TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

混沌たる心情の果てに3

 どのくらいそこに立っていたのだろうか。
 その店へと出入りする何人かを見送って、やっと目的の人物が階段を登ってきた。
 俺が黙ってその姿を見ていれば、その気配を感じてこちらを見たその顔に驚きと困惑の表情が浮かんだかと思えば、不機嫌そうに俺を睨みつけてきた。
 俺へと向けられたその視線には嫌というほどの記憶があり、やはり間違えなく土浦だったのだと確信する。
 あからさまに向けられる嫌悪感を隠さないその表情を、俺は懐かしいと思った。

「帰ったんじゃなかったのかよ」
 店内では綺麗に無視されていたにも拘らず、土浦から声を掛けてきた。
 声を掛けてきたということは俺と話す気があるのだろうと俺は土浦へと歩を進めるが、土浦は止まる気などないらしく、そのまま俺のすぐ側を通り過ぎていく。
 それを早足で追いかけ隣へと並べば、軽く睨むような視線が送られた。
 土浦に睨まれることなど慣れているから気にならない。むしろ、店内で見せられた社交的な笑みよりも安心出来るような気がする。

「久し振りに君の演奏を聴いた。相変わらず感情的なで弾き方のようだが…」
「いいんだよ。ああいった店ではそのほうが喜ばれるんだ」
 睨むその表情は変わらないのに、高校の頃とはどこか違う、諦めに似た言葉を返されて俺は困惑する。
「でもまさかこんなところで君に会うとは思ってもみなかった。今は何を?」
「何って、見ての通り、あの店でも働いてるし、昼間も色々と…。まぁ、フリーターってヤツだな」
「フリーター? 他にはどんなところで弾いているんだ?」
「弾いてって…。あぁ、ピアノはあの店でしか弾いてない。それもたまに弾くくらいで毎日じゃないし。楽でいいぜ、お前みたいに批評してくる奴もいないしな」
「ピアノを仕事にしているのではないのか。君ほどの実力者が何故…」
 土浦の実力では、あんな店で細々とピアノを弾いているなどもったいない。そう思って土浦を見遣ればさっきよりもきつい視線を送られた。

「本当に、お前は世間ってものをわかってないよな」
 苦々しく俺を睨む表情が、小さな舌打ちと共に逸らされる。
「音楽を続けることがどんなに大変なことなのかなんて考えたことないんだろう。いいよな、何もかも恵まれて、周りが作ったレールの上をただ進んでいけばいいヤツは」
 その言い様は俺の神経を逆撫でする。確かに、出会ったばかりの頃にも似たようなことを言われたことはあるが、こんな風に偏見に満ちた言い方を土浦はしなかったはずだ。
「どういうことだ」
「そのまんまだよ。どれだけの実力があったって、どれだけ努力したって、選ばれた者にしか越えられない壁はあるってことだ」
「そんなことは…」
「あるんだよ。実力や努力だけじゃどうにもならない巨大な壁が。まぁ、お前にとっては壁じゃないんだろうから、わからなくても仕方ないか」
 どこか俺を蔑むような言葉を言ってくるのに、土浦の表情はどちらかといえば自嘲気味な感じもする。

「それはただの言い訳ではないのか」
 土浦の言う壁が何のことだか俺にはわからなかったが、その言い様はまるで最初から諦めているかのように聞こえた。
「そんなことはっ…」
 ない、という言葉を言わず、土浦はその表情を隠すように俯いた。その様子が記憶にある土浦と重ならなくて違和感が生じ、俺はそれがどうにも許せなかった。
 俺の知っている土浦の言動からは音楽に対する強い思いが感じられ、どんなときも、誰に何を言われても、それに対して負けることも諦めることもしていなかった。
 だからもし、高校生の頃に今と同じことを言われていたら、口先だけの言葉なのだろうと相手にしていなかっただろう。
 けれど今の土浦からは音楽に対する情熱が感じられず、もしかすると土浦の本心なのかもしれないと感じてしまう。
 そんなことは信じられず、そうではないのだと否定して欲しくて、俺は土浦に詰め寄った。

 何故だろうと思う。
 土浦に音楽を諦めさせてしまったのは、一体なんだというのだろうか。