(あれからずーっと、ルーク様の機嫌、最悪なんだよねぇ………)
 薄暗い遺跡の中、灯りを片手に黙々と歩きながらアニスは小さく嘆息した。
 いつもなら大佐が軽口を叩いたり、ガイがフォローを入れたり、ルーク様が騒いだりとなんやかんや騒がしい一行なのに、ここ数日は妙に静かで気が滅入る。
 一行は今、予定を変更して砂漠のオアシスの東にあるザオ遺跡に来ていた。
 ルークが「あの男がザオ遺跡に行けばイオンを返す言った」と主張したからだ。
 罠の可能性とか、嘘を吐いている可能性とか、そう言うのを一番気にするはずの大佐も反対しなかった。
(…………て、ゆーかぶっちゃけあれから大佐とティアの様子もおかしいんだよねー……)
 徒歩で砂漠を越える辛さだけで黙っているわけではない。
 見るからに苛ついて不機嫌オーラ垂れ流しまくりで他人のことなんか気にする余裕のないルーク様は気付いていないようだけど、大佐はあれからあの音譜盤フォンディスクを手に入れた後みたいにずっと難しい表情で何か考え込んでるし、何時も軍人然として隙のないティアもどこか上の空だ。
 ナタリアは「世の中には自分と似た顔の人間が三人は居ると申しますが、本当にそっくりでしたわね」なーんてとぼけたことを言ってたけど、それだけじゃすまないような気がする。
(だって少なくとも、総長はアッシュの顔がルーク様にそっくりだって知ってたはずだしー………)
 三人の口数が減って、アニスは自然とナタリアと話すことが多くなった………ガイとも話すが、女性恐怖症だと言う彼は近づくだけで微妙な緊張感を走らせるのでこちらは何となく距離がある。
(それにナタリアって、話してみると意外とそんなにヤな奴でもないんだよね〜………)
 金持ち特有の鼻につくところがないとは言わないが、意外に気さくで話しやすいし、野営や食事の準備も率先して手伝ってくれる………尤も料理に関しては二度と手伝わせるものかと誓う出来だったのだが。
 ………本当は眼の前でイオン様を連れて行かれてしまったのだからアニスだって落ち込みたいところだ。
 でもここで自分まで黙ったらなんだか耐えられない空気になりそうで、アニスは無理やり明るい声を出した。
「にしてもー、六神将の連中こんなトコになんの用があったんでしょうねー」
「俺が知るか!」
(………アンタに聞いたわけじゃないっつーの……!)
 途端、怒鳴りつけられてこめかみに青筋が浮かびそうなのを大きく深呼吸してやり過ごす。
「まあまあ………追いつけばわかりますよ」
 にっこり微笑んだ大佐が……目は笑ってなかったけど……そう言って、それから幾らか進んだ時だった。
「………ぁ………ってルーク様!!」
 崩れかけた橋の向こう、静かに佇む巨大な廃墟の前にイオンと燃えるような赤い髪の男の背中を見つけてアニスが声を上げる………より早く、ルークが一人、駆け出していた。
(………こんのお坊ちゃまがッ!!)
 心の中で毒づいて、アニスは遅れて駆け出したガイと共に一人突出した男の後を追う。
 罠の可能性の方が高いと言うのに、何を考えているのか………それとも何も考えていないのか。
「………ッ!?」
 案の定幾らも進まないうちにルークの前にザンッと勢い良く大鎌が突き立てられて、彼は勢いを殺し切れずよろめいて足を止めた。
「……………導師イオンは儀式の真っ最中だ。大人しくしていてもらおう」
 低く重い声と共に振ってきたのは黒獅子ラルゴ。床に突き立てた鎌を引き抜き、横薙ぎに払う。
 空気が裂けて、ブワッと音を立てて迫ってくるのを感じながら、アニスはトクナガを床に叩きつけるよう押し出した。
「イオン様を返してよっ!」
「儀式が終わったら返してあげるから、しばらく待ってなよ」
 ラルゴの背中の陰から烈風のシンクが歩み出て、どこか小馬鹿にした口調で嗤う。
「仕えるべき方を拐かしておきながらふてぶてしい!」
 ナタリアが叩きつけるような声を上げて、それを受けた男が哄笑を上げた。
「わはははっ、違いない! ………六神将《黒獅子ラルゴ》! いざ、尋常に勝負!」
「同じく《烈風のシンク》………本気で行くよ!」
 ラルゴが、シンクが口上を述べてそれぞれ鎌と拳を構える。
 それが開戦の合図になった。
 ルークが振り上げた剣がラルゴの大鎌とぶつかって薄暗がりに火花が散る。
 膂力で完全に負けているルークはそのまま後方に吹っ飛ばされた。
 アニスはトクナガを駆ってラルゴを押さえにかかる。
 体勢の整わぬうちに追い討ちをかけるべくシンクがまだ起き上がることが出来ずにいるルークの上に飛び込んで来て、それを射落とさんとナタリアの弓が放たれたが、彼は空中でとんぼを切ってそれを避けた。
「………癒しの力よ、ファーストエイド!」
「……ッ!」
 ふわりと温かな光がルークの身体を包み込み、飛び起きた一瞬後に彼が倒れていた場所にシンクの膝が叩き込まれた。
 そのまま転がっていたら全体重をかけたそれをまともに食らっていたことだろう。
 其処にガイが駆け込んでくる。
 長剣による鋭い一閃をバックステップで避けて、シンクは体を落としたまま低い位置からその腹を抉るように鋭い拳を叩き込んできた。
「………臥龍空破ッ!」
「…………ぐッ!」
 ガイの身体が浮いて、地面に叩きつけられる。
「きゃわっ!」
「…………荒れ狂う流れよ、スプラッシュ!!」
 ラルゴに力負けしたトクナガがバランスを崩して其処に大鎌が襲い掛かったが、ジェイドが溜めていた譜力が水流となって襲いかかり、その巨体を吹き飛ばした。
「………ぐあぁっ!!」
 シンクがちっと小さく舌打ちして昏倒したラルゴの傍らに跳躍し、ルーク達から距離を取り、ティアが倒れたガイに駆け寄って、癒しの力を流し込む。
 互いに出方を伺うように睨み合う、張り詰めた空気を打ち破ったのは、それまで黙ってイオンの傍らに立っていたアッシュの声だった。
「……………終わったぞ!」
「……イオン様っ!!」
 声の方を向いて、アニスは悲鳴の様な声を上げた。
 イオンが顔色をなくしてぐったりとアッシュの腕に凭れかかっていたからだ。
 アッシュは意外にもそのイオンを支えるようにして、ゆっくりとアニスの方に歩いてくる。
「………約束通り、導師イオンは返す。さっさと行くんだな」
「……い、イオン様、大丈夫ですか!?」
 彼はじりじりと構えるアニスの前まで来ると、イオンの身体を開放した。
 支えを失って足元をふらつかせたイオンが倒れ込んできて、アニスは慌ててそれを抱き止める。
「………大丈夫です、すみません」
「イオン様に何したのっ!」
「お前達には関係ないよ」
 ようやく取り戻したイオン様を後ろに庇いながら噛み付いたアニスに答えたのはシンクだ。
 皮肉めいたそれにムカッときて更に声を張り上げようとしたけれど、それは大佐に止められてしまった。
「…………行きましょう。陸路を進んでいる分、ただでさえ遅れています。あまり遅れれば和平の話そのものが流れる可能性もある。ここで我々が倒れれば尚のこと、です。――――― イオン様を守りながら六神将を三人、相手に出来ますか?」
 倒れていたラルゴが身体を起こし、仁王の如くアッシュとシンクの背後で鎌を担ぐのが見えた。
(…………二人相手でもギリギリだった。三人を相手に、イオン様を守って………)
 六神将はそれぞれが数千人規模の師団を預かる師団長だ。並みの相手ではない。
 大佐が封印術アンチフォンスロットの影響下になければいい勝負なのかもしれないが ――――― そう考えると、ここは退くのが正しい。
 ルークがあからさまに不服そうな顔で歯を食い縛ってるのが見えたが、流石に異論はないようだった。
 頷いて、イオン様を支えて歩き出そうとした瞬間。
「………待って! 一つだけ聞かせて!」
 ティアが聞いたこともないような震える声を上げた。
「…………あなたひょっとして、ルーク、なの?」
「お前何を言って………」
 ルークがただでさえ不機嫌そうな顔をますます歪めるのが見えた………でも、ティアは答えない。
 何のことだかアニスにはさっぱりわからなかったが、ティアが動揺しているのはわかった。
 対するアッシュに動揺の気配はない ――――― 仮面の下で微かに笑う気配がする。
「………違う。俺はアッシュ・・・だよ、ティア・・・
 酷く穏やかに、ゆっくりと。アッシュがそう言った瞬間、ティアは目を見張った。
 声は違う、記憶にあるものはもっと高くて甘い。
 けれどそのニュアンスが、呼ぶ音が、記憶にあるそれに酷似している。
 ――――― とても、とても大切な………。
「ルー………!」
「………ティアッ!!」
 駆け出したティアを引き止めようと手を伸ばしたガイが、けれど触れることが出来ずに踏鞴を踏む。
 ナタリアが彼女の腕にしがみつくと同時にラルゴの鎌が地面を抉り、舞い上がった瓦礫が行く手を塞いだ。
「………っ………」
 やがて、土煙が止んで。けれどその時、其処にはもう彼らの姿はなかった。
「………行きましょう。後で話を聞かせてもらいますよ」
「…………はい」
 こんな時にも静かな大佐の声に、ティアが小さく頷くのが見えた。

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 最近再録分ばかりでごめんなさい……orz
 表紙を描いてくれた凪ちゃんにこのシーンをイラスト描きたいと言って貰えたのですが、スケジュールの都合で叶いませんでした……(笑

2009.10.02

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