それが切欠で、スピット・ファイアとは時々言葉を交わすようになった。 彼はどうやら割りとマメに公園に出没しているらしい。 自分から声をかけるのは何となく気後れするのだが、炎の王はいつも目敏く人の波に埋もれがちな葛馬を見つけて声をかけてくる。 話すのは他愛も無いことばかり…………髪の話、技の話、チームの話。 スピット・ファイアは大抵笑みを浮かべて聞いているだけで、それが不思議だった。 「……なぁ、こんなとこでこんなことしてていいのかよ」 「こんなこと?」 「イヤ、俺なんかとくっちゃべってるばかりでいいんかなーと……アンタ何しにココに来てんの?」 どこかきょとんとした表情で首を傾げる相手に葛馬は気不味いような思いで言葉を濁らせた。 「……一番の目的は……そうだね。君みたいな若いライダーを見たり話をしたりすることかな」 「………若いってアンタいくつだよ」 「内緒」 男は悪びれるでもなく綺麗ににこりと微笑む。 (………二十歳は軽く超えてンだろーけど……) すらりとした長身、完成された身体付き……想像でしかないが少なくとも未成年と言う事は無いだろう。 「まぁ要するに僕はロートルだから、カズ君達みたいな将来有望な若者を見るのが唯一の楽しみなわけだ」 どこかふざけた口調でそう言って笑う男に葛馬は唇を尖らせた。 「……なんだそりゃ。第一将来有望ってなぁ……イッキやアギトならともかく……」 『見られる側』の人間に言われてもなんだかなぁ、である。 思わず零れた独り言を聞きつけたのか、炎の王が一瞬驚いたように目を瞬かせるのが見えて葛馬は首を傾げた。 「……何?」 「いや……自覚が無いのかなと思って」 「何の?」 訳もわからず問い返すとスピット・ファイアは珍しく困ったような表情を見せた。 顎に片手を当てて少し考え込む素振りを見せる。 「………自分の走り、見たことがあるかい?」 長い沈黙の後、彼はそう言って小さく首を傾げた。 その仕草にジャケット揃いの炎のエンブレムを象ったピアスがちりちりと揺れる。 「無いけど……」 「ふむ……ところでこれから時間、あるかい?」 連れて来られたのは手入れの行き届いた白壁の、所謂デザイナーズマンションだった。 ……これまたあまり、中坊が足を運ぶような場所ではない。 白い廊下は静かで、どこか気後れしてしまいそうな雰囲気がある。 「ここって……」 「僕の部屋。上がって」 思わずきょろきょろと物珍しげに辺りを見回してしまっていた葛馬はかけられた声に慌てて頷いた。 「お、お邪魔シマス……」 連れて来られた時点で幾らかは想像してはいたが、スピット・ファイアはその想像を遥かに越える男だった (…………うわー、ピアノだよ。しかも白いピアノ!) リビングで一際存在を主張するのは真っ白なグランドピアノ。 炎を象ったスピット・ファイアのロゴが入れられているところを見ると特注だろうか。 白い革張りのソファー、珍しいことに大きな液晶モニターも白。 家具もカーテンも全て白で統一されていて、生活観が無いと思えるほど綺麗な部屋だった。 (………こんなとこに住んでんだ……) 「こっちだよ」 「あ、ハイ!」 奥の扉から手招きをされて、思わず裏返った声が上がる。 「……緊張しなくても大丈夫だよ、僕しか居ないから」 クスクスと笑われて、かぁっと顔が赤くなった。 「………ベヒーモス戦の時のDVDだよ」 取り出されたのは一枚のディスク、ネットで出回ったらしいからそれをダウンロードしたものだろうか。 大きなプロジェクタの前に備え付けられた白いソファに座るように促され、葛馬はまだ幾分緊張の面持ちで其処に腰を下ろした。 スピット・ファイアはプレイヤーにディスクを飲み込ませるとその隣に腰を下ろす。 幾つかのボタンを操作すると画面に見覚えのある光景が映った。 (……あ、ここ覚えある……) ベヒーモスと戦った下水処理場の映像だった。 下水処理場とは思えない広さと明るさの空間で千人規模の観客が沸いている……薄い画面から熱気が溢れ出そうだ。 「…………」 ついこの間のことなのに、随分遠くに感じられた。 先頭を行くイッキを追ってカメラは進んで行く。 どうやらキューブへと向かう通路を走っている時の映像らしい。 画面の中でイッキは妙に楽しそうに、どこか無邪気に笑っていた。 「……イッキ君の走りにはまだ無駄が多いね。でも力強くて魅力的だ……それに何より風を掴むのが上手い」 隣でそれを眺めるスピットファイアが、どこか楽しそうに口端を緩めるのが判った。 画面が切り替わって、咢が映る。 小柄な身体からは想像の出来ない力強く安定した走りだ。 ほんの少し、緊張しているようにも見えるのはこの後アキラと戦うことを考えてのことだろうか。 「……咢君の走りは流石に洗練されてるね。多少強引なところはあるけど、それを補って余りある技術力とセンスがある」 (………牙の王、だもんな) あまりにも身近すぎる上にあの性格だからあまりそんな感じはしないのだが、こうやって客観的にその走り見ると妙に納得させられる。 「ブッチャ君は身体の割に無駄が無い。あれだけのパワーを持ちながらあれ程走れるのは彼ぐらいのものだろうね」 ブッチャはアギトの逆、大きな身体の割りに緻密な走りをする。 意外にも丁寧で、素直に上手いと思わせる走りだ。 「…………」 スピット・ファイアは終始口端に緩い笑みを湛えたまま画面眺めていたが、頭にATを載せたオニギリが走るのが映った時だけは流石に何とも言えない表情で顎に指をあてて考え込む仕草を見せた。 「………オニギリ君は難しいね。どうにも…コメントし辛いな。僕には計りきれないというか……何をしでかすかわからないという意味ではイッキ君以上と言うか……とにかくトリッキーだね」 結局そんな風に締めくくり、苦笑いを浮かべる。 「………」 最後に映ったのは、自分自身の姿で。 「……で、これがキミだ。違いがわかるかい?」 リモコンを操作する動きに画面が切り替わり、自分が中央に大きく映し出されて葛馬は複雑そうに眉を顰めた。 極普通の、自分が其処に居た。 「………………なんつーか特徴がないっつーか…」 映し出された自分の走りにはどこと言って取り立て特徴があるようには見えない。 イッキの様に妙に目を引くようなこともないし、アギトのように力強いわけでもなければ、ブッチャ程の完成度も無い。 (………あ、なんかますますヘコむ) 「……まぁ特徴がないと言えばないね」 眉を顰める葛馬にスピット・ファイアははは、と可笑しそうにを浮った。 「………でも逆を言うとね、無駄もないし癖も無い。一番素直で、綺麗な走りをしている」 「……へ?」 続く予想外の台詞に葛馬は目を瞬いた。 「無理が無いって言うのかな……ATや身体に負担をかけなスマートな走りだ。勿論まだまだキレも甘いし、技術もこれからだとは思うけど……その辺りはすぐ解消されるだろうと思うし」 驚きの表情のまま相手を見返した葛馬にスピット・ファイアはやんわりと笑った。 「カズ君のATのホイールを見れば分かるよ。君がどれだけ努力しているのか。逢う度に変わってる……消耗して、傷ついて。毎日、毎日走り込んでる証拠だね」 細く長い綺麗な指先が画面を辿る。 「僕はカズ君の走りが一番好きだよ」 ……僕ハ、かず君ノ走リガ一番好キダヨ。 真っ直ぐに、何の臆面もなくそう告げられてかぁっと顔が赤くなるのがわかった。 「………えーと、その、アリガトウ……ゴザイ、マス……」 面と向かって褒められるというのは妙に、照れる。 いつもイッキやアギトの影に隠れて目立たない葛馬にとって、それは青天の霹靂とも言える台詞だった。 その性格上決して面と向かって褒めるようなことはないが、幼馴染のイッキやオニギリは判ってくれている。 (………んだと思う。) 葛馬の努力を、能力を。 けれどあまり他人に評価されることの無い自分がほんの数回あっただけの、しかも炎の王なんて呼ばれてるスゴイ人にそんな台詞を向けられるとは、思いもしなかった。 |
走りはあくまでも私のイメージなんですが……そんなイメージかなと。 イメージ違ったらすみません…(苦笑)。 |