TeaParty ~紅茶のお茶会~

『世紀末のお茶会』

「神様からの贈り物4」

"カチャン"
玄関から聞こえた鍵の音で、俺は目を覚ました。どうやらソファーでうずくまったまま、寝てしまったらしい。
「ただいま」
そう言いながらリビングに入ってきた高杉さんの顔を見たとたん、俺はなんだかすごい安心していた。
「お帰りなさい」
そう言って時計を見ると、夕方の7時。思ったより早く帰って来られたようだ。
「身体は大丈夫かい?」
寝起きで少しぼーっとしたままの俺の顔を、のぞき込むようにして高杉さんは俺のことを見ている。そんな高杉さんの顔は、もう見慣れている。それでもなんとなく気恥ずかしい感じがするのは、どうしてなんだろうか。
「何かあった?」
少し心配そうな表情に変わって高杉さんはそう訪ねてきた。俺が、何も答えなかったせいだ。
「いえ、大丈夫です。式部から電話があったくらいで…特に何もなかったですよ」
「式部君から?」
俺の言葉に、高杉さんはちょっと驚いたようにそう聞き直した。
「はい…。どうしたんっスか?」
高杉さんが式部のことで驚くなんて、一体何があったんだろうか。俺はちょっと不思議に思った。
「いや、別に…」
なんとなくはぐらかすような高杉さんの言葉に、俺は何かあるなぁと思った。
「高杉さん、何隠してるんですか?」
俺はそう言って高杉さんのことを見つめた。普段どんなことでもさらっと言ってしまう人なのに、こうやってはぐらかす時は決まって何かある証拠だった。
「さっき式部君の家に電話をかけたら、堤さんと緑君しか居なかったからね。それだけだよ」
にっこり笑って高杉さんはそう言うと、自分の部屋に戻ろうとしていた。
「式部の家に電話??」
今度は俺が驚いた。高杉さんが式部の家に電話した理由が全然分からない。
「とりあえず着替えてくるよ。話は後でちゃんとするから」
笑顔のままそう言われると何も言えない。別に不安な訳ではないけれど、なんだかこう、すっきりしない。俺はソファーに座ったまま、なんとなくそのまま高杉さんのことを待っていた。

「高杉さん…。そろそろ話して下さいよ」
夕飯を食べ、片づけもして、お風呂にも入ってしまったそのあと、新聞を読んでいた高杉さんに俺はそう言って声をかけた。高杉さんが話してくれるのを待っていたけれど、話す気配がまったく感じられなかった。
「ああ、そうだね。別にたいしたことではないんだけど…」
新聞をたたみ、高杉さんは俺の方を向いて話し始めた。
「実は明日、みんなを家に招待しようと思ってね。勝手に決めて悪かったんだけど」
高杉さんはあっさりそう言った。
「…え?招待って…」
俺は状況がつかめず、そう聞き直した。
「みんなに報告しようと思ってね。いっぺんに集まってもらえば一回で済むだろ」
「それはそうですけど…。でも、俺たちが行っても良かったんじゃないですか?」
わざわざみんなを呼ばなくても、と俺はそう思った。
「君に無理はさせられないからね。出掛けるとつらいだろ?」
高杉さんは笑顔でそう答えた。俺のことを考えてくれたんだ。そう思うと、とてもうれしくなった。
「仕事にも行くんですから、大丈夫ですよ」
それでも、実際すごくつらいわけではないから、俺はそう答えた。
「そうだとしても、緒方君は頑張って無理をしてしまう方だからね。休みの日くらいゆっくり休まないと」
高杉さんはいつも俺のことを一番に考えてくれる。
「高杉さん…」
俺は、どちらかというといつも突っ走ってしまう方だから、気が付けない時がある。でも、こうやっていつもいつも見守ってくれている存在があるからこそ、俺は結構好き勝手にやってこれたのかもしれない。
「俺、いつも高杉さんに寄りかかってばかりですね」
少し反省した。
「そんなことないよ。僕は緒方君に対しては頭が上がらないからね」
そんな風に言われて、俺は照れてしまう。どうして、こう、人がうれしくて恥ずかしくなってしまう様なことを平気で言えるのだろうか、高杉さんは。
「そんな事…!!」
俺が反論しようと顔を上げると、高杉さんの優しい笑顔があって、それ以上何も言えなくなってしまった。
「とにかく、明日は忙しくなると思うんだ。今日はゆっくり休まないとね」
なんだか話をはぐらかされたような気もしたけれど、俺はちょっとだけ高杉さんに甘える事にした。
「でも、高杉さんが大変じゃないっスか。今日は仕事で、明日みんなが来たら休む暇がなくなっちゃうじゃないですか」
肝心な事に気が付いて、俺はそう言った。
「大丈夫だよ。…あ、やっぱり大丈夫じゃないかもしれない。どうしたらいいと思う?耕作」
言うなり高杉さんに抱き付かれて俺はびっくりしてしまう。しかし…どうしてこう、うまいタイミングでこういう態度をとってくれるんだろうか…。
「そうですね…きっと俺の傍に居れば、ゆっくり休めると思いますよ」
俺はそう言って高杉さんに笑いかけた。
「そうだね…今日は君の傍に一晩中居させて貰うよ」
そう言った高杉さんの笑顔が、なんだかすごく幸せそうで、俺はちょっと照れながら、そして同じように幸せな気分になった。

「耕作君、起きられるかい?」
日曜日。俺は高杉さんの声で目を覚ました。
「あ…おはよーございます…」
まだ寝ぼけたままの思考回路で高杉さんの姿を探し、俺はそう答えた。隣にいると思っていた高杉さんは、ベッドの脇に立っていた。
「おはよう。そろそろ起きないと…朝食の時間もあるからね」
俺は思考回路をぐるぐると回転させ、今日の事を考えた。確か今日は、みんなが来る日だから…。支度とかいろんな事をしないといけないんだよなぁ…。
「って、今何時ですか??」
俺は叫ぶようにそう言って起き上がった。とたん、ちょっとクラッとした。
「大丈夫かい??」
気が付くと、俺の身体は高杉さんに抱えられていた。どうやら後ろに倒れそうになっていたらしい。
「あ、大丈夫です…。すいません」
そう言って俺は高杉さんの事を見つめた。
「急に倒れそうになるから驚いたよ…。時間なら大丈夫だよ、まだ9時過ぎたばっかりだからね」
高杉さんはちょっと心配そうな顔をしている。
「9時過ぎって…支度とかあるじゃないですか」
急いで起きようとした俺に、高杉さんは突然キスをした。
「え?」
「大丈夫だよ、ある程度は僕がやっておいたから。緒方君にはゆっくり休んでいて欲しかったからね」
高杉さんの優しい笑顔が目の前にある。それだけでもドキドキなのに、そんな言葉を言われると、もっとドキドキしてしまう。
「けど…」
それでも一応反論しようとしてみる。
「いいんだよ。僕はすごく幸せだからね。こんなに幸せを感じられたのは、耕作のおかげだから…。気にしないでいいんだよ」
高杉さんの顔は、本当に幸せそうで、俺は、すごくうれしかった。高杉さんを幸せにしているのは、誰でもない俺自身なのだ。そう思うと、本当にうれしくて幸せで、もう、怖いものなんて何もなかった。いろいろな心配事も、考え事も、何もかもが吹っ飛んでしまった。
「俺も幸せですよ。すごく、幸せです」
俺は、高杉さんを幸せにするんだ。付き合い始めた頃からずっと考えてきた事が、今また、すごく心に浮かんでいた。
「何もかもに感謝したい感じだよ。耕作に出逢った事、耕作と話せた事、耕作が、僕のものになってくれた事…」
高杉さんの目はとても優しい。この、俺だけに向けられる優しい目が、俺は本当に大好きなのだ。
「俺たち、こうなる運命だったんですよ。きっと、生まれた時から、俺は高杉さんを探してたんだと思いますよ」
なんとなく言葉に出して言うと照れてしまうような事も、今日はなんだかすんなりと言えてしまう。そのくらい、俺は幸せだった。
「耕作…」
俺を呼ぶ高杉さんの声に、体を預けようとして、ふと時計が目に入った。
「高杉さん、もう9時半になりますよ!!早く起きないと…」
急に現実の事を思い出し、俺はそう言った。
「緒方く~~ん。どうしてこの雰囲気を壊すかなぁ」
高杉さんは、ちょっと残念そうな、困ったような顔をしていた。
「だって、支度とかがあるじゃないですか」
「だから、僕がある程度やっておいたって言っただろう?後は朝食食べるくらいなんだから、いいじゃないか」
俺の反論に高杉さんはすぐにそう答えた。
「それとも、僕とこうしているのは嫌なのかい?」
高杉さんの目は、ちょっと真剣だった。
「そんな訳ないじゃないですか…。変な事聞かないで下さいよ…」
俺はすぐにそう答えた。高杉さんの傍に居る事が、こんなに幸せなのに、それが嫌だなんて一度も思ったことがない。
「じゃあ、いいじゃないか」
高杉さんは楽しそうな声でそう言った。
「…高杉さんって、時々すごくわがままですよね…」
俺はつぶやくように言った。
「だって、そうだろ??僕は緒方君の傍にずっと居たいからね」
そう言って抱きしめてくる高杉さんが、俺は大好きなんだから、もう、勝てないんだよなぁ…。
「そんなところも、大好きなんですけどね…」
だから俺は高杉さんには聞こえないような声で、そう言った。
「ん?何か言った??」
それでもばれかけてしまうから、高杉さんってすごいと思うのだ。
「いいえ…。愛してますよ。ずっと、傍にいますから。どこにも行きませんから…」
俺はそう言って高杉さんにそっとキスをした。触れるだけのキスだったけれど…俺にはそれが精一杯だった。
「耕作…」
俺は恥ずかしくて高杉さんの肩に顔を隠していた。きっと真っ赤になっている…。顔がすごく熱く感じた。
「耕作…僕は本当に幸せだよ…」
抱きしめられているぬくもりと、そんな優しい言葉が、俺にとって何よりも幸せな瞬間だった。



2000.2.17~2.28