温かくて柔らかな物に包まれて眠っていた葛馬はふっと浮上した意識に緩く瞬きを繰り返した。 (………あれ、ここ……どこだっけ) 柔らかな羽毛布団の感触と、少し硬い枕。肩にも温かなものがのっかっているが決して嫌な重みではない。 (むしろ落ち着くって言うか……) このままずっとうとうとして居たいような気分になって、葛馬はもぞりと胎児のように身体を丸めた。 「……起きた?」 「………ん……?」 頭のすぐ上から降ってきた声に疑問符が浮かぶ。 それが耳に馴染んだコイビトの、穏やかで甘い声だったから。 (……でも何でここにいるんだろ……) 優しくて甘い指先が、ゆっくりと柔らかな金色の髪を梳いている。 「……!!」 初めは何が起こっているのかわからなかったけれど、数瞬遅れて腕枕をされて抱き込まれて眠っていたのだと気付いて葛馬は慌てて身体を起こした。 その動きにズボンがずり落ちて慌ててそれを引き上げる……拍子に、下着を履いてないことに、気付いた。 (……ヤっちゃった……?) はっと見下ろすと何時の間にかスピット・ファイアのものらしいぶかぶかの寝巻きに着替えさせられていて、さーっと血の気が引いていくような感覚を覚える。 これってつまり、そういうことだろうか。 (……あれ? でも俺何も覚えてねえ……!?) ついでにどこも痛くもなければ違和感もない。 ………多少、色々と、ネットで調べたりもしたのだけど、所詮実感が伴わないものだから何とも言えないが、でもこういうもの、何だろうか。 ぐるぐると思考が巡る、覚えている限りの記憶を辿って、色々と思い出して赤くなったりもして、けれどどうしても途中で記憶が途切れてしまう。 途中で気が遠くなるような感覚があって、それからどうした? 「……ごめんね、起こすのが忍びなかったから勝手に着替えさせちゃった」 葛馬の服は一揃い纏めて洗濯機の中……なのだがそれは今はどうでもいい話だ。 全く思い出せなくて混乱のあまり硬直していたら、こちらも身体を起こしたスピット・ファイアが苦笑めいた笑みを向けてきて、葛馬は恐る恐るそちらを見やった。 ……何だかとっても嫌な予感、だ。 「…………ぁ……え、えっと……その、俺……途中で、寝た?」 おずおずと尋ねるとスピット・ファイアはぷっと小さく笑った。 それを肯定と受け取って、葛馬は顔を赤くして両手で頭を抱えた。 (……うっわ、超ありえねー! 最悪っ!!) ホッとする反面、津波のように羞恥と罪悪感が押し寄せてきてマトモに彼の顔が見られない。 幾らなんでも失礼じゃないだろうか。 覚悟、できていたかと言うと微妙なところだけど、それにしたって。 (………でもあそこで、あの場面で寝ちまうってどうなんだ!?) 「……っ!?」 頭を抱えたまま動けないで居たらよいしょとばかりに脇の下に腕を差し入れて持ち上げられて。 そのまま緩く抱き込まれて、小さな子供にするように柔らかくとんとんと背中を叩かれた。 「……大丈夫? 疲れてたんだろうし、気にすることないよ」 耳元でくすくすと笑う音が聞こえる。 その声に促されるようにのろのろと顔を上げた葛馬は、羞恥と混乱で今にも泣きだしそうな情けない顔をしていて。 「……ぷっ……」 それがあんまりにも可愛くて、おかしくて。 スピット・ファイアは込み上げてくる笑いを堪えることが出来なかった。 「なっ!」 細い身体をぎゅうと抱き締めて、笑い顔を隠すように反射的に抱き返してくる葛馬の肩口に顔を伏せる それでも肩が震えているのは隠し様もなく。 「……ちょ、お前、笑いすぎだろッ!!」 「………っ、ごめ……ッ……ぷっ……」 抗議の声が上がったけれど、一度起こってしまった笑いの発作は当分収まりそうになかった……。 「カーズ君、ごめんね? 機嫌直して……ね?」 後ろから抱き込まれて、けれどとても振り返る気にはならない。 「うるせぇッ、触んなよもうっ!」 腕を跳ね上げて解こうとしたけれど、長い腕はびくともしなくて、そのまま頬に頬を押し当てられた。 (……あんなに笑われるぐらいなら怒られたり拗ねられたりした方がよっぽどマシだ) とは思うものの、触れられているとその温かさにささくれだった気持ちが溶けていくようで、なかなか怒りが長続きしない。 それも何時ものことで、尚のこと腹立たしいのだけれども。 「……お祝いに良いワイン開けようか? 今日はカズ君の好きなもの作るよ?」 何がいい?と問う声と共にちゅと小さな音を立てて頬にキスが落ちて、僅かにそちらに顔をずらしたらそのまま唇を塞がれた。 「………ン、も……誤魔化すなよ、俺、怒ってんだからな?」 啄ばむようなそれに瞼を伏せてけれど一応言っておかなくてはとキスの合間に切れ切れに返せば。 「うん、わかってます。ごめんなさい」 本当にすまなそうな声が返って来るから、結局振り向いてしまった。 「……俺も悪かったけど……その、ごめん」 ぼそぼそと向けられた台詞にスピット・ファイアはくすと小さく笑った。 どうやら途中で眠ってしまったことを大分気にしているらしい。 妙に律儀なところのある彼らしくて、それがまた愛おしかった。 「だ、だから笑うなつってんだろ!!」 「………ごめん、カズ君あんまり可愛いから」 「……い、言ってろこのバカッ!」 憎まれ口を叩くくせに、そろりと持ち上がった指がスピット・ファイアの腕に触れる。 細い割りにしっかりと筋肉のついた腕の筋を辿るように動いて、珍しい彼からのおずおずとした接触が嬉しくて眼を細める。 「……急がなくてもいいよ、大丈夫。少しづつ慣れていこう?」 「………一生慣れない気がする……」 拗ねたような声に思わずまた吹き出しかけて、でも今度はどうにかそれを堪えた。 前はこうやって抱き締めると硬直するばかりで、心臓の音もまるで小動物のように早鐘を打っていた。 けれど今は少し力が抜けて、スピット・ファイアの胸に緩く凭れかかって来ている。 彼が自分でそれに気付いているのかいないのかわからないけれど、少しづつ、変わってきている。 それをさせたのが自分だと思うと、思わず口端に満足気な笑みが浮かんだ。 「………好きだよ」 耳朶に唇を触れさせながら囁けば、ほんのり首筋が赤く染まる。 「……っと、その……俺も、好き、デス」 ごくごく小さな声が返る。 僅かに体温が上がった華奢な身体の感触を楽しむかのように、スピット・ファイアはほんの少し、彼を抱く腕に力を込めた。 |
用意していたオチ(?)が逃げました。 うぅーん…あれ、何だったっけ…多分こんな感じ…でももっといいフレーズ(自分的に)が浮かんだと思ったんですけど…思い出せなかったり。 思い出したら書き直してもいいデスか…(こら |