ごぽりと水泡の上がる音が聞こえた。
 遅れてこぽこぽと小さく、規則正しい音が聞こえてくる。
 あぁ、何の音だろうと思って、ルークは重い瞼を押し上げた。
 最初に目に入ったのは、どろりと濁った緑。
 何度か瞬いてそれでも晴れない視界に、目を擦ろうと左手を上げかけて、それが酷く重くてそんな些細な仕草さえままならないことに気付いた。
 ゆらゆら、視界が揺れている。
(ここは…………俺 ――――― どうなったんだっけ…………)
 酷く散漫な意識を凝らして、視界同様ぼんやりと霞む記憶を手繰り寄せる。
(……そうだ、確か俺、ローレライを解放して…………)
 エルドラントの奥深くに沈みながら、落ちてきたアッシュの遺体を受け止めた。
 冷たくて、硬い、けれどどこか満足気な様子の、自分と同じ顔で目を閉じた男の遺体を。
 指先が仄かに光って、光が身体中広がって、そこから少しずつ消滅していくのを実感して。
 あぁ、やっぱり消えるんだ、そう思った。
 それから焔にも似た、揺らめくものが ――――― 第七音素の意識集合体ローレライが、現れて。
 その後のことは、よく覚えていない。
 ならここは、死後の世界と言う奴なのだろうか。
 ――――― それともローレライがずっと行きたがっていた、音譜帯?
 そう思って瞬いたルークの、まだぼんやりと霞む視界に何か形を持った、見覚えのあるものが入り込んで。
 途端、がぼっと口から大きな泡が溢れた。
(…………師匠!?)
 濁った緑の向こうからルークを見ていたのは、確かに先程倒したはずの師匠の姿だった。
「………もう目を開けたか」
 低く落ち着いた、耳に心地いい声。
 けれど向けられる感情は酷く無機質な、実験動物を見るようなそれで、ゾクリとした。
 あの時 ――――― 最後の戦いを超えて、向き合ったその瞬間、確かに向けられていた温かみのある穏やかな瞳とはまるで、違う。
(俺は捕まったのか!? 何時の間に……!? いや、師匠は、確かに俺が、この手でッ……)
「おっと、顔を覚えられる訳にはいかんな………」
 満足気に笑って離れていく師匠に違和感を覚えて、ルークは辺りを見回そうと思う通りにならない身体を必死に動かした。
「まだ自我があるかどうかもわかりませんし、あったとしても覚えていられる状態ではないですよ」
 聞き覚えのある、神経質な声。
 どうにかそちらを見やったルークは、そこに眼鏡をかけた顔色の悪い白髪の男と、寝台に寝かされている子供の姿を見つけた。
 見覚えのある男よりも、子供の方に、強烈に惹き付けられた。
 年齢は十歳前後か、あちこち跳ねた様な紅い髪で白い病院着のようなものを着せられている。
 瞳は閉じられて、その色はわからない ――――― わからないが、わかる。
 彼が瞼を開けたなら、そこにあるのは間違いなく緑柱石エメラルドの緑のはずだ。
(…………俺が居る…………違う、あれは、アッシュだ……!)
 今はアッシュと呼ばれている、オリジナル・ルーク。
 ヴァン師匠に攫われて、レプリカ情報を抜かれて、ダアトに連れ去られたその時の。
 天啓の様にそれを悟って、ルークはパニックに陥った。
(………一体何が起こって……どうなってるんだ!? クソッ、動け、動けよッ!!)
 むちゃくちゃに暴れようとして、でも、身体の反応が鈍くてままならない。
「……………そちらは任せたぞ。私はダアトに戻る」
 師匠がそろりと、酷く大切そうにアッシュを抱き上げて、ディストに ――――― そう、白髪の男は間違いなく死神ディストだった ――――― 声をかける。
 そのままこちらに背を向けて、去っていこうとするのにルークは必死で自由にならない腕を伸ばした。
(………ダメだ………ダメだダメだダメだ、行くなッ………)
 追い縋る様に僅かに伸ばされた指先が視界に入る。
 ふっくらとして小さなそれは、記憶にあるそれよりもずっと小さくて頼りなさ気で ――――― 連れて行かれた子供と同じ、小さな子供のそれだった。
 造られたばかりの、ちいさな。ちいさな。
(お願いだ、頼む、そいつを連れて行かないでくれっ………頼むからっ………)
 もし声が出せたなら、悲鳴のような声が上がっていたに違いない。
 喉の奥から迸らんばかりの慟哭は、音にならずに彼を包む液体に溶けて、消えた。
(ぇ…………何っ……!?)
 液体 ――――― それを意識した瞬間、ごぼりとまた大きな水音が聞こえた。
 急に息苦しさを感じる、溺れているみたいに。
 肺に水が入り込んできて、生理的な涙が溢れた。
 一体何が起こっているのか、さっぱりわからないまま。
 ルークはその重圧に耐え切れず、ゆっくりと意識を手放していった。


 次に目を開けた時、目の前に居たのは見覚えのない顔の、けれど嫌と言う程見覚えのある紋章の彫り込まれた白銀の鎧を身に纏った男達の姿だった。
 ――――― ファブレ家所有の、白光騎士団。
『…………大丈夫ですか!?』
『ルーク様!!』
 まるで人事のように、 この後7年に渡って、俺を屋敷に閉じ込める連中だ、と思った。
「……ぁ……ぅ……」
 何か言おうと思ったが、手足同様口も、上手く動かない。
 何で、こんなことになっているんだろう。
 どうして俺は、ここに居るんだろう。
 ――――― ここは多分、おそらく、7年前。
 マルクト帝国に誘拐されたルーク・フォン・ファブレが、全ての記憶を失って保護された、その瞬間。
 ルークが、レプリカに摩り替わった、その瞬間。
『兎に角ルーク様が見つかったと連絡を!』
『はっ!』
「ぅ、ぁ……」
『もう大丈夫です、すぐ旦那様のところにお連れいたしますぞ』
 穏やかに微笑んだ壮年の騎士の手に抱き上げられて、何も出来ずに運ばれて行くルークの、きつく閉じられた瞼から、一筋の涙が伝った。

NETXT
 

 これもいつかやりたいと思っていた逆行モノ……。
 続き物増やしてどうするんでしょうね……(笑)。

 ちなみに合言葉(?)は 「エンゲーブで○○○。」

 これを聞いたN嬢の「え、ちょ、何それちょっとみたい! そこまででいいいから書いてよ!」発言で書き始めた代物です。と言うわけで第一目標はエンゲーブ。
  その後はざっくり未定です(おま。  ←身内要望により継続決定らしいですよ(ぇ
 まず当たらないだろうな〜ってな訳で当てはまるものがわかった方にはリクエスト件を進呈します(笑。

2009.12.09

戻ル。