「……ッ!?」
 暫く待機していて下さいと船室を宛がわれ、情報交換に勤しんでいたルーク達は突然の轟音と衝撃に目を見張った。
 始めは何かに乗り上げたのかと思ったのだが、衝撃はまるで巨大な槌で陸艦の横っ腹を殴っているかの様に何度も、何度も断続して襲ってくる。
「…………きゃわっ!?」
 纏わり付いてきていたアニスが転がり込んでくるのを支えて辺りを見回せば、不規則な揺れに続いて窓の外の景色がゆっくりと減速していくのがわかった。
 ティアもイオンも、それぞれに手近な机や椅子にしがみ付いて、不安気な色を覗かせて辺りを見回している。
 同時にけたたましく警報が鳴り出して、ただの事故とは思えない嫌な予感を感じさせた。
「イオン様、ルーク様、こちらへ!!」
 直後に扉が開かれてあの眼鏡が………否、ジェイドが駆け込んできた。
「まさか………」
「はい。残念ながら敵襲です。ここは危険ですからイオン様とルーク様を連れて身を隠していただきます」
「「はい」」
 仲がいい様には見えなかったのだが、流石は軍人ということころか、アニスとティアの声がぴたりと重なる。
 けれど面白くないのはルークだ。
「女に守ってもらう必要はない! 俺も戦える!!」
 廊下へと駆け出した一同を追いつつ、腰の剣を掴みながら……エンゲーブで購入してきた安物ではあるが……抗議の声を上げれば、ジェイドの冷ややかとも言える声が返ってきた。
「戦える、戦えないの問題ではありません。貴方達の身柄の安全は最優先事項です。いざと言う時は働いていただくかもしれませんが………っ!?」
 ジェイドがはっとした様に言葉を切って身構える。途端、横合いから衝撃が来た。
「っ……!?」
 隔壁がひしゃげて、軋む異様な音がする。
 ルークも身体を反転させてそちらを向こうとしたが、それより早く押し破られた隔壁の破片に巻き込まれる様に壁に叩きつけられてしまっていた。
「ぐッ……」
 背中全面に鈍い痛みが走る。
 身体を起こそうとする間もなく、眼の前に何か鋭く煌くものが迫ってきた。
(……鎌……!?)
 それがなんなのか、理解したのはそれがざっくりと壁に食い込み………自身の首を刈り取る寸前の位置に固定されてからだった。
「………大人しくしてもらおうか」
 ジェイドが仕方がない、と言った様子で嘆息する気配がする。
 視線だけを巡らせて見上げた先には身の丈に2mはあろうかと言う黒装束の男の姿があった。
 厳つい顔付きで、身体付きもそれに見合って逞しく腕は丸太のようで歴戦の戦士であると知れる。
「それでいい。マルクト帝国軍第三師団師団長ジェイド・カーティス大佐……いや、死霊使いネクロマンサージェイドと呼ぼうか。戦乱の度に骸を漁るおまえの噂、世界にあまねく響いているぞ」
 ふっと恐ろし気な顔を笑みの形に歪める男にジェイドはひょいと肩を竦めて見せる。
 ティアが青褪めた顔で小さく死霊使いネクロマンサー、と呟くのが聞こえた。
「あなたほどではありませんよ。神託の盾オラクル騎士団六神将『黒獅子ラルゴ』殿」
「だが……噂は所詮噂だったか。こんな坊主一人の為にみすみす勝利の機会を逃すとは」
 男が身を乗り出すに連れ、ぐぐっと刃が近づいてルークは息を詰める。
「いろいろ事情がありましてね」
「………それはこちらも同じ。いずれ手合わせしてみたいと思っていたが、残念ながら導師を貰い受けるのが先だ」
「やれやれ………あなた一人で、この私に対抗できるとでも?」
 人質を取られているのだとは到底思えない口振りだ。
 余程技量に自信があるのか、あるいは内心ルーク等どうなってもいいと思っているのかも知れなかった。
 ………何せルークは公式にはここに存在しない人間だ。何かあったとしても揉み消すのは簡単だろう。
「……お前の譜術を封じれば、な」
 ぼそりと男が呟いたのを聞いた、と思った瞬間。男が何か小さな箱を投げた。
 箱は真っ直ぐにイオンに向かい、ジェイドが咄嗟にそれを庇う ――――― 男がにやりと笑うのを見た。
「くっ……!?」
 小さな箱はまるでそれを待っていたかのように展開し、光を放った。
 光に包まれた、ジェイドが苦し気な声を漏らしてその場に膝を着く。
「……ッ、まさか封印術アンチフォンスロット!?」
 ティアが驚いた様な声を上げるのが聞こえた。
「そうだ。導師の譜術を封じる為に持ってきたのだが、こんなところで役に立つとはなッ!!」
 ガッと壁を削るように鎌が走り、それを構え直した男がまだ動くことも出来ないジェイドに襲い掛かった。
(………………殺されるッ……!!)
 悲鳴が、断末魔のそれが上がることを予想してぐっと目を閉じたルークだったが、その耳に飛び込んできたのは予想外の金属音だった。ジェイドが手にした槍で男の鎌を弾いたのだ。
 目を閉じてしまっていたルークは、ジェイドがいつそれを手にしたのかわからなかった。
 だがそれは向き合っていたラルゴも同じらしく、衝撃と驚愕にバランスを崩して壁に手をつく………アニスはその隙を見逃さなかった。
 イオンの手を引いて、その脇を摺り抜ける。
 同時にティアの投げたナイフが、頭上の音素フォニム灯を叩き割った。
「うおっ!?」
 炎が散って、ガラスと譜石がラルゴの顔に降り注ぐ。
 怯んだ男の胸に、ジェイドが手にした槍が吸い込まれていくのが見えた。
「……ッ!?」
 ずぐりと嫌な音がして、ビシャッと粘度を帯びた赤い液体が辺りに飛び散った。
 ぐらりと巨体が傾ぎ、ついでずしんっと重い音が聞こえて床が揺れた。
「おのれっ!」
 ラルゴが開けた隔壁の穴から、神託の盾オラクル騎士団のお仕着せの鎧に身を包んだ男達が雪崩れ込んでくる。
「………お望み通り、働いてもらうことになりそうですね」
 そう言ってジェイドが皮肉めいた笑みを浮かべるのが見えた。


 ずぶり、と何とも言えない嫌な感触が伝わる。
 ――――― 指先から腕に、腕から肩に、肩から背中に。
 ぞくりと震えるような感覚を覚えて、けれどルークはそれを振り払うように剣を振るった。
 ビシャッと音を立てて鈍い赤が床に歪な放物線を描く。
 じっとりと生温かいものが掌を濡らして、鉄臭い様な生臭い様な慣れぬ匂いが立ち込めて、ルークは眉間に刻む皺を濃くした。
 投げナイフと術主体のティアはともかくとして、ジェイドは次々に兵士達の身体に穂先をめり込ませていると言うのに表情一つ変える様子がない。
「大佐。彼らが導師イオンを攫おうとするのは、はやり、和平交渉の妨害の為ですか?」
「今回の和平交渉にイオン様の存在は欠かせません………ですがマルクトの軍用艦を襲撃するほどですからね。果たしてそれだけか………」
 僅かに考え込む様子を見せたものの、ジェイドはそれ以上は語らなかった。
 ティアの譜歌で兵士達を眠らせ、タルタロスの甲板を駆け抜ける。
「今はタルタロスを取り返すことが先決です。ティア、手伝ってください。貴方は見張りを」
「………わかった」
 ブリッジへを駆け込んでいく二人を見送り、ルークは苦い顔で足元に倒れ込んだ兵士を見下ろした。
 兵士は微動だにせず………ぐっすりと眠っているようだった。
 何故このようなことになってしまったのか。屋敷を出てから何度も呟いた言葉を重ねる。
 何時もと変わらぬ退屈な日常が、土と埃と血臭と剣戟に塗れた非日常に変わって。
 それは確かに現実であるのに、どこか非現実的で、戸惑う。
「クソッ………」
 ぼんやりと考え込んでいたルークは、だから、気付かなかった。
 頭上から、自身を見下ろす人影があることに。
「………ッ!?」
 ふっと眼の前が陰って、顔を上げようとした瞬間。
 首筋に強い衝撃を感じて、抵抗する間もなく冷たい甲板に沈んでいた。
 頭上から飛び降りてきた人物に手刀を入れられたのだ………尤も、それを知ったのは目を覚ましてからのことだったが。
(…………くそっ……なんだってんだッ……!!)
 ――――― 意識が遠ざかる、身体の自由が利かない。
「…………なんでコイツがここに居るんだよ。聞いてねぇぞ」
 すぐ近くであるはずなのにどこか遠く。不機嫌そうな、どこかで聞いたことがあるような声が聞こえた。
「……不確定要素だ。私も聞いていない」
「………不確定要素、ね」
 聞き覚えのない若い女の声が応える。男の方は確かに聞き覚えがあるのに、思い出せない。
「閣下に連絡を取る。万が一のことを考えて、お前は艦を降りて身を隠せ」
「……了解」
(…………確かに、どこかで………)
 そう思ったのが、ルークの最後の思考だった。

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 やっとだせた……! ちらっとだけ、ちらっと、そんなんばっかです……(笑)。
 ルークが足りません……!
2009.07.27

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