンスケ : 『計画は……実行され……人知れず……だが……人知れず故に……罪も……孤独も……ただ一人背負う事になった……人の器は重すぎて、悲しすぎる嘘を……だから……』



シェヴァ : 「シュンスケ!」



 追いかけようと、シェヴァが階段を駆け上がる。

 だが、階段を駆け上がった時、すでに誰の人影もそこにはなかった……。




GM : 「…………」


シグ : 「誰も居ない……?」


アイラ : 「何処ですれ違ったんだろ……ていうか、計画って? 何でシュンスケさんがそんな事知ってるの? テリーマン係だから?」


シェヴァ : 「……」


リン : 「……シェヴァさん。あのっ」 


シェヴァ : 「……大丈夫だよ、先に進もう。シュンスケがここに居るってのがわかっただけ、もうけもんだよね!」



GM : 「そうして再び、君たちは探索を続ける。時にモグラを」



シェヴァ : 「アームボンテージ!」



GM : 「しばいて倒し、そしてある時は紅の狼を」



アイラ : 「スタンスマッシュ!」



GM : 「斧でぶちまけて、そして……君たちは、ふと強い殺気に触れ、視線を向ける」


アイラ : 「殺気ならモンスターのをさっきからビンビン感じてるけど?」(笑)


GM : 「……だがこれはモンスターの殺気ではない、君たちが目を向けると、向かいにあるビル……いや、廃墟の遺跡に橋のようにかかる大木。その上に、二つの人影を発見する。一人は刀を下げた黒髪の女性、もう一人は大きな鈴をぶら下げた陰鬱な表情の少女だ……」


シェヴァ : 「……レンと、ツスクル」


GM : 「そう、彼女たちはまるで門番のようにその場に佇んでいる……この先に進むなら、決戦は避けられないだろう」


アイラ : 「決戦?」


リン : 「そんな、レンさんと、ツスクルさんも樹海を探索する冒険者じゃ……」


シグ : 「……理由は知らねぇ、けど」


GM : 「……レンとツスクルは、君たちを見つけると互いに頷き静かに戦闘の構えをとる。焼けるような闘気が、君たちの肌に触れた」


シグ : 「向こうはやる気、みたいだぜ?」


リン : 「そんな、レンさん……なんで?」


GM(レン) : 「『……ここから先に進ませる訳にはいかない、理由があるからな』



シェヴァ : 「ツスクル……」



GM(ツスクル) : 「『守りたいものがあるのは貴方と一緒。だから……私は、守りたいものの為に戦いたい……』


シグ : 「向こうは殺(や)る気みたいだぜ、どうする?」


フィガロ : 「どうする、ったって……」


シェヴァ : 「守りたいものは、俺にだってあるから……ここは、譲れない。これだけは、譲りたくない……」


フィガロ : 「少なくとも、シェヴァは進む気みたいだけどねぇ?」


シグ : 「そうだな、俺も到底この道を譲る気はねぇ、となると……互い譲らないってなら、とる道は一つだけだ、なぁ?」


GM : 「シグの言葉に、レンは僅かに頷く。 (レン) 『樹海の謎は常に謎だから価値のあるもの。謎であるからそれを暴く為に人が集まり、街は繁栄してきた……ここから先は、誰も覗いてはいけない領域だ。だが今君たちは、その領域に踏み入ろうとしている……樹海の謎は謎であれ、がこの街の考え。そして、その領域に踏み入ろうとする意味……解っているな?』


シグ : 「謎に迫りすぎた冒険者は、永遠に口封じか?」


GM(レン) : 「『……皆まで言わなくとも解るようだな。そうだ。君たちに何ら恨みはないが……始末させてもらう!』


シェヴァ : 「ツスクル……」


GM(ツスクル) : 「『……私も、全力で貴方を阻止する。それが、レンの願いだから……』 その言葉と同時に、鋭い殺気が君たちの前に放たれる……さぁ、戦闘だ。敵は……氷の剣士、レン呪い士、ツスクルだ!」



シグ : 「よしっ、陣形を……」


シェヴァ : 「ヘッドボンテージ!」


GM(ツスクル) : 「『…………封じ? 私に?』



シグ : 「って、何突っ走ってるんだシェヴァっ!?


フィガロ : 「……いや、でも……案外、やれば出来る子かもしんないよ。シェヴァは……呪術師の頭を封じておけば、厄介な魔法攻撃はなくなるし。体力的には撃たれ弱いはずの呪術師から倒すのは、セオリーだからねぇ」


シグ : 「そりゃ、そうですけどねぇ、アニキ……」


フィガロ : 「それに、あぁなったシェヴァに俺たちの言葉が届いているとも思えないしねぇ……ここはシェヴァは自由にやらせて、俺たちはサポートに回った方がいいんじゃないかねぇ?」


シグ : 「……そうかもしれないっすね。良し、俺はハヤブサ駆けでいく、アイラはシェヴァをサポートだ、ヘッドバッシュ頼む!」


アイラ : 「了解、ガツーンと行くよっ!」


リン : 「あの、ボクは……」


シグ : 「リンは医術防御を頼む! 今の俺たちで、防御を固めるスキルがあるのはリンだけだからな……頼んだぜ!」


リン : 「はい、がんばります!」


GM : 「こうして戦いの火蓋はきって落とされたのだ! と、初っぱなはシェヴァの攻撃だけど、ツスクルも安易に封じは受けず。 (ツスクル) 『…………強いのね、シェヴァ?』



シェヴァ : 「……当然だろ。絶対退けない戦いだかんな!」


GM(ツスクル) : 「『そう。でも……私だって退けない。レンが望むから……』 っと、そのレンさんは居合いの構えでぎゅーんと気合いいれてまっす」


シェヴァ : 「封じは?」


GM : 「入ってない。 (ツスクル)『簡単にやられる訳にはいかないものね?』


アイラ : 「えー、アイラさんのヘッドバッシュもー?」


GM : 「はいってないね。あ、いや、ダメージは確実に入っているよ? ただ、やっぱり簡単に封じさせてはくれない」


シグ : 「そしてその隣ではレンが居合いの構えで素早さを上げているって訳か」



GM : 「そうだ。 (レン) 『ハァァァァァァ! 100%中の、100%ォ!』



アイラ : 「え、レンさんってそういうキャラ!?」


GM : 「いや、演出で」


フィガロ : 「女性にする演出じゃないと思うけどねぇ、それ……はい、安らぎの子守唄。どーんとTPつかっちゃいな!」


リン : 「医術防御も完了しています!」



GM : 「ツスクルはこのターン、攻撃力低下……と。じゃ、次いってみよー!」


シェヴァ : 「……ヘッドボンテージ、狙いはツスクルだ」


GM(ツスクル) : 「『容赦、ないのね?』


シェヴァ : 「当たり前だろ……本気、だからな」


GM(ツスクル) : 「『いいわ……だったら私も、本気を出す。守りたいものが、あるものね?』 そういい使ってくるスキルは全体テラー、テラーは……うん、シグとフィガロだけ、か」



シグ : 「んだが、テラーだったら攻撃は成功する確率は高いぜ! ガンガン行くぞ、ハヤブサ駆……」


GM : 「だがその前にレンの攻撃が唸る、レンの攻撃は首討ち改! ダメージと即死効果付きだ、そーれガツン!」


シグ : 「なぁっ……しまっ……」(ガツン)


GM : 「ふはは、シグ、討ち取ったりィ!」


シグ : 「チッ、即死効果、くらっちまうなんてなぁ……悪い皆、少し寝てるわ……」


リン : 「シグ! えっと、リザレクションを。いや、エリアキュア……」


フィガロ : 「落ち着くんさね、リンちゃん。俺が次のターンでネクタルをつかうから、エリアキュアを!」


リン : 「あ、はい!」



 レンとツスクル。

 二人の冒険者の実力は、並大抵のものではなかった。



GM : (何せ、普通の冒険者が到達しえないHP4桁代突入冒険者だもんな・笑)



 だが。


GM : 「そこでレンの踏み袈裟改(全体攻撃)と……」


アイラ : 「きゃぁぁぁ、踏み袈裟で全体攻撃なんて、ずるーい!」


リン : 「でも、大丈夫です、エリアキュア、発動してます!」


シグ : 「よっしゃ、悪いなリン!」


リン : 「はい!」



 リンのまめな回復と防御の前になかなか削りきる事は叶わず。

 そして……。




シェヴァ : 「ブースト、ヘッドボンテージ! ……どうだ!」


GM : 「そこでツスクルは一瞬苦渋に満ちた表情にかわる。 (ツスクル) 『……どうやら、もう、術式は……無理みたいね、レン、ごめんなさい』 ツスクルの頭縛りが完成した」


シグ : 「よし、シェヴァ、でかした!」


シェヴァ : 「まだだ……次はレンさんの腕封じするよ! 次からは、アームボンテージだ!」


アイラ : 「うわ、容赦ないね、シェヴァさん……」



GM(ツスクル) 「『そう……守りたいもののために、君は……強くなれるのね……』


シグ : 「何かいったか、ツスクル?」


GM(ツスクル) : 「『何でもないわ……まだ諦めてないだけ、レン……戦いましょう』



 頭封じが決まっても気丈に戦い続けるツスクルであったが。



シグ : 「ハヤブサ駆けで目指せ走者一掃のツーベース! ……どうだ!」


GM : 「それで、ツスクルは倒れた……彼女はがっくり膝をつくと、僅かに笑ってシェヴァの方を見て……そのまま、静かに倒れた」


シェヴァ : 「……ごめん、ツスクル」


GM(ツスクル) : 「『いいの……約束……守ってね、シェヴァ……迷宮の、謎を、と、い……』



 前衛の猛攻に耐える事は出来ず、倒れ。

 そしてレンも……。




GM(レン) : 「『ツスクル! くそっ……よくも、ツスクルを……うりゃぁぁあぁああ!』


 一人残され善戦するも、力及ばず。

 そして……。




アイラ : 「えーい、いっくよー、スタンスマッシュ、でりゃぁああぁああ!」


GM : 「その一撃に、確かな手応えを感じる。 (レン)『見事、だ……』 レンは微かにそう漏らすと、ゆっくり大地に倒れ伏す……君たちは、氷の剣士レンと呪い師ツスクルを、倒した!」



一同 : 「やったー、ぱちぱちぱち」




> 黒影は灰の森に




GM : 「戦闘が終わり、レンとツスクルはゆっくりと立ち上がる……致命傷にはなってないが、もう戦う事は出来ないだろう」


リン : 「レンさん、今治療を……」



GM(レン) : 「『いや……我々に構うな。とうとう……出てしまったな、我々がとめられぬ、ものたちが……』



アイラ : 「レンさん……」



GM(レン) : 「『いつか、こんな日が来るかとは、思っていた、が……ヴィズル、すまない……』



フィガロ : 「ヴィズル……執政院の長、か。アンタたちは、差詰め迷宮の謎を守る門番……ってところかね?」



GM(レン) : 「『そうだ……長くヴィズル直属の部下として、迷宮の謎の迫るものを処断してきた、が……』 よろけるレンを、ツスクルが支える。その姿は痛々しい。 (ツスクル)『それも、もう終わり……レン、もう彼らは、私たちよりずっと強くなってしまった……』


シグ : 「…………」



GM(レン) : 「『この先に、進みたいのなら進むといい。もう、私たちは止めはしない。とめる事など出来ない、さ……この場所の最下層に、ヴィズルが居る。彼から、この迷宮の真相を聞くといい……』 レンはそう言うと、ツスクルと支え合いながら君たちの前から去ろうとする、回復をも拒むその姿、気遣いは無用という事だろう……だが、立って歩いている。命に別状は、あるまい……」



リン : 「レンさん……ツスクルさん……」


GM : 「と、そこでレンが振り返る。 (レン) 『シェヴァ……だったか』


シェヴァ : 「え!? お、俺。何か悪い事したかな……な、何?」


GM(レン) : 「『いや、君が探しているのはひょっとして……黒髪で紅い目をした、細身の男……か?』


シェヴァ : 「!! そう、シュンスケ。シュンスケを、知ってるの? 見たの、シュンスケを……?」


GM(レン) : 「『あぁ……この場にいる私たちの前に現れると……ただ一言』




シュンスケ : 「……カードキーを……渡せ……時期は、来た……世界樹に新たな息吹を……プロジェクト・ユグドラシルを……継続……させる……」



GM(レン) : 「『そう言い、私たちがヴィズルから託された金属板……古代の遺産と呼ばれているそれを受け取り、姿を消した……』


シェヴァ : 「シュンスケ! じゃぁ、シュンスケやっぱり、迷宮の奥に……」


GM(レン) : 「『私には、彼が何をいっているのか理解できなかった……だが、恐らくは……』


フィガロ : 「迷宮の奥に、シュンスケ君が……」


アイラ : 「何で、一人で……? それに、何でシュンスケさんがそんな……」


シェヴァ : 「いいよ、シュンスケが居るのが解ればおれは……レン、ツスクル、ありがと! 皆、行くよ!」


シグ : 「あ、シェヴァ!」


リン : 「ちょっと、まってください! まだ怪我の治療が終わってませんよ、シェヴァさーん!」


 走り出すシェヴァを、皆は慌てて後を追う。

 その姿を心配そうに眺めるレンに、ツスクルは笑ってみせた。




ツスクル : 「大丈夫よ、レン……彼らは、強いから……何があっても大丈夫、先にある真実を、きっと……恐れずに、受け止めるわ……」


レン : 「あぁ……そうあって欲しい。そうあって……」



 二人はそのまま、迷宮へ消える。



レン : 「じゃぁな、さばみその諸君。壮健でな」


 迷宮に挑む彼らに、そう小さく呟いてから。






> 幕劇 〜 休息時間





 幕間劇をはじめよう。

 一時の休憩を、現実の物語を。


 君は彼らの現実に付き合っても、付き合わなくても良い。


 ・

 ・

 ・




 東京都新宿区 シンジュク・セントラル・タワー。

 西園寺馨の研究室。(いつもの場所)





 レンとツスクルが倒れ、先に進もうとした時。

 世界が暗転し、プレイヤーたちの耳に警告音と機械音声が鳴り響いた。


 「RE-Nシステム 2−SU,krシステム ロックが解除されました。これよりプログラム・フレスベルグ、修復モードに入ります」


 女性を模したその声は他の機械音声同様。

 冷たく機械的だった。


 その声を聞き、西園寺馨は徐に立ち上がる。

 ゲームが始まってから、2時間半が過ぎていた。





西園寺 馨 (GM) : 「さてと、ここらで一区切りするか。休憩しても、いいかな、皆?!」


桐生 和彦 (シグ) : 「そうだな、切りもいいし……って、な訳ねーだろっ! バカかオマエは、俺たちに時間は無ぇ……」


西園寺 : 「知らねーよてめーらの都合なんてよー、俺が疲れたら休憩。GMなんだから権限は絶対、いいだろ?」


神崎 高志 (フィガロ) : 「いい訳ないさね! タイムリミットは24時間……もう、21時間程度しか残ってないだろう!?」


西園寺 : 「……最長でも、な?」


芹沢 梨花 (リン) : 「最長でも、って……?」


西園寺 : 「最長でも24時間以内に全ては完了する……って、言わなかったか俺? ……24時間もかからねぇ、って事だよ。 俺のユグドラシルに逃げ込んだ椎名淳平(シュンスケ)の意識を見つけだして、デリート完了させる程度の小さな仕事にはな」


桐生 若葉 (アイラ) : 「えっ? えっ、それって? 何、どういう事?」


西園寺 : 「シーナ君の意識を消すのに24時間もかからない、って事さ。そう、それは20時間で完了するかもしれないし、あるいは12時間程度かもしれないし、またあるいは……」


滝 睦 (ヒルダ) : 「……」


西園寺 : 「あと10分で完了するかも、なぁ?」


七瀬 澪 (シェヴァ) : 「…………ッ!?」


桐生 : 「ななみ!?」


神崎 : 「だったら尚更ッ、休憩なんてしている場合じゃないさね! すぐにゲームの続行をしろッ!」


西園寺 : 「うるせぇなーもーホント……ギャァギャァ言うともうゲームやめちゃうぜ?」


芹沢 : 「えっ!?」


西園寺 : 「ゲームやめられて困るの、オマエらじゃ無ぇのか? どうなんだ?」


神崎 : 「それは……」


滝 : 「抑えろ、神崎。ここで西園寺を煽る事に何の意味もない事くらい、解るだろう?」


神崎 : 「……」


滝 : 「それとも殴り飛ばして気絶でもさせたいか、このゲームを起動させることが出来るのは、その男だけだぞ?」


神崎 : 「……そんなこと、解ってるさね。大体……あの顔を、俺が殴れる訳……ないだろう」


七瀬 : 「あにき……」


神崎 : 「その点は、カズと一緒だよ……」


西園寺 : 「物わかりがいー事で、はい。感心感心」



神崎 : 「……だが、減らず口を叩くのはやめて頂きたいものだねぇ」



滝 : 「神崎」


神崎 : 「理屈ではわかっていても、抑えておけるほど理性のある方じゃないからねぇ、俺は……」


西園寺 : 「……はいはい、それじゃぁ黙ってますよっと」



 西園寺は頭を掻く仕草を見せ、ふと何かを気付いたような表情になる。



西園寺 : 「……それにしても、前から思ってたんだけど。シーナ君、前髪長いよね。これ、七瀬クンの趣味?」


七瀬 : 「え? ち、ち、違うよ。淳兄ぃはどんなに言っても前髪長めなんだ……だ、だ、大体どーしておれが、淳兄ぃの髪型にケチつけなきゃいけないんだよ!」


西園寺 : 「あ、そ……鬱陶しい前髪だなぁって見ていて、いつも思ってたんだが……実際なってみるとこれ、本当に鬱陶しいね! 何でこんな前髪で顔隠すような真似してんだろうなぁ、シーナ君は」



 そう言いながら西園寺は、鏡の前に立つ。



西園寺 : 「ん、鏡に映るって不思議な感じだが悪くないな。今まで、鏡に映っても半透明な部分があったから……虚像って虚像にはうつりにくいんだよね。おとぎ話に出る吸血鬼にでもなったような気がしてもの悲しかったもんだ……」



 そして慣れた調子で整髪料を手にとると、それで髪を整えた。



西園寺 : 「うん、これでひとまず髪は邪魔にならないな。と……あと、この眼鏡も……俺、元々視力が良かったから眼鏡ってどうにも馴染まないんだよな」



 次いで西園寺は眼鏡を取り、上着を脱ぎ。

 代わりに、部屋に準備してあったコンタクトをとり、上着の替わりに白衣を羽織る。


 上げた髪に白衣、少し猫背に見える歩き方。

 全ては滝が映像で見ていた、記録のある西園寺の仕草へと変わっていく……。

 そして。




西園寺 : 「よし、これで大分落ち着いた。どうかね、似合うだろう?」



 皆の目の前にすっかり雰囲気を変えた椎名淳平の姿がある。

 その目もその鼻も。

 全ては椎名淳平のままだが、内包する雰囲気は明らかに別人のものに、なろうとしていた。




神崎 : 「……何だ、まだゲームが終わってないのに、もうジュンペイの身体を貰ったつもりかい、西園寺教授?」


西園寺 : 「あははは! そう怒るなって、なぁにちょっとした遊びだよ遊び。それに、眼鏡と前髪が鬱陶しくてゲームに集中出来ないのは事実だからね! そう嫌な顔するなって、ゲームを楽しみたいのは俺も一緒だからさ。それに……こうしてみるとほら、シーナ君も案外いい男だろう?」



若葉 : 「た、確かに今まであの厚ぼったい眼鏡とさえない前髪で全然気付かなかったけどっ、椎名さんって結構いい男……」


芹沢 : 「ちょ、若葉さん!」



西園寺 : 「あはは、そうだろ、若葉君? 一重瞼とイグアナに既視感を覚える程度の爬虫類顔が災いして容姿には随分とコンプレックスがあったシーナ君だけど、素材そのものは悪くないんだよ……ただ、本人の性格のせいだろうな。人なつっこく笑う事も出来なければ、当たり前のように無駄口を叩く事も出来ない。ただ、ノートの上で数式との会話ばかりを愛していたから……周囲からは随分地味で野暮ったい、つまらない男と思われていただろうね」


七瀬 : 「そんな事……」


西園寺 : 「だがね七瀬クン。君はそんなシーナ君を簡単に笑わす事が出来た……偏屈で、頑固で……論理の中にしか居場所のないはずの孤独な男を、いとも容易く……簡単に……」


七瀬 : 「……」


西園寺 : 「私はそれがとても羨ましかったよ」


桐生 : 「……西園寺?」


西園寺 : 「さて、コーヒーでも飲むかい? 生憎インスタントしか無いが」



 西園寺の提案に、皆俯いてこたえようとしない。

 今の立場からして、西園寺の善意を受け入れる人間などいない。

 当然の沈黙に、西園寺は諦めて自分の為だけにコーヒーをいれようとした、その時。




七瀬 : 「……もらおうかな、おれ」



 それを望むにそぐわない男が、最初に彼からそれを望んだ。



西園寺 : 「……え、七瀬クン? 俺のコーヒー、飲むの?」


七瀬 : 「……え? いれてくれるんじゃ無いんですか?」


西園寺 : 「そりゃ、入れる予定だったけど……まさか君が、俺のコーヒーを飲んでくれるなんて思いも寄らなかったから。ねぇ?」


七瀬 : 「おれだって、たまにはコーヒーくらい飲みますよ? 普段は紅茶党ですけど……」


西園寺 : 「いやいや、そーじゃなくてさ……憎らしい俺の振る舞うコーヒーなんて、君は望まないと思っていたから……」


七瀬 : 「淳兄ぃは」


西園寺 : 「ん?」


七瀬 : 「淳兄ぃは……貴方の事を話す時、必ず西園寺先生は。と、貴方の事を呼んでいました。そうやって、貴方の話をする時、淳兄ぃはいつも尊敬したような口振りでハナシをしていた……」


神崎 : 「そのジュンペイ君の気持ちを、そいつは踏みにじったんだぜ、みぃ?」


七瀬 : 「…………そう、かもしれません。けど……俺は、淳兄ぃが貴方を尊敬し信頼していたのなら、俺も貴方を信頼したい


桐生 : 「お人好しすぎるだろ、ななみ! こいつは、実際椎名を騙して……」


七瀬 : 「だけど本当に人を騙して欺いて生きていこうと思っている人間なら、俺らとこんなゲームさえしない」


桐生 : 「あ」


七瀬 : 「そうですよね、西園寺先生?」


西園寺 : 「……さぁ、どうだろうね」


七瀬 : 「それに、少なくともこのゲームをしている間は、貴方はフェアだ。もっとずるく、絶対に勝てないような数値の敵を出して俺らを全滅させたり、絶対に進めないダンジョンにデータを書き換えたりも出来るはずなのに、貴方はそれをしてない……」


若葉 : 「あ、そういえばそうだ……」


西園寺 : 「買いかぶりすぎだよ、ロボット三原則が組み込まれているから、オマエたちに直接危害が加えられないだけだぜ、俺は」


七瀬 : 「例えそうであっても、淳兄ぃが信じた貴方のそういった部分までも、憎しみで覆い隠したりはしたくない。だから……」



西園寺 : 「……はい、どーぞ」 (ことり、とコーヒーを置く)


七瀬 : 「西園寺せんせー……」


西園寺 : 「砂糖とミルクはお好みでいれてくれ……椎名君から聞いてるよ、甘党でミルクないとコーヒーが飲めないんだったよな、君は? ミルクが多めに入れられるよう、少な目につくっておいたから」


七瀬 : 「ありがとう、ございます……」


西園寺 : 「いや……そうか、椎名君は君の前で俺の事を、そんな風に話していたのか……」



七瀬 : 「はい! スキャンティーのハナシが長くなければ、最高の先生だ、って……」



西園寺 : 「いやそれ俺のアイデンティティー部分!!!」



神崎 : 「嫌なアイデンティティーだねぇ」


滝 : 「あぁ、中学二年生だってもっとまともなアイデンティティーを構築しているだろうに」



西園寺 : 「でも、そうか……椎名君が、ねぇ……」



 西園寺は、不慣れな手つきでコーヒーを入れる。

 室内はインスタントコーヒーの香りに包まれた。




西園寺 : 「……心配するな、休憩中はユグドラシルサーバーに繋いでない。すくなくても俺がゲームを中断している間は、椎名君の意識が消える事はないだろうよ」


七瀬 : 「…………西園寺先生」


西園寺 : 「フェアを気取るつもりじゃないが、一応教えておく……焦って下手なミスで、ゲームをつまらないモノにしたくはないからな」



 そう語る西園寺の傍らに、桐生はカップをもって近づく。



桐生 : 「……悪い、西園寺。俺も、コーヒー貰えないか」


西園寺 : 「桐生くん?」


若葉 : 「私も! ……いつもここ、紅茶だから、たまにはコーヒーもいいかな、なんてね?」


西園寺 : 「若葉君……」


滝 : 「普段上から目線で語るGMをコキつかうのも面白いかもしれんな」


芹沢 : 「ボクも、たまにはコーヒー飲んでみようかな……


西園寺 : 「滝くん……芹沢くん……」


神崎 : 「…………アンタの事を信頼している訳じゃないけど、俺も本来コーヒー党だからねぇ?」


西園寺 : 「神崎君……」



 西園寺のもとに、知らない間にカップがあつまる。

 西園寺はそれらにコーヒーを注ぐと、不器用に笑いながら皆にいった。




西園寺 : 「少し休んだら、また探しにいけばいい。樹海の中に居る椎名淳平を……シュンスケ・ルディックをな」



 琥珀色の液体から湯気がまう。

 時はいつもよりゆっくりと、時を刻んでいた。



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