TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

心に刻み込まれた微熱6

 通されたのは月森の部屋ではなくリビングだった。
「しばらく待っていてくれ」
 そう言われ、腰を下ろしたソファは軟らかく、だるい身体には心地好かった。その心地好さに俺は目を閉じてほっと息をついた。
 月森を待つ間、何をどう言えばいいか考えていた。
 さっき、勢いに任せて言ってしまうはずだった言葉は、「家で聞く」と言った言葉と、「立ち話をする気はない」とでも言うように歩き始めてしまった月森によって、俺の心の中で留まってしまっていた。だから、落ち着いてしまうと何をどう言ったらいいのか分からなくなる。
 ただ、気付かされてしまったこの気持ちを、今は忘れることもなかったことにも出来なくて、月森もそうであってほしいと勝手なことを考えている。
 あの日、俺に伸ばされた手を、もう一度…。
「具合は大丈夫なのか」
 思考をさえぎるように聞こえた月森の声と気配に、俺はパッと目を開けた。
 まるで考えを見透かすかのようにすっと伸ばされた手に思わず心臓が大きく跳ねたけれど、それはテーブルの上にカップを置くためだったのだと気付いて少し恥ずかしくなった。
 俺は、こんなにも月森を気にしている…。
「あ、サンキュ。…大丈夫だ」
 熱が出ているような辛さはなく、ただ無性にだるいだけだった。そしてこの妙な緊張感がそのだるさを増しているようにも思えた。
 月森は向かい側のソファに座り、視線をゆっくりとこちらに向けた。
「そうか…」
 小さくつぶやくような月森の言葉は短く、そのあとはどちらも口を開かず、そのまま沈黙が続く。
 目が合うわけでもない、見つめられているわけでもない、かといってそらしているわけでもない、微妙な位置にお互いの視線が向いていた。
 俺は時間を持て余すように、カップに口を付けては戻しまた一口飲んで…と、そんな動作を繰り返していた。
 話をしたいと言い出したのは俺なのだから、俺から話すべきだと分かっていて、それでも言葉を選びあぐねてなかなか言い出せない。
 月森をちらりと見やれば、この時間も俺の存在も気にする風でもなくただじっと座っていた。
 姿勢のよいまっすぐな姿勢はソファに座っていても、制服を着替えてラフな格好をしていても変わらない。そして揺るがない視線も真っ直ぐで、付け入る隙が見つからない。
 話を急かされないのはいいけれど、逆に待っていられているのだと考えればそれも少し困る。それならいっそ話すきっかけになるようなことを言ってくれればと思うけれどそれは無理そうだし、じゃあ何か別の話題から、なんて雰囲気でもないし、それはそれで通じなそうにも感じた。
 けど、こんな風に黙ったままじゃ、何にも変わんないよな。
 俺はもう一度カップに手を伸ばし、残りを一気に喉へと流し込む。ひとつ大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。
「月森…」
 名前を呼ぶと、その視線が真っ直ぐに俺へと向けられた。
 感情の読めない、そんな表情の月森がいる。その表情を変えたいと思う自分がいる。もう一度、俺の知らない月森を見て、そして感じたいと思う。
「あの日のことをなかったことにしないでほしいって言ったら、まだ、間に合うか?」
 忘れると言った、あの、掠めていっただけの最後のキスで、月森は本当に忘れてしまっただろうか。
「俺は、忘れるなんて出来なかった」
 最後のあのキスは、逆に俺の心に刻み込まれた。
「だから…」
 俺はテーブルに片手を付き、反対の手を月森へと伸ばした。
 月森は無表情のまま俺を見ている。
「もう一度、思い出せよ…」
 伸ばした手で月森の腕を掴み、引き寄せるようにして唇を寄せた。
「―――」
 触れる間際、声には出さずに小さくささやいた。この気持ちが、月森に届くだろうか。
「っん」
 掠めるだけで離そうと思っていた俺の唇は、逆に強い力で引き寄せられた月森によって塞がれてしまう。
 深い深い口付けに、頭の中が陶酔感にも似た感覚でくらくらする。頬に触れてくる月森の手が、俺の思考を更に奪っていく。
 テーブル越しという不安定な体勢がもどかしい。俺は自分の体重を支えるようにテーブルに付いた手に力を込めた。
「土浦…」
 少しの物足りなさを残して唇が離れ、吐息がかかる距離で呼ばれた名前に体の力が抜けそうになる。
 ゆっくりと目を開けると、目の前に月森の顔があった。困ったような、何かを狙うような、その表情には見覚えがある。
 俺の名をささやいたいつもより低めの声と、もう一度見ることの出来たその表情に、鼓動が早くなるのを感じた。
「思い出したら、もう引くことは出来ない。嫌だと言われても、離せない…」
 それでもいいのかと言外に聞いてくる月森の表情に、俺は完全に囚われた。
「だったら、今度こそ本当に試してみろよ…」
 もう一度引き寄せて唇を掠め、そのまま耳元に唇を寄せる。
「本当に嫌だったら、試してみろなんて言わない…」
 そんな台詞で、俺は自分をごまかした。自分の気持ちを月森の所為にした。
 逃げて、そして後悔した。
「だから、思い出せよ…」
 そして思い出させてくれ、あの日感じた月森の熱を…。