TeaParty ~紅茶のお茶会~

『世紀末のお茶会』

「優しい声4」15555Hit ぶりぶりさまへ♪

 どのくらい、そうして抱き合っていたのだろうか。
 急に恥ずかしいように思えて、緒方は軽く身じろいだ。
「緒方君?」
 緒方が離れようとしていることに気付いて、高杉は不思議そうに声をかけた。
「あっ…」
 そして気付く。今の緒方は二人の関係を憶えてないという事実を。
 そっと、でも名残惜しげに高杉は抱き締めていた腕を緩めた。
 今まですぐ傍にあったぬくもりが、離れてしまう。二人は心の中でそう思った。
「あの、すみませんでした」
 なんとなく、自分のとった行動が恥ずかしく思えて、そしてそのぬくもりが去ったことが淋しく思う気持ちに気付いて、緒方は謝罪の言葉を述べた。
 高杉の涙を見た瞬間、なぜだかわからなかったけれどどうしても抱きしめたくなった。自分のせいで泣かせてしまったのだということが、無性に許せないように思った。
 それでも、何でそう思ったのか、それがわからない。何か、本当に大切なことを忘れている。忘れてはいけない、何かを。
「誤る必要なんてないよ」
 答えながら、高杉はこの3日間でもう何回も感じている淋しさをぐっと堪えていた。
 緒方からそんな風に言われることはやっぱりつらかった。たぶん、自分のことを抱きしめてくれたのは緒方だからだ。それはわかる。けれど、今の緒方はそれを自覚してやっているわけではない。それが、誤られたことで痛いほどわかってしまう。遠慮されているようにも感じてしまう。もっと頼ってほしいのに。
「僕も寝ているところを起こしてしまったけれど大丈夫だったかい?」
 ふと、緒方の眠りを邪魔してしまったことを思い出し、高杉は心配になって尋ねた。
 起こさずにはいられなかったけれど、緒方の顔は少し疲れているように感じ、自分のわがままで眠りを邪魔してしまったことを高杉は後悔していた。
「大丈夫です。あ、俺、帰ってきたのも気付かず寝てたんですね。えっと、おかえりなさい」
 思い出したように、緒方はそう言って高杉に微笑みかけた。
「ただいま。さて、夕飯の支度をしないとだね。緒方君は休んでいていいよ」
 高杉はそう言って立ち上がった。
「いえ、手伝います」
 少しでも何か思い出すきっかけになれば。そう思って緒方は高杉の後を追うように立ち上がり、二人で台所へと向かった。

 夕飯の支度の手伝いも、夕飯を食べているときも、その片付けの時も、緒方は何か思い出すきっかけはないかと一つ一つのことに注意深く神経を尖らせていた。
 昼間、一人で過ごしていたときよりも、高杉と一緒の時のほうが何か思い出せるような気が、何故かしていた。
「そういえば…昼間このカップ使っていたみたいだけど」
 洗った食器を拭きながら、高杉は帰ってきたときにリビングで見つけたカップを緒方に見せるように振り返った。
「こっちの色を選んだのは無意識かい?」
 色違いで入っていたはずなのに…そう思って高杉は尋ねた。
「こっちの色のほうが、なんか好きなような気がしたんですよね」
 緒方はそのカップを手にとって、食器棚に残るもうひとつのカップと見比べるようにそう言った。
「ちゃんと自分のほうを選ぶものなのだね」
 何もかも忘れてしまったわけではないように思えて、高杉はなんだか嬉しかった。
「あぁ、でも、あんまり考えずにこれにしようって思った気もします。あっててよかった」
 本当に些細なことでも自分の記憶を自分で見つけられたように思えて緒方も嬉しくなった。
「好きなものとかって、無意識に憶えているものなんですかね」
 そう言って、何か好きなものを思い出そうとして、緒方は急にぽっかりと穴が開いたような虚無感に襲われた。
 一番大切な、何かを忘れている。一番好きなものを、覚えていない。
「緒方君?」
 笑顔で話をしていた緒方の表情が突然真剣なものに変わり、高杉は心配になって声をかけた。
 その声のする方に緒方は顔を上げた。見つめてくる高杉の視線と緒方の視線がぶつかった。
 瞬間、霧がかかってもやもやとしている空間に、光が差し込んだように緒方は思った。
「あっ」
 けれどそれはほんの一瞬で、何もつかめないまま、またもやだけが残る。
「何か、つかめそうな気がしたんですけど…」
 まるで何かをつかもうとしたかのように、緒方は無意識に手を伸ばしていた。その手の先には高杉がいる。
 病院で目が覚めてからずっと、何度となく名前を呼びかけてくれている高杉のその視線が真っ直ぐと向けられていることを、緒方は急に恥ずかしいように思った。目が覚めてからずっとなんだか嬉しく思っていた緒方には、嬉しいことも恥ずかしいこともどうしてか理由が分からない。けれど、こんな視線を記憶をなくす前の自分が受けていたのかと思うと、恥ずかしさとともに急に焦りのようなものも感じてしまった。
「緒方君?」
 何かを思い付いたように、思い出したように輝いたように見えた緒方の表情が、また何かを探すようなそんな表情に戻った途端、急に緒方の顔が赤くなって、高杉はもう一度その名前を呼んだ。
 コロコロと変わる緒方の表情は、今までなら見ていて楽しいものだったが、こんな状況の中では気になる材料にしかならない。
「あの、えっと…」
 緒方は何か言おうと口を開くが、何を言っていいのか思い付かなくて慌てるだけになってしまう。
 こんな時、自分はどう返していたんだろうか。
 そう考えて、少し淋しくなる。記憶を失ってからの3日間で一番、緒方は焦っていた。
 不思議と今まで焦りはほとんどなく、きっと自然に思い出すさ、くらいの気持ちしかなかったのに、今はどうしても思い出したくて仕方なくなっていた。
「俺は、何で忘れちゃったんだろう…」
 緒方は今日、二度目になるその言葉をつぶやいた。
 でも、さっき言った時と少し気持ちに変化があった。今まで、闇雲に自分の記憶を探していた緒方にとって、思い出したいことは記憶の全てだったけれど。
「どうして、あなたを忘れてしまったんだろう」
 今、目の前にいる高杉のことを、せめて高杉のことだけは思い出したいと緒方は切に思った。
 高杉は緒方の言葉で記憶を失った緒方を前にして自分が初めに思ったことを思い出した。口に出して、でも最後まで言えなかった言葉。
 自分のことも忘れてしまった、と気付いた時、心に重たい何かがのしかかってきたような感覚だったけれど、逆に無感情だったようにも思った。高杉はその現実を無意識に拒否していた。悲しいとか、悔しいとか、淋しいとか、そんな感情は後からわいてきた。
 せめて自分だけは…そんな身勝手な思いもあったのかもしれないと、高杉は思った。誰よりも一番、忘れてほしくない人なのだから、そう思うのも仕方のないことなのかもしれない。
「ゆっくり、思い出してくれればいいよ」
 それが強がりではないとはいい切れないけれど、それでも高杉が無理をしてほしくないと思っているのも本当の気持ちだった。
「…。俺、頑張ります!」
 少し考えた後、緒方はそう言ってガッツポーズをとった。
 それはとても緒方らしい行動で、高杉はなんだかとても嬉しくなった。



2007.11.15
5年ぶりに再開…ですが話が進んでません。
まだ続いてます…。
次回は急展開?????