軽い電子音に目を覚ましたらもう朝だった。 寝室の広いベッドに一人で寝かされていて、部屋の主であるスピットファイアの姿はどこにも無かった。 (…………パンツ確かめちゃいましたゴメンナサイ) 昨晩のことが脳裏に蘇って咄嗟に履いてるか確認してしまった自分に自己嫌悪、だ。 (………あるわけねーよな、あの人に限って意識ない奴にどーこーとか……) リビングに向かうと朝食の支度がしてあって一枚のメモと朝日を受けて鈍い銀色の光を放つ小さな鍵が置かれていた。 『先に出ます ちゃんと食べていくように』 一人でメシ食って片付けて、鍵をかけてマンションを出た。 今もポケットに銀色の鍵が入ってる。 思い出したら何だかヘンに顔が赤くなってしまって、葛馬は掌で顔の下半分を覆って溜息にも似た息を吐いた。 (……落ち着け俺、切り替えろ。これから練習だっつーの) 余計なことを考えるのは怪我の元だ。 ただでさえベンケイのシゴキは常軌を逸したレベルで、確実に自分がレベルアップしていくのがわかる反面、ひやっとさせられる場面も多々ある。 (…………もしもの時にはフォローしてくれるつもりではあるんだろうけどさー……) 練習は嫌いじゃない。 むしろ少しずつ、理想の形へと近づいていくその経過が楽しいと思える方だ。 でもやらされていると言う感覚がどこかに引っ掛かりを残している。 「……………別に、いいんだけどサ」 後ろ手に頭を掻いて一つ嘆息する。 「………まぁいいや。あいつにゃ当分会ねぇんだし、その間に気持ちを落ち着け…………てぇッ!?」 自分に言い聞かせるように呟きつつ、屋上への扉を開けた葛馬は思わずすっ転びそうになった。 ベンケイやブッチャと、見覚えのある赤い髪の男が談笑していたからだ。 「……やぁ、カズ君」 こちらに気付いたらしいスピット・ファイアがひょいと片手を上げる。 「オマッ、何でここにっ!!」 「時々練習、覗きに来てたじゃないか」 思わず指差してしまったら何を今更と言うようにブッチャが首を傾げて、葛馬は慌ててその手を後ろに組む。 「…………ぁ、いや……ホラ、最近見てなかったからサ」 誤魔化すようにそう言うと不思議そうにしながらもどうにか納得してくれたらしい。 再び何やら和やかに話をしている彼らを尻目に葛馬は扉の脇に腰を下ろした。 (…………そういやブッチャとスピット・ファイアって知り合いだったんだよな……) すっかり忘れていた。 練習意外でしょっちゅう顔をあわせていたから気付かなかったけれど、そう言えば最近練習に顔を出していなかったなとぼんやりと考える。 (………やっぱりそういうことなのかなー……) ―――――― 葛馬の様子を見に来ていたのだと。 だとしたら結構赤面と言うか、正直に言ってしまうとぶっちゃけ嬉しいと感じてしまっている自分が妙に気恥ずかしかった。 弛みそうな口元を隠すように体育座りをした膝の間に顔を押し付ける。 一人、二人と脇の階段からいつものメンバーが上がってくる気配がした。 「………さてと、実は仕事の合間にちょっと覗きに来ただけなんだ。そろそろ僕は失礼するよ」 そろそろかなと顔を上げたところでスピット・ファイアの声が聞こえて。 「ほなまた」 「それじゃあ」 「じゃあ、またね」 軽い挨拶を交わして振り向きもせず去って行く男に咄嗟に腰を上げてしまっていた。 「!」 ひょいとフェンスを軽く飛び越え、視界から消える背中。 そのまま追いかけようと思って、けれどそれではあまりにもあからさまだと逡巡する。 「そろそろ……」 「……ワリィ、ちょっと便所行ってくるっ」 どうしよう、一瞬迷って。 結局何か言いかけたブッチャの台詞を遮って、扉を潜った。 止める間もないスピードでひょいと手摺りにジャンプして、そのまま一気に滑り降りる。 物の数秒で数階分を滑り降り、地上に降りて辺りを見回すと、裏門の脇に見覚えのある目立つ外車の鼻先が見えて慌ててそちらに足を向けた。 「スピット・ファイア!」 回り込めばちょうど車に乗り込んだ男が扉を閉めようとしているところで。 「……カズ君?」 追いかけてくるとは思っていなかったのか、少し驚いたように名前を呼んでくる相手のすぐ側まで駆け寄って、葛馬は覗き込むように車のドアに手をかけた。 「…………何で、いきなり」 確認するように問えば、手が伸びてくしゃりと柔らかな手付きでニット帽を奪われる。 「……今朝は如何しても外せない仕事があってね。ちゃんと顔、見れなかったから……大丈夫かなと思って。その様子じゃ二日酔いってことはなさそうだね」 いつもと同じように、柔らかな笑みを浮かべている男。 「…………」 (……俺とは全然話そうとしなかったくせに) 葛馬が、学校の連中には内緒にしてくれと言ったから気を使ってくれたのだろうとは思うのだけれども、でも少し、複雑だった。 (…………なんだよ、俺、拗ねてるみてーじゃん) そのことに気付いた瞬間、急に息苦しいような、恥ずかしいような感覚に襲われた。 頬に血が集まり始めるのがわかって、それを誤魔化すように頭を振る。 「……どうかした?」 「………と、いや……あ、そーだ、これ。返さなきゃと思って」 何かあった?と緩く問われ、葛馬は一度頭を振りかけて、思い出したように慌ててポケットを探った。 今朝、メモと一緒に置いてあった彼のマンションの鍵を取り出して相手に差し出す 「………それはカズ君にあげるよ」 「……え?」 その言葉と共に、差し出した掌にニット帽が乗せられた。 反射的に受け取って鍵と一緒に握り締める。 「いつでも好きな時に来ていいから。……練習、頑張って」 「ッ!」 くいと不意に軽く襟首が引かれて、踏み堪えることが出来ず前のめりになった拍子に軽く唇が重ねられた。 舌が緩く唇を辿ってほんの一瞬で離れる。 スピット・ファイアはその舌でペロリと見せ付けるように自身の薄い唇を辿って、ニッと口端を上げた。 そうして顔を赤くしてぱっと口元を押えた葛馬に酷く楽しそうな笑みを浮かべる。 「……じゃぁね」 そう言って、彼はひらりと片手を泳がせるとそのまま静かに車を走らせて行った。 呆然としている間に車はどんどん小さくなって、見えなくなる。 「………アンニャロ……誰かに見られたらどーすんだ……」 僅かに赤くなった頬を隠すように手の甲で擦って、葛馬は小さく唇を尖らせた。 「……………」 けれど学校と言う場所を除けば別に嫌じゃないと言うか、むしろ結構好きと言うか……そんな風に思ってしまっている自分に気付いて、恥ずかしさに思わず掌で顔を覆ってしまう。 ………なんだかイタタマレナイ。 「…………毒されてきてんなー、マジで」 ぶつぶつと低くぼやきながら掌を開いて其処に残った鍵を見下ろし。 葛馬はどこか擽ったそうに口端を緩めた。 (………不思議なんだ。アイツといるとなんかふわふわして) 頑張らなくても何時の間にか、気がつかないうちにひょいとどこか高いところへ導かれてしまうような不思議な感覚がある。 其処から下を見下ろして初めて、自分が信じられないぐらい高いところにいることに気付くのだ。 (……………んとに魔法使いみたいだよな) 何故あんな男が自分なんかに目をつけたのかがわからない。 顔は申し分なく整った、けれど決して女っぽいとかそういうことのない美人だし、背も高くて手足が長くて、細身でスタイルも良くて、並べ立てるとキリがない。 性格だって……まぁ表向きと言うか世間一般的にと言うか、傍から見ると優しくて穏やかでフェミニストで、気配り上手で頭の回転も速い。 その上ライダーとしてもAクラス、400人を超えるグループ・ボルケーノを率いる炎の王と来ている。 一方の葛馬と言えば顔立ちもそんなに男っぽい方ではないし……まだ中坊だし、もう何年かすれば違うとは思うのだが……背は平均ぴったりの165ccm。 体重は軽すぎて身体付きは正直きっぱり貧相と言うしかなく。 煙草を止めてエミリの助けを借りて身体作りを始めたけれどまだその効果は見えていない。 ライダーとしてはスピードにはそこそこの自信を持つものの、Eクラスのひよっこで肩書きと言えば小烏丸の庶務雑務5号。 性格は自分でも呆れるぐらい小心者だ。 (………イッキみてぇになりたいと思ったこともあっけど……) 彼を真似て、少し強くなった気もしたけれど。 でも彼と自分では根っこの部分が違うと言うのはよくわかっている。 (…………弱くて、ちっちゃくて) 『普通』であることがこれほど罪に思えたことは無かった。 (……………釣りあわねえよな) 年だって向こうが全然上だし、向こうは人気のカリスマ美容師、こっちは一介の、しかもあまり成績も素行もよろしくない中坊だ。 どこにも共通点なんかないし、一緒にいることの方が不自然なのかもしれない。 (………でも、アイツは待っててくれるから) 葛馬が前に進むのを、自分のところまで登ってくるのを。 その魔法のような指で導いて、柔らかく微笑みながら待っていてくれる。 (……………だから、いつか並んで歩いていけるような気がしてた) ―――――― でもそんなもの、錯覚でしかなかった。 (………所詮、俺は凡人で) 何もかも、どこか現実感がなくて。 酷く遠くに感じられた。 (…………アイツは俺なんかとは違う世界の、人間だった) ………俺達は惜敗した。 空の王候補のイッキと、牙の王の咢がいなければただの中坊のチームに過ぎなかったのだと突きつけられた気がした。 |
原作のネタを絡めようかどうしようか迷っていたのですが、折角なので入れてみることにしました。 捏造も色々ございますが、なるべく流れは崩さないようやって行きたいと思っていますのでお付き合いください(苦笑)。 平均身長は平成17年度中3男子の平均です。165.4cm…最近の子はでかいのぅ。 |