「……ごめんね」 涙に滲んで霞む視界の先で、男は困ったような、嬉しそうな、複雑な笑みを浮かべていた。 「まさかそんな風に思ってるとは思わなかった……不安だった?」 「ッ……!!」 落ちてきたのは触れるだけで、でもすぐ離れていく軽いキスとも違う静かで長いキス。 「……僕はカズ君のこと、好きだよ」 囁く声と共にこめかみにも唇を触れさせて、それからようやく身体を起こしたスピット・ファイアに手を引かれ、葛馬も何がなんだかよくわからないままのろのろと身体を起こした。 いつの間にか先程までの激情は去って落ち着いてる。 ……恥ずかしさは相変わらず、だったけど。 「………どう言う、風に?」 「……うーん……なんて言ったらいいのかなぁ」 極小さな声で問う葛馬に、スピット・ファイアは困ったように頭を垂れて頭を掻く仕草をする。 「僕もこういうのは初めてだから……正直距離を掴みかねてるところがあって……」 珍しく心底困ったような表情ではあったけれど、でもその言葉は到底信じられないものだった。 「え? ウソ吐け、お前絶対経験豊富だろっ!!」 咄嗟にそう言って鼻先に指を突きつけてしまっていた。 「………確かにね、そう思うのも仕方ないし、経験と言う意味ではまぁ否定できないわけだけど」 素直だなぁ、なんて面白がってるみたいな声が漏れる。 「でも僕は今までこんな風に誰かを愛しいとか、大切にしたいって思ったことはないから」 「………っ……」 どこか擽ったそうに、幸せそうに笑う男にかぁっと頬に朱が散った。 ―――― 目が優しい。 愛しい、大事なものを見るみたいな目だ。 伸びてきた腕に腰を取られて、抵抗するまもなくゆるりと抱き込れた。 ………相変わらずの手際の良さ、だ。 「僕の愛し方は間違ってるのかもしれないけど……でも他の方法を知らないんだ。ごめん」 肩口に鼻先を埋められて、微かな呼気が触れるのが擽ったい。 「……でもお前、いっつも俺のこと触ったりキスしたり、するばっかで自分は服脱いだこともねーし、欲しがったりとかねーじゃん。すっげー、一方的で、だから……そういうの、ヤなんだよ」 気持ちよくて気力が萎えてしまいそうになるのを堪えて、葛馬は懸命に言葉を紡いだ。 ぽんぽんと軽くリズムを刻むように背中を撫でていた手が、止まる。 「それはその………やっぱりその気になっちゃうと不味いかなと思って……」 ならいっそ何もしなければいいのだろうが、これだけ近くに居て何もするなと言うのも酷な話だ。 キスやちょっとした悪戯ぐらいなら、と思ってしまう……多分に駄目な大人の自覚はある。 「………何で不味いんだよ」 自己嫌悪の混ざった笑みを浮かべるスピット・ファイアに気付かず唇を尖らせる葛馬の、拗ねた子供のような声が可愛かった。 「……同性同士のカップルだと皆が皆するわけじゃないらしいし……カズ君はまだ子供だし、伸び盛りだから身体に負担、かけたくないからね」 「………そりゃ俺はガキだけど!」 宥めるように背中を撫でようとしたら、背中に回されていた腕でぐいっと後ろ髪を引かれる。 「っ!? ちょっと、カズ君、それイタイ……」 殴られたり蹴られたりは平気な人間は案外平気なものだが、髪を引っ張られるのにはどれだけ鍛えた人間でも弱いものだ。 そういう意味ではもの物凄く(そして珍しく)、有効打だった。 引っ張られるままに大人しく顔を上げた男は痛そうに眉を顰めている。 「……アンタが俺のこと、考えて言ってくれてるってのはわかるけど。でもそういうことは、アンタが、じゃなくて。俺らが二人で一緒に考えて決めなきゃいけないことなんじゃないのかよ!?」 恥ずかしいのを堪えてまっすぐ相手の目を見て問う葛馬に、スピット・ファイアは困ったような、どこか微笑ましそうな笑みを浮かべた。 「……カズ君はわかってないでしょ、どういうことをされるのか」 上手く言葉が見つからなくて、結局そう言って。 ちゅ、と鼻先にキスを落としたら思い切り掌で顔を押しやられた。 「わかってないって決め付けんなよッ!!」 「じゃあどういうことをするのかわかる? 言える?」 まっすぐに極近い場所から揺らめく炎の色の瞳に覗き込まれて葛馬はぐっと息を呑む。 「……ぇ、ないけどっ!!」 それは恥ずかしいからで、わかってないからじゃない。 スピット・ファイアと付き合うようになって、意識するようになって、多少なりともネットで調べたりした。 実際どういうことなのかわかってないこともたくさんある、と思う。 でもわかってないと決め付けられるのは嫌だった。 「……今のカズ君は頭に血が上ってるよ、少し落ち着いた方がいい」 「だから子供扱いすんなって!!」 くしゃり、と伸びてきた手に髪を掻き混ぜられて、いつもは心地いいはずのそれが苛立ちを生んだ。 「そういうタテマエ抜きにしたらアンタ自身はどう思ってんのかって聞いてんだよ! 俺が子供じゃなかったら欲しいの? 男じゃなかったら?」 「カズ君!」 「ッ……」 珍しく強い調子で名前を呼ばれて、葛馬はびくっと肩を跳ね上げた。 スピット・ファイアは困ったような、どこか痛そうな顔をしてて、ずくんと胸の奥が痛む。 (今、酷いこと言った……) でもずっと、思っていたことだ。 いつものように優しい掌が宥める様に何度も何度も葛馬の柔らかな金髪を梳く。 「………カズ君が男でも女でも、大人でも子供でも、僕が君を愛しいと思う気持ちに変わりはないよ? でも進み方は、違ってくると思ってる。身体の作りが違うんだからそれは仕方な……」 「アンタに気を使われるのが嫌なんだよ! アンタばっか我慢してんのおかしいじゃん!! そのうちアンタがめんどくさくなるんじゃねーかとか、飽きるんじゃねーかとか怖いし、不安だし、そりゃ、そんなのしたってしなくたって変わんねーのかも知れねーけど、でもっ……」 ぎゅっと目を瞑って捲くし立てるように一気に吐露する、不安。 包み込むように頬に触れる手が優しくて、尚更居た堪れなくなる。 今はただ、優しくされればされるほど苦しい。 (………スキだから、尚更) ……自分に出来る全てを、してあげたいと思うのはおかしいだろうか? 「とにかく!」 「……っ!」 ぐいっと肩を掴まれて顔を上げさせられて。 葛馬は僅かに潤んだ目を瞬いた。 「………シャワーでも浴びて、頭を冷やしてきなさい」 悔しいやら恥ずかしいやら情けないやらで混乱してぐちゃぐちゃの葛馬とは裏腹に、スピット・ファイアは落ち着いた、酷く静かな目をしていた。 「……………わ、かった……」 いろんな感情がぐちゃぐちゃになって、それ以上何も言えなかった。 自分が、嫌で嫌で仕方ない。 (困らせたい、わけじゃねーのに……) 何でこんな風にしか、言えないんだろう。 迷惑かけたくない、嫌われたくない、そう思うだけなのに、空回りする。 表面張力の臨界に達して一粒、ぽたりと大粒の涙が落ちた。 「…………」 濡れた目元を拭う様にスピット・ファイアの指先が動く。 躊躇うような数瞬の間を置いて、彼は静かに葛馬の耳元に唇を寄せた。 「……それでも気が変わらなければ寝室においで」 「っ……!?」 「………やっぱりまだ怖いと思うなら、そのまま帰りなさい。流石に今日は僕も冷静で居られそうにないから」 |
「うちのスピさぁ、なんて言うかこう………そう、卑怯だよね!」 「うん(きっぱり。うちのは天然だけど君んちのは策士って感じ」 「……orz」 自分で言い出だしたことですが、きっぱり言い切られるとちょっとショックでした(笑)。 |