長い時間をかけて結構イロイロ、喋らされた。 なるべく隠して、ぼかして、誤魔化して、多くは話さないようにしたつもりではあるけれど、そこから彼がどこまでを推測したのか、それが正しいのか否かは葛馬の予測の及ぶところではない。 ただ、一言。 『……なんかさぁ、スッゴク可愛がられてるってカンジはするけど。それってホントに恋人としてなの?』 「………少し伸びてきたかな?」 リビングの白いソファで雑誌を読んでいたら、伸びてきた指先に緩く髪を梳かれた。 見慣れた、でも見飽きることなんかない綺麗なオレンジとも赤とも付かない不思議な色の瞳が覗き込んできているのに今更のように気付いて小さく息を呑む。 「ッ……あ…ぅん」 「……近いうちに染め直そうか。前も少し短くした方がいいかな?」 膝の上広げた雑誌の内容なんか半分も頭に入ってなかった。 あれから約一週間、明日は休みだし姉も友人宅に泊まりに行っているので久し振りにスピット・ファイアのマンションに泊まりに来ているのだが……いつもと違って何か少し、落ち着かない。 いつもは自分の部屋に居る時と同じぐらい、下手をするともっと落ち着くぐらいなのに。 (………なんかザラザラする) 胸の奥の、目に見えない深いところがササクレだってるみたいで、腕で頭を抱え込むように引き寄せられてもいつものように無防備に体重を預けられなかった。 「……カズ君?」 僅かに身体が強張っているのに気が付いたのだろう、男がどこか心配そうに覗き込んできて。 いつも緩い笑みを称えているような、でも今は少しだけ不安そうな色を浮べた口元に吸い寄せられるように葛馬は顔を上げた。 ……何度もキスはした。 触れるだけのキスだけじゃなくて、息が上がるような大人のキスも。 「……………」 それ以上のことも、した。 (………でも俺、こいつが服脱いだりしてっとこ見たことない……) 脱がされるのは葛馬の方だけで、追い上げられてわけわかんなくなったりするのもいつも葛馬だけだ。 「……どうかした?」 柔らかく穏やかな声、抱き寄せられると仄かに甘い香りがして、あったかくて、スピット・ファイアの存在全部が心地良く感じる自分が居る。 (……あぁ、これか……俺も同じ匂い、してんのかな……) 今まで余り意識したことは無かったけれど、意識するとはっきりわかった。 微かに甘くて深みのある、彼のイメージぴったりの穏やかな香りだ。 「………んっ」 それがじわりと染み込んでくるような気がして葛馬はぶるっと小さく肩を震わせた。 「………お前さぁ、香水かなんかつけてんだろ」 「……あぁ、気になった?」 僅かに眉を顰めて顔を上げた葛馬に、スピット・ファイアは苦笑にも似た表情を浮かべる。 「時々つけてるよ……カズ君が嫌いならやめるけど?」 スピット・ファイアの仕事は今はカットがメインだが、美容室では染色にパーマと各種の薬剤を扱う。 仕事を上がってシャワーを浴びてしまえばつんと鼻を突く特有の香りは消えてしまうのだが、やはり少し気になって、気分転換を兼ねて軽い香水を使っている。 「……別にそんなこたねぇけど……お陰でえれぇ目にあったんだよ」 「偉い目?」 葛馬の不機嫌の理由が香水を気に入らなかった所為だと思っていたのだろう、そんなことは無いといわれて男は不思議そうに首を傾げた。 宥める様に柔らかく髪を梳く温かくて大きな手の感触が心地良い。 (………気持ちいいー……) 彼は今まで葛馬が誰にもされたことのないような、優しくて柔らかい触れ方をする。 薬剤を扱う割に荒れてない、でも骨ばった指は大人の男のそれでちっとも柔らかくなんかないのに、なんでこんなに柔らかく感じるんだろう。 このまま触れられていたらそのうちバターみたいにとろとろに溶けてしまいそうだ。 (……スッゲー、大事にされてる、ってカンジ……) でもそれはどんな大事、なんだろう。 いつもいつも流されっぱなしだけど、でもソコントコをはっきりさせておかなくては、と思う。 「……………」 「………あ、あのさ……!!」 勢い込んで声を上げた、けれど。 「なぁに?」 「あのっ………その……」 でもどんな風に言えばいいのかわからなくて結局、言葉が続かなかった。 (それにもし……) 亜紀人の言うような意味でアイされてたらどうしたらいいんだろう。 付き合う以上は対等になりたいと思ってたし、もちろん今でも思ってる。 まだまだ全然追いつかなくて、足元にも及ばないけど、でもそれに甘んじているのは嫌だ。 でも客観的に見れば自分は一介の新米ライダーでただの中坊で、スピット・ファイアは炎の王で大人で、人気のカリスマ美容師で。 釣り合いなんか全然取れてなくて、可愛がられてるって状況には間違いなくて。 「…………」 僅かに赤くなっていた頬から少しづつ血の気が引いて顔色が悪くなって行くのに気付いたスピット・ファイアは、再度上体を屈めて葛馬の顔を覗き込んだ。 「大丈夫? 顔色が悪いよ? もう休む?」 額にかかる柔らかな髪を掻き上げて、こつりと額を触れ合わせる。 先程から様子がおかしいし、体調でも悪いのだろうかと思ったのだが触れた其処はいつもと変わらない殆ど同じ温度だった。 「………ガ、ガキ扱いすんなよっ!!」 「あぁ、ごめんね。でも実際カズ君はまだ子供だしね」 咄嗟に顔を背けて逃れた葛馬は、クスと小さく笑って再度頭を撫でようと手を伸ばしてきた男にぎゅっと眉を顰めた。 「………やっぱさ、そう言う風に思ってんの?」 「……え?」 一瞬何を言われたのかわからない、と言うように男がきょとんとした表情を浮べるのがわかった。 「………亜紀人にさ、バレたんだ。……何か、根掘り葉掘り聞かれて、さ。バラすって言われたら隠し切れなくて、色々、喋っちまった、んだけど……」 ぼそぼそと聞き取りにくい小さな声で告げる葛馬の言葉をスピット・ファイアは辛抱強く待ってくれている。 それがまた、子供扱いされているようで居た堪れない。 でも一度止めてしまったらもう二度と、言えない気がする。 「そしたら……その、なんか……それってホントにレンアイカンジョー、なのかって」 「え……」 「俺がチワにすんのとかわんねーんじゃねーかって、言われて、そんなんじゃねーって言っても、アンタがホントは何考えてるかなんかわかんねーし、良く考えたらいっつもアンタ優しいばっかだし、何かされんのも俺ばっかだし、だからやっぱそうなのかなって思わないでもないし」 言葉にしたら止まらなくなって、しゃくり上げる様に切れ切れの声が次から次に溢れ出して、呼吸さえ忘れてどんどん息が上がってくる。 「……確かにアンタから見たら俺は全然ガキだけど、でも俺はホンキでアンタのこと、好きで、だからそういう扱いじゃぜってーヤダしッ!」 「ちょ、待って、カズ君!?」 珍しくスピット・ファイアの慌てたような声が上がって、でもそれに気付く余裕もなかった。 「るせぇッ、放せよ!」 自分でも顔が赤くなっているのがわかって、それを隠すように腕で顔を覆って男の手を振り払う。 男の顔を見ていたくなくて、それより何より今の情けない自分の顔を見られるのが嫌で堪らなかった。 「俺、今日はもう帰っからっ……ッ!?」 立ち上がろうとしたところを腕を掴んで押し留められて……縺れるみたいにソファに倒れ込んだ。 痛くは無かったけど、予想外の衝撃に呆然としていたらそのまま圧し掛かられて動けなくなる。 「ちょ、何だよ重いだろっ!!」 数瞬の沈黙の後、葛馬は我に返ってじたばたと暴れ始めた。 押しのけようとするものの重くて全然動かない。 「も、ホントにやめろってぇッ!」 「……落ち着いて、ね?」 僅かに上体を起こしたスピット・ファイアは葛馬の抵抗をものともせずに大きな両手ですっぽり葛馬の顔を包み込んできた。 相手がどんな表情をしているのか見たくなくて、咄嗟にぎゅっと目を瞑る。 「っ……」 そのまま額に、頬に、じんわり涙の浮かんだ目尻にと幾つも幾つも口付けが落とされて、鼻の奥がつんと痛むのがわかった。 (やべ、泣くっ……!) 「……のむ、からっ……!!」 「………大丈夫。大丈夫だから、顔、上げて」 音じゃなくて、直接振動で伝わるような距離で耳元に落とされる、言葉。 魔法のようにすとん、と自分の中に落ちてきたそれに、葛馬は恐る恐る細く瞼を開いた。 |
長くなってしまったのでいったん一区切り……。 もうちょっと、って何回言っただろう(笑)。イヤでも多分ホントにもうちょっと!!(笑) |