「………アンタなら選び放題だろうに……何だって俺なんか……」 揺り篭のように優しい腕の中でぽつりと呟く。 始めは落ち着かず、逃げようとしていたのだが諦めて力を抜いたらその温かさが心地良くて段々リラックスしてきて、思わず漏れてしまった疑問だった。 抱き込むだけ抱き込んで、スピット・ファイアは何もしない。 寛いだ様子でソファの背凭れに背中を預けていて、それに釣られた所為もあるのだろう。 (……………つーか重くねぇのかな) ふっと体重が殆ど掛かってしまっている状況を思い出し、なるべく他に体重をかけようともぞもぞと動いたら大丈夫、と言うように軽く背中を叩かれた。 (………結構イイ身体してんだよなあ……) どちらかと言えば痩せ型で成長途中の葛馬とは言え、人一人膝に乗せていて少しも重さを感じていない様子に意外な体格差を自覚する。 (力、結構強かったしなぁ……) 細く薄っぺらな自分の胸を撫で下ろし、葛馬は僅かに眉を顰めた。 風呂場等で肋骨が薄く浮いて見えるのは密かな悩みだ。 「………そう言うところを変えたいと思ったのもあるんだけどね。カズ君はあまりに自分の価値を知らなすぎるから……まぁそれが良い所でもあるから難しいところなんだけど」 指先が、くしゃりと少し長くなった前髪を掻き分けるように撫でる。 ちらりと見上げるとそのままするりとニット帽が取り払われ、テーブルの上に置かれた。 「………カズ君はあまり強くないよね」 「……悪かったな」 思わず眉を顰めた仕草に気付いているはずなのに、頓着する様子はなく。 スピット・ファイアはただ静かに笑う。 「………でも最後は必ず立ち上がる人だから。自分の為でなく誰かの為に、ね。そう言うカズ君だから僕は君を好きになったんだ」 まっすぐに、向けられる穏やかな優しい色合いの瞳。 …………あたたかな、どこか懐かしいような夕焼け色の。 「………いつか、イッキ君やチームの為でなく、僕の為に本気になってくれたらいいなと思うよ」 緩く、髪を梳く指先が一房を掬い上げて其処に口付ける。 そのまますっと綺麗な、葛馬が今まで見た誰よりも整った面差しが近づいてくる。 整ってはいるけれど、女性的なそれとは違う男性的なそれにヘンにドキドキして、葛馬は思わずギュッと目を瞑った。 (…………………キス、される……) そう思ったから。 「………ぁ……」 けれど、唇は予想外の場所に落ちた。 唇の脇、頬のギリギリの場所。 反射的に開いた瞳に映るのは極近い場所から覗き込んできている男の顔。 楽しそうに、けれど柔らかく笑っている。 がちがちになっていた葛馬に気付いたのだろう。 「キス、したことない?」 「…………ねぇよ、悪かったな」 囁くような音についと外方を向く。 「悪くないよ、嬉しい」 からかわれると思ったのに、けれど、返ってきたのはそんな台詞。 「な……」 本当に嬉しそうに、どこか子供っぽく笑うのを見て。 思わず可愛いと思ってしまったのが悔しかった。 「………してもいい?」 「ンなこといちいち聞くなッ!!」 クス、と柔らかく笑う気配がする。 「……こっち向いて、目を閉じて」 極間近から見つめられながら、あの心地いい声で囁かれて逆らえる奴がいたら教えて欲しい。 「…………」 ほんの少し体温の低い大きな掌が頬を包み込むように撫で、葛馬はおずおずともう一度瞼を伏せた。 伏せられた薄い瞼の上に唇が落ちて眼球がピクリと動く。 唇はそこからゆっくりと頬へ、鼻先へと稜線を辿って行った。 (……唇をくっつけるだけなのになんでこんなに緊張スんだろ) 大したことではないと思うと同時に、ムヤミヤタラと憧れや興奮を感じていた行為だ。 誰が一番にするかとか、誰とするかとか、男だけでぎゃーぎゃー盛り上がってふざけたことを思い出す。 イッキが亜紀人にキスされた時だって無責任に盛り上がったものだ。 葛馬も当然それなりに妄想したことなんかもあって、でも妄想の中では相手は顔もわからない……でも多分可愛い……女の子だった。 (…………流石にこう言うのは想像したこと、なかった) 呼気が触れて、ゴクリと息を飲む。 「…………そんなに息を詰めないの」 「ふが!?」 いよいよ、と緊張もピークに達したところで突然鼻を摘まれて奇妙な声が漏れた。 「……ッ、オマっ……!」 ぷっと小さく吹き出す音が聞こえる。 「………緊張、解れた?」 「……は、鼻摘む奴があるかよ、ムードもクソもねーぞ!」 「あったら緊張する癖に」 憮然とした表情で返す葛馬にスピット・ファイアはクスクスと楽しそうに笑っている。 「べ、別にしてねーっつーの! アンタの思い違いだッ!」 「……ふ〜ん、僕の目にはガチガチに見えたけどねぇ。まぁそう言うところも可愛いけど」 「あ、あんま可愛いとか言うなよ! 結構傷つくんだぞそれッ!」 「………可愛い」 囁きと同時にもう一度顔が近づいてきて、今度はすんなりと唇が重なった。 「…………」 極自然に、当たり前みたいに重なったそれに目を瞬く。 視点が合わずぼやけるぐらい近くに、長い睫に彩られて伏せられた瞼があった。 (………………何か、フシギ……) もう少し見ていたいと思って、けれど自然と瞼を伏せていた。 視界が閉ざされると触れている感触だけが酷く鮮明になる。 しっとりと濡れて、柔らかい。 その感触はゆっくりと触れただけで離れて。 「……緊張した?」 少し距離が開いたところで瞼を開いた葛馬は、愛おしそうに、それだけで擽ったくなるような目付きで覗き込んできているスピット・ファイアに気付いて目を瞬いた。 (……やっぱ、好きかもしんねー) どこかで、憧れめいた感情を抱いていた人だった。 違う世界の人だと思ってた。 だからまだ、実感はあんまりなかったけど。 (…………可愛いし、美人だし……意外とイイ性格してたりもするけどさ) そう言うところも含めて、もっと、見ていたいと思う。 「……カズ君?」 「………ん。……何か、すっげーヤワくてちょっとビビった」 葛馬は目元をほんのり赤く染めて。 けれど白い歯を見せて悪戯な子供を思わせる仕草で、照れくさそうに、笑った。 ― BACK/END ―
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あまり長くても読みづらいかもと思ったのでここで一区切り。 ちゅー一つにここまでかかりました…(笑)。 でもまだまだこれからです。これからも少しづつ色々なことに慣らしてゆくことでしょう(笑)。 次からはステップアップ編と言うことで(笑)。 |