「………多分……知り合い、だと思います。名前を変えているようですが、珍しい髪と目の色ですから」
 小休止に立ち寄った砂漠のオアシス………急ぐ旅ではあったが、イオンを休ませる必要があった………で、彼の仮面の下の素顔を見た時から気になっていたのだとティアは語った。
「ルークと言ったな? 偶然にしちゃ出来すぎじゃないのか?」
 確かに彼女は以前、同じ目と髪の色を持つ幼馴染が居たと漏らしたことがあった。
 だがそれがまさか自分と同じ名前だとは悪い冗談にしか思えない。
 傲然と顎を反らして椅子に座るティアを見下ろしたルークに、けれど彼女は顔色一つ変えずに返した。
「………偶然じゃないわ。あなたの名前から、貰ったのよ」
「…………なんだと?」
「同じ目と髪の色だったから。王侯貴族や歴史上の偉人から名前を貰うことは珍しくないでしょう?」
 真っ直ぐに見上げてくる蒼は静かで、凪いだ海を思わせる。
 責められているような落ち着かない気持ちになってとにかく言い募ろうとしたルークが口を開くより早く、ジェイドが割って入った。
「………あなたの知る彼のことを話していただけますか?」
「今はそんなことはどうもいいだろう! あいつは六神将で俺達の敵だ、それ以外に何がある!」
「…………少し気になることがあるのですよ」
 声を荒げるルークにそれだけを返し、ジェイドは指先で眼鏡を押し上げて溜息にも似た微かな息を吐いた。
「………………彼は、戦災孤児でした」

 彼と始めてあったのは、ティアが九歳の時だった。
 その頃既に神託の盾オラクルで師団長として働いていた兄が、突然連れ帰ってきたのだ。
 紛争に巻き込まれて無くなった小さな村の唯一の生き残りだったと言う彼は、身寄りはおろか記憶も言葉も無くしてしまっていて。
 そのような状況では孤児院に預けることもできず暫く面倒を見ていたのだが、仕事が忙しくなってきたこともあり、暫くティアと共に祖父に預けることにしたのだと言う。
 そこには余所者を嫌う排他的な街で、特殊な環境で育てられた為、友達と呼べる相手のいなかったティアの遊び相手になればと言う意図もあったのだろうと思う。
 ――――― 兄はその眼と髪の色から、彼をルーク・・・と名付けた。
 ルークは、不思議な子供だった。明るく素直で、我侭で。本当に何も知らないように、何もかもに目を輝かせて、本当に嬉しそうに笑う、そんな子供だった。
 二人で一緒にそれまで本でしか見たことのなかった鬼ごっこやかくれんぼをして、机を並べて兄の寄越した家庭教師に歴史や譜術の基礎を習った。
 ルークは勉強は嫌いだったけど身体を動かすことは大好きで、ヴァンが教えた剣術にすぐに夢中になった。
師匠せんせいぇー! 稽古! 稽古つけてくれよっ!』
 ヴァンがユリアシティに様子を見にくる度に、身体に不釣合いなほど大きな木刀を持ってそれを追い回していたのを良く覚えている。
 それは、ティアにとってとても、新鮮なことだった。
 ティアは兄に迷惑をかけるのが嫌で、嫌われるのが怖くて、我侭一つ言えない子供だったから。
 物怖じしない、真っ直ぐなルークが羨ましくて、眩しくて。
 そのことを零した時、彼が短く切り揃えた癖の強い夕焼け色の髪を揺らして首を傾げたのを覚えている。
『ティアはもっとわがままいっていーんだよ? ティアがわがまま言っても、おれもせんせいも、ティアのこと、きらいにならないよ?』
 何を言ってるんだと言わんばかりにそう言って、何がおかしいのか笑い出した彼の、眩しい様な笑顔も。
 ………彼と一緒にすごしたのは、それから僅か二年足らずの間だった。
 十二歳になったルークは里親に引き取られ、ダアトの幼年学校に行くことが決まったのだ。
 もともと彼がここに居るのは里親が見つかるまでという話だったし、ティアとルークにとって兄であり師匠であるヴァンは絶対だったから、その言葉に異を唱えることなど到底考えられなかった。
 それでも寂しくて、悲しくて、離れたくなくて。
 ティアは泣きたい気持ちで自分の育てた白い花の花畑の真ん中に座り込むルークの背中を見つめていた。
 彼はティアに背を向けたまま、静かに暗く淀んだ紫色の空を見上げていた。
『おれ、師匠せんせいとおんなじ、神託の盾オラクルに入るんだ。………ティアも、そうするんだろ?』
 いつか神託の盾オラクルに入って、兄の側で兄を助けて働く………もっと小さな頃、兄とした約束だ。
 それはティアにとって支えであり、進むべき道標だった。
『…………だから、また会えるよ』
 その先で、彼も待っていてくれる。そう思うと少しだけ、寂しくなくなった。
『……ホントに、絶対?』
『…………うん、やくそくする』
 泣き出しそうな声漏らしたティアに、彼は振り向いて。
 少し困ったように、笑った。
(あの時……彼は既に何かを知っていたのかもしれない……)
 今思えば、らしくない態度だった。
 彼は何時も、視線を反らさず真っ直ぐに相手を見つめる人だった。
 なのにあの時に限って、ずっとティアに背中を向けていた。
『…………ティアが士官学校に入る年になったら、むかえにいくよ。絶対』
『……約束』
 指を絡めて、約束を交わす。
 結局それきり、彼とは連絡が取れなくなって。

 ――――― その約束が守られることは、無かったのだけど。

BACKNEXT


 この辺りは本当にどうしようか迷った辺りでした><
 しかしやっとこちょっとルクティアになってきた……気が(笑。
2009.11.03

戻ル。