アクゼリュスにはマルクトから和平の使者でもあったジェイドと、ローレライ教団から主席総長であるヴァンとその妹ティア、キムラスカから一個師団の他、ルークの付き人としてガイが同行することが決まった。
 まずは先遣隊と親善大使であるルーク達がアクゼリュスに入り状況を確認し、その後カイツールに待機させてある一個師団が本格的な救援活動を行うと言う計画だったのだが………協議の結果、ルーク達は二手に分かれてアクゼリュスを目指すことになった。
 大詠師派の神託の盾オラクルの船が中央大海を監視していると言う情報が入ったからだ。
「………まだ戦争を起こすことを諦めていないらしいですね」
 そう言って嗤ったジェイドにティアが複雑そうな視線を送る。
 囮を買ってでたヴァンが先遣隊と共に船で中央大海へと向かうのを見送り、ルーク達は陸路でケセドニア……そこからマルクト領であるローテルロー海を越えるのだ……を目指すべく、街を出ようとしたのだが。
「………ルーク様ぁ〜!!」
 ここ数週間の間に嫌というほど聞いた、甲高い声に足を止めることとなった。
「…………何をやっているんだお前は。一人か?」
 ツインテールを揺らしながら勢いよく飛びついて来たのはアニスだった。
 彼女は確かイオンと共に船でダアトに帰ることになっていたはずだ。だが、導師の姿がない。
「イオン様が消えちゃったんです!!」
「………なんだと!?」
 彼女の話では、朝部屋を訪ねたら既にベッドはもぬけの殻だったのだと言う。
 街中を探したのだがそれらしい姿は見つからず、そればかりかサーカス団の様な派手な格好をした一行に連れられて街を出て行くのを見たと言う話を聞いて。
 後を追おうとしたのだが、街の入り口には六神将の烈風のシンクの姿があって外に出ることもままならなかったのだと言う。
「ではイオン様を攫ったのは六神将、とみて間違いないですかね」
「でもモース様、イオン様が攫われたことご存じなかったみたいですよ? 超怒ってましたもん」
「………と言うことは、やっぱり六神将とモース様は繋がっていない……」
「だからと言って、モースが戦争を求めていることの否定にはなりませんけどね」
 僅かに安堵の色を含ませて呟くティアにジェイドが肩を竦めて見せる。
 どちらにせよルーク達も六神将に見つかるわけには行かない。
 それではヴァンが囮になった意味がなくなってしまう。
 だが王都バチカルは空の譜石が落ちた後の大地の巨大な窪みの中に作られた特殊な構造の街で、港の他に出口は一つしか存在しない。
 どうしたものかと考えを巡らせていると、ガイがそうだと小さく声を上げた。
「いい方法がある。旧市街にある工場跡へ行こう」


 ガイが提案したルートは、今は使われていない古い工場の排水施設を抜ける………勿論既に水は流れていない………と言うものだった。街の外に出られればイオン様を探せるからとアニスも同行している。
 じめじめとして暗く、あまり愉快なルートではないが他に道はない。
 そのことがわかっていたのだろう、そこでルーク達を待ち伏せていた者が居た。
「………遅かったですわね」
 顔に降りかかる金の髪を手の甲で払って艶やかに笑ったのはルークにとってはあまりにも見慣れた、幼馴染兼婚約者のキムラスカ王女、ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアの姿だった。
 普段のドレス姿ではなく、襟や肩周りに襞は多いが動きやすそうな丈の短い服を着て、腿の中程まであるロングブーツを履き、背中には矢筒と弓を背負っている………どう見ても戦う気まんまんだ。
「ナタリア! 何故お前がここに……!」
「決まっていますわ。宿敵同士が手を結ぼうと言う大事な時に、王女のわたくしが行かなくてどうしますの?」
 一同を見渡し挑戦的な笑みを浮かべた彼女に、ガイが絶望的な気分を味わったのは言うまでもない。
 ――――― 彼は知っていた。ルークお坊ちゃまは、この姫君に非常に弱いのだと。
 かくしてルークとジェイド以外の全員の反対を押し切り、彼女が一行に加わった。
 ルークは始め、危険だから城に戻るよう言ったのだが、ナタリアに詰め寄られて早々に陥落し、彼女は優秀な治癒師でもあるから必ず役に立つはずだと「親善大使の俺が許可をする。口答えは許さん」と、高らかに宣言したのだ。
 ちなみにジェイドはと言うとそれを面白そうに見ているだけだった。
「あ、そうですわ。今後わたくしに敬語はやめるように。名前も呼び捨てにすること。でなくては王女だとばれてしまうかもしれませんから」
 有無を言わさぬ口調で告げた姫君に、ティアは呆れたような溜息を落とすことしか出来なかった。


 ――――― 地下を歩くこと三日。
 ナタリア合流以来、アニスの機嫌は悪いし、姫君やルークが何か何かしでかすのではないかとガイは神経を細らせ続けている。
 ジェイドはあまり変わらないが、逆に師匠と別ルートになったことで下がり気味だったルークの機嫌は少し浮上したようだった。
 それでもじめじめとして薄暗く、古くなった油と埃臭さの入り混じった何とも言えない匂いの充満する空間にルークやナタリアの口から弱音めいたものが漏れ出した頃。
 ようやく一行は非常口らしきものを発見した。
 距離と方向からとっくに街を越えて東アベリア平野に出ているはずだった。
 北上してザオ砂漠を越えれば、ケセドニアは目と鼻の先だ。
 鉄製の重い扉を開けると、雨でも降っているのか水気を含んで仄かに甘い、新鮮な空気が吹き込んでくる。
 折りた畳み式の梯子を使って緑地から砂漠へと変わり始めた荒涼とした大地へと降り立ったルークは、降りしきる雨を振り払うよう顔を上げて、息を呑んだ。
 視線の先に、雨に煙る視界に、鮮やかに視線を惹きつける朱い色を見つけたからだった。
(………………あれ、は……)
 ルークと同じような色合いの髪を、同じように長く伸ばした男の後姿だった。
 たっぷりと背中を覆うそれの所為ではっきりとはわからなかったが、アニス達同様背中の真ん中が割れる意匠の黒い法衣を纏って、腰に独特の形の剣を着けているのが見て取れる。
 その隣には左右を神託の盾オラクルの兵士に固められて俯く緑の髪の少年が………イオンがいて。
 こちらに気付いたらしく、はっとその眼を見開くのがわかった。
 それに気付いてこちらを振り向いた男の顔は、上半分が鳥の嘴を模した銀の仮面に覆われている。
 ローレライ教団の法衣を纏った、赤い髪に、仮面の男。
(……………鮮血のアッシュ!)
 それを認識した途端、ルークは半ば無意識に駆け出していた。
 男の背後にはマルクトで六神将に奪われた陸艦、タルタロスの姿もあった。
 イオンを乗せて行こうとしているのだ、そう思った。
 だから、止めなくてはならない ――――― なのに何故、足は男の方に向かっているのか。
 無論、男を打ち倒してイオンを奪えればそれに越したことはない。
 だがこの場合、優先すべきは導師イオンではないのか?
 六神将と剣を交えるより、神託の盾オラクルの兵士を叩きのめしてイオンを取り返して距離を取る………理屈で言えばその方が正しい、ずっと勝率も高い ――――― なのに、何故。
「…………イオンを返せッ!!」
 ルークの振るう剣は、吸い込まれるようにアッシュに向かって打ち下ろされていた。
 赤い指無しのグローブを嵌めた左手が流れるように動いて、引き抜かれた片刃の剣がそれを受け止める。
 辺りに小さな火花が散って、ギィンッと金属の擦れ合う耳障りな音が響いた。
「クッ………」
 そのまま押し返されて倒れそうになるのを身体を低くして自ら後ろへと下がることで堪え、低くなった姿勢のままルークは再度剣を振るう。
 下段から斜め上に、横薙ぎに切り上げた剣の切っ先が、後ろに飛んだ男の仮面の先を掠めた。
「………っ……!」
 キンッと甲高い音を立てて、銀色のそれが弾け飛ぶ。
 その向こう側に僅かに驚いたように僅かに青味がかった緑の眼を見開く自分の顔を見て ――――― 否、自分と同じ顔を見て、ルークは息を呑んだ。
「なっ……」
 多分今、自分も同じように驚いた顔をしている。
 けれど其処にあるのは鏡では、ない。
 勢いを強くした雨が髪を濡らして、服を濡らして。
 呆然とするルークの眼の前で、男はニッと口端を引き上げ、剣を持たぬ方の手で無造作に額に張り付いて視界を遮る長い赤髪を掻き上げた。
「……!」
 露になった男の顔に、梯子を降りてきた駆け寄ってきた仲間達が息を止める。
 ――――― 誰も、何も言えず。
 落ちた沈黙を破ったのは、幼さを残した少年の声。
「………唸れ烈風、大気の刃よ、切り刻め、タービュランス!」
 呆然と動きを止めたルークと男の間で、砂煙を巻き上げて小さな竜巻が起こる。
 ルークは咄嗟に両腕を上げ、襲いくる真空の刃から頭部を庇った。
「アッシュ、早く!」
 停止したタルタロスのハッチから上体を乗り出して譜術を唱えたシンクが、声を張り上げる。
「…………ザオ遺跡に来い。そこでイオンを返してやる」
 ルークにだけ聞こえるような極小さな声で囁き、男は素早く落ちた仮面を拾うとイオンの脇を固める兵士達を促してタルタロスへと駆け込んでいった。

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 やっとこ出てきマシタ(笑)。
 最近睡魔が猛威を振るっています……orz
2009.09.23

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