TeaParty ~紅茶のお茶会~

『世紀末のお茶会』

「神様からの贈り物2」

"ガチャ………キー………パタン"
玄関のドアを開け、俺は部屋の中に入った。とりあえずキッチンに買い物袋を置き、リビングに戻る。
「はぁ…」
なんとなくため息をつき、無意識にお腹に手をあててしまう。
信じられない。俺のお腹の中に…。
「高杉さんと、俺の、子供がいるんだ…」
口に出して、俺はすごく顔が赤くなるのがわかった。
と、とりあえず、着替え着替え……。
自分が考えている事が、なんだかすごく恥ずかしく思えて、何かをして自分をごまかそうとしてしまう。
脱いだスーツをタンスにしまう前に思い出し、内ポケットに手を突っ込み、携帯電話を取り出した。
「やべ、電源切ったままだ」
病院に入る前に切って、そのまますっかり忘れていた。
"ピルルルー、ピルルルー…"
俺が慌てて電源を入れた次の瞬間、電話が鳴り出した。
高杉さんからだ。俺は、なんとなくドキドキしたまま通話ボタンを押した。
「もしもし」
『耕作君?良かった、ずっと留守電だったから、どうしようかと思っていたんだ』
少し心配そうな高杉さんの声。俺はその声を聞いてすごく安心している自分を感じた。
「すいません、電源入れるの忘れていて…。それより、どうしたんですか?」
『ああ、今日ちょっと急な仕事が入ってしまってね。帰りがだいぶ遅くなりそうなんだ。だから言っておこうと思ってね』
高杉さんの言葉を聞いて、俺はちょっと動揺してしまった。どうしようか。俺、いつ高杉さんに話をしよう…。
「そうですか…」
だから、一言、その言葉しか俺の口からは出なかった。
『たぶん12時過ぎてしまうと思うんだ。先に休んでいていいからね』
優しい高杉さんの言葉。
「はい」
俺は一言だけで返事をした。
『じゃあ…』
「高杉さん…!!」
切れそうになった電話に向かって、俺は半分叫びかけていた。今ここで、高杉さんに言ってしまおうか。そんな風に考えてしまう。
『なんだい?』
でも、高杉さんの声を聞いて、やめよう、と思った。
「いえ、なんでもないです。仕事、頑張ってください。そう言いたかったんっスよ」
仕事の邪魔をしてはいけない。これは俺も仕事をしている身だから分かる。忙しい高杉さんを、俺の事で縛り付けてはいけないのだ。
『ありがとう。耕作君もちゃんと休むんだよ』
優しく返ってくる高杉さんの声に、俺は安心する。
「はい。それじゃ、頑張って下さい」
俺は電話を切ってベッドに座った。そして、今度は意識してお腹に手をあてた。
「どうやって、洋一郎さんに報告しようか…」
独り言をつぶやき、俺は幸せをかみしめていた。

軽く食事を済ませ、とりあえずやらなくてはいけない家事も済ませてしまう。基本的に当番にしている家事全般も、こうやって自分だけでやると、結構大変なものなのだ。これを難なくこなしてくれる高杉さんは、本当にすごいと思う。
「俺って、幸せ者だよなぁ…」
一応用意した高杉さん分の夕食にラップをかけ、俺はちょっと椅子に座った。そしてまたお腹に手をあててしまう。
「今日は報告出来ないかな…それとも待っていた方がいいかな」
時計の針は10時を指していた。明日は土曜日で休みだから、少しくらい遅くまで起きていても大丈夫だ。
それに、高杉さんの帰りが何時になるかは分からないけれど、出来ることなら早く知らせたかった。誰よりも、まず高杉さんに…。
「高杉さん、どう思うんだろうか…」
一人で考え事をしていると、なんだか余計なことまで考えてしまう。期待と不安と、俺の気持ちと高杉さんの反応と………。俺の頭の中はいろんな事でぐるぐるしていた。
「あ……気持ちわる………」
なんとなく胃のあたりがむかむかするような重いような、何とも表現しがたい気持ち悪さに襲われた。俺は椅子から降り、リビングのソファーに移動した。
どうにもならないと分かっていても、ついうずくまってしまうのはなぜだろうか。
「洋一郎さん…」
俺は気持ち悪いのを堪えるように高杉さんのことを考え、自分の気持ちを紛らわそうとしていた。
「洋一郎さん、早く帰ってきて下さい」
本当は、口に出して言ってはいけない様な気がする一言を、俺はつぶやいていた。この時、すごく気が弱くなっていたのかもしれない。
けれど、高杉さんは、俺が起きている間には、帰って来なかった。

休日の朝。ついつい寝坊してしまうのが最近の俺だったけれど、今日はなんとなく自然に目が覚めた。といってももう辺りはすっかり明るくなっていた。時計を見るとすでに9時を過ぎている。
高杉さんは、昨日何時に帰ってきたのだろうか。きっと遅くまで仕事で、まだ寝ているのだろう。家の中は静かで、起きている気配は感じられなかった。
「とりあえず、起きるか」
俺は起きあがり、今日はそれほど調子が悪くないことに気付いた。
今日こそ高杉さんに話さないと。俺は、なんとなく決心を固めていた。ただ、言うタイミングと、なんと言ったらいいのかが分からなくて、悩んでしまう。
う~~~~~ん。俺は考えながら部屋の扉を開けた。
「おはよう」
そのとたん、高杉さんの優しい笑顔が俺の目の中に飛び込んできた。
「あ…、おはようございます」
まさか居るとは思わなかった人が目の前に居るというのは、とてもびっくりする。
「昨日はお疲れ様です。…何時に帰ってきたんっスか?」
ちょっと眠そうな高杉さんの表情で、帰りが遅かった事はすぐに分かった。
「結局終電で帰ってきたよ…。もう残業なんてたくさんだ!!それもよりによって金曜日の夜なんて…!!」
よほど大変だったんだろう。高杉さんはぶつぶつと文句を言っていた。
「もっとゆっくり寝ていればよかったじゃないですか。せっかくの休日なんですから…」
そう言った俺に、高杉さんはちょっと複雑な表情をしている。
「どうしたんっスか?」
「そうも言っていられないんだ…。今日もこれから会社に行かないといけないんだよ…」
高杉さんの一言は、ある意味俺にとってもショックなものだった。俺、いつになったら高杉さんに報告できるんだ…。
とたん、高杉さんに抱きしめられて、俺はびっくりした。
「た、高杉さん?」
それでも、高杉さんのぬくもりがあまりにも心地よくて、俺はそのまま動けなくなっていた。
「そんな表情されたら、僕は困ってしまうよ…。せっかく君と一番長く過ごせる日なのに、傍に居られなくてごめんよ」
俺は、一体どんな表情をしていたのだろうか。そう思うと恥ずかしくて、顔が赤くなっていくのがわかった。
「僕も本当は心配なんだ。緒方君ここのところずっと具合悪そうだし。大丈夫かい?」
高杉さんの心遣いがとってもうれしかった。だから、その理由を早く高杉さんに伝えたい。
「大丈夫です。昨日病院にも一応行って来ましたし…」
「病院!?」
俺の言葉に高杉さんは驚いたような声を上げた。
「そんなに具合悪かったのかい?」
"すごく心配しているよ"と顔に書いてありそうな表情で、高杉さんは俺の事を見ていた。
「実は、その事で高杉さんに話したいことがあるんっスけど…」
俺は、とうとうそう言った。
「話したいこと?……とにかくこんな所じゃなんだから、移動しよう」
高杉さんは真剣な顔をしていた。
そういえば、俺達は部屋の前に立ったままだったのだ。

今日の食事当番は高杉さんだったので、俺は隣で手伝っていた。
「ところで…。話ってなんだい?」
いつもなら、座ってゆっくり話を聞こうとする高杉さんだったけれど、俺の事を心配してくれているのか、とても真剣な顔でそう聞いてきた。
「高杉さん…」
俺はどっちなのだろうか?高杉さんに、ゆっくり話を聞いてもらいたいのか、それとも早く伝えたいのか…。ほんの一瞬考えたけれど、答えはすぐに出る。俺は、早く高杉さんに話したいんだ!
けれど、だんだんと出来上がってくる朝食のにおいが、俺を気持ち悪くさせて、言葉が出せなくなる。
「すいません…ちょっと…」
気持ちの悪さから少し貧血を起こしかけ、俺はその場に座り込んでしまった。
「緒方君!!」
下を向いてしまっている俺の顔を覗き込んできた高杉さんの顔は、なんだか真っ青だった。
「緒方君、大丈夫かい?」
大丈夫です、そう言いたい俺だったけれど、あまりの吐き気に襲われて、口を開く事も出来なかった。けれど、何とか伝えたくて、俺は高杉さんのシャツをぎゅっと握り締めた。言葉に出せない気持ちを込めて…。
「緒方君?とりあえず横になった方がいいよ」
高杉さんの言葉が聞こえた瞬間、俺はふわりと浮いたような感じがした。…気が付けば俺は高杉さんに抱えられていた。でも、何を言う元気もなく、俺はそのまま高杉さんにもたれかかってしまった。

しばらくベッドで横になっていると、気分も少しは落ち着いてくる。
「すいません…。高杉さん」
その間中ずっと傍にいてくれた高杉さんに、俺はそう言った。
「どうしてこんなになるまで黙っていたんだい?」
怒っているわけではない、心配そうな口調だった。
「実は俺も昨日知ったばっかりで…」
「具合が悪かったのは、昨日からじゃないだろう?」
俺の言葉に高杉さんはすぐにそう言った。具合が悪かった原因を考えると、俺はなんだか不思議とうれしくなった。
「高杉さん、俺、また壁にぶち当たったみたいです」
「壁?……緒方君、壁って…」
心配そうな表情のまま、高杉さんは俺のことを見ていた。壁の意味は分からなかったみたいだ。
「昨日病院で言われました。2ヶ月ちょっとだそうです」
高杉さんは、何も言わなかった。そしてその表情は、怖ささえも感じさせるものだった。きっと、俺が病院で聞いた時と同じことを考えているんだと思った。
「ぷっ。あ―――はっはっはっはっはっ!」
俺は思わず笑ってしまった。
「緒方君?笑い事じゃないだろう」
高杉さんはすごく真剣な顔をしていた。
「誰だって、いきなり『2ヶ月ちょっとです』なんて言われたら、驚きますよね…」
俺は起き上がって高杉さんの正面になるように座り直した。
「高杉さん…。俺達の子供、2ヶ月ちょっとだそうです」
俺はそっとお腹に手をあてて、そう言った。
「緒方君…本当かい?」
高杉さんは、驚いたような、なんと言っていいのかわからないような、そんな表情で俺の事を見ている。
「本当です。洋一郎さんと、俺の子供です。…俺、とうとう母親になる壁に登り始めちゃったんっスね」
そう言って俺は高杉さんに笑いかけた。なんだか最高に幸せな気分だった。
「耕作!!」
そう言うなり高杉さんは俺のことを抱きしめた。俺はびっくりしたけど、反面うれしくてそのまま腕の中に包まれていた。
「すごくうれしいよ。ありがとう、耕作君」
高杉さんの言葉が俺にはうれしかった。
「最高に幸せだよ。本当にありがとう、耕作君」
高杉さんの笑顔を見て、俺はまた幸せな気分になった。
「俺も幸せです…。…まだ、これからが大変なんですけどね…」
「2人でなら乗り越えて行かれるさ、そうだろう?」
「そうですね…」
高杉さんは、そっと俺のお腹に触れた。そして俺のことを見たから、目が合った。
「耕作…」
触れてくる唇。俺は幸せすぎて、涙が出そうだった。



2000.1.3~1.22