TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

心に刻み込まれた微熱2

 あの日、偶然に正門前で会いそのまま帰り道が一緒になった。
 一言二言交わした会話は長くは続かず、ただただ黙って歩いていた。そんな空気に耐えられなくて、話を始めたのは俺だったと思う。
 何を話したかはよく覚えていない。ただ、他愛のないことだったと思う。その会話はそれまでの月森との会話や言い合いを考えればごくごく普通のもので、それがなんだか不思議な感じがした。
 でもそれは思いがけず楽しい時間になって、だから俺は思ったことをそのまま言葉にした。
「月森とこんな風に話せるなんて思ってなかったぜ」
 俺の言葉に、月森は一瞬、驚いたような表情を見せた。けれどそれも本当に一瞬で、すぐにいつもの表情に戻ってしまう。そして、
「それは、俺のことを嫌っているからだろう」
 冷めたいと思わせる表情でそう言われた。
 その言葉に、その表情に、楽しいと感じていたその時間が一気に冷めたものに変わったような気がした。
「お前だって同じだろ。俺のこと嫌っているくせに。それとも、その他大勢ってヤツか」
 売り言葉に買い言葉とはこういうことを言うんじゃないかと思いながら、俺はまた思ったままを言葉にした。
 実際、嫌われているか、興味の対象外だろうとは思っていた。でもそれをわざわざ口に出したことはなかった。その答えは、聞かなくても分かっているものだから。
「嫌ってなどいない」
 けれど、月森は予想に反した答えをはっきりと返してきた。
「俺は嫌ってはいない。ましてや無関心なわけでもない」
 歩みを止めた月森を振り返れば、その顔は無表情でも冷めているわけでもなく真剣な表情だった。
「じゃあ、何でいつもあんな態度なんだよ。嫌ってますって言っているようなもんだぜ」
 不機嫌そうな態度、歯に衣着せぬ言動、まるで見下すような瞳。どれをとっても好意的には受け取れない。
「それは君も同じだろう。俺が何を言っても君は必ず反発する。会っただけでその表情が変わる。さっきも目が合っただけであからさまに嫌そうな顔をされたら、俺は…」
 一気にまくし立てるように言われたと思ったら、月森にしては珍しく急に言葉を濁した。そして、真っ直ぐにこちらを向いていた視線が不自然にそらされる。
 その言葉が、その表情が、いつもの月森とはまったく違い、俺は何を言ったらいいのか分からなかった。
 俺たちの仲は決していいものではなかった。話したくない、会いたくないと思うわけではないけれど、何か相容れないものがあった。
 気まずい沈黙が続く。
 そんな俺たちの横を人が通り過ぎて行く。ゆっくりと流れる時間の中で、まるで俺たちだけが取り残されたように立ち止まっている。
「よそう…」
 ため息混じりにつぶやかれた月森の声で、俺たちの時間も流れ出した。
「君と、言い合いをしたい訳ではないんだ」
 そう言った月森の顔は少し淋しそうにも感じた。だから俺はまた、何も言うことが出来なかった。
「俺の態度にも問題はあるのだと思う。でも…」
 真っ直ぐに見つめられる視線が、その顔が、不意に近付く。
「俺は君を好きなんだ」
 ほんの一瞬、掠めるように唇が触れた。
 そしてそのまま、月森は俺の横を通り過ぎていく。
 俺はただ、何も言えずに呆然と立ち尽くしていた。何があったのか、何を言われたのか、本当に一瞬のことだった。
 けれど、俺の指は無意識に唇に触れていた。触れた指にも伝わるのは…。
「…っ」
 何を考えるよりも先に俺は振り返った。早足で歩いていく月森は思ったよりも離れたところにいて、俺はその後姿を追いかけて走った。
「月森、待てよ」
 やっと追いつき、後ろから声を掛けても振り向く気配がない。歩みを止めることも、俺を待つこともなく先へと歩いていく。
「おい、待てって」
 俺が無理やりにでも止めようとその腕を掴むと、抵抗なく月森は止まった。
「何故、追いかけてくる」
 冷たい、と思わせるようなそんな声が聞こえたけれど、月森は振り返らない。
「なんでって…」
 言われて、どうして追いかけてきたのか自分でも分からなかった。ただ、追いかけなくては、と思った。
「お、お前こそ、俺に何したんだよ」
 そして、急にさっきのことを思い出す。ほんの一瞬、掠めただけだったはずなのに、まるで熱を持ったように唇が熱い。
 唇の熱さが、顔全体に伝わる。
「俺の気持ちは伝えただろう。嫌だったのなら忘れてくれ」
 相変わらず振り向きもしない月森の声は冷たく、その言葉に俺の胸は締め付けられるように痛んだ。
「何、勝手なこと言ってんだよ。忘れろって、それ、なんだよ」
 その胸の痛みと同時に、理不尽な言葉への怒りも湧いてきた。考える暇も、何を言う暇もなく、突然のことに怒らないわけがない。
 俺は、そんな文句を言いたくて、だから追いかけてきたのか?
 けれど胸の痛みも治まらない。忘れろと言われたことが、嫌だったらと言われたことが…。
 俺は、忘れたくないのか? 嫌じゃ、なかったのか?
「どういうことだよ…」
 月森の行動が分からない。それよりも、俺自身の気持ちがよく分からない。
 初めて会った頃から、言い合いばかりしていた。口を開けば文句か嫌味で、目が合ってもその表情が好意的だったことはない。
 だから、嫌われていると思っていた。けれど、嫌いだと言われたことも嫌いだと思ったことも今までなかったのだと気付く。
 そして、さっき言われた言葉を思い出す。
 さっき、月森はなんて言った? 俺のこと、なんて言った…。
「もし、嫌じゃなかったのなら…」
 不意に、腕を掴んだままだった俺の手に月森の手が触れた。
 その手の冷たさに、俺は思わずビクリと震え掴んでいた手の力が緩んだ。その拍子に月森は振り返り、今度は俺の腕が月森の手に掴まれた。
 そんなに力が込められているわけではない。けれど、何故か振りほどけない。
 月森と、目が合う。真っ直ぐと俺を見つめている。
 その視線の強さに、心の奥が警鐘を鳴らす。同時に、まるで何かに期待するかのように胸が高鳴る。
「嫌かどうか、試してみろよ…」
 真っ直ぐに見つめ返した俺は、考えるよりも先に言葉を紡いでいた。
「っ…」
 腕を引かれ、体勢を崩しかけたときにはすでに月森の唇が触れていた。
 掠めるだけではない、熱を持った唇を感じて俺は目を閉じた。



2008.4.9up