TeaParty ~紅茶のお茶会~

『世紀末のお茶会』

「神様からの贈り物7」

「大丈夫かい?」
優しい高杉さんの声に、俺は返事をしたくてゆっくりと目を開けた。
「何とか…」
そんな返事をした俺の声は、たぶん大丈夫には聞こえないようなくらい小さな声で、言ってからちょっと後悔した。
「大丈夫なわけがないんだよね…」
覗き込んでいる高杉さんの表情がなんだか苦しそうで、俺はすごく申し訳なく思った。
「今日はいろいろあって緒方君に無理をさせてしまったからね」
報告も済み、みんなそれぞれの家へと帰るのを見送った玄関で、俺は緊張が解けたのか安心したのかそれまで何でもなかった気持ち悪さが急に込み上げてきて、高杉さんにしがみつくように倒れてしまったのだ。
そのまま部屋まで運ばれてしまい、俺はベッドの中でうずくまっている状態だった。
「無理はしてないっスよ」
答える俺の声はまだ小さくて、でも無理をした自覚症状は本当になかったからはっきりとそう言った。
「本当に、ずっと調子良かったんですけどね、さっきまで。安心したのかな…」
困ったような高杉さんの表情を見るのが辛くて、俺は笑いかけるようにそう言った。
「耕作…」
こんな時に呼ばれる名前は、なんだかすごく優しくて、恥ずかしくて、でもすごくうれしい。
「高杉さん…」
何で気持ち悪いのくらい我慢できないんだろうかと自分を責めたくなってしまう。
「負担はやっぱりかかってしまうんだよね…。僕が代わってあげられたらいいのにな」
優しく触れられる高杉さんの手の感触にゆっくり目を閉じながら、俺はもったいないくらいの幸福感にひたっていた。
「大丈夫ですよ。全然大丈夫です。高杉さんと俺の子供なんですから」
この気持ち悪さも逆に考えれば今は子供の存在を実感できる唯一の感覚だし、それを感じる事が出来ると思えばなんて事ない。
「俺は、高杉さんに心配をかけてしまうって事の方が嫌です」
高杉さんがすごく心配してくれるのが判るから、そういう性格だという事を知っているから、あまり心配をかけたくないと思ってしまう。
「僕が緒方君の心配をしないわけがないだろう?」
やっぱり返って来る優しいその言葉に俺はうれしい反面、やっぱり申し訳なく思う。
「僕には心配する事くらいしか出来ないからね」
俺は手を伸ばし、高杉さんの手をぎゅっと握った。
「洋一郎さん…」
傍にいてくれるだけでいいです…。俺は心の中でそうつぶやいた。
「耕作?」
高杉さんの声がすごく優しい。
俺は答える余裕がなくて、ただただその手を握りしめていた。

『なに~!!』
ドア越しでもはっきりと聞こえるその声に俺は目を覚ました。
俺は何時の間にか眠ってしまっていたらしい。
『ほ、本当なのか?』
聞こえる声は高杉さんのものではなく、俺は寝ぼけた頭で考えをめぐらせてみた。
声はそれっきり聞こえなくなったから、俺は気になって部屋を出ることにした。
「あ、坂本さん」
リビングに行ってみるとなんとも表現しがたい表情をした坂本さんが座っていた。その坂本さんとは対照的に、やけに幸せそうな顔をした高杉さんが俺の声に振り返った。
「緒方君、大丈夫かい?」
そう言ってわざわざ俺の傍まで来てくれた高杉さんの表情は、とたんに心配そうなそれに変わっていた。
「おかげさまで。もう大丈夫です」
寝起きでまだ本調子ではなかったけれど、俺は笑ってそう答えた。
「本当に?」
でも、高杉さんにはわかってしまったのだろうか、そんな風に聞き返されてしまう。
「大丈夫っスよ。病気って訳ではないですからね」
なんだか高杉さんの事を見ているだけで調子悪いのなんか吹っ飛んでしまいそうに思えた。
「お取り込み中、大変申し訳ないんだが…」
高杉さんの背後から坂本さんの声が聞こえ、俺は高杉さんを見つめていた視線を坂本さんの方へ向けた。
「あ、すいません、坂本さん」
「い、いや…」
答えた坂本さんは、なんだか複雑な表情をしていた。
「とにかく座ろうか」
高杉さんの一言で、俺もその席に座った。
「ところで…。緒方君に子供が出来たと聞いたんだが…」
座ったとたん、坂本さんに真実を確かめるような、でも少し恐る恐るといった感じでそう聞かれた。
「実は、そうなんですよ」
なんだか改まって聞かれるというのはやっぱり恥ずかしくて、俺は思わず苦笑いで答えてしまった。
「やっぱり本当なのか…」
坂本さんの表情は、さらに複雑なものになっていた。
「だから本当だと言ったじゃないか」
高杉さんは坂本さんにそう言って笑いかけていた。
その表情は本当に幸せそうで、でもその心の中に自慢も含まれているのが分かってしまったから、俺は思わず笑ってしまった。
「いや、しかし、急に言われて急に信じろと言われても無理に決まっているではないか」
そんな風に言う坂本さんの気持ちは良くわかる。
「俺も初めて聞いた時には信じられなかったですからね」
病院内に響き渡るくらいの大声で叫んでしまった事をふと思い出した。
「まさか俺が、って思っちゃいましたよ」
思いがけず、本当に急に言われてしまったから。うれしい気持ちよりびっくりする気持ちの方が勝ってしまっていた。
「緒方君でさえ信じられなかったのだ。私が信じられなくても当たり前ではないか」
坂本さんはそんな風に高杉さんに突っかかっていた。
「ま、でも本当だと分かって貰えて良かったよ」
高杉さんの顔は完璧に自慢モードに入っていて、さっきから笑顔が絶えなかった。
喜んでもらえている、という事が、俺にとってはうれしくて仕方なかった。
「しかし…高杉と緒方君のところも…とは…」
考えるようなそんな表情で坂本さんはつぶやいた。
坂本さんからすれば、俺たちのところに子供が出来たっていうのはすごく気になる事なのかもしれない。何といっても高杉さんは坂本さんの親友(それも大分ライバル視しちゃう位の…)だし、それに桂君との事もあるからだ。
…?そういえば。
「そういえば…。桂君は一緒に来れなかったんですか?」
ふと思い付いて、俺は坂本さんに尋ねた。都合が悪いという連絡は受けていたから、俺はてっきり一緒の用事だと思っていた。
「ああ、どうしても用事が終わらないらしくてな。だから私だけ来たのだ」
「本当なら2人揃って聞いてもらいたかったんだけどね」
高杉さんはちょっと残念そうにそう言っていた。
だけど2人揃ってだったら…。俺はなんとなくその状況を思い浮かべて苦笑いをしてしまった。

「もうこんな時間なのだな。そろそろ私もお暇するか」
弾んでいた話にちょうどキリが付いた頃、坂本さんは時計を見てそう言った。
気が付けば9時をとっくに過ぎていた。
「今日はわざわざすまなかったね」
高杉さんは立ち上がりかけた坂本さんにそう声をかけていた。
「いや、いいさ。いい話なのだからな」
そう言って貰えると、俺もうれしい。
「緒方君も身体に気を付けて、無理は…高杉がさせないな」
坂本さんは俺と高杉さんを交互に見ながら、ちょっと笑っていた。
「はい、ありがとうございます」
俺がそう返事をした時、隣の高杉さんにそっと手を握られた。
「僕が無理をさせるわけがないだろう?」
そして坂本さんにそう答えている。
言葉は坂本さんに向けて、そしてそれを証明するかのように行動されて、俺は高杉さんの思いをすごく実感した。
すごくうれしくて、でも守られるばっかりも嫌だなぁなんて贅沢なことを考えてしまう。お互い、助け合っていかれたら…俺はそう思いながらその手を握り返した。
「桂君にも、よろしく伝えて下さい」
坂本さんがこの事をどんな風に報告するのかちょっと想像が付かない。
なんだかひともめあるかも…。
「ああ。伝えておくよ」
そう答えた坂本さんはやっぱりちょっと複雑な表情だった。
「それじゃ」
坂本さんを送ろうと俺が立ち上がりかけた時、それを高杉さんに止められてしまう。
「緒方君は座ってていいよ」
さっき、気持ち悪くなったせいだろうな。
「大丈夫っスよ」
と、もう一回立とうとして今度は坂本さんに止められてしまう。
「私のせいだと後で高杉に言われるのは嫌だからな。緒方君はゆっくり座っていてかまわないさ」
「それじゃ、お言葉に甘えて」
2人から言われ、なんだかくすぐったく思いながらも、心配してくれているってすごく分かるからその言葉の通り俺は座り直した。
「また、ゆっくり遊びに来てください」
俺はそう言って坂本さんの事を見送った。

「今日は1日お疲れ様」
坂本さんを送ってリビングに戻って来た高杉さんは、そう言って優しい笑顔を俺に向けてくれた。
「高杉さんこそ。昨日仕事で今日も早起きで…。お疲れ様でした」
疲れているのは高杉さんの方が大きいと思う。俺がしようと思う事の半分以上を高杉さんは先にやってくれてしまったし、俺なんか座っている事の方が多かったくらいだ。
「僕は大丈夫だよ。それより緒方君はもう大丈夫なのかい?」
さっきと同じ。とたんに心配そうな表情に変わって優しく俺に触れてくれる。
「大丈夫です。高杉さんの顔見てたら気持ち悪いのなんか吹っ飛んじゃいましたよ」
俺が笑ってそう答えると、高杉さんの表情も優しいものに戻って俺はうれしく思う。
心配されるよりも、笑顔を見せてくれる方が何倍もいいと思う。
「耕作…」
そう言ってそっと引き寄せられて、俺は幸せだなぁって思う。もったいない位の、でも絶対に手放せない幸福感。
「洋一郎さん」
なんとなくまだ呼びなれないその名前を、でもこんな時だからこそ呼びたくて、俺は高杉さんの腕の中でそっとつぶやいた。
「愛しているよ。耕作も、僕たちの子供も…」
俯いたままの俺の顔をそっと持ち上げられて、間近でそう告げられる。
その顔はとっても真剣で、俺は胸の奥の方がぎゅっと締められそうな感じがした。
「俺も…愛してます…」
そのあとの言葉は高杉さんのキスで言う事は出来なかったけれど。
洋一郎さんも、俺たちの子供も…何よりも一番に愛しています…。



200011.11~12.3