TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

願いと現実と望みと真実と2 side:月森蓮

 日本でのコンサートを終え、ウィーンへと戻らなければいけない日の朝、俺は抱き締めた土浦のぬくもりと微かな冷たさで目を覚ました。
 昨日の夜には熱かったお互いの身体も、今は心地よい温かさへと戻っている。その温かさの中に一か所だけ感じられる微かな冷たさは、ちょうど土浦が顔を埋めている胸元にある。
 俺はその理由に思い当たり、そっと土浦の頬に手を伸ばす。案の定、目元から頬の辺りがしっとりと湿っていて冷たい。
 そっと、こすって赤くなってしまわないようにそっと、その涙を拭う。そしてその顔を埋めてくるより更に引き寄せて抱き締めた。
 昨夜の土浦に快楽で流させた涙は俺を幸せな気持ちにさせたが、こんな風に無自覚に流される土浦の涙は俺を切なく、そして苦しくさせた。
 土浦を好きになったとき、俺は恋の切なさと苦しさを知った。だが想いが叶えば、嬉しくてあたたかいものに変わるのだと、そう信じていた。想いが叶ったからこそ、更に切なく、更に苦しくなることなど、考えたこともなかった。
 長く片思いしていたときよりも、両想いになってからの方が弱くなった気がする。
 こんなにも、土浦を好きになるとは思っていなかった。離れ難いと思う。このまま土浦と唯二人きり、こうやって抱き合ったままの日々を過ごせたらいいのにと思う。
 だが、現実はそれを許さない。そんなことをしてしまったら、俺たちはきっとダメになってしまう。恋の切なさも苦しみも、そして嬉しさも幸せも、全部、感じられなくなってしまう。
 だからこそせめて、今、目の前に迫る制限時間ギリギリまでは、こうやって抱き締めていたいと思う。二人の体温を、分け合っていたいと思う。

 朝食を食べ終わる頃には、感傷的な考えを心の奥底へとしまうのが俺たちの暗黙のルールとなっている。
 前に進むため、いつか並んで歩くその日のため、今は心に我慢をさせる。
 それでも、土浦が淋しいと思ってくれていることを俺は知っているし、俺が淋しく思っていることも土浦は知ってくれているからそれでいい。
 離れることを淋しいと思うのも本心だが、共に過ごせることを嬉しいと思う気持ちを優先させる。だから俺たちは、離れなければいけなくなるまでの時間を楽しいものにする。
 実際は今回のように渡墺する日の朝まで一緒にいられることは稀で、淋しい思いのまま離れなければいけなくなることの方が多い。だからこそ、こんな暗黙のルールが出来たのかもしれない。
 そして、部屋の扉から一歩、足を踏み出した瞬間、俺たちは恋人同士であることを心の中に隠し、二人だけの秘密にする。これは付き合い始めたときに二人で決めたルールだ。
 別に隠しておきたいと思っているわけではなく、むしろ本当は土浦が俺の恋人なのだと公言したいところなのだが、世間一般的に誰からも認められる関係ではないことはわかっていたので、公にすることは止めようと二人で決めた。
 時々、声に出して叫んでしまいたくなることはあるが、ウィーンと日本という物理的に離れた距離のせいでもあるのか、なんとかうまくやれていると思う。
 どこにいても、何をしていても、俺が土浦のことを好きなことは微塵も揺るがない。それは土浦もきっと同じだ。
 だから、部屋を出る間際、蓮、とめったに口に出さない名前で呼んでくれた土浦の、そこに込められた想いを心に焼き付ける。
 心に抱えた切なさもまた土浦への愛しさだと思えば、これからまた離れて過ごす時間もなんとか乗り越えていくことが出来る。
 乗り越えたその先にある未来を、俺たちは手に入れることが出来るだろう。