>> 渦巻く黒い風の中で





 密かに渡ったアメリカ旅行から暫く後、ジョルノは自然とパソコンの前に座ることが増えてきていた。

 資金の浄化……賭博の売り上げ整備……麻薬ルートの壊滅……。
 時には血腥い事にも乗り出す「マフィア」としての支配は、何かと神経をすり減らすコトの多かった。

 そんなジョルノにとって、今「彼」からのメールは何よりも安らげる楽しみとなっていたのだ。
 メールソフトを立ち上げれば、幾つもの事務メールに混じって久しぶりに「彼」からのメールが届いていた。

 【親愛なる、ジョルノ兄さんへ】

 そんな書き出しから始まったメールは、彼の近状……僅かだが金銭の得られる仕事を始めた事や、学校に通いはじめた事、そんな何気ない日常についてが、実に生き生きと綴られている。

 メールの最後には、グランドキャニオンを背景に微笑む彼の……弟であるリキエルの写真が添えられていた。

 弟というが、ジョルノとは父親が同じなだけである。
 最近まではその存在さえ知らず、互い全く別の土地で、全く別の運命を生きていた。

 恐らく普通ならば、一生知る事もなかったのだろう。

 だがあの日、運命に……。
 リキエルの言葉をかりるなら「引力に」引き寄せられ出会った彼らは「兄弟」として「肉親」として、それから数ヶ月こうして頻繁にメールでのやりとりをしていたのだ。

 最初は突然弟が。
  それも自分と3つほどしか歳の変わらない弟がいた事実に困惑したジョルノだったが、それでもリキエルの純粋な性格が――それは、彼の年齢からすると少し単 純すぎるきらいもあったが――ジョルノは、とても気に入っていたし、リキエルもまたジョルノを兄としてよく尊敬し、慕ってくれていた。


 (もし……ナランチャが生きていたら、彼といい友達になれていたかもしれませんね……)


 届いたメールを眺めながら、ジョルノはそんな事を思う。

 純粋で屈託なく、少し思いこみが激しい。
 だが何かを仕遂げる時はそれだけの「覚悟」があるリキエルは、ジョルノがかつてともにいた仲間……ナランチャを思い出させた。

 そんな所も、ジョルノがリキエルを気に入った要員の一つかもしれない。


 「よぉー、ジョルノ……何だ、またメールか?」


 いつの間に入ってきたのだろう。
 気付いた時、ドアの向こうにミスタの姿があった。


 「弟が出来てからよぉー……オマエもすっかり『お兄ちゃん』だよな、ジョルノ」


 からかうように言うミスタに、自然と苦笑いになっていた。
 マフィアのボスとして周囲から時に敬われ、そして時には恐れられている自分がミスタの言う通り、リキエルのメールを前にすると「お兄ちゃん」になってしまう事実が、どこか気恥ずかしかったからだ。


 「メールに何て書いてあったよ?」


 コーラのビンを片手に、パソコンをのぞき込む。


 「あぁ……大したコトはない。けど……ある程度、旅費がたまったから……今度、こっちに来たいって、そう……書いてあるね」
 「マジでか! こっちってイタリアに? 何だよ、観光かぁ?」

 「…そう、みたいだ。幾らかバイトでたまったお金で遊びにくるようだよ」


 癖のある金髪を弄りながら、ジョルノは気のない素振りを見せる。
 だがそれが「楽しみにしているのだ」というコトは、付き合いが長くなったミスタには充分わかっていた。


 「よし、じゃぁもてなしてやらないとなぁ……車準備してやるか? 特注のリムジンで市内観光させてやろうぜ、なぁっ!」
 「いや……旅費の他ほとんどお金がない貧乏旅行の一環でくるみたいだからね……あまり派手に歓迎とかは、きっと彼も……困るんじゃ、ないかな?」

 「何いってんだよ! イタリアの思いっきりいーい場所見せてやらねぇと。それと、うまい飯もな! 何せうちのボスの大事な弟さんなんだからよぉー」
 「ミスタ! 全く、大げさだな、キミは……」


 それでもジョルノが喜んでいるコトが分かる。
 何かと神経をすり減らす仕事が多い最中、こうしてジョルノが心から「楽しんで」いる姿を見るのは、久しぶりにも思えた。


 「……いーっていーって。それじゃ、その……リキエルってやつが来る時には、最高級のおもてなし、ってやつをしてやるから……安心しろって、なぁ、ジョルノ」


 悪戯っぽく笑うミスタは、まるでジョルノの弱みを見つけたのが嬉しいかのようだった。
 ジョルノもまた、困ったように笑う。

 彼が来るのは、もう暫く先の話になる。


 ・

 ・

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 最初はそう、兄がくらすイタリアを見てみたい、ただそれだけだった。
 だからヴェネツィアやネアポリスなんて有名な都市にも、コロッセオはじめとする遺跡にもあまり興味はない。

 ただ、兄の顔を見て。
 兄弟らしい会話を2,3出来れば、それで充分だと思っていた。

 それだけだったのだが……。


 「お待ちしておりました、リキエル様」


 空港から少し歩いた先でリキエルを出迎えたのは、高級そうなリムジンといかにも訳ありといった黒服の男たちだった。


 「ちょ、まってくれよ……何だよあんたらさぁっ。多分、人違いしてねぇかなぁ……俺、そういうサービス頼んでねぇし、金だってねぇんだからさ……」


 焦るリキエルに対し、男たちはあくまで静かに。あくまで紳士的に誘う。


 「……ジョルノ様の言いつけですので」


 彼らはそう言いながらリキエルを静かにエスコートした。


 「兄さんがそう言うなら……」


 多少の警戒はあったものの「兄」の名前を出されたら従わない訳にもいかないだろう。
 恐る恐る車に乗り込めば、それからはほとんど夢のようだった。

  リムジンは望めばすぐにシャンパンやらブランデー、ワインなど好きな酒が取り出せる上、運転手はもう全て心得ているようで、周囲にある一等の観光地を次々 廻り、やれこれはナンタラの寺院だの、有名な絵がここにあるの、慣れた調子で観光案内を始める。(しかもアメリカ育ちのリキエルに気遣ってか、流暢な英語 の解説なのだ)

 おまけに、どこの施設にいってもほとんど待たずに観光できる。
 どうしてこんなに親切にしてくれるのか、全く理解できなかったリキエルは何度かそれを男たちに問いつめたが、男たちは。


 「ミスタ様がそのように手配しろ、と」


 そうとしか答えなかったので、リキエルもまたそれ以上の事は聞けないでいた。

 ミスタ……。
 知らない名前だが男たちの態度、そして何処にいっても彼の特別扱いから、彼らが全うな仕事をしている連中ではない事……恐らくマフィアであるコトは容易に想像出来た。


 (やっぱりジョルノ兄さんは、マフィア関係の仕事してるんだな……)


 ミスタというのも、ジョルノの部下か何かだろう。
 ひょっとしたら幹部の一人なのかもしれない。

 兄に頼るコトのない貧乏旅行をするつもりだったのだが……かといって、断れば兄の好意を踏みにじるコトにもなる。

 仕方なくリキエルは、男たちに連れられるままイタリア観光を楽む事にした。
 彼は娯楽に関しては切り替えが早くまた、何に対してもよく楽しめる男だったのだ。

 酒も程々にはいり強かに酔いがまわった頃、つれられたのは一軒の豪邸と呼ぶに相応しい屋敷だった。


 「ふぁ……ふぁ……っ。すげ、本物の赤絨毯だ……」


 廊下には美しい絨毯がひかれ、壁には豪奢な彫刻や回がなどが飾られている。
 だが成金趣味な下品さはなく、まるで全てが洗練され調和するよう置かれている。

 美しい館だな、とリキエルは素直にそう思った。
 だが同時に危険な場所だな、とも思った。

 元々あまり治安のよくない場所に住んでいた彼は、自然と「危険な輩」はニオイでわかるようになっている。
 この屋敷にいる男たちは、使用人も含めどこかそんな「危険」な、油断ならないニオイがしたのだ。


 「こちらです、どうぞ……」


 白髪の目立つ初老の男が扉を開ければ。


 「……リキエル!」


 ようやくその日はじめて、彼が知っている姿が現れた。
 美しい金色の髪をなびかせ、佇むだけで堂々とした風をはこぶ兄……ジョルノ・ジョバーナの姿だ。


 「……ジョルノ兄さん!」


 暫く知らない男たちに囲まれた緊張が、一気にゆるむ。
 リキエルはほとんど無意識に彼の胸へと飛び込み、ジョルノも久しぶりに会う弟の身体をしっかりと抱きしめた。


 「……ごめん、本当はキミを迎えにいってぼく自信が案内をしたかったんだけど、どうしても抜けられない仕事があってね」


 メールで、ジョルノは自分を「ある企業に勤めながら、大学で勉強を学んでいる」と言った。
 だがもう今日の至れり尽くせりな扱いで、リキエルはほとんど確信していた。

 ジョルノは確実に、マフィアの人間だろう。
 それも幹部クラスは確実だ……。

 だからといってリキエルは、ジョルノを「悪」だと思わなかった。
 むしろ堂々としたその立ち振る舞いから、彼がきちんと「信念」をもち「覚悟」をもって自らの仕事を仕遂げているのだろうと思うと、それが誇らしいくらいであった。

 偉大な兄は確実にリキエルの「尊敬」を得ていた。


 「でも、どうしても夕食くらいは一緒に食べたくて、ここに案内したんだ……それと、明日は時間があけられたから、一緒にいようとも思ってね。明日は市内もぼくが案内するよ。行きたい所とかあるかい? ……またバイクにのって、何処か一緒に行こう」


 そこはどうやら、食堂のようだった。
 テーブルの上には、ディナーの準備がしてあり、沢山のフォークとスプーンが並んでいる。

 その向こうには今日のデザートか、沢山の果物と美味しそうなケーキがホールのままいくつか置かれていた。

 たっぷりのカラメルソースがかかったプディングに、チョコレートケーキ。
 あの赤いのは野いちごのケーキか、それともプラムケーキだろうか……。

 絵本の中でしか見たことのない豪華な晩餐である。


 「さぁ、座って……食事にしよう。話したい事もある」
 「……あ、う、うん」


 リキエルは戸惑いながら椅子に腰掛ければ、ジョルノもまた彼と向き合って座った。

 程なくして料理が運ばれてくるが、元より食事はジャンクフード。
 ファストフード店のハンバーガーやポテトで育っていた彼は、こういった「テーブルマナー」とは無縁である。


 「こっちからフォークはつかうんだよ。あはは、そんな緊張しなくていいって……ぼくの家なんだから、多少間違ったって怒ったりしないよ」


 運ばれてきた料理はどれも美味しかったのだろうが、緊張からか味はほとんど感じなかった。


 「……どうだった、今日の観光は」


 食事があらかた終わった後、食後のコーヒーを飲みながらジョルノはそんな事を聞く。


 「え、えーっと……きゅ、急に知らない奴がきてさ……車にのって、あっちこっち……すっげぇ緊張した……」
 「すまなかったね、事前に連絡しておけばよかったよ……」

 「でも、どこいってもほとんど待たずに見れたぜ! 最高に楽しかった」


 屈託なく笑う弟の笑顔を、ジョルノは安心したように見据える。


 「そう……それはよかった」
 「んでもさ……兄さん、俺の為に結構無理したんじゃないか……? 俺さ、貧乏旅行でも全然いいんだから……あんまり気を使わなくてもよかったんだぜ」

 「ぼくもそう思ったんだけど、ミスタが……ぼくの部下がね、そうしたほうがいいってきかなくって……迷惑だったかい?」
 「迷惑じゃねぇけどさぁ……」


 その時、リキエルの胸元から「何か」の影が舞う。
 影はそのまま室内をぐるりとまわると、再びリキエルの元へと戻ってきた。


 「……こいつら、飛行機でも窮屈だったのに車でも窮屈にさせちまって……ちょっと、悪かったかなぁって。そう思っただけだよ」


 それはジョルノが初めて見る「モノ」だった。
 まるで小さな竹筒のようなものが空を舞っている風に見えたが……。


 「ロッズだよ、スカイフィッシュともいうのかな」


 まるで試験管が空を舞うような、魚とも昆虫とも似つかない奇妙な生き物は彼にじゃれるようにその周囲を舞う。

 「竿(ロッズ)」については、以前からリキエルに幾度か聞いていた。
 存在は確認されているが、未だ捕獲できたものはいないという、奇妙な生き物だそうだ。

 主食は「体温」で、人間の体温を奪う事で相手を病気にさせる。
 時には死に至らしめる事もある、危険な生き物だったはずだが……。


 「つれてきたのかい、ロッズを……」
 「あ、うん……スタンドを使うようになって俺も俺なりにロッズについて調べてみたんだ……生態とか、個体の違いとか、癖とかね……そのなかでもこの二匹だ けが、すごく俺になついててさ……危ないと思ってたんだけど、どうやってもついてきちゃうから、仕方ないけどつれてくるコトにしたんだ」


 リキエルがそう話と、二匹のロッズはゆっくりと彼の腕で旋回する。


  「こいつらは俺の体温を少しずつ、少しずつ餌にするようにしてるから……兄さんに危害を加えたりしないよ、その点は安心して。俺こいつを初めて出した時、 神父様の歯ぁ飛ばしちゃって、えらく怖がられちゃったから……今はなるべくコントロール出来るようにしてるんだよね。少なくても俺が、スカイ・ハイを出し ている間は」


 二匹のロッズは彼の指先を舐めるように絡み合っている。


 「今はゆっくり飛ぶように命令しているけど……本当はもっと早く飛ぶんだ。こいつらは、いつも二匹いっしょで、一番俺になついてるんだぜ……名前はとりあえず、カンショウ・バクヤって呼んでる」
 「カンショウ……?」
 「そういう夫婦が剣つくった話があるんだってよ……気に入ったから使ってるんだ。ロッズは俺の剣みたいなもんだし、こいつら、多分夫婦だと思うんだよね」


 ゆるやかに飛ぶロッズは筒にヒレのついたような奇妙な生き物にしか見えない。
 だがリキエルにはきちんと性別も見分けがついているのだろう、少なくてもどちらが「カンショウ」でどちらが「バクヤ」なのかは理解しているようだった。

 ……スタンド使いはそれに伴い特別な能力に目覚めるというが、リキエルはこの動物の僅かな個体差を見抜くのが、一つの能力となっているらしい。

 つくづく、不思議な能力の持ち主だと思った。
 同時にジョルノは、少し不安を覚えた。

 スタンド能力は、その人間の心に影響を受ける……。

 リキエルのスタンド能力は「操作」だ。リモコンでロッズの心を掌握し、自由に動かす。
 ロッズという未知の生き物に興味を抱いたのは、彼自身が誰も理解されるコトのない。知られない存在だったコトもあるのだろう。

 だがこの「操作する」能力は同時に自分自身が「命令を求める」操作されやすい人間であるコトを指し示す。

 リキエルは年齢のわりに無邪気で、単純な所がある。
 その素直さ、単純さが悪い事に使われなければいいのだが……。


 「あのさ、兄さん……頼みたい事があるんだけど。そこにおいてあるの、でっかいプラムケーキだろ。俺、それ食べてみたいんだ……いいかな?」
 「え、あぁ……わかった、ぼくが取り分けてあげようか?」

 「いい、自分でやる! ……へへ、こういうの絵本で見たことあるぜ。鏡の国のアリスだったっけな? こういうの出るんだよなぁ、でっかいプラムケーキ!」


 そんなジョルノの思考を、無邪気な彼の声が留める。

 心配はある。
 だがその心配も、彼を見ていれば何とはなしに「大丈夫だろう」と思えていた。

 リキエルのその純真さは今、兄であるジョルノに向けられているし、彼はロッズを自らの家族のように扱っていた。
 彼は家族に「悪い事」をさせるような性格ではない。

 ……誰かに唆されるようなコトはもうないだろうし、もしそうであってもジョルノがとめればきっと彼はその通りにするだろう。

 夢中でケーキを頬張るリキエルを、ジョルノはただ見つめていた。
 久しぶりに味わう「家族」との時間をゆっくりと楽しむかのように。


 ・

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 話はつきぬまま、気付いた頃にはもう1時を過ぎようとしていた。
 飛行機の中でもあまり寝付けなかったというリキエルが船をこぎはじめていたので、ジョルノは彼を支えながら部屋まで案内する。


 「おやすみ、兄さん」
 「あぁ……おやすみ」


 軽くおやすみのキスをすると、リキエルは案内された部屋へと飛び込んだ。
 もう荷物もすでに届いている。

 シャワーをあびたかったが、旅のつかれと驚きもあり、ひとまずベッドに身を投げた。

 自分がすむアパートの安普請なベッドとは違うふわふわの高級品だ。(天蓋までついている)

 瞼を閉じればそのまま、微睡みの世界に落ちそうになる。
 今日は眠って、起きた時にシャワーを浴びればいいだろう……。

 そう思い眠りかけたその時。

 コンコン、コンコン。
 誰かが扉をノックした。

 ジョルノが何か、言い忘れたコトでもあったのだろうか……。


 「ん……誰だよォ……」


 寝ぼけ眼を擦りながら扉をあければ、見知らぬ男が二人ほど立っている。

 ……今日、道案内をした男とは別の男だ。
 だがやはりこの屋敷にいるのならジョルノの「部下」なのだろう。

 彼らはトレイにのった酒を差し出すと。


 「寝る前のお酒をご用意致しました……ジョルノ様から言われておりますので」


 そういい、部屋にそれを置く。


 「酒かぁ……嫌いじゃないんだけど」


 今日はリムジンでもかなり進められた。
 酒は嫌いではないが、浴びるほど飲めるように強くもない。

 疲れているのだから早く眠りたいのだが。

 だが相手はこちらの言い分など聞こえない、といった様子で赤ワインを注ぐとそれをこちらに差し出した。
 もう酒は充分だと思っていたリキエルだったが、そのワインのラベルには目がとまる。

 誰もが知っているあの銘柄のワインだ。


 「なー、あんたそれ高級なやつだろ! 語る奴は多いっていうけど、飲んだ奴は少ないってあの……」
 「ジョルノ様に最高のおもてなしを、と言われておりますので……」


 酒を飲む気分ではないが、高級品なら一度口にしてみたい。


 「わかった、一杯だけなっ!」


 リキエルは嬉々としてグラスを受け取ると、それを一気に飲み下した。
 苦い液体が、ノドに下る。

 いいワインほど渋味が強いというが、これは随分苦く思えた。


 「んぅ……けっこう苦いねコレ……」
 「もう一杯、いかがです……」

 「もう、いいや。もう……」


 飲み下した直後、目眩に近い睡魔がリキエルを包み込む。
 リキエルはそのままベッドに身を預けると、意識は一気に闇へと飲まれていった。


 ・

 ・

 ・


 「他愛もねぇな」


 男がいう。
 ワインの中にはたっぷりの睡眠薬と、少しの麻薬が含まれていた。

 このカクテルなら、まともに起きている方が難しいだろう。
 ほとんど気を失っているリキエルを前に、男たちは僅かに笑って顔を見合わせた。

 パッショーネの若きボス、ジョルノ・ジョバーナ。
 ジョジョと呼ばれるこの男はマフィアとしてやり手だが少し「綺麗すぎる」ところがある。

 その潔癖さ故に今のパッショーネは多くに受け入れられ、勢力を伸ばしてきたのだが、マフィアのなかでは必ずしもそのやり口は好かれない。
 男たちはジョルノの方針を概ね支持しつつも、もう少しだけ甘い汁が吸いたいと、常々そう思っている所だった。

 そんな時、風の噂を耳にする。
 ジョルノには腹違いの弟がいる、というコト。そして……その弟を非道く可愛がっているのだというコトだ。

 その弟を自分の手中におさめればボスであるジョルノといい交渉材料になるかもしれない。
 あるいは……。


 「……見つからないようにつれていけ。その為に下準備をしてあるんだからな」
 「あぁ……」


 男たちは顔を見合わせて言う。


 「んぅ……っ」


 リキエルは何も知らず、身動ぎするだけだった。


 「……それにしても……結構綺麗な顔してんな、こいつ」


 その時、一人の男がベッドの上で馬乗りになりリキエルの服に手をかける。
 意識が混濁している彼は、自分の服そのボタンが知らない男に外されているコトさえ気付かないでいた。


 「おい……何してんだよテメェは……ここでヤるのか?」
 「いいだろ? 時間はたっぷりあるんだ……」

 「場所わきまえろ、ここボスの家だぞ……」
 「ここだからいいんだろうが……見ろよ、色白のわりにはいーい身体してるぜコイツ……はは」

 「オマエ、本当に好きだな……」


 男は呆れながらも、ドアの方で気配を伺う。
 見張りをかってくれているのだろう。


 「……黒髪かァ? こういう黒髪ってのはエキゾチックでそそるよなぁ……楽しませてもらおうか、なぁ、ボク?」


 リキエルの胸元でボタンが弾け、肉付きのよい胸元が露見する。

 その刹那。
 ぽたり、男の鼻から血が滴っていた。


 「ん、何だ……」


 同時に非道い目眩がおそい、身体の感覚がなくなっていく……歩こうにも歩けない。


 「どうした、おい……」


 男の異変に気付いたのか、相棒らしき男はそばによろうとするが、男もまた不意に身動きがとれなくなっていた。


 「何だ、何だこいつ……足が、うごかねぇ」
 「目眩が、目眩がしやがっ……あぁぁ、あぁぁ……」


 のたうち回る男たちの周囲に、黒い影が一対飛び交う。
 ほとんど音もせず、だが確実に男たちを「食らいつくす」為に……。


 「ぐはっ、ぁ……ぁ」


 二人の男は血を吹き出して倒れると、そのまま意識を失った……。


 ・

 ・

 ・


 ジョルノがその事件を聞いたのは、翌朝のコトだった。


 「リキエル! 大丈夫だったか、リキエル!」


 部屋に飛び込めば。


 「ジョルノ兄さん!」


 すぐに彼の胸元へ、リキエルが飛び込んでくる。


 「ジョルノ兄さんゴメン俺やっちゃった! こういう風になるからって絶対しないようにしたのに俺、おれっ……ロッズは悪くないんだ俺はだからこうなるって思ってたんだ注意して寝ないようにしてたのに……」


 大分混乱しているのだろう。
 元々、リキエルはあまり考えすぎるとパニックに陥る病をもっている……過度なストレスは彼の病気その発作を引き起こすのだ。


 「大丈夫だ……怒ってない。何があったのか……説明してくれるか?」


 彼の身体を抱き、二度、三度頭を撫でてやれば幾分か落ち着いたのか。
 リキエルは涙目になった顔を向けると、ぼそぼそと語り始めた。


 「昨日、そこの人たちから酒を勧められて、俺、それを飲んだんだ。そしたら、意識がなくなって眠くなって……起きたら……」
 「男が二人、血反吐をはいて倒れていた、か」


 コクリ。リキエルは小さく頷く。


  「カンショウとバクヤはさ……俺の命令に一番忠実なんだ。けど……俺が寝ている時にはさ、何かあるとスゴイ凶暴になるから……だから俺、寝る時は一人でい るようにしてんだよ。カンショウもバクヤも、とにかく俺が寝ていると、傍にいる奴らからどんどん体温を喰っていくから……護衛としてさ、いいかなって思ってたんだけど、俺、兄さんの使用人に、ひどいコトした……」


 ジョルノの前には、先にきていたミスタが部屋を調べる姿があった。
 彼は酒のニオイをかぎ、その味を確かめると静かにジェスチャーをおくる。

 やはり、酒に何か「薬」が仕込んであったようだ。
 だとするとこの男たちは、リキエルに何かしら企んでいたに違いない。

 誘拐か……あるいは。
 何にせよ、屋敷の中にとんでもない奴らが紛れ込んでいたのは事実のようだ。

 男たちは幸い目眩に吐き気だけ。
 恐らく耳の体温を喰われて目眩が出ているか、内臓の体温をくわれて病気になっているだけだろう。

 これを治療して……あとはゆっくり質問すれば、こいつらが何を企んでいたか分かる。
 何にせよ、リキエルを巻き込んでしまったのは間違いないようだ。


 「俺、どうしよ……おれ、おれ……」


 リキエルは今にも泣き出しそうな顔でこちらを見ている。


 「大丈夫だよ、リキエル……どうやらこいつらは、悪い奴らだったみたいだ」
 「えっ、マジで。兄さん……」
 「……キミが無事でよかった」


 ジョルノは彼を落ち着かせるように額にキスをすれば、リキエルはやっと安心したように笑ってみせた。


 「そ、そっか……俺、兄さん困らせたりしてないんだよなぁっ」
 「そうだ……むしろ裏切り者をあぶり出してくれたみたいで、助かった」

 「そっか、よかった……」


 リキエルは笑う。
 無邪気に、屈託なく。

 その笑顔を見て、ミスタも面影を……ナランチャの面影を見たのだろう。
 彼の笑顔につられるように笑うと、軽くその背中を叩いた。


 「さ、ここの後始末は俺たちに任せて……ジョルノはほら、弟と一緒に遊びにいってこいよ。な?」
 「でも……いいのか、ミスタ?」

 「いーっていーって、弟さんも簡単にこれる場所には住んでねぇだろ? 今日くらい、兄弟水入らずですごせって、な?」


 ミスタに背中をおされ、二人は部屋を後にする。


 「どうしよ、兄さん。どこいこっか?」
 「そうだね……とりあえず、リキエル。キミの服を一つダメにしちゃったみたいだから、服を誂えてからにしようか」

 「あ、あぁ……」
 「それから、バイクを出す。一緒に……少し街をはしろう。ぼくは……ずっと、そういう風に過ごしたかったんだ」

 「う、うん……わかった、兄さん。俺も……俺もジョルノ兄さんとそういう風にするの、楽しみにしてたからさぁっ……」

 「じゃぁ、行こうか」
 「……あぁ!」


 赤い絨毯の上を、二人は歩き出す。
 そんな兄弟の背中を、ミスタもまた嬉しそうに眺めていた。





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