TOP SECRET! 5








イザークが日課の朝のジョギングを終えて部屋に戻ると、アスランはまだベッドの中だった。
 ……珍しいこともあるものだな。
 いつもなら明らかに気を遣っているとわかる笑顔で「おはよう」などと言って出迎える彼だった。その取ってつけたような態度が彼女のカンに障るのだが、アスランはまったく気付いていない。
 そういえば、昨夜ずっと寝返り打ってたっけ、こいつ。
 イザークも人の気配に敏感なため、微かな物音でも目が覚めてしまう方だ。昨夜はアスランがごそごそ動いていたせいで寝入るまで相当時間がかかった記憶がある。お陰で今朝は少々寝不足だ。
 …まったく、人迷惑な奴。
 心の中で毒づいて、汗を流しにシャワールームへ向かう。さっと汗を流した後制服に着替え、濡れた髪もドライヤーで乾かしてすっかり身支度を整えて出てくると、ようやく起きたアスランがベッドの上で着替えもせずにぼーっと座っていた。
 小さく舌打ちして傍に行くと、苛立たしげに声を掛ける。
「…おい!」
 すると、アスランはいっそ大袈裟なほどにビクッと身体を震わせたかと思うと、何か恐ろしいものでも見たかのようにベッドボードの方へ後ずさった。
「―――うわっ!! いっ、い、イザークっっ!?!?!?」
「……なんだ貴様は。化け物でも見たようなその驚き様は」
「――! いや、寝起きが悪くてぼーっとしてたから、ちょっと驚いて、それで…。ごめん、イザーク…」
 弾かれたように顔を上げたアスランがしどろもどろに弁解するが、段々俯き加減なってしまうようでは誠意の欠片もありはしない。
「………」
 完全に俯いてしまったアスランにイザークの眉が顰められる。
 この、妙におどおどした態度は一体何なのだろう。明らかに普段のアスランとは違うその様子に、疑問に思うよりも苛立たしさの方が先に立った彼女は、短く舌打ちするとそのまま身を翻して部屋を出て行った。
 その様を俯きながらも横目で盗み見ていたアスランは、イザークの姿が扉の向こうへ消えると、肩を大きく落として深い息を吐いた。
 イザークに対する自分の気持ちに気付いてしまったせいで、昨夜はあれこれ考えすぎて殆ど眠れなかった。隣に彼が寝ていると思うと変に意識してしまい、目が冴えてしまったことも原因の一つではあるが。起きてからもぼーっとイザークのことを考えていたから、声を掛けられてものすごく驚いた。昨日の今日で気持ちの整理もつかないままでは彼の顔をまともに見れず、折角の会話のチャンスだったのに自爆してしまった。挙句不機嫌にさせてしまったのでは、何をやっているんだと自分でも呆れてしまう。
「――やっぱり、まずかったよなあ…」
 軽い自己嫌悪にまた溜息が零れる。
 自分の気持ちがまだはっきりとわからない今、この先イザークとまともに話せるのかどうか甚だ疑問だ。こんな調子ではそのうち本当に怒らせて、口もきいてくれなくなるのではないかと不安になってくる。ただでさえ嫌われているのに、これ以上嫌われるのはごめんだった。
「―――ほんとに、どうしたらいいんだ…」
 アスランの心底困った呟きがシーツの上にぽつりと零れた。



 イザークが食堂へ入ると、すぐに馴染みの声が掛けられた。
「おはようございます、イザーク」
「…おはよう」
 カウンターから朝食のトレイを受け取った彼女は、僅かに逡巡した後、声の主――ニコルの座るテーブルへ向かう。そこには彼の他にお馴染みのメンバーのディアッカ、ラスティがそろっていた。空いていたディアッカの隣の席に座ったイザークに、ニコルが話し掛ける。
「アスランは一緒じゃないんですか?」
「…寝ぼけているから置いてきた」
「ルームメイトなのにひでえな」
 からかうようなディアッカの言葉に、イザークは横目で睨みつける。本日のご機嫌は限りなくナナメの様子の彼女に、ディアッカはやれやれと肩を竦めた。
「珍しいですね。何かあったんですか?」
「…知らん」
 パンを口に運びながら短く切って捨てるイザークに、3人とも何かあったのだと確信する。この辺り、イザークは本当にわかりやすい。
「今朝もま〜た走ってきたの?イザーク。ほんっと、毎日よく続くよなー」
「体力作りのためだ。毎日続けないでどうする。俺から言わせてもらえば、お前らこそもっと鍛えるべきだと思うがな」
 さすがはアカデミーbQのお言葉と、上辺は神妙に聞いていたディアッカが反論する。
「俺達は日々の訓練だけでへとへとなんですぅ。自主練する余裕のあるイザークの方がおかしいの!」
「…ったく。男の癖に情けない」
 苦々しく呟くイザークに、ラスティがのんびりとした口調で言った。
「イザークってば、そんなに鍛えてどうするの? そのうち筋肉ムキムキになっちゃうよ?」
「軍人になるのに、鍛えなくてどうする!」
「でもさあ、イザークはなんか違う理由のような気がするんだけど?」
 ラスティの言葉に、思わずスプーンを運んでいた手が止まる。
 普段飄々としていて何も考えていない風に見えて案外洞察力が鋭い彼に、ドキリとさせられるのは実はこれが初めてではない。イザークは早鐘を打ち始めた鼓動をなんとか鎮めようと深く息を吐くが、問う声が知らず低くなるのは抑えられなかった。
「――どういう意味だ?」
 アクアマリンの瞳を訝しげに顰めながら僅かに顔を元凶に向ける。気付いたようにふとディアッカに視線を移すと、彼もまた厳しい表情で注意深くラスティを見つめていた。
「だから、そんなにアスランに負けたくないのかって聞いてるの」
 ――なんだそっちか…。
 女だと疑われたのかと思って強張っていた肩の力を抜いたイザークは、気を取り直すようにふんっと鼻を鳴らした。
「…当たり前だ。負けっぱなしは性にあわん!」
「ほんっと、負けず嫌いだからな、イザークは」
 ディアッカもほっとしたように苦笑を浮かべてさり気なく話を合わせる。
「それより、今日は体術の訓練だろ。昨日のナイフ戦のリベンジするの?」
 意味深な言葉で人を焦らせておきながら今度は興味津々に瞳を輝かすラスティをイザークはじろりと上目で睨んだ。
「……気が向いたらな」
「えーっ! 俺、楽しみにしてるのにぃ!」
「…あのな。訓練だぞ?」
 駄々っ子のような仕種のラスティを呆れたように見やったイザークは、中断していた食事を再開しようとして続くニコルの言葉にがっくりと肩を落とした。
「でも、イザークとアスランの対決を楽しみにしている人って結構いますよ? 僕もその一人ですけど」
「そうそう。なんたって、ここは娯楽が少ないからね!」
「―――見世物か、俺達は」
 まったくもって嘆かわしいと深い溜息を吐いたイザークの肩にポンと手を置いたディアッカは、慰めの言葉の一つもかけてくるのかと思いきや。
「イザーク。アカデミーに入学して二ヶ月。お前らの対決は既に名物と化してるんだ、諦めろ」
 神妙な顔でそう告げる幼馴染みに、堪えてきた彼女のこめかみがピクッと引き攣った。
「―――ディアッカ…」
 地を這うような低い声音に、彼はギクリと身を強張らせる。
「なっ、何?」
「……後で憶えてろ」
 冷徹なアクアマリンの瞳に睨まれ、調子に乗りすぎた自分を後悔しても後の祭りで。
 ディアッカは、脳裏を過ぎった嫌な予感のとおりに、その日一日機嫌の悪いイザークに振り回されて過ごす羽目になるのだった。





back   next



seed TOPへ
   






       ぐるぐる悩み始めたアスラン…。
       はっきり言ってウザイです(汗)

       初書きラスティが何気に出張ってます(笑)
       イメージがイマイチ掴み難かったので書きにくいかな…と思ってたんですが、案外書きやすいかもv
       3人にからかわれるイザークを書くのは楽しかったです♪
       お陰で少し長めになってしまい、予定していた所まで進みませんでした(苦笑)
       早く進めないと、アスランがキレるっ…!?(汗)