結局、面識のあるアッシュと導師でもあるイオンが、市長でありティアの祖父でもあるテオドーロの元に出向くことになった。
 シンクとアリエッタが住民や兵士の人数や詳細の確認を行い、意識を失ったルークと付き添いのナタリアは医務室に。
 ティア達はそれぞれが、一人の時間を設けるべくユリアシティ内に散った。
 居住区を含めても、ユリアシティの人口は少ない。
 あまり人に会うことがないのが救いだった。
(………ルークが、彼の……バチカルの、ルークのレプリカ。彼の代わりにする為に、兄さんが造った……)
 小さく反芻して、溜息を落とす。
 少しだけ、大佐にレプリカの事を聞いた。
 複製レプリカである彼らは、外見的には被験者オリジナルと同じ年齢で生まれるが、記憶はなく、精神的には生まれたての赤ん坊と変わらない。
 話すことも、食べることも、人間に必要な最低限のことさえ覚束ないのだと言う。
 ティアが始めてあった頃のルークは、最低限の会話や日常行動は出来ていたが、それにしても随分と言葉が遅く、幼い印象だった。
 記憶がない所為だろうと深く考えたことはなかったのだが、今思えばそう言うことだったのだろうと思う。
(あの時彼は、生まれてまだ間もなかったんだわ………)
 目的もなく街を歩いていたティアは、何時の間にか幼い彼がティアと喧嘩をした時、決まって膝を抱えていた場所に来てしまっていた。
 そこは奥まった路地裏から続く階段の下の、街を良く知るものでもあまり足を運ばない場所で。
 彼はティアに見つけて欲しい時はセレニアの花畑で、見つけて欲しくない時は必ずそこで身体を丸めていた。
 ユリアシティは狭く、隠れ場所と言っても限りがあって。
 だからそれは、見つけてほしくないと言う意思表示の様なもので、本当に隠れ切れると思っての行動ではなかったのだけれど。
(…………ぁ……)
 何気なく覗き込んだそこで、記憶にあるのと同じ。
 けれど記憶にあるそれより随分と長く伸びた朱い髪を抱え込むようにして座り込んでいる青年の ――――― ティアの良く知る、ルークの背中を見つけて、彼女は小さく息を呑んだ。
 上に背を向けている所為でこちらには気付いていないようで、何やらぶつぶつと呟いているような音が聞こえる。
「………バカね、行動パターンが子供の頃と同じじゃない」
 急におかしくなって、ティアは小さく笑ってそちらに足を向けた。
「…………ルーク」
「……っ! …………ティア」
 声をかけられた途端、彼は大袈裟に肩を跳ね上げて振り返った。
 大きな緑柱石エメラルド色の瞳が瞬いて、ティアを捉え。次の瞬間、歓喜と困惑と羞恥と、僅かな脅えにも似た色の入り混じった何とも言えない、複雑な表情が浮かぶ。
「………隣、いいかしら」
「……あ……うん」
 小さく頷くのを確かめて、ティアはその隣に腰を下ろした。
「…………何を、考えてたの?」
「や……その、なんで…………あんな風にしか、できねーのかなって」
 あんな風?と重ねて問えば、彼は少し困ったように笑って、それが癖なのかがしがしと無造作に長く伸ばされた朱い頭を掻いた。
「………被験者オリジナルのこと。あんな風に当たる必要、ないのにさ。顔、会わせると駄目なんだ」
 それは本能にも近いもので。だから、制御するのが酷く難しい。
 自覚はあるのだが、どうしても当たりがきつくなってしまうのだとぼやいて、ルークは後ろ手に手をついて、仰のいた。
 ここからは、空が見えない。見えたとしても、あるのは淀んだ紫色の空だ。
「………………約束、破って、ごめん」
 唐突に、ぽつりと落とされたそれに、ティアは胸を突かれた様に、泣きそうな表情を浮かべた。
「…………私の方こそ、ごめんなさい。何も……知らなくて。兄さんが、あんな、酷いことを……」
 譜陣を刻む際、どれほどの痛みを伴うか。
 ティアは知識としてしか知らない。けれどそれが、人道的に許される行為ではないということは、知っている。
師匠せんせいがしたことで、ティアが俺に謝ることなんて一つもないよ」
 けれどルークは真っ直ぐに、ここからは見えない空を見上げるように澄んだ瞳で、静かに返した。
「俺は、感謝してる。俺を作ってくれたことも、俺に居場所をくれたことも、全部」
「………でも兄さんはたくさん人を、殺したわ。あなたにも、酷いことを……っ……」
「だとしても、他の誰かに謝ったとしても、俺にはいいんだよ」
 僅かに熱を持った頬に、記憶にあるそれとは違う、骨ばって大きな掌が触れる。
 でもその温かさは、変わらない。
 そう思って初めて、ティアは自身が涙を零していたことに気づいた。
「……………ぁ……わ、たしっ……ごめんなさいっ……」
 慌てて手の甲でそれを拭うのに、苦笑する気配がする。
「………ティアが謝んのはさ、師匠せんせいがティアの家族だからだろ? でも俺にとっても、師匠せんせいは家族みたいなもんだから。だから、ティアが師匠せんせいを止めなきゃって思うのと同じ様に、俺も師匠せんせいを止めなきゃって思ってる。だから、他の誰に謝ったとしても、俺にだけは、謝ったりしなくていーんだよ」
 赤くなった目でそろりと見上げた彼は、どこか擽ったそうに笑っていて。
 それが酷く懐かしくて、眩しかった。
 ――――― どうして彼は、こんな風に笑えるのだろう。
「…………ルーク」
「………俺さ、やっぱティアにそう呼ばれんの、好き」
 呟くように漏れた音に、ルークはそう言って二カッと笑った。
「…………俺、今はアッシュだけど。ルークの、レプリカでしかないけど。でもティアと居る時だけは、ルークで居て、いい?」
 それから視線を落とし、少し緊張した声で ――――― 僅かな震えを帯びた声で、告げる。
 それが何を意味しているのかわかって、ティアは手を伸ばして、幼い頃よくしていたように彼の手を握った。
「………バカね。あなたは、ルークでしょう。私の幼馴染の、彼と同じ名前の、違う、ルークよ」
 途端、ルークは何とも言えないホッとしたような表情を浮かべて。
 それから嬉しそうに、笑った。

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 ようやくルクティアのターン!
 17話目にしてやっとマトモに会話を交わした様子です。1巻目終盤になってやっとこさ……(苦笑)
 長編に関してはルクティアと言うより、ルクティア前提ルーク中心でもいいような気がしてきた……。
2010.05.20

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