TeaParty ~紅茶のお茶会~

『世紀末のお茶会』

「神様からの贈り物6」

「ところで…」
みんなで食事を始め、大半が高杉さんの手料理だったお皿がちょうど残り半分くらい…というところで式部が思い出したかのように口を開いた。
「俺達を集めた理由っていうのは、まだ教えてもらえないんですかね」
確かに。何となく俺は言うタイミングを失っていたし、やっぱり何と言っていいのかわからなかったのもあり、自分からこの話題にはふれていなかった。
「そうだね。本題が後になってしまっていたね」
高杉さんはそう言って俺の方を振り返った。
「どっちが言います?」
俺は思わず小声でそう聞いてしまった。
「どっちでもいいよ。…でも、そうだな、僕が言った方がいいのかな」
高杉さんはそう言って優しく笑った。なんだかすごい安心感があって、俺は小さく、お任せします、とだけ伝えた。
「みんなに集まって貰ったのは実は重大発表があってね」
それでも高杉さんがそう話し始めると、なんだか俺は緊張してしまう。
「どうしたの?」
その場の雰囲気が急に変わったせいか、緑君は少し戸惑っている様子だった。
「お兄ちゃんの大事な話だからな。少し静かにしてような」
式部は緑君を自分の膝の上に座らせてそう言うと、頭をなでて安心させていた。
「はい」
緑君は元気に答えている。そんな二人の様子を堤さんは優しい目で見つめている。
その自然な親子の会話と行動に、俺の緊張も少しだけ解けたような気がした。
「何があったんですか?」
少しわくわくした感じの、まだ幼さの残る顔で猛君は高杉さんにそう言っていた。その隣では耕平が、眠くなり始めた耕介を抱いて、背中をぽんぽんとたたいている。
目の前で繰り広げられる2組の親子のその光景は、とても穏やかで、俺は無意識に高杉さんに手を伸ばしていた。高杉さんの手を握り、そして逆の手はそっとお腹に触れた。俺たちも、親子3人になったんだ。
「実は、僕たちにも、念願の子供が出来たんだ」
俺が握った手を強く握り返し、そして静かにそう言った高杉さんは本当に幸せそうに見えた。
高杉さんが幸せなら、俺ももちろん幸せだ。
言ってしまえばあっさりしたもので、高杉さんの一言で報告は終わってしまった。
「おめでとうございます、高杉さん、緒方君」
最初にそう言って、本当にうれしそうな顔を見せてくれたのは堤さんだった。
「ありがとうございます」
そう答えた高杉さんの言葉を聞きながら、俺はなんだか急に恥ずかしくなってしまい、俺は照れ隠しに笑ってその言葉に答えた。
「とうとうお前がなぁ…。おめでとう、緒方」
そんな言葉言ってくれた式部の顔は、学生の頃から変わらない悪友のもので、俺はそれがなんだかうれしかった。
「おめでとうございます、お義兄さん!耕介にも従兄弟ができるんだな」
猛君はうれしそうに、楽しそうに耕平に話し掛けていた。
「耕介に従兄弟ね…。それで俺たちを集めたわけか…。ま、めでたい事だからな」
耕平の言葉はそんな感じだったけれど、それがまた耕平らしいし、その言葉に込められた気持ちは顔から現れていて、ちゃんと伝わってきたから、すごくうれしかった。
「どうしてもみんなにこうやって報告したくてね。わざわざ集まってもらう事にしてしまったわけだけれど…」
「ま、こういった事でもない限りいっぺんに集まる事もめったにないんですから、むしろ良かったですよ」
高杉さんの言葉にすぐに答えてくれた式部のその言葉が俺たちにとって、すごくうれしかった。
「というわけでだ。緒方、めでたい席には何かが足りないんじゃねーのか?」
にやりと笑った式部のその顔で、何を言わんとしているのかすぐに分かり、あまりのらしさに俺は思わず笑ってしまった。
「まったく、しょーがねーなぁ。今持って来るから待ってろ」
そう言って立ち上がろうとした時、
「僕が持って来るから。耕作は座ってて」
優しい笑顔でそう言った高杉さんに、握ったままの手を引っ張られて俺は立ち上がるタイミングを失った。
「すいません…」
俺はとっさにそう言って高杉さんにお願いする事にした。
「あまり無理しない方がいいですよ」
そして猛君にもそう言われ、俺はなんだかくすぐったいような優しさを感じた。
「ありがとう。そうだな、猛君のほうが先輩なんだよな」
俺は笑って答えた。
「ねぇねぇ、何かいいことあったの?」
式部の膝の上で、緑君は一人状況がつかめずきょとんとした顔をしていた。
「あ、そっか。わかんなかったよな。うーん…。なんて言えばいいかな」
俺はそんな緑君に説明しようとしてちょっと考えてしまった。
「赤ちゃんが生まれるんだ。緑君に新しいお友達ができるんだよ」
どういうか悩んだ挙句、俺は結局そのまま素直に言った。
「赤ちゃん?耕介君よりも、もっと小さい子?」
今一番身近にいる耕介と比べて考えようとしている緑君が、なんだかすごく思えた。
「耕介君が生まれた時、逢いに行ったこと緑は憶えていないかな?」
緑君は堤さんにそう言われ、ちょっと考えた仕種をした後、ぱっと笑顔になった。
「憶えてるよ!ちっちゃくて、ぷくぷくしてたね」
とてもうれしそうにそう叫んだ緑君が本当にかわいかった。
俺の子供に対する見方が少し変わったような気がする。
「お待たせ」
ビール類とおつまみを持って戻ってきた高杉さんの一言で、食事会は飲み会へと変わっていった。

「お兄ちゃん、赤ちゃんはどこにいるの?」
周りがみんなほろ酔い加減になってきた頃、緑君は少し不思議そうに、そしてちょっと興味ありげに俺に聞いてきた。
とっても素直な質問ではあるのだけれど、俺はなんだか照れてしまった。
「赤ちゃん?」
そっとお腹に触れていた手に自然と力が入った。まだその存在を感じる事は出来ないけれど、高杉さんと俺の子供は、ここにいるのだ。
「何かあったのかい?」
ちょっと真剣な顔していたせいだろうか。高杉さんはそう言って声をかけてくれた。さりげなく俺の事を気にかけてくれている事がすごくうれしい。
「赤ちゃんがどこにいるか聞いたの。ねぇ、どこにいるの?」
俺がまだ答えていなかったからか、緑君の質問は高杉さんに向けられた。
「赤ちゃんはね…」
その声と共に俺は高杉さんに後ろから抱きしめられた。
「!」
俺はびっくりして瞬間的に声が出せなかった。
「赤ちゃんはここにいるんだよ」
背後からまわされた高杉さんの手は、俺のお腹にそっと触れてきた。
抱きしめられている訳ではなく、ただ腕がまわされただけ。俺はほっとし、そして背中から伝わるぬくもりが心地好くて、俺は別の意味で安心していた。
「赤ちゃん、お腹の中にいるの?」
緑君の目は不思議そうに俺のお腹を見つめていた。
「まだすごく小さいんだ。ここで大きくなって、それから生まれてくるんだよ」
「ふーん。そっかぁ」
俺の言葉に緑君はキラキラと目を輝かせて笑っている。
「僕もお母さんのお腹にいたんだよ。教えてもらったんだ!」
ニコニコと話す緑君が本当にかわいい。子供がいるって事は、なんて心が和むんだろう。
「赤ちゃん、早く生まれるといいね」
「「そうだね」」
緑君の言葉に、高杉さんと俺はそろって返事をした。
「あ…」
本当に同時だった事に驚いて、俺はまだ背中にくっついている高杉さんの事を振り返った。
高杉さんは幸せそうな優しい笑顔を俺に向けてくれた。
「お兄ちゃんたちも、仲がいいんだね」
無邪気な緑君のその言葉は、俺を恥ずかしくさせた。
子供にはかなわない。俺はそんな風に思いながら、お腹に触れられたままだった高杉さんの手にそっと自分の手を重ねた。
一番かなわない高杉さんの、その優しい手に…。

「空いた食器はこれで終わりだよ」
とりあえず、一旦片付けをしようと洗い物をしていた俺は、食器を持って来た高杉さんにそう言われてスポンジを持ったまま振り返った。
「あ、高杉さん、俺洗って行きますから…。みんなと座っててください」
食器を受け取りながら俺はそう言ったけれど、高杉さんは戻らずに隣で洗い物を手伝ってくれた。
「耕作だけに任せる訳にはいかないからね」
その言葉と優しい笑顔がすごくうれしい。
「それに…。気になる事があるからね」
俺が洗った食器を受け取りながら、高杉さんは少し真剣な顔をしている。
「気になる事っスか?」
何の事かまったく分からなくて、俺は聞き返した。
「さっき、緑君と話していた時、何か言いたそうな感じがしたからね」
高杉さんの言葉に、俺は少しドキッとした。それはたぶん、俺が高杉さんの手に触れた時の事だと思う。けれど、高杉さんはどうしてこう、勘が鋭いのだろうか。
「ああ、あの時ですね。別にたいした事じゃ、ないんっスけどね」
俺は笑いながらそう言った。
「俺、子供にはかなわないなぁって思ったんです。…俺たち、大人になって少しずるく笑う事を覚えてしまったんだなぁって。でも、子供って本当に素直なんですよね。自分の気持ちを真っ直ぐに包み隠さず言える事が、すごく羨ましいというか、思い出させてもらったというか…」
俺は一度言葉を切って高杉さんの事を見つめた。
「それに、高杉さんはいつも俺に言ってくれるじゃないですか。俺はちゃんと答えてるのかなぁって思ったんです」
俺が話している間、高杉さんはジッと俺の事を見つめていてくれた。なぜか、いつもみたいな恥ずかしさは感じられなかった。
「まるっきり言わないわけじゃないだろ?それに言葉に出さなくても、ちゃんと伝わっているから大丈夫だよ」
本当に優しい、その言葉。本当に優しい、その笑顔。俺はいつも高杉さんの優しさに甘えてばかりだ。
「でも…いつも言って欲しいかな」
にっこりと笑ったその顔が、いつもみたいにちょっとイタズラを帯びていて、でも、こんな表情の高杉さんがまた大好きな俺なんだから、仕方ない。
「でも高杉さんは言い過ぎです。価値なくなっちゃいますよ」
俺がうれしくて、そして恥ずかしくなってしまう言葉を、高杉さんは1日に何回でも言ってくれる。
「そんな事ないよ。緒方君にかなうものなんて、何一つないんだから」
そしてまた、そうさらっと言ってくれるのだ。
「高杉さん~」
俺は思わず情けない声を出してしまった。
「ところで…」
再度何か考えていそうな表情で顔を覗き込まれ、俺は思わずちょっと構えてしまう。
「さっき、何が言いたかったのかな?」
高杉さんにとっては、さっき言わなかった言葉が、一番気になっているみたいだった。
「言わなくても…伝わっているんじゃないんですか…?」
俺はちょっと意地悪くそう言った。
「耕作は…意地悪だなぁ」
「お互い様ですよ」
そう小さくつぶやいた後、ちょっとすねた表情をしている高杉さんに、俺は何の予告もなくそっと口付けた。
「愛しています」
そして、もっと小さな声でそう言った。



2000.8.21