TOP SECRET! 4








「ほら。またやってますよ、アスランとイザーク」
 着替えを終えて闘技室の前を通りかかったニコルが、先程のナイフの模擬戦でまたアスランに負けてしまったイザークが懲りもせずに彼に噛み付ついている様子を目撃し、隣を歩くディアッカに視線で促した。
「まったく、あいつ…」
 一方的に食ってかかるイザークと困ったような顔でそれを受け流しているアスランという今では見慣れてしまったその光景に、ディアッカはやれやれとばかりに大きな溜息を吐いた。
 アカデミーに入学して早や2ヶ月。心配していた寮生活も今のところ女だと疑われることもなく過ごし、各カリキュラムの成績も元々能力の高い彼女のこと、最初からトップレベルを維持している。一見順風満帆といったところだが、イザークの機嫌は何故か最悪の一途を辿っていた。
 つまりは、トップレベルであってトップではない。その一言に尽きる。
 入学時の模擬試験で次席に甘んじてしまったことがよほど悔しかったらしいイザークは、それ以来アスランに対し対抗意識剥き出しの挑発的な態度を取り続けていた。実力が拮抗している二人は各種訓練で競い合う形になる場合が多く、そのいずれにおいても僅かな差でアスランに勝てないことが彼女の態度をさらに硬化させていることは間違いない。
 イザークの心境を思えばカリキュラム以外でアスランの顔など見たくもないといったところだろうが、生憎ルームメイトのため嫌でも顔を会わせなければならない。彼女の性格からして自分から進んで他人を避けるという行動ができるはずもなく、結局は不機嫌なまま憎らしい相手と四六時中顔を突き合わせなければならないイザークの鬱憤は最早最高潮に達しているだろう。
 アカデミー内での私闘は固く禁じられており、ディアッカにしてみれば決して忍耐強いとはいえないイザークがいつキレてアスランを殴りつけやしないかと、毎日戦々恐々している有様だ。実際あわやという場面になりかけたことがあるので、とても楽観視できる状態ではない。
 ここ数日の彼女の苛々した態度を伺い見るにその限界も近いのではないかと、ディアッカはそれだけが気懸かりだった。



 そんな風に幼馴染みが自分の心配をしているとは知りもしないイザークは、アスラン相手にナイフ戦で屈辱の8連敗を喫し荒れた気分のまま自室に戻ってきた。
「あーっ、イライラするっっ!!!」
 制服の上着を乱暴にベッドの上へ脱ぎ捨てると、汗を流すべく真っ直ぐにバスルームへと向かう。
 脱衣スペースでアンダーと体形を隠すためのベストタイプのボディスーツを脱ぐと、その下から細い上半身が露になる。備え付けの鏡に映った自分の姿を見て、イザークの形のよい眉が顰められた。
 全体に痩せすぎの感が否めない、細く尖った肩にくっきり浮き出た鎖骨。ほとんど膨らみのない胸、削られたように細いウエスト。 日々のトレーニングの成果でバランスよく筋肉のついた鍛えられた身体のため脆弱さは感じられないが、それでも同年代の男性と比べると筋肉の厚みと幅の面で明らかに見劣りがする。
 それが実技訓練の時、体力や筋力の差となって跳ね返ってくるのだ。瞬発力に物を言わせて短時間で相手を倒せればいいが、実力が伯仲している時などは長引けば長引くほど基礎体力の差でイザークが不利となる。それが顕著なのがアスランとの一戦だ。終了後に肩で息をしているイザークに比べ、アスランはまだ余裕ありげな表情で、「大丈夫か?」などと気遣うそぶりすら見せる。
「くそっ…!!」
 今までの屈辱の数々を思い出し忌々しげに唇を噛み締めたイザークは、鏡の中の自分に拳を叩きつけた。
 例え男女の間に越えられない肉体的・体力的な差があったとしても、それを負けの理由としたくない。もっと自主訓練のメニューを増やして鍛えなければ。軍人として生きる決意をした彼女には、女性特有の円やかで柔らかい身体など必要なかった。欲しいのは、誰にも負けない強い身体だけだ。
 目指すはZAFTのトップガン。そのためにはどんな努力も惜しまないし、誰にも負けてはならないのだ。
「次こそは絶対に勝ってやるっ!!」
 アクアマリンの瞳に固い決意の炎を宿らせて、イザークはきつく拳を握り締めた。



 自室へ戻ったアスランは、ちょうどシャワールームから出てきたイザークと鉢合わせた。
「――あ、イザーク。帰ってた、の…」
 不機嫌さを隠さないアクアマリンの瞳にジロリと睨まれ、語尾が途切れる。そのままふんっと顔を逸らされて、どうしてこんなに目の敵にされるんだと、アスランは内心深い溜息を吐いた。
 事あるごとに突っ掛かられても、実際のところアスランはイザークを嫌いではなかった。確かに傲慢なところや癇癪持ちなところはあるが、それは「彼」が思ったことを隠せない子供じみたところがあるせいで、上辺だけを取り繕う大人の世界を嫌というほど見てきたアスランにすれば却って好ましく思えた。まして、イザークがなりふり構わず全力でぶつかってくるのが自分だけだということが、彼の自尊心を微妙に擽っていた。
 それでも、こうもあからさまに敵意を剥き出しにされると、さすがのアスランもげんなりしてくる。もとより人付き合いは不得手なだけに、こういった時にどうやって会話の糸口を探して友好的な関係を作り出せばいいのかなど、全く思いつかない。
 気まずい雰囲気を解消する術を求めてちらりとイザークを横目で見やれば、ベッドに腰掛けて濡れた髪をタオルで無造作に拭いているところだっだ。
 シャワーを浴びたばかりの銀色の髪は水分を含んでいつもより色濃く、白皙の頬が湯気でほんのりと薔薇色に上気している。いつも見慣れているアンダー姿のはずなのにいつもと違う雰囲気を纏っているように感じられ、アスランの胸がざわりと騒いだ。
 落ち着かない気分を紛らわせようとイザークから視線を逸らしかけた時、銀の髪の先に溜まった水滴がぽとりと零れ、透明な筋となって仄かに色づいた細い首筋をゆっくりと伝った。
「―――――!」
 その艶かしさにアスランの心臓が大きく跳ね、思わず視線が釘付けになる。
 さすがに気配に気付いたイザークが訝しげに振り向くのと、慌てたアスランが顔を背けたのは殆ど同時だった。イザークの何か言いたげな非難めいた視線を背中に感じながらも平静を装いつつ自分の机に向かったアスランは、何事もなかったかのように椅子に座る。 けれどそれはあくまで表面上のことで、内心では暴れ出した心臓の鼓動が煩いくらいに響いていた。知らずうちに顔が赤くなるのを止められない。
 イザークに触れたい、と思った。友人同士のスキンシップという意味でなく、抱き締めたいと、そう思ったのだ。
 あり得ない事態に、アスランは激しく狼狽した。
 イザークは男なのに、俺は何を考えているんだっ!?
 自分の嗜好は至極ノーマルなはずで。イザークのことも男にしては綺麗だなと思いはしたが、それ以上は何の感情も抱いていなかったはず。それが何で今更…。
 何かの間違いだと心の中で否定しつつこっそりとイザークを盗み見れば、自分を真っ直ぐ見据えるアクアマリンの瞳にまた心臓が跳ね上がる。慌てて顔を伏せたアスランは、嘘だろうと心の中で絶叫しつつ、初めて気付いたこの感情が何であるのかわからず、成す術もないままただうろたえるしかなかった。





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       自覚するのはアスランから。
       当然行動も(笑)
       さて、次はどうやってイザークに自覚させましょうか?(悩)