「成る程な。戦争を回避するための使者って訳か………でもなんだってモースは戦争を起こしたがってるんだ?」
「………すみません、それはローレライ教団の機密事項に属します。お話できません」
 本当に申し訳ないと言うように俯くイオンにそれ以上の追求も出来ず、ガイは小さく嘆息した。
「ところで、あなたは…………?」
「ん? そういや自己紹介がまだだったな。俺はガイ。ファブレ公爵家の使用人だ。よろしく」
 ジェイドとイオンに握手を求め………女性が嫌いと言う訳ではないのだが、女性恐怖症で女性に触れることが出来ない為、ティアには一礼で済ませた………ガイは爽やかに笑った。
「ファブレ公爵家の使用人、と言うことはキムラスカ人ですね? ルーク様を探しに来たのですか?」
「旦那様に命じられてな。マルクト領土に消えてったのはわかってたから、俺は陸伝いにケセドニアからこっちに、グランツ謡将は海を渡ってカイツールに向かったんだ」
 両国の緊張が高まっているこの時期、公爵家の保有する白光騎士団を送り込む訳にも行かず、一使用人であるガイとどちらの国にも属さぬヴァンに白羽の矢が立った、と言うことらしい。
「ヴァン師匠せんせいも探してくれているのか!」
 ルークが嬉しそうな声を上げる。ガイに再会した時に、負けずとも劣らない嬉しそうな声だった。
「ええ、自分の所為で巻き込んでしまったと随分心配しておられましたよ」
 ジェイドに向けるのとは違う、使用人の口調で答えたガイに、ルークは僅かに眉を顰めた。
「………ここは屋敷の外だ。敬語は必要ない。不用意に目立つ可能性があるし、何より窮屈だからな。普通に喋ってろ。あとそこの眼鏡。敬う気もない癖に様付けするな。反吐が出る。ルークでいい」
 叩きつけるように告げればガイが驚いたように目を見開き、ジェイドが面白そうに口端を緩めた。
「おや、ばれてましたか? 眼鏡と呼ぶのをやめて下さったら考えましょう。私のことはジェイドとお呼びください。ファミリーネームには馴染みがないもので」
 ――――― 本当に、いい性格をしている。
「ところでイオン様、タルタロスから連れ出されていましたが……どちらへ?」
「………セフィロトです」
 セフィロト、と言うのは大地のフォンスロットが最も強力な十箇所を指す………記憶粒子セルパーティクスと呼ばれる惑星燃料が集中して音素フォニムが集まりやすい、星のツボの様な場所だ。
 ジェイドにそんなところで何をしていたのかと問われ、イオンはもまた黙り込んでしまった。
「…………すみません、教団の機密事項です」
 その声は本当に苦しそうで、だからそれ以上誰も何も問えなくなる。
「………………」
「………教団と言えば、六神将が勢揃いだったみたいだな」
 重い沈黙を破ったのは、場を和ませようとでもしたのかどこか明るい調子のガイの声だった。
「…………ところでなんなんだ、その六神将と言うのは」
 御大層な肩書きだとは思っていたが、それが何を意味するのかルークは知らなかった。
神託の盾オラクル騎士団の師団を纏める七人の師団長のうち六人を指してそう言うのよ」
 ティアが答えて、それでルークはいっそう眉を顰めた。
 何故、七神将ではないのか。そう思ったのが顔に出ていたのか、ガイが苦笑するのがわかる。
「ルーク様……いや、ルークは俗称的なことにはあまり興味がなかったからな」
「第六師団の師団長、カンタビレは導師派なんです。残りの………大詠師派の五人と、特務師団長の六人が何時の間にかそう呼ばれる様になっていたんです。実際彼らの働きは目覚しいものがありますから………」
 そう言うイオンは複雑そうだった。神託の盾オラクルの兵士が頼りがいがあるのはありがたいことだが、大詠師派と言うことはイオンにとっては敵対する勢力の人間、と言うことでもあるからだ。
「俺が見たのは魔弾のリグレットと妖獣のアリエッタだな。黒獅子ラルゴも居たんだろ?」
「ええ。亡くなっていてくださるといいんですが」
 にこやかな台詞が怖い。顔を引き攣らせるガイに、ルークは小さく呟いた。
「………もう一人、居たかも知れない」
「…………え?」
「……気を失う前、若い男の声を聞いた。リグレットとか言う女と対等に話していたから、六神将の一人だったのかもしれない」
 あの男が六神将であったのなら不意を打たれたとは言えあっさりと昏倒させられたことも納得がいく。
「そりゃあ鮮血のアッシュか烈風のシンクだな」
 ほうとガイが小さく声を上げた。
「確か烈風のシンクは第五師団の師団長と参謀総長を兼ねていたはずですね。………仮面で顔を隠していて、その素顔を見たものは居ないとか」
「アッシュもそうだな。特務師団の師団長で、同じく顔半分を覆う仮面と返り血で赤く染まったと噂される赤い長髪が特徴だ………と言ってもまあ、そんなことある訳がないんだが」
 そう言ってガイが笑う。それが妙に確信を持った口調で、ルークは僅かな引っ掛かりを覚えて眉を顰めた。
「……何故そう思う?」
「ん? いやだって、血で染まるわけがないじゃないか。血は固まったら黒くなるもんだし」
(…………そう言うことを言いたかった訳じゃない)
 何か、まるで、そんな人間じゃないとでも言うような口調が妙に引っかかっただけだ。
 そう思ったのだけれど。
 結局ルークはそれを口にせず、黙って他愛もない世間話に興じ始めた一行を見つめていた。


「導師には逃げられたか………まあいい、どちらにせよあのまま奴を捕えておく訳にも行かなかったからな」
 再びタルタロスが起動した時、既に導師達一行の姿は視認出来る範囲から遥かに遠ざかってしまっていた。
 残った兵士達を甲板に召集したリグレットが、立ち並ぶ一団を見渡し細い眉を顰める。
「……随分とやられたな」
 強襲の為に少数精鋭を選んできたはずだったが、五十名あまり居た兵士達は半分程度に減ってしまっていた。
「向こうも死霊使いネクロマンサーの子飼だったみたいだし、仕方ないんじゃないの」
 幼さを残した少年の声がどこか皮肉めいた調子で告げて、彼女は仕方がないと言う様に小さく溜息を吐いた。
「無事タルタロスを抑えたからいいようなものの………仕方ないではすまないぞ、シンク」
 シンクと呼ばれた銀色の仮面の、萌える緑の髪の少年は、嗜める様な口調を気にするでもなくひょいと肩を竦めて見せる。
 ――――― リグレットは気付いていない。
 其処に居並ぶ兵士の殆どが、左舷側・・・に配置されていた兵士だと言うことに。
 頭のいい女性だ………不安はあった。
 けれど流石に、十字の刻まれた揃いの面頬に顔を隠した一人一人の区別まではついていないようだ。
「………まあいい。艦を動かすのに最低限の人数を残して導師の捜索に出る。街に待機させていた連中にも同様の伝令を。敵は死霊使いネクロマンサーだ、五人一組で捜索に当たれ。ラルゴはここに残って艦の指揮を頼む」
「………心得た」
 死霊使いネクロマンサーにやられた傷は癒したものの、まだ満足に戦う事は出来ない様子のラルゴが頷く。
 陽の光を反射してきらめく銀色の仮面の下で、シンクは二ィと口端を引き上げた。
(…………後は上手くやりなよ、ルーク・・・ ――― ……)

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 現在オフライン用2冊目の原稿に入ってます。どこまで長くなるんだろう……w
2009.08.16

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