『いやー、相変わらず予想外のことをしてくださいますねぇ』 ジェイドはHAHAHAHAと胡散臭く、非常に楽しそうに笑って次の仕事の為に屋敷を後にした。 『ルークってば超信じらんないっ!』 アニスは腰に手を当てて偉そうに胸を反らしてぎゃあぎゃあとわめき散らして帰っていった。 『……あー、まああの時はまだ混乱してたわけだし、な。うん』 苦笑を浮かべて昔と変わらぬ仕草でくしゃりと頭を撫でたガイはナタリアとアッシュに挨拶をする為に城に上がって、まだ帰ってきていない。 一人残されたルークは、中庭の離れにある自室の窓からぼんやりと青い空を見上げていた。 初めはアッシュ ――――― オリジナル・ルークの部屋で、7年前からはルークの部屋だったそこは、壮絶な押し付け合いの結果、結局ルークが使っている。 アッシュ曰くそんな子供っぽい部屋が使えるかとか、せまっ苦しいとか、母屋と離れているから不便だとか。 色々と理由を並べ立ててはいたけれど、多分本当は、ルークに譲ってくれたのではないかと思っている。 (…………多分、アッシュはそう遠くないうちにこの家を出るだろうしな……) 本来であれば………預言もなく、平穏に全てが過ぎていたのなら………今頃、成人を迎えたルーク・フォン・ファブレとナタリア王女は盛大な結婚式を挙げていたはずだ。 現実はそう簡単にはいかなくて、色々な問題があったわけだけれども、紆余曲折の末、数週間後に迫った成人の儀に付随するお披露目パーティで彼らの婚約が正式に発表されることになっている。 ――――― 王家の血を引かないナタリアには、キムラスカ王家の血を引く夫が必要だった。 世間の評価、民の人気、それに何よりインゴベルト六世のナタリアは自分の娘であるという宣言から彼女を廃嫡するのは難しい、けれど王家の血を引かない王女は認められない。 ならばせめて夫には王家の血を引く人間を………それがキムラスカの政治を掌握する貴族達の考えで、ナタリアを次期女王として認める唯一にして最大の条件だった。 裏側であわよくば自分の息子を親戚を王女の夫にと言う争いがあったことは言うまでもない。 だがそうやって争っていてくれたお陰で彼女の正式な婚約者はまだ決まっておらず、元々の婚約者同士であるオリジナル・ルークとナタリアの婚約は比較的あっさりと纏めることができた。 ついでにうなら結局彼は『アッシュ』を名乗ることとなり………名前に関しても壮絶な押し付け合いが行われたわけだが………ルークはその弟として新たに戸籍を作る形になった。 多少複雑な形ではあるが、ファブレ家に残ることを決めた以上、必要な手続きだった。 ――――― 正直、始めはファブレ家を出ることも考えた。 今のルークに、嘗ての様にルーク・フォン・ファブレとしての役割にしがみつく必要はない。 そんなことをしなくても自分は自分で、それ以上でもそれ以下でもないと思えたし、ここにはオリジナル・ルークが居る。 嘗ての様な卑屈な思考からではなく、彼とナタリアが居ればキムラスカには問題がないだろうと思えたし、公爵家の息子がレプリカだったと知れれば混乱が生まれるだろうと思ったからだ。 第一、ルーク自身、自分に上流階級の生活が性にあっていないと言う自覚もある。 母上は心配するだろうが、時々顔を見せにくればいい。 そうして瘴気を消す為に犠牲にしてしまったレプリカ達の生き残りの為に、できることをしていこうと思ったのだけれど。 (………ここに居た方が、できることは大きいんだよな………) ルークとフローリアンは、たった二人しかいないの彼らの先輩だ。 野に下り、直接支援することで伝えられること、できることもあるだろうと思う。 けれどファブレ家に残り、子爵の地位を持って動くことで………自由と引き換えに、得られる権力を持ってできることの方が圧倒的に大きい。 レプリカ達のお陰で瘴気が消えたことは周知の事実で、『英雄』となったルークがレプリカであることも同様で。 表立った反発が多少治まったとは言っても、未だにレプリカに対する偏見と差別は色濃く残っていて。 『――――― 残りの人生全部使って、世界中の人を幸せにしてみろよ』 アクゼリュスを崩壊させた後、迎えに来てくれたガイに言われた言葉は今でも忘れていない。 世界中の全部を幸せに、なんて無理だとわかってはいるけれど。 できる限り、精一杯の努力しようと思っている。 だから、ルークはファブレ公爵家に残ることを決めたし、ナタリアもそれに賛同してくれた。 今後はおそらくレプリカ達の保護と教育の体制を整え、その独立の為に奔走しているナタリアの手伝いをすることになるのだろうと思う。 自分にどれだけのことができるかはわからない、正直人の上に立つなんて向いてないとは思う。 (……………それでも、俺は、俺に出来ることを…………) ぼすっとベッドに倒れ込んで、重い瞼を伏せる。 溜息にも似た深い息を吐いたルークの瞼の裏側に浮かんだのは、ずっと自分を見ていてくれると約束してくれた少女の………否、女性の姿だった。 不安な時、自信がなくて震えていた時、死を予感して怯えていた時、何時も側にいてくれた人の。 ――――― あの時、確かにティアは『好き』だと言ってくれた。 けれど、それから悠に2年の歳月が流れてしまっている。 あの時彼女は『待ってる』と言ってくれたけど、その定義は余りにも広い。 エルドラントで最後に聞いた彼女の言葉から、どうやら彼女も自分のことを想っていてくれたようだが、当時の二人の関係と言えばただの仲間でしかなくて。 あの時点でルークの気持ちを知らなかった彼女の告げた『待ってる』はあくまでも仲間としてのそれのはずで。 否、そうでなくともこの2年の間に彼女を支えてくれる人や、想う人が出来ていないとも限らないわけで。 そう言えば結局、軍人であることに拘り、頑なに女性らしいことを忌避していたようにさえ見えた彼女がどんな切欠でが化粧をし始めたのかも聞いていない。 返事を聞くのを忘れていたのはいっぱいいっぱいだったとか、自分の気持ちを伝えるだけで精一杯だったとか、色々理由はあるのだけど。 ひょっとしたら本当は、無意識に逃げてしまった結果なのかもしれないと思う。 逢いたいと思いながらも、無理に時間を作ってでも顔を合わせようとしないのも、返事を聞くのが怖いから。 (…………アニスにヘタレ扱いされても文句言えねぇよなぁ………) 気付いてしまえば何とも情けなく思えて、ルークは大きな溜息と共にごろりと仰向けに身体を返して白い天井を見上げた。 (会いたい、な……) ――――― 彼女の声が聞きたい。 怖がっていた自分を自覚して、認めてしまったら、素直にそう思えた。 |
実は結構前に出来上がっていたのですが、次のティアサイドと一本にするべきか迷ってそのままになっていました>< 向こうが長くなってきたのでここまでで一度アップすることにしました〜。 |