「………ルーク、大丈夫? ルーク?」
 ふっと意識が浮上する。目を瞬くと、どこか心配そうにティアが覗き込んできているのが見えた。
 また、そう思って慌てて身体を起こしたのだがどうやら状況が違う。
 金属の無機質な壁に囲まれた………船室か。
 寝ている場所も安物とは言えスプリングの入った寝台ではなく、硬いパイプベッドのようだ。
(…………そうだ、俺は誰かに殴られて…………)
 額を押さえ、頭を緩く振って体を起こす。
「おや、目が覚めたみたいですね」
 ティアがほっとしたような顔をするのと、ジェイドが揶揄る様な声をかけてきたのは同時だった。
「私達もブリッジを出てすぐ襲われましてね。人質を取られた所為で掴まっちゃいました」
 内容の割にはにこにこと、笑顔にも似た表情を浮かべている………暗に、見張りをしていながら気絶させられたルークを責めているのは明らかだ。
「さてと、ルーク様も目覚めたことですし、イオン様を助け出しに行くとしましょうか」
「………あいつらも掴まったのか?」
「……イオン様は。アニスは親書と共にタルタロスから振り落とされたようです。ですがまぁ、彼女のことですから大丈夫でしょう。万が一の時の合流ポイントは伝えてありますから、後で合流すればいい」
 淡々と言い放つ様に眉を顰める………タルタロスの窓は、そん所そこらの建物の比ではない。
 そこから叩き落されれば、即死もありうるはずなのだが、その信頼は一体なんなのか。
「イオン様はどこかに連れて行かれたようでしたけど………」
「ええ。ですが兵達の話を漏れ聞いた限りではタルタロスに戻ってくるようです。そこを待ち伏せて救出しましょう。まあ簡単にはいかないでしょうが………少なくとも六神将が二人以上居るわけですからね」
 実際ジェイドが目にしたのは黒獅子ラルゴと魔弾のリグレットの二人だけらしいが、魔物が戦艦に体当たりを行って隔壁を切り裂いたことから見る妖獣のアリエッタも同行していると見て間違いない。
 顔子を見えなかったが、ルークを気絶させた男もひょっとしたらそうなのかもしれない。
「大佐、封印術アンチフォンスロットの方は、その………大丈夫ですか?」
「少しづつ解いては居るところですが……まだ時間がかかりそうですね。なに、戦場を知らない人よりはまだましな働きをして見せますよ」
 案じるティアにそう言って笑って見せた男に、ルークは嫌そうに眉を顰めた。
 たとえ事実だとして、当人の目の前で言うことだろうか。
(…………この男、本気で性格悪いな……)


 船室の窓からタイミングを見計らい、ジェイドの仕込んでいた緊急停止機構を発動させてタルタロスの機能を麻痺状態に追い込んだ一行は、イオンを連れてどこからか戻ってきたリグレットの強襲に成功した。
「……リグレット、教官……!」
 ティアのどこか呆然とした声が聞こえる。
(知り合いか……)
 それも不思議はない。彼女は元々神託の盾オラクルの人間だ。
 そう思って何気なくそちらを見やったルークは目を見張った。
 彼女の背後で鋼鉄製の隔壁が拉げるのが見えたからだ。
「ティアッ!!」
「っ……!?」
 驚愕に立ち竦んでいたティアの、悲鳴にも似た小さな息は轟音に掻き消された。
 直撃は避けたものの、バランスを崩してハッチから転げ落ちようとしている彼女の身体を受け止めに、走る。
 ――――― 次の瞬間、戦局は逆転していた。
 隔壁を引き裂いたのは一匹の巨大なライガ。
 その背に桃色の髪の少女を乗せて、音もなくリグレットの傍らへと降り立つ。
(あれが、妖獣のアリエッタ………!?)
 その背から滑り降りた少女は予想外に小柄で、幼く見えた。
 顔の幾つもある不気味なぬいぐるみを抱いて、ぽよぽよした印象の眉を内側に寄せて ――――― 今にも泣き出しそうな表情をしている。
「………アリエッタ、タルタロスはどうなった?」
「制御不能のまま………シンク、達が見てる。この子が隔壁を引き裂いてくれて、ここまでこれた、の………」
 たどたどしい物言いもまるで子供のようで…………アニスといい彼女といい、一体神託の盾オラクルはどうなっているのか。
(魔物に育てられたと言っていたな…………)
 もし仮に彼女にそれ程戦闘能力がなかったとしても、傍らに控えているライガを見ればその危険性は知れる。
「教官! 教官と兄さんは一体何をしようとしているんですか!」
 身を起こしたティアが、何かを吐き出すように叫ぶ ――――― それが二つ目の継起となった。
「!?」
 リグレットの意識が一瞬ティアに向かったその瞬間を突く様に、頭上から何かが……否、人影が落ちてきて彼女を弾き飛ばしたのだ。
 頭上からの攻撃は予想していなかったのだろう、為す術もなく弾き飛ばされた彼女を尻目に、人影は呆然とするイオン小脇に抱えて素早く彼女から距離を取った。
「……ガイ様、華麗に参上」
 体勢を立て直したリグレットの銃弾を刀の表面で弾いてニッと笑う、数日振りになる……屋敷に軟禁されて以来、これほど長く離れたのは初めてかもしれなかった……幼馴染兼使用人の姿にルークは目を輝かせた。
「ガイ!」
「探しましたよ、ルークお坊ちゃま」
 聞き慣れた穏やかな声に、不覚にも泣きたいような気分になってしまった。
「……きゃぁっ!」
「形勢逆転、ですね。さあ、もう一度武器を捨ててタルタロスに戻ってもらいましょうか」
 ガイが振ってきたと同時に動いていたのだろう、何時の間にかアリエッタの首筋に槍を突きつけていたジェイドが高らかに宣言する。
 ………彼女らをハッチに押し込めて、ルーク達は直走った。
 ハッチは暗号を知らねばタルタロスの再起動まで開くことはない。
 マルクト帝国の誇る最新型陸上装甲艦がそれ程簡単に彼らの思い通りになるとは思えなかったが、再びアリエッタのライガに破壊される可能性もある。
(もっとも、何かに使おうとしている様子でしたから其処まで手荒に扱うとは思えませんが………)
「おい、あの艦にはまだお前の部下が残ってるんじゃないのか?」
 ジェイドの思考を遮ったのは、ルークだった。
「………おそらく全員殺されているでしょう。目撃者を残せばマルクトとローレライ教団の間で紛争が起こる………当然我々も狙われますよ」
 自分の部下のことだと言うのに何を考えているのかわからぬ平坦な声で告げるジェイドに。
「………すみません。でも希望は、捨てないでください……」
 イオンが苦し気な表情で呟いたのが、妙に印象的だった。
「………ここいらで一旦休憩にしないか? 導師イオンもお疲れのようだし、俺も詳しい状況が知りたい」
 ガイがそう言って足を止める。
 確かに身体があまり丈夫ではないと言うイオンは今にも倒れそうな様子だったし、タルタロスからも大分離れることが出来た。
 この先の行程を話し合う必要もある、と一同は街道を反れて人目につかない木陰に腰を下ろした。

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 ……たぶんアレです。一巻分できっと序章なんだと思います(え。
2009.08.11

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