ジェイドの口からルークが旅に同行することになった旨が伝えられ。今後の行程を少々話し合った後、ジェイドは仕事があるからと船室を出て行った。
 その際、機密事項に関わる場所以外どこでも見学していいと言われたのだが。
「ルーク様ぁ、よかったら私が案内しま〜す!」
「いや、見学はいいよ。まだちょっと身体、重いし……」
 嬉々として案内役を買って出るアニスに、ルークは苦笑しつつ頭を振った。
 どうにもこの猫被りモードは慣れない ――――― 本当のアニスを知っている分、むず痒さの方が先に立つ。
「ご主人様、ご主人様! まだどこか痛いですの?」
 と、足元から甲高い声がして。
 視線を落とすとそこは不安そうな眼でこちらを見上げてきている小さな青緑色の聖獣チーグルが居た。
「え……お前、ミュウ!? 付いてきたのか!?」
「森を燃やしてにライガを呼び込んでしまったことへの贖罪に月日が一巡りする間、群から追放されることになったんです。その間、命の恩人であるルークに仕えるようにと長老が」
 驚いて眼を瞠ると、イオンが事情を説明してくれた。
「……そっか」
 どんな時もずっと側に居てくれた小さな聖獣チーグルが付いてきてくれたことを嬉しく思うと同時に、酷く申し訳無いような複雑な気持ちになって、小さく息を吐く。
 また、この小さな聖獣チーグルを巻き込んでしまった。そう思ったからだ。
 古代の遺跡を巡る以上ソーサラーリングの力は必要だが、ミュウを巻き込まずにすめばそれに越したことはない。
 どうにかソーサラーリングだけを借りることはできないだろうかと考えていたのだが、意識を失っていて介入することができなかったので一度目と同じ流れになったらしい。
「やっぱりどこか痛いですの?」
 浮かない表情を痛みの為と取ったのか、心配そうにぽよぽよとした眉を顰める聖獣チーグルに慌てて頭を振る。
「痛みはもうねーよ、ティアが全部治してくれたから。それよかさっきは蹴っちまって悪かったな、お前こそ怪我とかしてないか?」
「大丈夫ですの! ミュウは丈夫ですの!」
 意識を失う前のことを思いだし怪我の有無を問うと、ミュウは嬉しそうに小さな手を上げた。
「…………」
 申し訳なくは思う。けれど、でも。
 彼が、ミュウが側に居てくれることはどうしようもなく嬉しい。
「……そっか。これからよろしくな、ミュウ」
「はいですの! ご主人様のお役に立てるよう頑張るですの!」
 ルークは僅かに微笑むと、しゃがみ込んでその頭をがしがしと撫でてやった。


 見学に行かないのならとアニスが入れてくれたお茶を飲みながら、イオンのことやダアトのこと、他愛もない話をしていると、やがてガコンッと大きくタルタロスの船体が揺れた。
 宙を舞ったカップが床に叩き付けられ耳障りな破砕音を響かせ、急を知らせるサイレンが鳴り響く。
(………始まった!)
 口の中だけで小さく呟いてルークは弾かれるように席を立った。
「はぅわっ!? 何っ!?」
『敵襲! 前方20キロに魔物の大群を確認! 総員第一戦闘配備につけ! 繰り返す! 総員第一戦闘配備につけ!』
 数拍遅れて艦内放送から敵襲を告げる声がする。
 ティアが、アニスが不測の事態に備えるようそれぞれ武器を手に取った。
「敵襲?」
「イオン様っ、こっちに!」
「…………」
 どう動くべきか、扉に貼りついて外の様子を伺う ――――― 打ち合わせ通りに。
『グリフィンからライガが落下! 艦体に貼り付き攻撃を加えています! 機関部が……うわぁぁ!?』
 やがて流れっ放しの艦内放送から悲鳴が聞こえてきて、それきり静かになった。
「これってやばいんじゃ……」
「…………」
 アニスが不安そうな声を上げる。ティアの表情も厳しい。
 ルークは彼女達とは違う意味で、痛みを堪えるように顔を歪めた。
 外ではジェイドが乗組員の退避を進めているはずだった。
 ルークがタルタロス内を見学せず、宛がわれた船室に居たのは未だモースと繋がっているアニスにそれを知らせない為。予めジェイドと話し合って決めていたことだった。
 襲撃を察して退避を始めていたことが知られれば、何故それを知ったかが問題になってくる。
 それをモースに ――――― 延いては師匠に知られるわけにはいかない。
 タルタロスの運航も予定通りに。
 その為、船橋と機関部にはある程度の人数が残っていたはず。
 襲撃が始まると同時に離脱するよう命じると言っていたが、全員無事逃げ切れるかは定かではない。
「…………」
 幾つかの爆音と、振動。
 徐々に窓の外を流れる景色がゆっくりになって、やがてタルタロスの駆動が止まった。
「……皆さん、怪我はありませんか!?」
 それとほぼ同時に扉が開いてジェイドが姿を現した。
「大佐ぁ!」
 アニスが安堵と歓喜の声を上げる。
「機関部をやられました、タルタロスは動けません。すぐに敵が乗り込んできます。艦を下りて退避します」
 全員を一瞥するように視線が振られ、一瞬だけルークの上で静止する。
 ルークは他の皆に気付かれないよう小さく頷いて見せた。
 ジェイドに続くようにして廊下に流れ出ると同時に、下階に続く梯子の方から殺気を帯びた人の気配が押し寄せてくる。
「アニス、イオン様を!」
「は、はいっ!」
 アニスがイオンの手を取り、それとは逆の方向へと走り出す。
 ルークは入り込んできた敵を牽制すべく剣を抜いた。
 危険を伴わないとは言えないが、アニスには前回と同じように動いてもらうつもりだった。
(……アニスなら大丈夫、だよなっ!)
 最後尾に付いて切りかかってきた兵士の剣を撥ね上げ、たたらを踏んだところで腹部に蹴りを入れる。
「がっ!」
 吹っ飛んだ身体がその背後の兵士を巻き込み、幾つもの苦鳴が上がった。
(気絶してくれりゃ一番いいんだけど……)
 人を殺す覚悟は疾うに出来ている。 
 けれど、犠牲は一人でも少ない方が良い。
「ほう、少しはやるようだな」
「……っ!」
 ぬっと、黒い影が落ちて来たかと思うと、何か棒状のものが横凪に払われる。
 それがラルゴ ――――― 黒獅子ラルゴの持つ大鎌の柄だと気付いた時にはもう、避けることのできない距離にあった。
 狙われているのはちょうど首の高さ。
 刃ではなく柄で狩りに来たのはここで勝手にルークを殺すわけにはいかないからだろう。
 それでも、喉をやられれば一瞬呼吸が止まる。動けなくなる。
「くっ……!」
 ぶつかる寸前、首と鎌の間に剣を差し入れ、背を丸めて衝撃を殺す ――――― けれど勢いは殺し切れず、ルークはそのまま背後の壁へと打ちつけられた。
 衝撃に一瞬息が詰まって、咳き込む。
「っ……げほ、ごほっ……!」
「ルーク!」
 こちらの様子に気付いたティアの声にジェイドもまた振り向いて、二人がこちらに駆け寄ってくる。
 大丈夫、多少のダメージは喰らったが動けないほどではない。
 そう思ったけれど、ルークはそのまま壁伝いにずるずるとその場に蹲った。
「この坊主の首、飛ばされたくなかったら動かないでもらおうか。マルクト帝国軍第三師団師団長ジェイド・カーティス大佐。……いや、死霊使いネクロマンサージェイド」
 ジェイドが譜術を使うべく身構えるも、辺りに響き渡った太い声にぴたりを動きを止めた。
「……死霊使いネクロマンサージェイド……! あなたが……!?」
 事情を知らぬティアが驚きの声を上げる。
「これはこれは。私も随分と有名になったものですね」
「戦乱の度に骸を漁るお前の噂、世界に遍く轟いているようだな」
「あなたほどではありませんよ。神託の盾騎士団六神将『黒獅子ラルゴ』」
「フ……。いずれ手合せしたいと思っていたが、残念ながら今はイオン様を貰い受けるのが先だ」
「イオン様を渡すわけにはいきませんね」
 軽口とも取れるやり取りが交わされるも、空気は痛いほどに緊迫している。
 そんな中、ラルゴは懐から小さな箱のようなものを取り出した。
死霊使いネクロマンサージェイド。お前を自由にすると色々と面倒なのでな」
「あなた一人で私を殺せるとでも?」
「お前の譜術を封じればな」
(……今だっ!)
 男が手にした箱を投げようと振り被った直後、ルークは飛び出していた。
 素早く首の高さに食い込んでいた鎌の下を掻い潜り、前へ。
「うあぁぁっ!」
 破れかぶれを装って、殆ど体当たりをするような格好で男の腕に喰らい付く。
「なっ……!」
 気を失っているものと思っていたルークの行動に不意を突かれたラルゴの手は投げかけていた小箱を掴み損ね。零れ落ちたそれから青い閃光が迸ってルークと、ラルゴの二人を包み込んだ。
「まさか、封印術アンチフォンスロット!?」
 その光に心当たりがあったのか、ティアが鋭く息を飲む。
「……ぐぅッ!」
 痛みはなかった。
 ただ、今までに感じたことの無いような奇妙な圧迫感を感じた。
「しまっ……ぐっ!?」
 立っていられなくなって膝を折ったラルゴの胸に、間髪入れずに距離を詰めたジェイドが放った槍の先が吸い込まれる。
 一瞬の硬直の後、その巨体はずうんと大きな音を立てて前のめりに倒れ込んだ。
「っ……ジェ、イド!」
 巻き込まれるようにして共に倒れ込んだルークは ――――― そうでなくともまともに立っていられなかったのだが ――――― 纏わりつく光が散って暫らくしてようやく上体を起こした。
 確認するように名前を呼ぶと、男は飄とした仕草で肩を竦めて見せる。
「本当は殺してしまった方が早いと思うんですがね。急所は外して有ります」
 その答えにほっと息を吐いたところで駆け寄ってきたティアがルークの前に膝を付いた。
「ルーク! あなた、また無茶をして……!」
 覗き込んでくる青い瞳に浮かぶのは酷く心配そうな色だ。
「今の、封印術アンチフォンスロットよね? 大丈夫なの?」
「ご主人様、大丈夫ですの?」
 ちょこちょこと駆け寄ってきたミュウも、同様に眉を落としている。
 また、心配をかけてしまった ――――― そのことは申し訳なく思う。だがこれが最善だと思ったのだ。
 無論、ジェイドには事前に相談してある。
 封印術アンチフォンスロットをかけられたジェイドの譜術の威力は著しく低下したと言う。
 それでもひよっこだったルーク達に比べれば強力なものだったが、解呪には数か月を要した。
 そもそも封印術アンチフォンスロットは本来自力で解けるようなものではないのだ。
 なら、他の誰かが受けてジェイドに解呪してもらえばいい。それならもっと簡単に、ずっと早く解呪することができる。
 と、なれば受けるのはルークしかいない。他に事情を知る者はいないのだから。
 使わせないと言う選択肢もあったが、その場合この先ずっとどのタイミングで使われるかわからない封印術アンチフォンスロットを気にし続けなければならないことになる。
 一度使わせてしまえば二度目が無いことは分かっていたので ――――― 一度目の時がそうだったからだ ――――― どうしてもこのタイミングで使わせておきたかった。
 ついでにラルゴも巻き込めればと思っていたのだが、上手くいったので結果は上々。
 これで当分の間ラルゴは戦力外だ。
「怪我はないし、大丈……っ」
 そう言って立ち上がろうとして、予想を遥かに上回る身体の重さに息を飲む。
 ふらついた身体を支えようと手を伸ばしてきたティアに小さく大丈夫と告げて、壁に手を付いてどうにか身体を起こすと、ルークははぁっと大きく何時の間にか詰めてしまっていた息を吐いた。
「……これ、予想してたより全然辛いな」
 あの時、ジェイドは術にこそ影響を受けていたが普段の身の熟しは殆ど変わっていなかったように思う。
 後に錘を付けて水の中を歩くような感覚だと言っていたが、ここまでとは思わなかった。
(……水っつうか、感覚のない泥の中にいるみたいだ……)
「歩けますか?」
「……あぁ。でも今まで通りに動けるかって言うと、多分無理だと思う」
封印術アンチフォンスロットは私でも解くのに時間がかかります。今は解呪を行っている時間がありません。とりあえずブリッジは私とティアで奪還しますので、あなたは見張りを」
「わかった」
 ティアは僅かに眉を寄せたが、特に異論は口にせず、足元に居たミュウを抱き上げると走り出したジェイドを追って走り出した。
 ルークは無言のまま倒れ伏したラルゴに視線を向ける。
 急所は外したと言っていたから大丈夫だろうとは思うが、確かめている余裕はない。封印術アンチフォンスロットがそれにどの程度の影響を与えるかも。
(……生きててくれよ)
 迫ってくる兵達の声を背に、ルークもまたティアとジェイドを追って重い身体を引き摺るようにして走り出した。

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 ミュウのこと忘れてたなんて言えない……。
 まだもうちょっとタルタロス編が続きます。
2018.07.02

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