「………ごちそうさまでした。つーかマジ美味かった!」
 あっという間に完食、気持ちのいい食べっぷりにスピット・ファイアは笑みを深くする。
(……余程空腹だったんだろうな)
 二人きりで特に何か会話をするわけでもないのに、妙に賑やかな気配の食卓だった。
 普段一人で食事を摂ることが常のスピット・ファイアにとってはそれは新鮮で、だがどこか懐かしくもあった。
「そんなに美味しそうに食べてくれると作ったかいがあるというものだね」
 緩い笑みを浮かべつつ立ち上がったスピット・ファイアが重ねた皿をシンクへと運んで行くのを見て、葛馬も慌てて立ち上がった。
「あ、洗うの、俺やりますっ」
「え?」
「何もしねーのも何か悪いしさ。あ、いっつも姉ちゃんの手伝いしてるから大丈夫だし」
 両親の居ない葛馬の家では食事を作るのは姉の仕事で、だが家事を全部任せてしまうのも悪いので片付けはなるべく手伝うようにしている。
 皿洗いぐらいお手の物だ。
「一人分も二人分も大して変わらないし、そんなに気にしなくていいよ」
「……俺が嫌なんだよ」
 どこか拗ねたような声が漏れる。
(………今更かも、しれねーけどさ)
 何かしてもらってばっかり、と言うのが気に入らなかった。
「……わかったよ、じゃあ手伝ってもらおう」
 僅かに唇を尖らせて気まずそうにしている様子にくすと柔らかく笑って、スピット・ファイアは手を伸ばしてくしゃりと葛馬の髪を撫でた。
 始めに触れた時よりずっと状態は改善されていて、その柔らかさに満足そうに口端を弛める。
 小さな子供にするように、その手触りを楽しむように酷く無造作な手付きだった。
「…………」
(……あれ、なんだ今の)
 一瞬、何か。
 胸の奥の形にならない場所で、ちくりと言うか、もぞりと言うか、良くわからない何かが動いた。
「……あぁ、ごめん。触られるの、あんまり好きじゃない?」
 葛馬が何とも言えない複雑な顔をするのに気付いたのか、スピット・ファイアは少し困ったように笑って手を放す。
「あ、いや……そーゆーわけじゃねーんスけど……」
 その形良い指先を視線で追って、自分でも良くわからず葛馬は後ろ手に頭を掻いた。
「なるべく気をつけるよ」
「だから別に嫌いってわけじゃ………ただこー…なんかスッゲー、ガキ扱いされてんなと思っただけ、だし」
 多分、それは嘘ではない。
(…………多分。つーかそれしか思い当んねーし)
「そりゃ僕から見たらカズ君はまだまだ子供だしね」
「わかってるよ、んなこたっ!」
 クスクスと可笑しそうに笑いながら、水道を捻った男に噛み付いて、葛馬はスポンジを手に取った。  ……そんなことは判ってる。
(…………24、5ってとこかな……それとももうちょっと若い?)
 正確な年齢は判らないがおそらく一回り近く上だろう。
(………なのになんで嫌だと思ったんだろう)


「僕が居る時ならオーディオルーム、好きに使っていいよ。連絡先を渡しておくからいつでもどうぞ」
 ジャケットの胸ポケットから取り出した黒い手帳を開くとさらさらと淀みない手付きでアドレスを綴り、スピット・ファイアはそれを葛馬に差し出した。
「え、い、いいんスか!?」
 驚いたように声を上げるのが可笑しくて、思わず苦笑めいた笑みを浮かべる。
 スピット・ファイアとしてはむしろ今まで連絡先を交換していなかったことが不思議なぐらいだと思っているのだが、彼にとってはそうではなかったらしい。
(………それも少し寂しいと言うか……でもまぁ彼は自分を過小評価する癖があるようだし……)
 自分の能力を正確に把握することは何をするにおいても重要な能力だ。
 だが世の中には部を弁えず、思い上がり、自惚れる人間は多い。
 ……だが逆に、ここまで無自覚で自らの価値を知らない人間と言うのは珍しい。
「…………スピット・ファイア……さん?」
 メモ帳から顔を上げた先の相手の表情に、葛馬は目を瞬かせた。
 思わず名前を呼びかけて、だがなんと呼べばいいのかわからず微妙な呼び方になる。
 はっとしたように一瞬目を瞬き、なんでもないよ、と笑ってスピット・ファイアは緩く頭を振った。
「さんはいらないよ。まぁ後続を育てるのも先輩の仕事のうち、と言うことさ」
「……あー、そういやさ、アンタのチームのDVDもあったけど、アンタが走ってるのあんまないのな」
 その言葉にふっと思い出し、葛馬は疑問に思っていた言葉をぶつけた。
 一番見たいと思う相手だったが結局彼が映っているディスクは一枚も無かった。
「………自分のは一度見たら消してしまうからね」
 あんまり残ってないんだ、と穏やかに笑う男が。
 一度足の腱を切って。
 あれだけ走れながら尚、以前より全く走れていないのだと知ったのは、随分後のことだった。


 葛馬を車で送った帰り、スピット・ファイアは予想外の人物の訪問を受けていた。
 夜景の広がるベランダに闇に溶けるように佇む黒い外套を羽織った小柄な影……部屋の灯りを落としたまま、スピット・ファイアはそちらに足を向けた。
「…………よォ」
 窓を開けるとどこか幼さを残した、けれど自身が強者であることを知る者の持つ独特の小気味良い自信に満ちた声が投げかけられる。
「……鵺君。珍しいね、君がここに顔を出すなんて」
 スピット・ファイアは常の笑みを浮かべて頭一つ分小さな相手を見下ろした。
 …………雷の王、夜の鳥ブラック・クロウの鵺。
 同じグループの幹部として外で顔をあわせることは多いが、プライベートで顔をあわせることは意外に少ない。
 だが同じ『王』と言う立場から、年齢こそ離れているものの一番気軽に話せる相手でもある。
「……最近お前さんがヒヨコを可愛がってるって聞いてな」
「………探り、入れて来いって?」
 誰かに言われた?と笑みのまま緩く首を傾げると鵺は悪びれるでもなくニヤリと笑った。
「まぁ俺に取っちゃどうでもイイコトなんだが、落ち着かない連中もいるからな」
 以前は一人であの公園に顔を出すのは決って定休日だった。
 他の日は大抵グループのエリアに顔を出していたのが、最近は毎日のようにあそこに顔を出している。
「……黒炎君はしっかりしてるからね、僕が暫く留守にしたぐらいじゃボルケーノは揺るがないさ。この程度の浮気は日常茶飯事だよ」
 それを自覚しながら、スピット・ファイアは極平然と笑って見せる。
 どこまでも柔らかく、どこまでが本音かまるきりわからない声音で。
「……浮気じゃねェんだろ?」
「…………」
 鵺の問いに、スピット・ファイアは無言でニッと口端を引き上げた。
「………お前さんの入れ込みようは尋常じゃねェ」
 それを肯定と受け取って鵺は楽し気に口端を緩める。
「お前さんは人当たりはいいがどうでもいい人間には案外冷たいからな」
 儀礼的な優しさ、とでも言うのだろうか。
 深読みさえしなければどこまでも優しく、穏やかな性分に見えるだろうが本当はそれだけではないと言うことを付き合いの長い鵺は知っている。
 炎の王は否定するでも肯定するでもなくただ無言のままニコニコと微笑んでいた。
「…………」
 ふっと嫌な予感が過ぎって、鵺は眉を顰める。
「…………お前、まさか……」
「あくまでも可能性の話さ」
 否定的な台詞を吐いて、その癖良くわかったね、とでも言う様に口元が弛む。
 それまでの偽物の笑みとは違う、どこか嬉しそうな表情だった。
「冗談だろ?」
「……さて、どうだろうね」
 本気とも冗談とも付かない台詞が返されて、けれどそれが一層彼の本気を物語っていた。
(………オイオイ、俺なんか顔も覚えてねーぞ)
 思い出そうとするのだがどうしても空の王や牙の王、白ブタ黒ブタの強烈な印象の前に霞んでぼんやりとしか思い出せない。
 特に目立つライダーではなかったと思うのだが……。
「………………血、見るぞ」
「………うちのグループの連中なら、皆了承してくれると思うよ」
(………お得意の先見、か)
 スピット・ファイアの強さはその走りだけではない。
 先を読む確かな目、冷静な判断力、統率力……本当に怖いのはその頭脳だ。
 彼が、今はヒヨコでもいつか大きな羽根を持つ鷲に育つと言えばグループ・ボルケーノの連中は納得するのかもしれない。
 …………だが。
「アイオーンが黙っちゃいねェだろ」
「………僕は一度も、彼に炎のレガリアを譲ると言ったことは無いと思うんだけどね」
 その名前にスピット・ファイアは苦笑めいた笑みを浮かべた。
 アイオーンが次の炎の王を狙っていると言うのは周知の事実だ。
 周りの人間も、実力的にも相応しいと……次の王は彼だと思い込んでいる節がある。
「……確かに技術もセンスも、アイオーンの方が数段上だろうね。カズ君が勝るのは努力の才能ぐらいかな」
 決して褒めているとは言えない台詞で、その癖彼はクスクスと酷く楽し気に笑った。
「……でもね、カズ君が持っていて、アイオーンが持っていないものがあるんだ」
「持ってねェもの?」
「…………そう、そして僕はそれが炎の王の絶対条件だと思ってる」
 そう言って、炎の王はふんわりと綺麗に笑った。

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 やっと! やっとほんの少し何かが動いた気がします(笑)。
 長かったなあ…本当はこの次が1番最初に考えていた話で時系列的には1の直後だったりします(笑)。 
 鵺君が出てるのは趣味(笑)。カップリングではないのですが鵺君もスキです。
 何歳ぐらいなんだろう……エアギアは結構年齢がよくわからな…(笑)。
 友人と話していたスピット・ファイアの予想年齢は24歳……大体そんなもんかなと。それ以上だと10歳以上離れちゃうしなぁ(笑)。

2007.05.07

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