突然、あり得ない現実に放り出された俺は、どうすればいいんだろう。 ここが7年前の、2回目の人生だなんて。 夢なら覚めてほしい、と思ったが ――――― でも多分、覚めたらそこで俺の人生は終わりなんだろう ――――― 何日経っても覚める気配がない。 暫らくは何をどうしたらいいかわからないくて、身体も満足に動かせなくて、何も出来なかった。 けれどガイに、ナタリアに顔を合わせて。 赤ん坊のようにまともに身体を動かすことさえ出来ない自分を見て呆然とするガイと、泣きながら駆け出して行ってしまったナタリアの姿を見て、決めた。 (…………俺に、出来ることをしよう) もこれがローレライの見せている夢でなく、本当に過去の世界なのだとしたら。 アクゼリュスの崩落も、師匠の計画も、全て未来の出来事なのだとしたら。 (変えられる、かも知れない…………) あの時は一人ではなかったけれど、自分達は確かに預言を覆した。 だから、きっと、できるはずだ。 相変わらず屋敷から出ることは出来なかったが、それでも出来ることはたくさんあるのだと、『今の』ルークは知っていた。 (………できることから、始めるんだ………時間はまだ、ある) 身体が動くようになって、文字が書けるようになって ――――― 何せ造られたばかりの身体がついてこないだけで、記憶や知識がある分、再教育は早かった ――――― 記憶障害が再発した時の為に日記をつける様にと医師に告げられたルークが最初にしたことは、予備の日記帳を使って未来の記憶を書き留めることだった。 誰かに見つかってしまえば不味いことになるのは間違いない代物だが、これから7年もある。 その間に記憶があやふやになってしまうことは避けたい。 動き出してからアクゼリュスの崩落までは、時間との勝負と言ってもいい。 些細な記憶違いが取り返しのつかない事態を引き起こしかねない。 だが、目的はそれだけではなかった。 一つ、一つ。それを形にすることで。痛みを覚える記憶達を、自身の犯してしまった罪を、それが決して夢や幻等ではなく、自分のものだと認識する必要があった。 今はまだ、小さくて柔らかなこの手が。 本当は血塗れなのだと言うことを、ちゃんと、覚えておく為に。 剣術の師匠に選ばれたのは案の定、ヴァン師匠だった。 穏やかに笑うサファイヤブルーの瞳が、どこか冷めた色を浮かべていることを今なら正しく認識することが出来る。 震えそうになる身体を叱咤して、揺らぎそうになる心を押さえて、必死で笑った。 一度目の、あの頃みたいに笑えているか不安だったけれど、彼はルークを取るに足らないレプリカだとしか思っていなかったし、それでもやっぱりルークは師匠のことが好きだったから、どうにか不審に思われずにすんだようだった。 一番大変だったのは四六時中一緒に居るガイだった。 ルークがルークでなくなったことを一番肌で感じている彼に、ルークは黙って笑って、精一杯の好意を伝えようとした。 戸惑う彼に気付かない振りをして、精一杯嘗てと同じように振舞うよう心がけた。 (大丈夫、大丈夫、ガイはきっと、大丈夫だ……) 自分自身に言い聞かせるように、何度も、何度も。 今は敵の息子でしかないルークを、何とも言えない表情で見つめるガイに、笑いかけた。 ナタリアには近付きすぎないよう、細心の注意を払った。 今となっては嘗てのように彼女をウザったいと払いのけることも出来ない。 出来ることと言えば彼女が自分をルークだと勘違いしてしまわないように、思い起こさせないようにすることだけだった。 なるべく顔を合わさないよう心がけ、一緒に居る時は彼女が呆れるのも構わず殊更子供っぽく振舞った。 心配そうに、案じるように見つめてくる母上には何度も、何度も本当のことを話そうと思った。 ――――― でもそれを口にしたら、どうなるのか。 彼女は優しくて、身体の弱さとは裏腹に強い心を持った人だ。 ルークがレプリカだとわかってからの彼女の態度を思い出せば、邪険に扱われることはないだろう。 けれどルークの頭がおかしくなったのではないかと、医者に話を持ちかける可能性は捨てきれない…………それがヴァン師匠に、伝わってしまったら。 そう思うと、踏み切ることが出来なかった。 (…………必ず、アッシュを………否、オリジナル・ルークを連れ帰って見せます) 見つめられる度に胸が痛んで、その度に自分自身に刻み込むように、そのことを思った。 ――――― そんな生活は、結構な負担になっていたらしい。 毎日のように行われるナタリアの訪問をどうにか掻い潜ったルークは大きなベッドに倒れ込んだ。 多分もう暫くすれば彼女も何時もの生活に戻る………幼いとは言え一国の王女がいつまでも遊び歩いている訳には行かない。 記憶の通りならファブレ家の訪問も月に一度程度に抑えられるはずだ。 (…………身体、重い……) 本当は色々とやらなくてはいけないことがあるのだけれど、頭が痛くて、起き上がるのが辛くて、ルークは重い瞼を下ろした。 もうすぐ夕食の時間のはずだが、何かを口に運ぶこと自体酷く億劫に思えて。 何もかも忘れて眠ってしまいたい、とろとろと意識を飛ばしかけたところでぽんと大きな掌が置かれて、ルークははっと顔を上げた。 幾ら疲れていたからと言って、全く気付かなかった自分に驚いて……それから、その手の主が使用人兼幼馴染の少年………そう、まだ少年なのだ………だと気付いてルークは小さな息を吐いた。 生まれた時から一緒の、慣れすぎた気配に気付かなくても仕方がない。 「………どーか、したのか?」 語る口調が舌ったらずで幼気になってしまうのは、まだ口を聞く事に慣れていないからだ。 それがもどかしくて、悔しくて、けれどそれをガイに悟られてしまうわけには行かないから、眠たい振りで目元を擦ってそれを誤魔化した。 だが、彼はメイド達と違ってそんな仕草には誤魔化されてくれなくて。 今度はぐしゃりと少し乱暴に、頭を撫でられた。 「……………お前、なんか無理してないか?」 言われた途端、ハッとして、泣きそうになった。 全て話してしまいたくなった。 ――――― けれど、まだ。まだ、早すぎる。 「別に、無理なんか………」 今、自分はあの頃の様に笑えて居るだろうか。 ガイの復讐を思い留まらせたのは、ルークの存在だったと言う。 子供のように無邪気に笑う ――――― 実際子供だったのだが ――――― ルークの。 けれど今のルークは、あの頃のように無邪気でも子供でもない。 魔物を斬り殺す感触も、人を貫く感触も、向けられる憎悪も、絶望も知っている。 何も言えない自分が酷く卑怯で、ずるい存在な気がして。 ――――― 助けたい、だけじゃなくて。 (…………本当は、生きていたい。死にたくない……死にたくないんだ……) そう思ってしまっている自分を自覚していたから尚のこと、何も言えないことが苦しくて、ルークは泣いた。 無論それは二の次で、優先させるべきことではない。 けれどもし、もし可能性があるのなら、出来ることなら。 それは間違いなく、ルークの本心だ。 「お、おい、ルーク!?」 「ごめん……ごめん……」 慌てたようなガイの声が降ってきて、でもその顔を見られなくて。 ルークは覗き込んできた彼の胸にしがみついて、ただ泣き続けた。 |
ちなみに、タタル渓谷以降、ルーク単独逆行シリアスルートとルーク&ティアW逆行ギャグルート、どちらに走るか迷い中です(ぇ |