シャゥン、と軽い音を立ててアスファルトの通路を抜ける。 流れてゆく景色、風の音。 慣れた仕草で階段の手摺りを滑り降り、植え込みを飛び越えれば目指す公園はもう目と鼻の先だった。 チームのメンバーが珍しく散り散りになった放課後、葛馬はこれまた珍しく、練習がてら一人で近くのストームライダーの屯する公園へと向かっていた。 溢れるくだらない会話、他愛もない情報、ここはライダー同士の交流や空気を楽しむ場。 だがチームで来ると遠巻きにヒソヒソとやられるばかりで若干面白くない。 イッキは既に『空の王』候補としてここら一帯では知らぬもののない有名人だし、アギト達は何かとトラブルの種になりやすい、ブッチャもオニギリもその体型から一度目にしたら中々忘れない訳で……。 だからたまにはこう言うのもいい。 葛馬一人ならチームジャケットを脱いでいつものパーカーとニット帽姿になってしまえば注目されることもない。 思い思いのファッションでATを履いた若者達が屯する空間に溶け込んで、葛馬は何気ない仕草できょろりと辺りを見回した。 (…………だから薄いって言われるのか俺……) 葛馬とてベヒーモス戦ではアイオーンとのバトルがネットで流れたようだが小さな映像で、しかも二人共殆ど消えた状態でロクに画面に写っていなかったからそれほど顔を売らずにはすんでいた。 顔の隠れるトレードマークのニット帽もそれに一役買ってくれている。 (……俺が薄いんじゃねえよな。あいつらが濃すぎるんだ。) 軽い稼動音を響かせながら人と人の狭間を抜ける。 雑踏の中、その視線の先に一際目を引く色が合った。 咄嗟にジャッと低い音を響かせて身体を捻る。 「……………あれって……」 人垣の向こうに見える、燃えているような、オレンジとも赤ともつかない不思議な色。 キープするのが難しそうな、炎を連想させる柔らかそうな不思議な髪型。 一度見たら忘れるはずがない。 『炎の王』は穏やかな笑みを浮かべて誰かと会話を交わしているようだった。 「なぁあれって……」 「スピット・ファイアだよ、炎の王!」 ヒソヒソと周りの人間が囁いているのが聞こえる。 誰もが注目している。 だがそれを気にした様子もなく、彼は悠然と笑っていた。 ……あの人もイッキ側の人間だよな。 マイペース、天才型、自分とは違う、世界の人間。 「………」 視線を感じたのか、ふっとその不可思議な色合いの瞳がこちらに向けられる。 視線を向けているのは葛馬一人ではない、けれど彼は不思議と真っ直ぐ、迷うことなく葛馬を見つめていた。 「……やぁ、カズ君」 ニコ、と笑みを深めた男が片手を上げる。 「………コンニチワ……っつーかあれ、何でアンタ俺の名前知ってんの?」 滑るようにこちらに向かってきた長身を見上げ、反射的に挨拶を返しつつ葛馬は目を瞬いた。 「ベヒーモスVS小烏丸の試合は僕も見ていたからね。」 言われて、まだ真新しい記憶を辿る。 ……そう言えば、最後の乱戦の時見かけたような気がする。 (確かあんときゃマルフーだのベヒーモスの連中だのが入り乱れてごっちゃごちゃになった下水処理場で、車椅子の先代空の王を中心とした一際目立つ一団とアギトの兄貴がガンくれあってて……) 「惜しかったね。」 「……え?」 ぼんやりと考え込んでいた葛馬は咄嗟に何を言われたかわからず間の抜けた音を返してしまっていた。 「キューブ。」 「………いや、でもゼンゼン、何にも出来なかったし」 結局何も出来ずに終った負け試合を引き合いに出されて葛馬は僅かに顔を赤くした。 視線を逸らし、口篭る姿にスピット・ファイアは緩く口端を上げた。 「初めてまだ2ヵ月だったっけ? それであれだけ走れれば大したものだよ。」 「……つーかなんでそんなことまで……」 「イッキ君の情報は入ってくるからね。それにブッチャ君とも知らぬ仲ではないし……」 そう言って炎の王は少し困ったように笑った。 …………何だかイメージが、違う。 夜王とイッキが戦った夜、圧倒的な技術を見せ付けて大量のストームライダー達と共に風のように去っていった炎の王は、もっと、言うならばどこか破壊的な迫力に満ちていた気がする。 だが今目の前に立っている男はどこまでも柔らかく穏やかな気配を湛えている。 あの時の彼が全てを燃やし尽くす劫火なら、今の彼は凍える人を温める暖炉の火の様な……。 (………って俺、何考えてんだ?) 気が付けば人々は遠巻きにこちらを……正確にはスピット・ファイアをなのだろうが……見て、何やらヒソヒソと声を交わしている。 彼は慣れているだろうが極々一般人の葛馬はそうもいかない。 (……どっちかっつーと俺はあっち側の人間だっつーの。) 心の中で小さくぼやいて葛馬は改めて目の前の長身を振り仰いだ。 すると相手がヤケに真剣な目付きでこちらを見下ろしてきているのに気付いて驚きに息を呑む。 (……………え!? 何、何!? 俺なんかしたっけ!?) 「………えーと…」 何だか無性に逃げ出したくなった。 何かここを離れる言い口実はないだろうかと視線を揺らす。 と、数拍の間を置いて。 「……これ、自分で脱色してる?」 「……………はい?」 唐突に伸びてきた指先がニット帽からはみ出た髪に触れて、ただでさえ混乱気味だった葛馬の思考は完全に停止した。 「ちょっと失礼。」 するりとニット帽が取り去られて、さらさらの金髪が零れ落ちる。 (………………な、なんだぁ!?) 一房を手に取り、しげしげと見つめる様子に他意は感じられない。 だがそれだけに異様でもある。 「…………少し傷んでるね。勿体無い。」 脱色した髪の独特のキシキシとした手触りを確かめるかのように指が挟み込んだ髪を軽く扱き。 暫くの沈黙の後、彼はひどく残念そうに呟いた。 「……おいで。」 「え?」 すっと、優雅とも言える綺麗な動きで差し出された手に付いてくるようにと促されて、葛馬は何がなんだかわからず目を瞬いた。 そのまま彼は公園の外へと向かっていく。 「…………」 (……どうしよう) 悪い人ではなさそうだが、わけもわからず付いて行っていいものだろうか。 でももう少し話してみたいとか、王ってどんなものだろうかとか、興味があった。 ………身近にいる王とその候補はどうにも身近すぎるというか、『王』って感じには程遠いというか。 トドノツマリ本当にこんなんでいいんだろうかみたいなところもあったから。 どうしようかと迷って後ろ手に頭を掻いた葛馬はそこでハタと動きを止めた。 (………あ、ヤベ。帽子持ってかれた) 帽子を、取られたままだった。 葛馬は慌てて遠ざかっていく男の背中を追いかけたのだった。 |
コンタクト。まだノーマル(笑)。あんまりホモホモしいのより『アンタだけ』のが萌えます。 カズ君のベッドの下にはちゃんと普通のエロ本があるといい(笑)。 |