TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

混沌たる心情の果てに6

 それから、二人の生活が始まった。
 土浦に仕事を紹介し、俺の家へと引っ越しもさせ、逃げ道を塞ぎ、俺の行動が冗談や気まぐれだと思わせないために、使える手をすべて使って土浦がピアノを弾ける環境を整えた。
 それはまるで土浦と俺の違いを見せ付けるようで少し気が引けたが、『買う』という言葉を使った以上、このくらいのことをしなければいけないのだろうとも思った。
 そして土浦にはどんな形であれ音楽を続けることを約束させた。
 仕事として弾くことが出来るのならばそれに越したことはないが、それが叶わなくてもとにかく、どこでも、どんな形でもいいから毎日ピアノに触れ、それが日々の練習だけでも構わないから、土浦が自分の音楽を奏でてくれることを俺は望んだ。
 そして純粋に、土浦の音楽をもっと聴きたいと思っていた。

 始まり方は普通ではなかったが、土浦との生活はなんとかうまくいっていた。
 ギクシャクしていた態度も、お互いに言いたいことを言い合っているうちに自然と高校の頃と変わらなくなった。
 一人で弾くことの多かった俺にとって身近に他人の音楽があることはとても新鮮だったし、音楽性の違いで生じる言い争いは俺の音楽を向上させ、それが評価へと繋がった。
 お互いの音楽に対して意見を言い合い、二人で合わせてまた意見を言い合う。時折、予想などしていない音色を奏で合い、驚きと喜びにまた、音楽に対する話題が膨らんでいく。
 それは充実した日々で、心にあった空虚が満たされていくのを感じていた。

 別に頼んだわけではなかったが、家事全般を土浦がこなしてくれるのも助かっていた。
 本当は包丁など持たせたくはないのだが、土浦の作る料理はどれも美味しくて外食することも減った。
 そしていつの間にか俺のスケジュール管理までもが土浦の仕事となり、おかげで俺はヴァイオリンに集中することが出来た。
 だが、これでは土浦がピアノに集中出来ないのではないかと心配すれば、土浦にとって苦になるようなことではないらしく、ついでに自分の顔も売っているからいいのだと返された。
 確かに、俺の持つ音楽関係者への繋がりがそのまま土浦へと繋がれば、音楽を続けていく上では役に立つだろう。
 それでも、そんなやり方は土浦の好むやり方ではなかったはずだ。

 顔を売っているという言葉のわりに、土浦は俺の紹介した仕事をこなしているだけで、新しい仕事を依頼されている様子はなかった。
 土浦の演奏もまた、久し振りに聴いたあの日よりももっと土浦らしい自由な音色を響かせるようになっていたし、俺にはない感情豊かなその演奏は、高校のときよりも更に人を惹きつける音色へと変わっていた。
 土浦にもコンクールの受賞歴はあると聞いているし、土浦の演奏は他のピアニストたちと比べても遜色などないはずだ。それなのに何故、土浦はピアニストとして進んでこられなかったのだろうか。
 土浦が自らの意思で音楽から離れたとは考えにくく、それならば何故、離れなければいけなかったのだろうかと思う。
 金銭的な理由だと言われてずっとそれを鵜呑みにしていたが、もしかするとそれだけではないのかもしれないと考えるようになった。

 高校でのコンクールの参加者に選ばれるまで、土浦は人前でピアノを弾くことを一時止めていたのだと聞いていた。それでもピアノを弾くこと自体を止めたわけではなく、ピアノの練習は欠かしたことはなかったとも聞いている。
 だが、再会した頃の土浦は、ピアノに触れない日もあったのだと言っていた。確かに、引越しをさせる前に住んでいた一人暮らしの部屋にピアノはなかった。
 高校を卒業してから再会するまでの土浦に一体何があったのか知りたくて話を切り出せば、土浦は答えではなく何かを諦めたような淋しい目を返し、そしてその目を隠すように、決まって俺のことを誘うような態度を見せた。
 それが真実を誤魔化すための態度なのだとわかっていても俺は土浦を拒むことが出来ず、気持ちの伴わない、身体を重ねるだけの関係も続いていた。

 土浦の本意は相変わらずよくわからなかったが、それ以上に自分が土浦に対してどんな感情を持っているのかもよくわかっていなかった。
 土浦のことは嫌いではない。それならば好きなのかと考えても、そこはよくわからない。よくわからないが、どうでもいいと思っているわけでもない。
 ただひとつわかっているのは、もし土浦が俺の側を離れていったら俺はそれをたぶん許せそうにないということで、それは俺が土浦から見返りを欲しいと思っているわけではないということだった。
 つまりそれはどういうことなのだろうかと自問自答を繰り返しても答えは出ず、ただ、土浦に対して何かしらの執着が俺の中にあることだけは認めざるを得ないことだった。
 土浦が欲しい。土浦の気持ちがどうあれ、俺は土浦のすべてが欲しい。そんな風に考えてしまうこの感情は一体、何だというのだろうか。

 これではいけないとわかっている。
 だがもう、後戻りは出来ないところまできてしまっている。



2012.9.2up