「あ! ルーク様ぁ〜!」
 カイツールでアニスに再会して、ほっと安堵の息を吐く。
 アニスは一人でカイツールに辿り着けるはずだったが、万が一のことがないとは言い切れなかったから。
「心配してくれちゃったりしてました? 光栄ですぅ〜」
 その表情を正しく読み取って甲高い声を上げたアニスが飛びついてくる。
「ああ、無事で良かったよ」
「アニス、例のものは?」
「ちゃぁんと持ってますよぅ。大佐もイオン様も無事で何よりです! っと、見慣れない顔が増えてますけど……」
 ルークの腹部に貼りついたままのアニスがくりんと首を傾げる。
「ガイだよ。うちの使用人で、俺の兄貴分。俺を探しに来てくれたんだ」
「ふーん」
 アニスはちらりとガイを見て、何やら考えたようだったがやがてニコリと笑って姿勢を正した。
 使用人とは言えルークの縁者であればいい印象を与えておくに越したことはないと判断したのだろう。
「神託の盾騎士団導師守護役所属、アニス・タトリン響長です。よろしくお願いしまぁす」
 満面の笑みと共に右手が差し出され ――――― 途端にヒィッと悲鳴が上がった。
 どんっと背中にガイがへばりついてくる。
「……はぇ?」
「あー。あのな、ガイは女嫌いなんだ」
 きょとんとした表情を浮かべるアニスに苦笑交じりに注げると、背後から抗議の声が上がる。
「女嫌いじゃなくて、女性恐怖症だっ!」
 こればかりはどうにも変わらないらしい。
 先日同じ洗礼を受けたティアも呆れ混じりの眼差しを向けている。
「……ところで、どうやって検問を超えますか? 私もルークも旅券がありません」
 彼女がジェイドの方を見やる ――――― と同時にふっと、頭上が陰った。
 落ちてくる影、鮮血の色をした長い髪が翻る。
「ここで死ぬやつにそんなものはいらねぇよ!」
「っ……!」
「……はわっ!?」
 ルークが何かしようとするより早く、ルークの身体は背後に引き倒されていた。
 巻き込まれたアニスの素っ頓狂な声が上がる。
 次の瞬間、直前までルークが居た場所に居たのはガイ。ルークの襟首を掴んで後ろに引き倒したのもガイだった。
 引き抜かれた細身の剣が打ち下ろされた直剣を受け止めて、ギィンと耳障りな金属音が響く。
「チィッ!!」
「ルーク!!」
 倒れ込んだルークとアニスにティアが駆け寄る。
 アニスが猫の様に素早く身を起こしてイオンを背中に庇う位置に移動する、ジェイドが槍を封じた腕に右手を翳す。
 一触即発の緊迫した空気を打ち払ったのは、威厳を持って響く低い声だった。
「アッシュ! 何をしている!!」
「……!」
 声の方に視線を向ければ、そこには白い法衣に灰色がかった栗色の髪の偉丈夫 ――――― ルークにとって師であり、父とも言える存在である男が立っていた。
「どう言うつもりだ。私はお前にこんな命令を下した覚えはない、退け!」
「っ……チッ!」
 鋭く叱咤する声に舌打ちをしたアッシュが、ガイの剣を弾くようにして離れる。
 一瞬向けられたルークと同じ色の瞳に浮かぶ、強い憎悪。
 陸上戦艦ではあまりにも刹那過ぎて気付けなかったけれど、今回ははっきりとそれが分かった。
 同時に未来の記憶を持っているのが、自分だけなのだと言うことも。
(そう上手くはいかないか……)
 殆ど諦めてはいたが、改めて現実を突き付けられたような気分だった。
 身を翻したアッシュを、我に返ったように兵達が追う。
 アッシュの姿が塀の向こうに消えたところで、歩み寄ってきた師が尻餅を付いたままだったルークに手を差し伸べてきた。
「ルーク、怪我はないか?」
 瞳に浮かぶ、柔和な色が今はどこか作りものめいて見える。
 否、実際作りものなのだ。
 あの時はルークが気付かなかっただけで。
 それでも今はまだ、ルークは師匠のことが大好きなルークでいなくてはならない。
「あ、は、はい……ガイのお陰で……」
 おずおずとその手を取ろうとしたところで、ルークの背を支えるようにしていたティアがすっと立ち上がった。
 師の鼻先に鋭く尖った杖の先が突き付けられる。
「ヴァン……!」
「ティア……武器を収めなさい。お前は誤解しているのだ」
 師は、いっそ優しいと言っても良い声音で告げる。」
「誤解……?」
「頭を冷やせ。私の話を落ち着いて聞く気になったなら宿まで来るがいい」
 ティアは逡巡するように視線を揺らして、やがて杖を下ろした。
 戸惑いとも困惑とも取れる複雑な顔をしている。
「……ルーク」
「………あ、ありがとうございます」
 もう一度促されてそちらに視線を向けると、眼前に師匠の大きな掌があって。ルークや無理やり口元に笑みを貼りつけるとその手に自身の右手を重ねた。



 ジェイドと師匠の間で情報のやり取りが行われ、師匠の持ってきた旅券を使ってキムラスカ側に渡る。
 カイツール軍港の襲撃が起こるかどうかはルークにもわからなかった。
 前の時と違ってルーク達はライガを殺してはいない。
 アリエッタがどう出るか ――――― 。
 現れなければいいと思ったが、アリエッタは現れた。
 嘗てと同じく魔物による襲撃が起り、整備士が攫われた。
 ルークとしてもコーラル城に一度足を運んでおきたかったので無駄ではなかったが、アリエッタが前回と同じ行動をとっているのは痛い。
 一度目の時と違ったのは、ルークも、イオンも囚われなかったことだった。
 罠だと分かっていれば、不意打ちが来ると分かっていれば避けるのは簡単だ。
(……アッシュが何も覚えてないなら同調フォンスロットを開く必要はないよな……)
 もしアッシュに記憶があって彼と協力できるなら、多少の痛みを伴ったとしても遠距離で且つ余人に知られることなく会話ができる便利連絡網は切り札に成り得たが、アッシュが何も覚えていない以上、思考を読まれるリスクの方が高い。
 そう判断してのことだ。
 罠を警戒しつつ、全員で塔の上に向かってアリエッタを追い詰める。
「アリエッタ! どうしてこんなことをするのですか?」
「っ……アッシュが……それに! この人達の所為でママの卵、割れちゃったです! アリエッタの新しい妹か弟が生まれるはずだったのに!」
「ってことはライガクイーンは無事なんだな?」
「ぇ? ……ぁ……ぅん。ママは無事……だけど……」
 アリエッタのぽよぽよとした眉が内側に寄る。
 そんなことを言われるとは思っても見なかったのだろう。
「残念ですねぇ」
「ジェイド!」
「まあいい、整備士は返して頂きますよ!」
 ジェイドの腕が閃く。
 一方的な戦いが始まった。



 アリエッタを退けた一行は、ガイとアニスにイオンの護衛と意識を失ったアリエッタの見張りを頼み奥へと向かった。
 ガイは不本意そうだったが、アリエッタを抱えて移動するわけにもいかないし、イオンもだいぶバテている。
 アニス一人にイオンの護衛と見張り両方を押し付けるのはどうか、と言うのが表向きの理由だ。
 本当はティアにも残って欲しかったのだが、そうなるとガイが付いてくると言うので、回復手があった方が良いとティアに来てもらうことにした。
 奥にはディストやシンクが居る可能性もあったが、ジェイドが居れば何とかなるだろう。
 慎重に進んだ先、嘗てファブレ公爵の別荘であった城の地下には不釣り合いの、巨大な音機関が置かれていた。
「これは……」
 ルークは呆然とそれを見上げるティアと、嫌悪に眉を顰めたジェイドの間を擦り抜けてそれに歩み寄った。
 自ら、診察台めいた台座に這い上がる。
「始めようぜ」
「………」
 ジェイドが無言で眼鏡のブリッジを押し上げて音機関に歩み寄り。
 まるで最初から決められていたようなその動きにティアが困惑の声を上げる。
「二人とも、何を始めるつもりなの? これはいったい……」
「ジェイドに俺のことを信じてもらう為に必要なことなんだ。ついでに暫らく他の皆には内緒にしておいて貰えると助かる」
「……どう言うこと?」
 形の良い眉が訝しげに顰められる。
 ジェイドは無言のままコンソールを弄っている。
「後からちゃんと説明するから」
「……危険はないの?」
「ないよ」
「………わかったわ」
 そればかりはきっぱりと告げれば、ティアはまだ何か言いた気ではあったが、いずれ話してくれるならと思ったのか、それとも何を言っても無駄だと思ったのか、不承不承と言った様子で頷いた。
 周囲を警戒する為だろう、入口の方へと足を向ける。
「……話してしまっても良いのでは? 私より彼女の方が余程信じてくれると思いますが」
 彼女が離れるのを待ってジェイドが極々小さな声でそう言った。
 それを受けてルークは曖昧な表情を浮かべる。
「……ティアとイオンは大丈夫だと思う。でも……出来ればまだ話したくない」
「…………」
 それが正しいのか、正しくないのかはわからない。
 けれど、出来れば、出来るだけ先延ばしにしたい。
 本当は、なるべく早く事情を話して協力を仰ぐべきなのかも知れない。
 けれどまだ、ルークにはその決心がつかない。
 イオンはまだ良い。自分がレプリカであることを知っているイオンは。
 けれどティアには、薄々察していることとはいえ、実の兄の非情な計画を突きつけることになるのだから。
「……終りましたよ」
 巨大な音機関 ――――― レプリカ生成機が解析したルークの身体データが一枚のディスクになってジェイドの掌に収まる。
「……俺がレプリカだってこと、これで信じてくれるよな?」
「…………」
 人が持つ、七つの音素。コンソールに映し出された、その比率を示すデータ。
 本来なら複雑な数字を表示するはずのそれは、第七音素を除き全て0を示している。
 被検体が純粋な人間であれば有り得ない数値だ。
「……それに関しては認めざるを得ないでしょうね」
「よし、師匠が来る前に戻ろうぜ」
 ひょいと台座を蹴って床に降りる。
「ティア、待たせたな」
 入口付近で外を警戒していたティアに駆け寄る間も、ジェイドは無言のままだった。

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 約一年ぶりの更新です。のろのろ運転にも程がある……!
2019.10.08

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