難攻不落のエザリア攻略に向かった二人は、居合わせた彼女にイザークの思いを切々と訴え、軽く柳眉を寄せ考え込む仕草の彼女の返答を固唾を呑んで見守っていた。
「――――わかりました。そこまで言うなら許可しましょう。ただし、条件があります」
その答えにぱあっと顔を輝かせたイザークは、身を乗り出して訊ねた。
「条件とはなんですか? 母上!」
それがなんであろうとクリアするつもりでいたイザークは、次の瞬間母が告げた言葉に耳を疑った。
「―――母上? 申し訳ありませんが、もう一度仰っていただけますか?」
「だから、男として志願するならば、許可します」
「……………」
エザリアの出した条件は予想の範疇を遥かに越えていて、二人はただ呆然ととんでもないことを言い出した彼女を見つめるしかなかった。
「私の可愛いイザーク。貴女がZAFTに入隊した場合、いつ何時不埒な輩に無体なことをされやしないかと思うと、母は心配でなりません。その点、男として入隊したならそんな危険性はなくなるし、野蛮な男共の厭らしい視線に晒されずにすむわ」
「母上…」
「で、でも…、公の書類で性別詐称は、さすがにまずいんじゃあ…」
ディアッカが彼女の提案にそれとなく異を唱える。
「あら、そんなもの後からどうとでも書き換えられるわ」
実にあっさりと答えるエザリアに、仮にも最高評議会議員がそんなこと言っていいのだろうか?と思う。
いや。第一、そういう問題じゃないだろう!!
この人は一体何を考えているんだと、さすがのディアッカも頭を抱えたくなった。
一方で、エザリアの言葉に母の深い愛情を改めて感じたイザークは、涙ぐまんばかりに感激していた。
「母上、私の身をそこまで心配していただいていたとはっ!!」
「可愛い我が子の身を案じるのは親として当然のことよ、イザーク」
「母上っ…!!」
感極まって抱きついてくる愛娘を慈愛の笑みで迎えた母親は、娘の銀糸を愛おしく撫ぜながら、夢見るようにうっとりと呟いた。
「ああ、イザーク。ZAFTのエリートの証、赤い軍服を身に纏った貴女は、どんなに凛々しく美しいことでしょう」
彼女の脳裏には、赤を纏ったイザークの絶世の美少(女)年ぶりがありありと描かれているに違いない。
「そして、その傍らに常に貴女を護るように付き従う一人の男の姿…。ああ、なんて麗しき主従愛っっ!!!」
「……母上?」
「……………」
完全に自分の世界に浸ってしまった彼女の様子に、ディアッカは深い溜息を吐いた。
この場合、誰と誰が主従関係かと突っ込んでいいのだろうか…?
いくらコーディネーターといえども、許容量を越えた事態に直面すると、脳が深く考えることを拒否するらしい。
―――そういえば、エザリアさんって、確か日本の古い女性だけの歌劇団のファンだってオヤジが言ってたっけ……。
要するに、自分の娘を使って「男装の麗人」を仕立て上げたいと。
つまりはそういうことかいっ!
愛娘を腕に抱きつつ、ひとしきり妄想を終えたエザリアが、何事もなかったかのように娘の幼馴染みに向かって優雅に微笑んだ。
「ディアッカ。イザークをよろしくね」
「はい。それはもちろん」
その変わり身の早さに多少顔が引き攣りつつも、そつなく返事を返す。
「いくらプラントを守るためとはいえ、私の可愛いイザークをたった一人でむさ苦しい男共の巣の中に送り出さなければならないかと思うと、心配で仕方がなかったのだけれど」
「はあ…」
「あなたも志願すると聞いて心強いわ、ディアッカ。いくら男勝りだといっても、やっぱり女の子でしょう? 万が一間違いでもあったら大変だし。その点、あなたがいつも一緒にいて、常にこの子の周囲に目を光らせてくれれば、私も安心だわ」
―――はいぃぃぃぃぃぃぃ!?!?!?
思いも寄らぬ彼女の言葉に、ディアッカは目を瞠った。
いつも一緒にって、目を光らすって。――そんなこと、誰が言いましたっ!?
「あ、あの…」
思わず反論しかけたディアッカの舌は、しかし目的を果たすことなく凍りつく。にっこり笑うエザリアの、その美しいアクアマリンの瞳は笑っていなかったから。
『もし、イザークに何かあったら殺すわよ?』
今更自分が何を言おうが、既にエザリアの中では決定事項になっていて。その笑顔の脅迫に、ディアッカの背中を冷たい汗が伝った。
「―――は、ははははははははは……」
乾いた笑いを漏らすしかないディアッカの目の前で、美しくも麗しい親娘愛の風景が繰り広げられる。
「イザーク。貴女なら、トップガンは間違いなしよ。私も自慢の娘を持って鼻が高いわ」
「はい、母上。ご期待にそえるよう、努力いたします」
トラブルメーカーの幼馴染みに振り回され続けて早や十数年。いい加減慣れたと思っていたイザークのお守りだったが、これから今まで以上の災難が降りかかってくるだろうことを、ディアッカは諦めの境地で感じていた。