自分が、そう言う意味でまだ子供だと言う事は自覚していた。
(………つーかまだアイだのコイだのってよくわかんねーし、付き合ってる連中見たって実感がわかないし。
 今はイッキ達と練習したりふざけたりしてんのが一番楽しい。
 そうイウコトに興味はあるけど、単なる興味って言うか、男とって正直想像出来ねーし。)
 だから、そう言うことを、ちゃんと言わなくちゃと思った。
(……………なんかダマしてるみてーで、嫌なんだ)
 好きだから、尚更。
「…………」
 のだが、中々機会は訪れなかった。
 スピット・ファイアはよく会っていた公園にも、小烏丸の練習にもぱたりと姿を見せなくなってしまったのだ。
 勿論、電話をすれば繋がる……のだろうが、中々かけ難い。
 多少なりとも事情を知っていそうなシムカに聞いても。
「スピ君なら最近忙しいみたいよ〜」
 といつもの調子で適当な答えが返るばかり。
 アイオーンに尋ねると嫌みったらしく眼鏡を押し上げながら冷たい視線が返された。
「……何故私があの男の動向を把握していなければならないんですか?」
「いや、一応同じチームな訳だし……ん、やっぱりいいや、じゃ……」
 すごすごと引き下がって、葛馬はこそこそとシムカに尋ねる。
「……アイオーンとスピット・ファイアって仲悪ぃの?」
 そう言えば一緒に居るところを見たことが無いような気がする。
「ん〜、悪いって言うか、まぁ過去に色々あったのよね〜」
「…………色々って?」
「……ナ・イ・ショ」
 面倒くさくなっただけかもしれない。
 そう言って渡り鳥はひょいと飛び立って行ってしまった。
「……………自分で電話、するっきゃねーか……」
 結局大した収穫も無く家に帰った葛馬は机の引き出しからずっと前にもらったシンプルな白いメモを引っ張り出し、細い溜息を落とした。
 連絡先は交換したものの結局一度もかけたことが無い。
 らしいと思える細く綺麗な字で、眺めているうちにそれを綴る長い指先を思い出した。
 急に頬が赤くなってくるのを感じて、葛馬は咄嗟に片手で顔を覆う。
「…………って、何赤くなってんだ俺!!」
 ぶんぶんと頭を振ると大きく息を吸い込み、吐き出して深呼吸をして。
 長い沈黙の後、葛馬は改めて携帯電話と向かい合ったのだった。


「知ってたよ。カズ君はまだ子供で、イッキ君達とじゃれたりATで走ったりしてる方が好きだって」
「…………へ?」
 正直に思ったままを告白して。
 ごめん、と頭を下げようとした葛馬は返された台詞に頭を下げかけた中途半端な姿勢で動きを止めた。
 男は相変わらずにこにこと微笑んでいる。
「え? ウソ……マジ?」 
「でなきゃイッキ君達に内緒にしてくれなんて言わないだろうしね」
 ………葛馬の出した条件は、イッキやオニギリ、東中の連中にバラさないこと、だった。
 もしバレてしまったら何を言われるかわからないし、どんな顔をすればいいかもわからない。
 そうなったら学校に行けなくなる、と思ったのだ。
「判ってたんならなんでっ……」
「……本当は君がもう少し育つのを待とうかとも思っていたんけど、その間に横から攫われたら嫌だしね。それにカズ君は鈍いから何時までも気が付かないかもしれないと思って」
 さり気に、酷いことを言われているような気がする。
「鈍くなんかねぇっ!」
 赤くなって反論する葛馬にスピット・ファイアは緩く笑った。
「…………鈍いよ。すごくね。そこも可愛いところなんだけど……少し、残酷かな」
 何かを思い出すように、ふっと目を細める。
 脳裏に過ぎるのは黒髪の、葛馬を慕う少女の姿。
 幼い、けれど必死の恋心。
 傍から見ればあれほどあからさまなのに、目の前で顔を赤くしている少年はそれにまるで気付かない。
(…………それを邪魔する僕も大概酷い大人だとは思うんだけど……ね)
 手に入れたいと、思ってしまったのだから仕方が無い。
(………バレたら怖いことになりそうだなぁ……)
 そう思って、思わず苦笑いの浮かぶ口元を手の甲で押えた。
「…………何の話だよ?」
 まるでわかっていない様子で憮然と唇を尖らせている葛馬が可愛かった。
「……まぁ要するにね、僕があぁ言えば君は僕を意識せざるを得ない。違うかい?」
 まだ混乱気味の葛馬に追い討ちをかけるように、スピット・ファイアは悪びれるでもなくそう言って緩く笑ってみせた。
「………………」
「…………だからね。カズ君が僕をどう『好き』でも問題ないよ」
 おいで、と言うように長い腕が差し伸べられる。
 男は酷く柔らかい微笑を浮かべていて。
 一瞬どうしよう、と思って。
(………………)
 けれど何時の間にか、誘われるままにふらふらと足を踏み出してしまっていた。
「わっ!?」
 掌が重なった瞬間、予想外の力でぐいと引かれてソファに転がり落ちる。
 そのまま器用に膝の上に抱き上げられて、何が起こったかわからず咄嗟に支えを求めて宙を掻く腕は相手の肩へと誘導された。
 細い細いと思っていた肩は予想外にしっかりとした大人のそれで少し、驚く。
「ちょっ……!」
 やっと視界が定まったと思ったらスピット・ファイアの膝に横抱きされた格好で彼を見下ろしていた。
(………つーか手際良すぎッ!!)
 さっきとは違う意味で赤くなった顔を隠すように腕を持ち上げて相手の視線を遮り、其処から降りようと身体を捻ったが脇の下から差し入れられた腕が邪魔で抜け出せない。
「……逃がしてあげるつもりは、無いから」
「………っ!?」
 耳朶に触れそうな程近くに薄い唇が寄せられて。
 呼気の触れる距離で低く囁かれて、葛馬は抵抗も忘れて目を見開いた。
「……………」
 愛おし気に、柔らかく見つめてくる男。
 けれどどこか、楽しそうで。
「…………ッ……」
 ………この男は炎の王だった。
 400名を越すグループ・ボルケーノを率いる、王。  優しいだけの、綺麗なだけの男ではなかったのだと、今更のように思い出す。
 彼がその走り以外でも、同じ王の鵺にもジェネシスの総長のシムカにも一目置かれる男なのだと言うことを葛馬はまだ知らなかった。
 ただ判っていたのは、散々悩んだ自分がずっと彼の掌の上に居たと言うことだけだ。
「………ぁ、アンタ、性格悪ィーぞッ!」
「知らなかった?」
 苦し紛れの台詞にも相手は怯む様子もなく、柔らかく笑っている。
 …………二枚も三枚も、向こうが上手だった。
「………………」
「……大丈夫、これから少しずつ慣れていけばいいんだから」
 いいこいいこ、とでも言う様に頭を撫でる細い指先。
 擽ったいような甘いような柔らかな刺激に目を細めつつ、葛馬は形ばかり唇を尖らせた。
「………何にだよ」
 素直に頷いてしまうのはシャクだったから。
「…………全部、かな?」
 好きって気持ちにも、キスにも、触れることにも、スピット・ファイアの存在にも。
 いつか馴らされてしまうのかも知れないと、思った。

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 段々時系列がきつくなってきました……時期的には修学旅行から戻ってきてからイッキが入院するまでの数日間(ベンケイがカード集めるのに日にちかかったって言ってたし)…と言うところでしょうか。
 よく考えたら1ヶ月ぐらいしかないんだなぁ…(苦笑)。

 エミリの恋心に気付かないはずはないのに酷い男です。恋敵はエミリちゃん(笑)。

2007.05.10

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