結局その日は一緒に寝て、翌朝のんびり遅めのブランチを取って別れた。 葛馬は昼から練習の予定があったし、スピット・ファイアも仕事だったからだ。 実のところ一緒のベッドで寝るのは始めてで、綺麗な顔が至近距離にあるし動くと起こしそうだしで緊張して全然よく眠れなかった。 ……今までにも何度かスピット・ファイアの部屋に泊まったことはあったのだが、彼はいくら葛馬がソファで寝ると主張しても譲らず自分がソファに行ってしまっていたのだ。 (………どう言う心境の変化なんだか……) そう思って、けれどすぐその理由に思い至って顔が赤くなる。 (いや、別になんかしたわけじゃねーけど、してねーわけでもねーっつーか……) イロイロと思い出してしまって、どんどん赤みを増してゆく頬を隠すように頬に掌を当てる。 なんだか妙に気恥ずかしくて照れくさくて擽ったいような、そんな風に感じている自分が気色悪いような複雑な感じだ。 「……ゴー!」 「………っ!?」 掛け声にはっと顔を上げた視界にブッチャとオニギリの背中が写って、葛馬は大きく見開いた目を瞬いた。 (…………いつの間に!?) ダッシュの練習中、だった。 でもさっきまでは下らない雑談をしていて、だから油断していたのだが何時の間にかもう一本と言う話になったらしい。 慌てて二人の後を追うべく足を踏み出した途端、視界が反転した。 「……うわっ!」 マズイ、そう思った次の瞬間には地面に頭っから突っ込んでしまっていた。 足元の小さな段差に気づかずホイールを引っ掛けてしまったのだと理解したのはコンクリと熱烈なキスを交わしてから。 「カズ君!?」 「カズ様ー!?」 「……あい、たたた……」 思い切りぶつけた鼻先を押さえて唸る葛馬にブッチャやエミリが駆け寄ってくる。 「大丈夫かい?」 見事なこけっぷりにブッチャは心配と言うより驚いた表情をしている。 (俺だってびっくりしたともさ……) まさか今更、そんなミスをしてしまうとは思わなかった。 「……あぁ、悪ぃ。大丈夫、ちょっとぼっとして……うぁ!?」 顔を上げて何でもないと言いかけた直後、つっと鼻から赤いものが伝って葛馬は慌てて再度鼻を押さえた。 咄嗟に上を向いたら、寝不足の所為もあるんだろうかくらっとする。 (………うっわ、超カッコ悪!!) 「ちょ、カズ様大丈夫!?」 「………あ゛ー、うん、サンキュ……」 エミリが差し出してくれたポケットティッシュで押さえていたらすぐに血は止まった、けれどみっともないことこの上ない。 「エロいこと考えてたんじゃねーだろうな〜」 「んなワケねーらろ、おめーらあるめーしッ!」 「少し休みなよ、体調悪いんじゃないの? 顔色も良くないし」 大したことなさそうだとわかるなりそんな台詞を投げてくるオニギリに噛み付きつつ、葛馬は促されるままにふらふらと日陰で涼んでいた亜紀人の方へと足を向けた。 「無理はしないようにね、こっちはこっちでやっとくからさ」 「おー……」 練習を再開するブッチャとオニギリにおざなりに手を振って、亜紀人の隣に上に腰を下ろすと仰のくように壁に背中と後頭部を預ける。 (……みっともねー……) 額に手を当てて深い溜息を一つ。 遠くでブッチャやオニギリが騒いでる音が聞こえて、でもヘンに静かだ。 亜紀人は黙ってコンクリの壁を背凭れに膝を抱えるような格好で遠くで騒いでるブッチャ達を見ている。 (………そう言や亜紀人と二人ってのも珍しいなー……) 別に仲が悪いというわけではないのだが、ただでさえ他の連中に比べて亜紀人と咢はどちらしか表にいない分接する時間が半分だし、亜紀人はイッキにべったりで葛馬はオニギリと行動することが多いから自然とそうなってしまうのだろう。 (みんなでワイワイいってのは多いんだけど……) 「………カズ君ってさぁ」 「ん?」 ぼんやりと考えていたらそれまでずっと黙っていた亜紀人が口を開いて。 何気なくそちらを向いた葛馬は続く台詞に言葉を失った。 「スピット・ファイアと付き合ってるの?」 「……………は?」 じぃっと、真っ直ぐに。 眼帯で片方が隠されて右目だけの大きな琥珀色の目が葛馬を見上げている。 いつもと何ら変わりの無い表情で、何を考えているのかはさっぱりわからない。 パニックのあまり現実逃避のように女みたいな顔してるよなー、なんて場違いなことを考えた。 背だって葛馬より頭一つ分小さいし、腕だって細くて小さくて、華奢で頼りなく見える。 (……あー、俺とスピット・ファイアもこのぐらいの身長差だっけ……) スピット・ファイアからは自分もこんな風に見えているのかもしれない、そう思うと妙に気恥ずかしくて……。 「……カズ君? カズくーん??」 「うぇ!?」 ぱたぱたと小さな手が顔の前で振られて、葛馬は裏返った声を上げた。 「…………ななななな、なんでそんなことっ!?」 ようやく理解して、飲み込んだ言葉に声を返すも裏返りっぱなしの声は平静とは程遠い。 「んー……強いて言えば消去法、かな?」 慌てる葛馬を他所に亜紀人はひょいと小さく小首を傾げた。 「……しょ、消去法!?」 「うん。カズ君最近時々イイ匂いするから気になってたんだよねー」 「………匂、い……?」 亜紀人の言葉に慌てて自分の腕や肩に顔を近づけて匂いを嗅いで見るも、特に違和感は感じない。 (シャンプーとボディソープは借りた、けど……) そんなに違うもの、なのだろうか。 あまり意識したことがなかったから自分ではよくわからなくて葛馬は眉を顰める。 「最初はお姉さんの香水かなァって思ってたんけど……甘い割りに控えめで落ち着いた感じだし、女性向けって言うより男性向けかなァって。僕らの周りで香水を使いそうな男性、って言うとあの人ぐらいでしょ?」 だから消去法って言うかー、とわざとらしくのほほんとした口調で告げられて二の句が告げられない。 「なぁんか覚えがある匂いな気もするしー……まぁコレだけ自主練やって尚、人見知りのカズ君が僕達の知らないところでオトナの知り合い作って、付き合ってって時間的精神的余裕があるって言うなら話は別だけど?」 (……こいつ……!) さりげなく遠回しにチキンだと言われたような気がするが今はそれどころではない。 「………お、俺がつけてるとかは思わないのかよ」 苦し紛れにそう告げれば。 「……つけてる反応じゃなかったじゃない」 今、と呆れたように返されて葛馬はぐっと言葉を呑んだ。 ご尤も、である。 「……ぁ、アイオーンだって香水の一つや二つつけてそーじゃんか!」 「そっちの方が良かった?」 「誰がホモ野郎なんかと……!!」 ちょこんと首を傾げる亜紀人にガッと噛み付きかけて。 「…………今、俺……超、人のこと言えねぇ……」 葛馬はずぅぅん、とその場に両手をついて肩を落とした。 むしろ今、めちゃくちゃ『俺達男同士だけど付き合ってまーすv』な感じだ。 「それにそう考えるとしっくりくるんだよねぇ。彼、最近時々練習を見に来てるじゃない? 始めはイッキ君を見に来てるんだと思ってたんだけどそうじゃないみたいだし……」 目敏いと言うか、何と言うか。 「第一アイオーンならもっと癖があって自己主張の強い香り選ぶでしょ。そう言うさり気ない感じのは似合わなって言うかー……」 否、と言うことは全員に筒抜けなのかひょっとして!? 「カズ様〜、濡れタオル持ってきたよー」 「…………」 タオル片手に駆けてきた安達と目があって、けれど真っ直ぐ見返せなくてぱっと反らしてしまっていた。 「どーしたの、カズ様?」 きょとんとした表情で見下ろしてくる安達はいつもと同じに、見えるけど。 でも本当は色々知ってて、でも黙ってくれてたりするんだろうか。 (………ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ) 「あ、亜紀人、ちょっと来い! ちょっと俺ら買出しいってくらぁっ!」 「ちょっ……?」 勢い良く立ち上がるとまだ座り込んでいる亜紀人の襟首を掴んで立ち上がる。 「え、そんなのあたし達が……」 「気分転換だよ、気分転換! じゃ行ってくんなっ!!」 追い縋る安達にひらっと片手を振って、葛馬は亜紀人を半ば引き摺るようにして走り出した。 |
ごっそり削り、仕立て直し…9話目の没が3つぐらいあります…(苦笑)。 文章ってどうやって書くんだっけってカンジでした…。 ノってる時はさくさく進むんですが(汗。 |