『………れ、大きくなったら 赤い髪の子供が、眩しいような笑みを浮かべて笑っている。 隣には穏やかな笑みを浮かべた亜麻色の髪の男と、金髪の女性が居て。 それは確かに自分であるはずなのに、見たことのない光景だった。 『そんでティアが左腕で、俺ら二人で 『………それは頼もしいな、だが語意が違っている。右腕とは言うが、左腕とは言わんな』 クシャリと頭を撫でられて、子供は首を傾げる。 『…………じゃあ何腕?』 『ふっ…………はははは………』 快活に笑う男は酷く楽しそうで、優し気で。 それが自分だけに向けられていたものではなかったのだと、知った。 ( 超振動の実験の度に、意識を失う程の苦痛に苦しんでいたルークを助けてくれたのは師匠が用意してくれた薬だった。 勉強以外何もすることの無かったルークに剣術を教えてくれたのは師匠だった。 (俺を造ったのも、育てたのも、居場所を与えてくれたのも、全部 そう思って、けれど次の瞬間それは自分の思考ではないと気付いた。 しっくりと馴染むようで居て、ちりちりとした反発と抵抗が ――――― 拭えない違和感がある。 そう思った瞬間、頭部に軽い衝撃が走ってルークの意識は引き上げられた。 「なっ…………」 何もない、暗闇にも似た場所に寝かされている。 その傍らに仁王立ちになっているのは、アッシュ ――――― レプリカ・ルークだ。 腕を組んで足を上げた格好で。頭を蹴られたのだと気付いた瞬間、屈辱に頬が染まった。 「テメッ……」 「勝手に人の記憶、覗いてんじゃねーよ」 不機嫌そうな、そんな時ばかりは自身のそれに良く似た声が落ちてくる。 跳ね起きると共に罰が悪そうな表情を浮かべたルークに、彼はふっと肩の力を抜くような仕草をした。 「………ま、混線はお前のせいじゃねーけどな。完全同位体の研究はまだ進んでねーらしーし」 「………………完全、同位体………」 「 「……………お前、何を………」 何を言っているのだろう、と思ったところでふっと彼の姿が霞んだ。 踵を返し離れていく先は何もない暗闇………否、この空間こそが現実のものではないのだと気付いた瞬間、ルークは本当の覚醒を遂げていた。 「あ…………」 「…………ルーク!」 最初に視界に入ったのは、見たこともない高い天井。 それから泣きそうな表情をした、ナタリアの顔だった。 (俺は………そうか…………) 寝台の上に寝かされていることに気付き、ぼんやりと今までの記憶を反芻する。 そうして自分の複製だと笑った男に逆上して切りかかり、返り討ちにあったこと………そしてその男と謎の空間で話をしていたことを、思い出した。 夢だったのだろうかと思ったが、記憶は妙にはっきりしている。 「…………あいつ、らは?」 「………上で……会議室を借りて、今後のことについて話し合っていますわ」 掠れた声で問えば、僅かに痛みを覚えたようにナタリアは視線を落とした。 「……………みっともないな。騙されて。罪を犯して。八つ当たりをして。俺はいつから………こんな、小さな男になったんだろうな」 「……ルーク!」 のろのろと持ち上げた腕で、目元を覆う。 隙間から入り込んでくる光がやけに眩しい。 嗜めるようなナタリアの声が聞こえたが、だがルークはそれに応える言葉を持たなかった。 自分を卑下しているわけではない。 それはここにある、確かな現実だ。 「……………………」 「………いつか、わたくし達が大人になったら、この国を変えよう。貴族以外の人間も、貧しい思いをしないように。戦争が起こらないように。死ぬまで一緒に居て、この国を変えよう………そう、約束しましたわね」 黙り込んだルークの傍らで、ナタリアが紡いだのは、幼い頃に交わした誓いの言葉。 (あぁ、そうだ。あの頃は、先にある輝かしい未来を疑ったことはなかった………) 誘拐事件より前、屋敷に軟禁されるよりも前、死ぬことがわかっていながらアクゼリュスに送り込まれるより前。 大人になったらナタリアと結婚して、この国をより良い方向に導いていくのだと信じて疑ったことのなかった、幼い頃に交わした、大切な。 「…………わたくしは、信じていますわ」 静かに、揺るぎのない落ち着いた声そう言って、彼女は真っ直ぐにルークを見た。 「………………ナタリア………」 鈍い痛みと倦怠感を訴える身体を無理やり起こし、ルークは彼女の手を取った。 「………この国だけじゃない。………敵国の人間だからと言って、犠牲にして良い訳がないんだ………」 祈るよう、引き寄せた手を両手で包み込み、額に押し当てる。 「罪は、贖わなくてはならない………だから、改めて誓わせてくれ。この国を変えよう。 それで全てが、許されるわけではないけれど。 起こってしまったことを嘆くよりも、二度と起こらぬよう、自分に出来ることをする。 それがルークの出した答えだった。 「…………ルーク………」 溜息のように、安堵するように。零れ落ちた声は酷く、優しかった。 医務室を出たルークは、ナタリアと共に会議室へと向った。 男の言葉通り右手に階段があって、そのすぐ先には取っ手のない扉の様なものが見える。 どうやって入ればいいのかわからないまま歩み寄ると、それは人の気配を感知したのかシュッと小さな音を立てて自動的にその扉を開いた。 驚いたように息を呑んだルークの視界に、長く大きな会議室の奥に固まって話をしているジェイド達の姿が入る。 ルークは緊張の面持ちで、感情の色の見えない赤い瞳でこちらを見つめているジェイドと、今はもう仮面を外している朱い髪の男………もう一人のルーク達の方へと足を踏み出した。 彼は底の見えない ティアやアニスはどこか戸惑っているようだった。 ――――― 認めるのは嫌だった。目の前の男の存在など、消してしまいたかった。 けれど、それは許されることではない。 少なくとも今、自分は、彼を否定するだけの材料を持ち合わせていない。 例え彼が自分の それはルークだけの、勝手な都合だ。 「………………その………すまな、かった」 酷く言いにくそうに、極小さな声で。けれどそう言ったルークに。 「 ――――― お互い様、だろ。俺もさ っき蹴ったし」 アッシュはどこかぎこちなく、けれどくしゃりと子供の様な笑みを浮かべた。 それを見てルークはこちらもぎこちなく、けれど確かに、口元に笑みの様なものを浮かべたのだった。 ― BACK/END ―
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続きましてはアシュナタのターン。 仮想空間内とは言え頭を蹴るって酷いかなーと思いつつやってしまいました。 とりあえずこれにて一巻部分の再録完了となりマス。 この後は番外編中心にしたい……と思いつつ書きたいものが多すぎて困ります。 |