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夕食を終えたら速攻身包み剥がれてバスルームに放り込まれた……とゆーのはちょっと嘘だ。 実際にはついでに温まっておいでとパーカーを脱がされて脱衣所に押し込まれ。 擦りガラス越しに洗濯機が唸り始める音を聞きながら、まだ其処にある人の気配に落ち着かない気分で急いで服を脱いで、大きめの窓から綺麗な夜景が広がるラグジュアリーなバスルームに飛び込んだ。 ガラスを二枚隔てて、気配が少し遠くなったころにホッとする。 （だって落ち着かねーもんよ……） 同じ同性でも、イッキ達とシャワールームで鉢合わせしたり、大浴場に行ったりすることには何の抵抗もないのに、スピット・ファイアとだと絶対無理だと思うから不思議だ。 （不思議……でもないか……いちおーコイビトどーし、なんだし……） 浮かんだ単語にじわっと頬が赤くなるのがわかる。 付き合い始めて一月以上経過してはいるのだが、けれど葛馬はまだこの単語に慣れない。 今更と言う気もするけれど、けれど意識してしまうとイロイロ思い出してたまらなく恥ずかしくなるのだ。 勿論それは相手が炎の王であり、カリスマ美容師でもあるスピット・ファイアな所為もあるだろう。 誰もが振り向くイイ男で、普通の男がやったら鼻で笑ってしまいそうな気障な台詞も、身悶えしてしまいそうな様な小っ恥かしい台詞も、彼の口から漏れれば極々アタリマエ。 一つ一つの動作が見惚れるほどに様になってて、何だかもう存在自体アリエナイ感じだ。 『……入浴剤、好きなのいれていいからねー』 「う、うん！わかった」 扉の向こうからくぐもった声が聞こえて、葛馬は慌てて頭を振って意識を切り替えた。 前に使わせてもらった時に教えてもらったから、入浴剤のある場所はわかってる。 「えーと……」 少し背伸びして、貰い物なのか趣味なのか、それとも実益を兼ねているのか、やけに豊富な入浴剤の並べられた備え付けの棚を覗き込み、葛馬は季節限定桜の香りにしようかそれともハーブ系にしようか迷って結局カモミールのバスビーズを取り出した。 ハーブの効能については詳しくはないが、姉が色々持っていたので同じ年頃の少年らに比べればそれなりの知識がある……色々効果があるらしい、程度の知識だが。 2、3個取り出して、ぽとん、ぽとんと落とせばビーズの表面がお湯で解けて、湯気に混ざってふんわり林檎に似た仄かに甘く爽やかな香りが広がった。 「……へへー」 何となく嬉しくなって、葛馬は手早く身体を洗うと急いで広々した湯船に飛び込んだ。 「気持ちいー……ん、イー匂い」 ミルク色になったお湯を両手で掬って流れ落ちるそれにくふふと満足気な笑みを浮かべる。 匂いがイイだけではなくて、リラックスだとか元気が出るとか色々あった気がすると思い出しつつ、葛馬は仰のいて浴槽の縁に頭を預けた。 高めの天井に向かって昇っていく湯気を見やりながら、大きく息を吐く。 お湯の温かさと穏やかな香りに促されるようにだんだん身体の力が抜けて、ぷかりと腕がお湯に浮かんだ。 （ふわー……そういや、マッサージしとけって言われたっけ……） 練習で身体を酷使した後は風呂で身体を温めてマッサージすると良い、らしい。 （でももー、面倒くさー……） このまま眠ってしまいたくなるような心地だ。 睡魔に誘われるように瞼を伏せると、背後でカタリと小さく音がして。 すっと冷えた空気が流れ込んでくるのに気付いて葛馬は目を瞬いた。 （………んー？） 「……カーズくん、僕も一緒入っていい？」 なんだろう、そう思って振り向くと。 鍵をかけていなかった扉を細く開けて、其処からスピット・ファイアが顔を覗かせていた。 それも真っ裸にタオルを巻いただけの格好で、準備万端って感じで。 「………って、おま、ハナから入る気まんまんじゃねえか！！」 一応許可を取ろうと言う気はあったらしいが、あくまでも一応で。 どう見ても断らせる気のない格好だ。 思わずばしゃぁ、と派手な水音を立てて立ち上がってしまって。 「ッ！！」 其れから葛馬は慌てて湯の中にしゃがみこんだ。 向こうはタオルを巻いているがこっちは手ぶらで、丸見えだと気付いたからだ。 「たまにはいいでしょ。身体、洗ってあげるよ」 「よよよ、良くないッ！」 お湯の暑さだけでなく、顔が熱い。 心臓がうるさいぐらいバクバク音を立ててるのがわかる。 赤くなった顔を隠すように顎の先まで湯に浸ってぐりんと男に背中を向ければ、その間に近づいてきたスピット・ファイアにふわりと頭を撫でられた。 「……大丈夫、何にもしないよ？」 クスクスと楽しそうに笑う音がムカつく。 別に、そんなことを考えてるんじゃない。 裸、見てたらこないだのことを思い出してしまいそうな気がして直視できないだけだ。 ……それぐらい、あれは衝撃体験だった。 そう思って、途端色々思い出してしまってますます動けなくなった。 （……ギャー！ギャー！ギャー！ 忘れろ、落ち着け俺！！） 素肌を滑る、熱を帯びた掌の感触だとか。 酷く大切そうに名前を囁く、甘く蕩けるような声だとか。 一見細身に見える癖に、しっかり筋肉が付いた綺麗な身体だとか。 色々蘇ってきて、その一つ一つが全部、ヤバイ。 「………カズくん？」 いつまでたっても動かない葛馬を不思議に思ったのか、男が手を伸ばして葛馬を振り向かせようとして。 「……ぎゃー！！」 結果、耳元で名前を呼ばれる形になった葛馬は奇声を上げてその腕を振り払ってしまっていた。 「っ！」 ばしゃばしゃと大きく湯を掻いて逃げ出そうとするのに飛沫と言うには大量の、波が立つ。 背後で小さく息を呑む音が聞こえて、はっとして振り向けば。 「……その反応は流石に傷付くなぁ」 葛馬が跳ね上げた波をモロに浴びたらしくずぶ濡れになって、いつもはふんわり柔らかそうにスタイリングされた髪を額にぺったり貼り付けた男がいた。 （ぷっ……） 貼り付いてストレートになった前髪と、困ったように、どこか拗ねたように眉を寄せる表情が相俟って幾分幼く見えて、いつも一部の隙もないぐらいキメにキメてる男だけになんだか妙に可笑しい。 思わず噴出しそうになって、けれど流石にここで笑っちゃ不味いと思った葛馬は慌てて両手で口元を覆った。 「……ん？ どうしたの？」 覗き込まれて、近くなって、ますます可笑しくなって。 「な、なんでもっ……っ、ぷーッ！！」 結局葛馬は最後まで笑いを堪えることができなかった。 「………そんなに可笑しかった？」 「だーってオマエ、そのアタマはねーだろ、そのアタマは」 一頻り笑って、可笑しいを通り越したら今度は何だか嬉しくなってきて、葛馬は笑いながら手を伸ばしてスピット・ファイアの前髪を掻き上げた。 「濡れたらこんなもんだと思うけどなぁ……」 大人しくされるがままの彼の前髪を全部掻き上げてオールバック状態にしてしまうと、綺麗に整った顔が良く見えて気恥ずかしいような、擽ったいような不思議な感じがする。 （こんな無防備なスピット・ファイア見たことがあんの、多分俺だけだよな……） スピット・ファイアは基本的に今まで恋人をマンションに上げたことはないと言っていた。 追求したら色々、葛馬の想像を超えるような知りたくないような事実も出てきそうだけど、でもそれはそれで。 前の恋人のこと、ぐじぐじ聞いたりするのは男らしくないと思うから聞かないし、考えても仕方がないことだから考えないようにしている。 （だってさぁ……） 多分、彼がこんな風に無防備な顔をするのは自分の前でだけだ、と。 それがなんとなく、わかってしまうからだ。 目を閉じて穏やかな笑みを浮かべ葛馬の指先を受け入れる様に、飼い主に毛並みを撫でられて心地良さそうに目を閉じる大型犬を連想して。 多分、あんまり間違ってないんじゃないだろうかと思った。 スピット・ファイアに言わせればカズ君の方こそ無防備すぎると言うことになるのだろうけれど、でも多分、本当はお互い様なんじゃないかと思う。 （……なんだ、意外となんでもないじゃん……） さっきまであんなに緊張していたのが嘘みたいで、なんでもないことにガチガチになってた自分が可笑しくなってまた少し笑ってしまった。 「なぁに？ どうしたの？」 葛馬の笑う気配に男が瞼を開けて、男にしては長くてくっきりした睫に彩られた赤ともオレンジともつかない夕焼けに似た色の瞳が覗く。 「なんでもねーよ、それより冷えんぞ？ 入るならさっさと入れよ」 幾ら温かな蒸気の満ちた風呂場とは言え半端に濡れたままいつまでも湯に浸からずに居たら風邪を引く。 広い湯船は二人入っても十分なスペースがありそうだと判断して、葛馬はすぃっと男の傍を離れて彼の入るスペースを空けてやった。 「……いいの？」 「そのつもりで入ってきたんだろーが」 呆れたように告げれば、帰ってきたのは予想外に困ったような気配が帰ってきた。 「ホントはね、髪。久し振りに洗わせて貰おうと思って……でもカズ君が慌てるから面白くなっちゃって」 「……面白くなっちゃってじゃねーだろ」 遊ばれていたのだと気付いて、葛馬は唇を尖らせてぶくぶくと鼻先までお湯の中に沈んで男に背中を向けた。 「最近弄ってなかったからね。トリートメントしてヘアパックして……また暫く触れなくなりそうだから今のうちに思う存分触らせてもらおうかなぁって」 「……髪フェチめ」 「大事なスキンシップの一環です。洗いっこも楽しそうだけどそっちはカズ君がもう少し慣れてからかなぁ……」 明らかに上から目線の、くすくすと笑う音にちょっとムッとして。 「………別に、ヘンなことしないんならいいけど」 そっぽを向いたままぼそぼそと呟けば、男は目を丸くして。 考え込むように首を傾げて、それからにっこり綺麗に笑った。 「……んー……やめとく。カズ君がもうちょっと大人になってからね」 「テメェの都合でガキ扱いすんなつってんだろーが！」 其れがまた、むかついたから。 「……アイタタタ、痛い、痛いよカズ君！」 葛馬は手を伸ばして思い切りスピット・ファイアの耳を引っ張ってやった。 |
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あれ、アイオーンは何処に？（笑） 半年近くあいて、ようやく更新です……予定とはだいぶ違った方向に。 スピとカズ君はだいぶかけるようになってきましたが、まだ色々考察しながら出ないとかけないアイオーンを書けるほど回復していないようです……。 それにしても、去年の今頃に比べると明らかに文章を書くスピードが落ちていて泣けてきます……。 |