TeaParty ~紅茶のお茶会~

『世紀末のお茶会』

「神様からの贈り物3」

「高杉さん、行ってらっしゃい」
俺は玄関先でそう言って笑いかけた。
「行ってくるよ。緒方君はちゃんと休んでいるんだよ」
ちょっと心配そうな顔の高杉さんは、そう言って俺の事を抱きしめた。
「高杉さん!!」
俺は思わず声を上げてしまった。
「だって、耕作の事が心配なんだよ。なんだか無理しそうだからね」
耳元に直接聞こえる高杉さんの声から、俺の事を思ってくれる気持ちが伝わって、俺はまた幸せを感じた。
「大丈夫ですよ。ちゃんと家でおとなしくしてますから」
だからそう答えて、俺からも抱きしめ返した。
「……今日はこのまま家に居ようかな…」
高杉さんはちょっと見上げるような目で俺を見ている。
「ダメですよ!!仕事の方が大切です」
俺は、ちょっと顔が赤くなったかもしれないと思いながら、慌ててそう答えた。
「分かってるよ。でも、そうだな…」
上目遣いのまま、高杉さんはそう言って一旦言葉を切った。
「なんですか?」
何かたくらんでいる。瞬時に俺はそう悟ったけれど、逃げる術はない。
「行ってらっしゃいのキスがほしいな」
俺は一瞬何も言えなくなった。と同時に、カッと顔が熱くなったのがよく分かった。今の俺は、とてつもなく情けない位真っ赤になっているはずだ。
「ん?」
高杉さんは俺の顔を覗き込み、ニコニコと笑っている。相変わらずの高杉さんの言葉と行動なのに、今日の俺はなぜかいつもみたいにうまくかわす事が出来なかった。
「今日の耕作は一段とかわいいな」
そして、そんな言葉を素敵な笑顔で言われたりなんかしてしまうと、余計言葉が出なくなってしまう。
「まったく…」
それでも何とかその一言だけ口に出した。見慣れている高杉さんの1つ1つの表情が、なぜか今日はすべて初めてに思えて、俺はドキドキしてしまう。
「今日の高杉さんは、いつにも増して相変わらずですよね…」
今度は俺が高杉さんの事を見上げながらそう言った。
「だって今日は最高に幸せな気分の日だからね」
そう言って笑う高杉さんの笑顔が本当に幸せそうで、俺はうれしくて幸せになった。
「俺も、最高に幸せな気分ですよ」
だからそう言った後、俺は高杉さんに"行ってらっしゃいのキス"をした。
「仕事頑張って来てください」
高杉さんは優しい目で俺の事を見ている。
「ああ、頑張ってくるよ。耕作と、僕達の子供のためにね」
そう言って高杉さんは俺にニッコリと笑いかけた。俺はといえば、また何も言えなくなっていた。
「じゃ…」
俺は高杉さんの後ろ姿を見送っていた。
「あ、そうだ」
ドアを開けた高杉さんは、そう言ってまたドアを閉め、そして振り返った。
「どうしたんですか?」
俺がそう言っている間に、高杉さんの顔が目の前に迫ってくるから、何事かと思ってしまう。
"ちゅっ"
「!」
「行ってきますのキスを忘れていたよ」
そう言った高杉さんは満面の笑顔だった。
「…//////」
今の気持ちを、どんな言葉で表せばいいのだろうか…。
「行ってきます」
そして笑顔のままそう言った高杉さんに、俺も笑いかけた。
「行ってらっしゃい」
なんだか、まるで新婚さんのような気分になりながら、俺は高杉さんの事を見送っていた。

何もする事のない休日。1人で過ごすのと2人で過ごすのでは、なんて差があるのだろうか。傍に好きな人がいるというのは、それだけで幸せになれる。
2人が、一番長く一緒にいられるはずの休日。それでも、絶対いつも一緒の訳でもないし、お互いがそれぞれの生活、というものを持っている。時々こうやって別々の事をするというのも、大切な事なのかもしれない。
高杉さんを送り出した後、俺はただぼーっとしていた。とりあえず俺は、これからの事について考えてみる事にした。きっといろいろな事を乗り越えていかなくてはいけないはずだ。
「まずは…会社か…」
仕事を続けていくのか、それとも…。
「難しいところだよな…そこは」
俺は堤さんや猛君の事を思い浮かべた。堤さんは仕事をやめてしまったけど、猛君は両立している。俺はどうしたらいいんだろうか。まだ先といえば先の話。けれど、確実に結論を出さなくてはいけないことなのだ。まさか、自分の身に降りかかってくるとは思ってなかったからなぁ…。
「仕事は、やっぱやめたくないよなぁ…。でも、そしたら子供は…。でもな、やっぱり仕事続けたいよな…。いや、待てよ、俺が育てなくて、誰が育てるんだ??俺と高杉さんの子供だぞ!!」
仕事と子供。どっちかを選べっていうのが無理あるんだよな…。どっちが大切か、なんて量れるもんじゃないし、どちらも大切で、切り離せない。
「う~~~~~ん…」
それになぁ…。親にも言わなきゃなんないしな。
「あぁ、やらなくちゃいけない事はいっぱいあるんじゃないか」
…!!って、もしかして、俺、高杉さんのご両親にも会わなくちゃいけないんじゃないか?俺…それは自信もてないよなぁ…。いや、でも俺は俺以外の何でもないわけだし!!…でも、やっぱりなぁ…。
"プルルルル、プルルルル―――"
電話の音が聞こえて、俺は我にかえった。
「はいはーい」
思わず返事をしながら、受話器を上げた。
「もしもし、緒方です」
『いよう、緒方』
電話口から聞こえたのは、式部の声だった。そういえば、式部と話をするのもずいぶん久しぶりだ。
「よお、久しぶりだな。元気だったか?…それにしてもなんだよ」
『久しぶりの挨拶がそれかよ…。まったく…。ま、そんなこたぁどうでもいいんだが…。日直で学校に来てるんだけど、暇でよぉ』
久しぶりでもすぐにこんな会話ができる。式部とは腐れ縁だ。
「で?何で俺ん家にかけてきたわけ?自分家にかければいいだろうが」
もうお昼を過ぎている。堤さんも、息子の緑君も、家にいるはずの時間だ。
『今日は緑の遠足の日だから、誰も居ないんだよ』
幼稚園の遠足。今はどこに行くんだろうか。そして緑君の事を思い浮かべた。確か5歳で位だったよなぁ…。
自分に子供が出来たせいだろうか。子供、という存在が、ものすごく身近に感じられるようになった。
『お前しばらく会ってないよな?今度家に遊びに来いよ。緑も、なぜかお前の事気に入ってるみたいだからよ』
そう言って笑っている式部の声は、「父親」になっている。子供が居るって事は、そういう面でも変わってくるんだなとつくづく感心してしまった。
「そのうちな。俺も用事があるし…」
俺はつぶやくようにそう答えた。式部たちにも、耕平たちにも、報告しないといけない。今ここで言ってしまうのは簡単だけど、やっぱり高杉さんと2人で行きたいし、それに昨日から散々悩んできた事を考えると、あっさり言ってしまうのも、なんとなく悔しい。
『お前ともずいぶん飲んでないよな。今度飲みに行こうぜ』
OK!と答えそうになって俺は思い出した。そういや、俺、飲めないんだよなぁ、しばらく…。
「わりぃ。俺、今禁酒してんだ」
だから俺ははっきりそう言った。
『禁酒だぁ?おい緒方、冗談も大概にしろよ。何があったんだよ、お前』
式部はそう言って電話の向こうで笑っている。
「仕方ねーだろ。ドクターストップがかかってんだから」
とりあえず俺は、間違えではないからそう答えた。
『飲みすぎか?』
式部の反応はそんな感じだったから、重大にはとられなかったようだ。
「うるせー。お前には言われたかないね」
『んだと~?』
電話の向こうの式部は不機嫌そうだ。
「事実だろうが」
そう答えながら、俺はソファーに座った。立ちっぱなしで、少し辛くなってきた。
『親友に向かって言うセリフか?』
こんな風に言いあえるからこそ親友なんだと、ふと思ったりする。
「親友だから言うんじゃねーか、まったく」
式部と話をしているのは気持ち的に楽で楽しい。けれど、身体は不調を訴えてきて、電話をしているのが億劫になってきていた。
『お、わりぃ。生徒が呼んでるみたいだ。じゃ、またな』
そう言った式部の言葉に俺は少しほっとした。
「ああ、またな。って言うか、俺を暇つぶしに使うなよ」
そんな会話で電話を切った。
俺はそのまましばらくソファーでうずくまっていた。そしてまた、いろんな事を考えていた。



2000.1.26~2.11