「おい、ディアッカ、手を貸せ!!」
いつも賑やかな幼馴染みは、いつにも増して騒々しく彼の家へやって来た。
ちょうどデートに出かける準備をしていたディアッカは、相変わらずのイザークの登場の様子に溜息を吐く。
「何だよ、イザーク。俺、これからデートなんだぜ?」
「そんなものより、こっちを優先しろ!! 一大事なんだっ!!」
顎のラインで綺麗に整えられたさらさらの銀の髪に蒼氷の瞳、白皙の頬。誰もが振り返るであろう美貌を持つ幼馴染みは、しかしその外見にそぐわない乱暴な口調でまくし立てた。
「そんなものって…。デートとお前と、どっちが大切だと思ってるの?」
「そんなの決まっているだろう、私だ!」
無駄な抵抗だと知りつつ一応訊いてみると、あっさりと予想していた答えが返ってくる。
ここでイザークを優先させなかったら、この先ずっと今まで以上の癇癪に付き合わされることは間違いない。今までの経験で学びたくなくても学ばされてきたディアッカは、涙を飲んでデートを諦めた。
彼の脳裏に今日デートするはずだった可愛い女の子の顔が過ぎる。
さよなら、エリシアちゃん…。
「――で。どーしたの? 一大事って」
これ見よがしに大きな溜息を吐くと、ディアッカはイザークに向き直った。するとさっきまでの勢いはどこへやら、困ったように眉を顰めたイザークがぽつりと言った。
「母上にZAFTに志願するって言ったら、絶対にダメだって反対されたんだ。アカデミー入学の願書の提出期限は明日だし、今日中になんとか説得するしかない」
「エザリアさんが? なんでまた…」
イザークの母エザリアは、プラント最高評議会議員だ。彼女の立場からすればイザークにZAFT入隊を勧めこそすれ、反対する理由などないと思うのだが。
「母上は通信士部門ならばともかく、MSパイロット部門に志願するなんてとんでもないって仰るんだ」
「MSパイロット…って、マジかよ、イザーク」
「当たり前だろう? プラントのために戦うんだから、最前線に出ないでどうする?」
さも当然のように口にするイザークに、ディアッカは内心やれやれと肩をすくめた。
エザリアが反対する気持ちもわかる気がする。なにしろイザークは……。
「まあ、イザークは一人娘だし。何かあったらって心配するのも無理はないと思うよ」
「貴様は私がナチュラルごときに遅れを取ると、そう言いたいのかっ!?」
「いや、そうじゃなくて…。ほら、女の子だと色々訓練についていくのも大変かなと思って…」
「ほほう。私の能力がそこらへんの男に劣ると思っているのか? ディアッカ。舐められたものだな、私も」
「―――だから…」
はなっから人の言うことをきかないイザークに、疲れたようにディアッカは肩を落とした。
「母上の心配なされるお気持ちもわかるが、私はナチュラルの卑劣な手段がどうしても許せない。プラントを守るために、今我々が立ち上がらなくてどうするんだっ!?」
もともと中性的な容姿をしているイザークは、一見しただけでは男女の判別が難しい。なのに、常に男に間違えられてしまうのは、彼女のその言動によるところが大きく、今も持ち前の正義感で熱く語るイザークは、どう見ても凛々しい美少年にしか見えなかった。
「イザークの言い分はわかるけどさ。肝心のエザリアさんが反対してるんじゃ、しょうがないじゃん。てか、そんなに入隊したいんなら、黙って願書出してアカデミーに入学しちゃった方が取り早いと思うんだけど?」
「そんな母上を蔑ろにすることなんかできるか!」
変なところで生真面目なイザークは、母の許可を貰って正々堂々入学したいらしい。
「だから、お前からも一言母上に言ってもらいたいんだ。こんなことをお前に頼むのは不本意だが、この際背に腹は返られない」
随分なことを言われているなと思いつつ、他人に頼ることが大嫌いなイザークに頼られることは微妙にディアッカの男心を擽った。例えどんな理由からにせよ頼られて悪い気はしないし、結局のところ自分はこの勝気で男勝りな幼馴染みにとことん弱い。
「仕方ないなあ。」
「仕方ないとはなんだ、仕方ないとは!」
「はいはい。誠心誠意協力させていただきます」
駄々っ子のような仕草で噛み付いてくる彼女に苦笑を浮かべつつ、ディアッカは本日のスケジュールを変更すべくデート相手に断りの電話を入れるのだった。